十六夜夢那編⑥ 人の魂が入っていたのは本当
十月一日、俺は入院していた葉室総合病院へと戻った。まだ足の骨は治りきっていないが経過は良好であるため、明後日にワキアと一緒に退院することが決定した。いやそんな急に決まる?
とはいえ早く退院できるなら俺にとっては嬉しい限りだ。移動に不自由なところはあるが、第二部のヒロイン達のイベントを回収しないといけないし、アルタとキルケの関係が本当に進展しているか確かめなければならない。
「いや~まさか夢那ちゃんが烏夜先輩の妹だったなんて~」
ワキアはいつものように俺の病室へと遊びに来ていて、ここ数日の間に起きたことを俺は説明した。
「確かに夢那はあまり僕に似ていないからね」
「でもさ、やっぱり烏夜先輩ってなんとなくお兄ちゃんっぽい感じがしたんだよね~それに夢那ちゃんって結構しっかりしてるからあまり妹っぽく見えないんだよね」
まぁ夢那にしてみれば兄がいなかった期間の方が長かったから妹っぽさは感じられないかもしれない。むしろワキアは自分が妹であるという立場を有効活用しているが、まぁそこら辺は境遇の違いなんかもあるだろう。
「夢那ちゃんっていつ帰って来るの?」
「今日だよ」
「今日なの!? 駅までお迎えに行けないかな?」
「そ、そこまでしなくていいと思うよ。僕達も明後日には退院するんだしすぐに会えるよ」
なお、夢那が烏夜朧の妹であり月ノ宮へ戻ってくることを知っているのは、俺と望さんとワキアだけだ。大星達には改めて学校で紹介したいし、何よりも夢那の親友と言うべき存在であるキルケにサプライズを仕掛けるためだ。
なんかキルケのリアクションは色々なパターンが想像できるが、俺はメチャクチャ期待しているよ、キルケ。
骨折の経過は良好とはいえ、ここ最近入院生活が長かったから多少の体力の低下を感じていた。夢那と一緒に歩き回るだけで相当な疲労が溜まってしまうぐらいだ。
今日も学校帰りのスピカやムギ、レギー先輩に加えてキルケやカペラも病室に来てくれたが、やはりベガが全然姿を現さなくなったのが気がかりだった。LIMEなんかでこっちからメッセージを送っても既読すらつかない。
まるで乙女のようにベガが遠くへ離れてしまったように感じられ、ワキア達にその素振りは見せないように俺は振る舞っていたがやはり寂しかった。穂葉さんに薬を飲んでもらったことも乙女に伝えたが、結局応答もないし……。
少しセンチメンタルな気持ちでワキアと一緒に夕食を食べて病室に一人になった後、さらに俺の病室に客人がやって来た。
「久しぶりね、ボロー君」
そう、俺のガチで命の恩人のテミスさんだ。今日も相変わらず魔女っぽい雰囲気を醸し出している。
「テミスさん! 僕、貴方のおかげで助かったんですよ!」
「ボロー君がそう思ってくれるなら私も嬉しいわ。私は九割九分ボロー君は死ぬと思ってたけど」
「そうなんですか!?」
確かに俺はカペラバッドエンドを迎えようとしていたのだから、あの事故から生還したのは本当に奇跡だった。
テミスさんは俺のベッドの側までやって来て椅子に腰掛けると、鞄の中から黒い布の包みを取り出した。開くと、中には縦に真っ二つに割れた日本人形が入っていた。
「それは……!」
「ボロー君の身代わりになってくれたお人形さんね。ワンチャンボロー君を呪い殺す可能性もあったけれど、何とか生贄に出来て良かったわ」
「え、それのせいで僕が死んでた未来もあったんですか?」
「四十パーセントぐらいの確率でね」
「まぁまぁ高いじゃないですか!?」
確かに見るからに悪霊が取り憑いてそうな見た目の人形だったし、事故を目撃していたカペラによると『僕は死にましぇ~ん』とか叫んでたらしいから、某ドラマに影響された何者か、あるいは武◯鉄矢のものまね芸人が取り憑いてたんだろう。
「でも、そんな藁に縋りたいぐらいにボロー君は危険な状態だったのよ。でも死相の濃さは相変わらずね。ボロー君、前世で何か悪いことしたの?」
「さ、さぁ……僕に身に覚えはありませんがね」
もしかしたら、俺はこの世界でテミスさんを一番頼りにしているかもしれない。
ネブスペ2原作で死亡フラグが多過ぎる烏夜朧の死期を予言出来る占い師としての腕前もさながら、烏夜朧の中に前世の記憶を持つ俺という人格が芽生えたことを唯一知っている人だ。流石にここはエロゲ世界とは言えないが。
「ところで一応聞いておきたいんだけど、ボロー君自身が記憶喪失になることは知っていたの?」
「いや、これが実は想定外なんですよ。七夕の日に事故が起きること自体は知ってて、僕が知っている世界だと後輩のアルタ君が事故に遭っていたはずなんです」
「それを知っていながらボロー君はわざわざ身代わりになったということ?」
「本当は未然に防ぐつもりだったんですけど、色々想定外なことがありまして……」
ネブスペ2第二部は主人公であるアルタが幼馴染のベガを庇って事故に遭い、記憶喪失になるところから始まるが、それが何故か俺にすり替わってしまったわけで。
二ヶ月もの間前世の記憶を失っていたのはかなりの痛手だ。まだ俺の死相が濃く見えるというのは、やはり各ヒロインのバッドエンドが迫っているという顕れか。
「私もね、ボロー君が知っている未来にどう進んでいるのかわからなかったから、早く記憶を取り戻してほしかったのよね。だって私が知っている本当のボロー君なのか怖くなっちゃったぐらいだもの。私が前に渡した薬、あまり役に立たなかった?」
「いえ、ワキアちゃんの病気を治すのにすごく役立ちましたよ」
「あらそうだったの。あれ、殆ど媚薬みたいな薬なのに」
「そんなものを僕に飲ませてたんですか?」
スッポンとかニンニクとかそりゃ精のつきそうなものが入ってたからな。テミスさんも俺の記憶を取り戻させようと頑張ってくれていたのに、まさか普通にもう一度頭をぶつけて思い出すとはね。それもあの事故で助かったおかげだから、テミスさんには本当に感謝してもしきれない。
するとテミスさんは、ふと俺の右手に目をやった。俺の右手の指には噛まれたような傷痕が残っている。
「それ、隣の病室にいる子に噛まれたの?」
「え、どうしてわかったんですか?」
それは前にワキアに襲われかけた時に噛まれた痕だ。痛み自体はもうなくて包帯も取っているが、割と傷痕はくっきりと残っている。
テミスさんは傷痕が残る俺の右手を少し擦りながら言った。
「実はね、ボロー君があの子に襲われる未来は少し視えていたの。もしかして結構危なかった?」
「下手したら僕死んでました」
「私ったらボロー君が特殊な性癖でも持ってるのかと思って見逃してたわ」
てへっ☆とテミスさんは自分の頭を小突いていた。いやてへっ☆じゃないんだが。確かにちょっとした興奮はあるけども下手したら俺、ワキアに食べられてたんだよ。
「もしかして、他にもそういう未来が視えてますか?」
「いえ、はっきりしたものは微妙ね。今日は占いの道具を持ち合わせていないから占いは出来ないけれど」
「あのカードゲームみたいな占いですか?」
「そうそう。最近リミットレギュレーションが変更になったのよ」
いやリミットレギュレーションとかの話になったら占いとかじゃなくてますますただのカードゲームになるだろうが。殿堂入りカードとかあんのかよあれ。
でもあの意味のわからない占いで俺の命を救ってくれてのだからバカには出来ないな。
「おこがましいですけど、またラッキーアイテムみたいなもの貰えませんか? 僕の予想だと今月はかなりヤバいんですよ」
「まるでお金の前借りみたいね。でもボロー君に渡したこの日本人形も前にバイヤーから苦労して手に入れたものだからそうそう見つからないのよ」
「え、もしかして結構貴重なやつだったんですか?」
「だって人の魂が入った人形なんてそうそう手に入らないわよ」
「やっぱり呪われてたんですか!?」
「冗談よ、フフフ」
実際に各ヒロインのルートに突入してみないとわからないが、ベガ、ルナ、夢那のバッドエンドに突入する可能性は十分に残されている。原作には存在しないルートを開拓しているキルケはおそらくバッドエンドに入ることはないものの、それ故に俺が全然知らない展開になることが十分に予想される。
もう十月に突入したが、今月はそれらのバッドエンドを回避しながら第三部が始まる十一月一日まで生き延びなければならない。
今後俺に襲いかかる様々なイベントを想像するだけで、俺は気が滅入ってしまうのであった……。
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