四人の織姫編⑤ 王女の決意



 ベガを拉致しようとしていたネブラ人の過激派の連中はズカズカと洞窟の中へと入ってきた。軍人のような重装備で、そして全員が銃っぽい謎の武器を携行している。

 いや、なんかFPSとか見るアサルトライフルとかサブマシンガンとかじゃなくて、SF作品に出てくるような何かビームが出そうな光線銃みたいな見た目の近未来的な武器に見える。

 え、ネブラ人の過激派ってこんなにヤバい組織だったの? ガチのテロリストってこと?


 「命が惜しければ、大人しく王女を我々に差し出すんだ」


 過激派の連中の先頭に立つ、リーダーらしき男が光線銃を構えながら俺に言う。これはきっと夢やドッキリではなく、今まさに俺に襲いかかっている死と隣合わせの現実だ。

 しかし俺はベガを庇うように彼女の前に出て武装した過激派と対峙する。ぶっちゃけ大人しく渡したところで無事に帰してくれるとも思えない。


 「い、一体何の用なんだ? ベガちゃんを利用して何を企んでる?」

 

 少しでも時間稼ぎをと考え、俺はリーダーらしき男に聞く。すると奴は俺に銃口を向けたまま言う。


 「我々の目的は、今現在の地球人とネブラ人の不平等な関係を終わらせることだ。いずれは、この地球からの独立を目指す」


 以前、琴ヶ岡邸を訪れたネブラ人の組織の男も似たようなことを言っていた。

 ネブラ人は地球文明よりも遥かに優れた科学技術を持っているが、母星を脱出し地球へ避難してきたネブラ人達は彼らの故郷たる国家を持たず、世界各地である程度集住してそれぞれ生活している。

 月ノ宮町だけでなく日本に住んでいるネブラ人は日本人としての基本的な権利は持っているから、他の地球人達と同じ平等な権利を持っているはずだ。しかし、その状態が自分達よりも文明的に劣っている地球人に隷属下にあると考えるネブラ人も少なからず存在する。

 彼らはネブラ人の王室の末裔であるベガ達と担ぎ上げて自分達の地位向上を目指しているが、ベガやワキア達自身はそれを望んでいないし、あくまで少数派に過ぎない。しかし、こうして武力を持ってしまえば話は変わってくる。


 「そんなの、ベガちゃん達が望んでいないことを知らないのか? お前らみたいな連中に、ベガちゃんは渡せないね」


 見たこともない銃を向けられてるから俺はもう今すぐ逃げ出したいぐらいだが、強がって啖呵を切って見せる。

 するとその瞬間、ヒュィンッという謎の風切り音と共に俺の顔の側を何かがかすめていった。後ろを振り返ると、何かが当たったらしい岩の表面が高温に熱せられたのか、まるでガラスのように溶けていた。


 「お前は何か勘違いをしているようだな」


 俺の正面に立つリーダーの男が、持っていた光線銃の引き金を引いたのだ。

 え、これマジで光線銃? そういうの許されるのってウ◯トラマンの世界ぐらいじゃないの? 変身ポーズとったら変身できないかな。


 「無駄な正義感は自分の死を早めるだけだぞ、青二才。それとも自分の体に穴でも開けたいのか?」


 ははーん。これ文字通り俺が蜂の巣にされるやつじゃん。

 いや、普通の銃でさえ見るだけで怖いのに、奴らが持っているのはとてもこの世のものとは思えない未知の武器だぞ。

 自然と冷や汗がダラダラと流れ始め、呼吸すら忘れそうなほどの恐怖が俺に襲いかかる中──俺の後ろにいたベガが俺に囁いた。


 「もう、良いんですよ。烏夜先輩」


 そして、ベガは立ち上がるとなんと俺に笑顔を向けていた。


 「ま、待て、待つんだベガちゃん!」


 俺はベガを止めようとしたが、俺の制止を振り切ってベガはリーダーの男の前に立った。

 こんな状況にあっても、ベガは堂々とした態度で──ネブラ人の王女としての風格を漂わせながら、口を開いた。


 「私は大人しく捕まります。ですのでこの方に危害を加えないでください。それで良いでしょう、皆様方」


 ベガがそう言うと、リーダーの男は光線銃を下ろした。すると周囲の連中も銃を下ろし、ベガは一歩、また一歩と足を進める。


 「王女殿下の決意に感謝しよう」

 

 ベガは、覚悟を決めてしまったのだ。俺の命を守るために。


 ……いや、これで良い訳がない。

 考えろ。

 考えるんだ、俺。

 この状況を打破する方法はないか?

 ネブスペ2原作にこんなのなかったぞ。確かにトゥルーエンドの世界線だと武装した過激派が出てくることもあったが、その時はシャルロワ財閥が雇った傭兵達が戦っていたはずだ。でも俺にそんなのを呼べる権限もないし、銃を持った人間相手に戦う術も持ってないし、さらに相手は集団だ。

 一体どうすれば──そう考えていた時、リーダーの男が口を開く。


 「そこの青二才。お前はビッグバン事故を知っているか?」

 「は、はい」

 「お前は宇宙船の中にいたか?」

 「え、いや、家にいましたけど」


 どうして突然、八年前に起きたビッグバン事件について聞かれたのか。あれは確かにネブラ人の宇宙船の爆発が原因で起きた事件だが、あの中に誰かいたのか?

 いや、誰かいたとしても爆心地だからとても生還できたとは思えない──俺がそう疑問に思っていると、俺が肩にかけていたショルダーバッグが震え始めていた。


 「なら、お前を生かしている意味はない」


 ベガが交換条件として俺の助命を懇願したのにも関わらず、無常にもリーダーの男は再び俺に銃口を向けた。

 あ、やっぱり俺はただでは帰されない感じ? ビッグバン事件について何か知ってたら生かしてもらえてた?


 「ま、待って!」


 ベガはリーダーの男に掴みかかろうとしたが他の過激派の連中に取り押さえられ、そして俺の頭を狙う光線銃の引き金が引かれようとした時、俺は思わず目をつぶった──。



 「エク◯ペリアームス!」


 え、エク◯ペリアームス?

 洞窟の中に響いたのは、光線銃の発砲音でもなくベガの悲鳴でもなく、聞き覚えのない野太い男の声だった。


 「な、なんだ!?」


 目をつぶっていた俺は何事かと目を開いた。


 「え?」


 まるで俺を庇うかのように俺の正面に立つ、小さな日本人形。ぼうぼうに伸びた髪を持つ不気味なその後姿は、確かに俺がテミスさんからラッキーアイテムとして授かった日本人形で、鞄の中に入れて持ち歩いていた。

 そして日本人形は片手に杖のような木の棒を持っていて、その杖の先を武装した他の連中へと向けると叫んだ。


 「エク◯ペリアームス!」

 「ぬおぉっ!?」


 日本人形が呪文を唱えると、杖の先からまばゆい光が放たれ、過激派の構成員が持っていた光線銃を弾き飛ばした。

 突然現れた小さな日本人形の謎の攻撃に過激派の連中は動揺していたが、彼に光線銃を向けようとすると再び呪文が放たれる。


 「ウィ◯ガーディアム・レヴィオーサ!」

 「な、なにぃっ!?」

 「ふんっ!」

 「ぬおわあああっ!?」


 まるで杖で操られたかのように武装した構成員の体が宙に浮かび、日本人形がブンッと杖を振るうと宙に浮いた構成員はそのまま洞窟の壁へと吹き飛ばされ、激しく体を打ちつけられた。


 「おいっ! このへんてこな人形を早く始末しろ!」

 「エク◯ペリアームス!」

 「くそっ、こいつ銃を捨てさせてくるぞ! とっ捕まえろ!」

 「ウィ◯ガーディアム・レヴィオーサ!」

 「なあああっ!? 体が勝手に!?」


 ……。

 ……え、何この状況。

 テミスさんからラッキーアイテムとして貰った日本人形が、何か杖を片手に無双を始めたんだけど。何これ。


 「ス◯ューピファイ!」

 「ぎゃああああっ!?」


 え、もしかしてこの日本人形、中にハ◯ー・ポッター入ってる? なんで現代社会を舞台にしたエロゲの世界に突然転生した魔法使いが現れてんの?

 いや、髪がぼうぼうに伸びた不気味な人形が杖を振るって魔法を使ってるの、かなりミスマッチなんだけど。


 「イン◯リオ!」

 「ぬぐおおおっ!?」


 しかもこいつ許されざる呪文も使ってるし。どういうこったい。

 しかし日本人形がどんどん過激派の連中を無力化してくれているので、その間に俺はベガの側に駆け寄った。


 「も、もう大丈夫だと思うよ、ベガちゃん」

 「そ、そうなんですか? あ、あれは……烏夜先輩の使い魔ですか?」

 「多分そういう世界観じゃないけど全然わかんない」


 俺だってあの魔女っ子日本人形はテミスさんからの貰い物だから全然状況は理解できないが、杖を片手に呪文を唱えて無双してくれているのだ。あの人形のおかげでもしかしたらこの危機的状況を脱することも出来るかもしれない──そう考えていた時、突然日本人形が地面に倒れた。


 「に、日本人形!?」


 まだ過激派の連中は倒しきれておらず、最初の方に無力化された連中もどうにか態勢を立て直して再び光線銃を握っていた。

 俺が日本人形に話しかけると、人形はゼェゼェと疲労困憊した様子で口を開いた。


 「やべぇ、もうMPがない……」


 MPとか存在するの!?


 「ま、ま◯うのせいすいが欲しい……!」

 

 いや急にド◯クエの世界になってきた。こいつMP使って魔法唱えてたの?


 「だ、大丈夫か日本人形!? まだ敵がたくさんいるぞ!?」

 「もう俺はダメみたいだ、すまないハ◯ー……」


 いやお前ハ◯ーじゃねぇのかよ。だったら誰なんだこいつ。あと俺はおでこに傷痕なんてない。どうせ宇宙をモチーフにしたネブスペ2の世界に出てくるなら、せめてス◯ーウォーズであってほしかった。

 何らかの魔法使いが憑依した日本人形の戦いぶりはほれぼれするぐらいだったが、それでも全員倒し切るには至らず、未だに危機的状況は続いていた。


 「ふぅ、よくもやってくれたな……」


 光線銃を吹き飛ばされ、何度も体を地面や洞窟の壁に吹き飛ばされ、しまいには呪文で拷問までされていた過激派の連中が再び俺とベガを取り囲んだ。

 俺達を助けてくれた日本人形もMPが切れて、もう戦える状態にない。とうとうこれまでかと、俺が絶望した時──過激派の連中の背後から、まばゆい光が放たれた。



 とても現実とは思えない、ヒュインッだかキュインッだか、ゲームの中でしか聞いたことのない耳をつんざくような音と共に無数のまばゆい光線が洞窟の中を飛び交い、光線銃を持って武装していた過激派の連中が次々に無力化されていく。時々流れ弾が当たりそうになったので、俺はベガを庇うように彼女の体の上に覆いかぶさって、突如として始まった乱戦が終わるのを目をつぶって待っていた。


 もう、次々に色んなことが起きていて数多の処理が追いつかない。苦労して会長の別荘に侵入したら目的のベガはいなくて、当のベガ本人はネブラ人の過激派に追われていて、んで殺されそうになったと思ったら謎の魔法使いが憑依した日本人形が助けてくれたけどMP切れになって──一つ一つを理解しようとすると頭が狂いそうだったが、謎の光線音や怒号、叫び声が聞こえなくなると、ポンポンと俺の肩が叩かれた。


 「烏夜朧さんと、琴ヶ岡ベガさんですね?」


 目を開くと、機動隊員のような重装備で、過激派の連中が持っていたものとは違うデザインの光線銃らしき武器を持った人達が洞窟の中に集まってきていた。

 いや、この人達も銃持ってんですけど?


 「は、はい、そうです」


 見ると、俺を殺そうとしていた過激派の連中は全員無力化され、洞窟の地面に倒れていた。さっきまで俺を殺そうとしていた連中の体の各所に穴が空いて血を流していて、ピクリとも動かないのを見るに……し、死んでいる……?


 「わ、私達、助かったんですか?」


 俺が体を離すと、ベガは戸惑った様子で洞窟の中をキョロキョロと見回していた。俺もまだ理解が追いつかず混乱していたが、武装した機動隊員らしき人達の奥から一人、俺達の方へ歩いてきた。

 現れたのは、いつものクラシックなファッションのエレオノラ・シャルロワだった。



 「よく無事だったわね、二人共」


 死体が転がる洞窟の中で会長は俺達に笑顔を向けた。俺は驚きのあまりベガの方を見たが、ベガも訳が分からないという様子で俺と目を合わせた。


 「あの、どうして会長がここに?」

 「貴方達を助けに来たのよ。この方々はシャルロワ家の秘密私兵部隊。やっと役に立つ時が来たわ」


 し、私兵部隊? 私兵部隊とか持ってんのシャルロワ家って? いや、確かに原作でも出てきたけどガチ武装してるじゃん。

 俺がますます混乱していると、会長はゆっくりと俺達の側までやって来て、そしてベガの正面に立って言った。


 「立ちなさい、我らが神星アイオーンの王女」

 

 かつてネブラ人の王室に側近として仕えていたシャルロワ家のご令嬢である会長は、ベガ達の隠された肩書を知っている。

 日本有数の実業家であり今や地球に住むネブラ人の中で最も影響力のあると言っても過言ではないシャルロワ家。そんな名家の後継者として名高い会長が、月学の先輩後輩という関係ではなく、ネブラ人の王女であるベガの名を呼んだ。


 「あ、ありがとうございます、シャルロワ会長」

 「貴方が礼を言うべきなのは私ではないわ」


 すると会長は俺の方を向いた。


 「烏夜先輩……!」


 過激派の連中に追われ一時は死を覚悟したものの、そんな緊張から解放されたベガは、溢れ出した涙なんて気にすることなく、笑顔で俺に抱きついてきた。

 小柄ながらも中々に豊満なものをお持ちのベガの体が密着してきて俺は気が気でないが、俺も緊張から解放されると体の力が抜けてしまっていた。

 俺は、助かったんだよな……?


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