十六夜夢那編⑦ 僕も俺も知らない少女
テミスさんが帰り消灯時間が迫ってきた頃、俺の携帯に連絡があった。
『あ、兄さん? ボク、もう家に着いたよ』
今日、夢那が月ノ宮へと戻ってきた。俺はまだ入院しているため出迎えることは叶わなかったが、無事望さんの家まで到着したようだ。
「いやぁ良かった。僕はまだ入院してるから荷解きとか手伝えないけどゆっくりしていってね」
『あれって物置じゃなくて本当に望さんの部屋なの?』
「部屋とは思えないかもしれないけど、片付けは僕も退院してから手伝うよ」
『兄さんの部屋で寝ても大丈夫?』
「夢那が良ければ全然良いよ」
そういや望さんの部屋のベッド、今は上に衣類が散乱してるから結構なゴミ部屋なんだよな。俺が入院してて家事とかしてないから、たまに帰宅した望さんが散らかすだけ散らかしっぱなしになってるから地獄絵図だろう。
「一月ぶりぐらいに帰ってきた月ノ宮はどう?」
『ボクが着いた頃にはまぁまぁ暗かったからあまりわかんない。ところでさ、この家の近くって兄さんの友達とか知り合いって住んでたりする?』
一番家が近いのはレギー先輩で、あと距離的に近いのはキルケやカペラ、その次にスピカ達だろうか。キルケやカペラの家に赴いたことは無いし本人から直接聞いたこともないが、ネブスペ2で出てたからなんとなくわかる。それって向こうからしたらかなり怖いよな。
「近くに月学の先輩が住んでるけど、駅も近いし大体の知り合いと偶然出会うことも多いよ。どうかしたの?」
『いや、キルケちゃん達にちょっとしたサプライズがしたいんだ。兄さんって退院いつ?』
「明後日だよ」
『明後日!? じゃあその日にキルケちゃん達を呼び出せないかな? できるだけ自然な感じで』
夢那と面識があるのはキルケ達一年生組か。自然に呼び出すとすれば、同日にワキアも退院するし退院祝いってことにすればいけるか。大星達には後で伝えても良いだろう。
「わかった、僕がキルケちゃん達に声をかけておくよ。何か準備とか必要?」
『早く望さんの部屋の片付けを手伝ってほしいかな』
「……明後日まで待ってて」
『うん。待ってるから、兄さん』
夢那とキルケが仲睦まじいのはなんとも微笑ましいが、ネブスペ2原作だとここまで仲良かったっけという感じだ。アルタはひと足早く夢那と再会するが、キルケ達がそれを知るのは夢那が学校に登校してからだ。やはりアルタが謎のキルケルートに入ったことで色々異変が生じているのだろうか。
それに、キルケがアルタと付き合い始めたというのも夢那にとってはかなりのサプライズになるだろうなぁ……。
『そういえばさ、兄さんの幼馴染の朽野先輩いるじゃん?』
「うん」
『少し思い出したんだけどさ、それって前に兄さんがボクに話してた、いじめられてた子のこと?』
俺が前に夢那に話した、いじめられてた子……いや誰? 前にってどんぐらい前だ? 夏休みの間に夢那にそんな話をした覚えはないから、多分バニラ烏夜朧だった頃、十年ぐらい前の話だぞ。
大体乙女は俺が知る限りいじめられてたこともないし、それに俺が乙女と知り合ったのは夢那と離れ離れになった後だから、その頃の俺が夢那に乙女のことを話しているのも時系列的におかしい。
「多分それは乙女のことじゃないと思うけど、その話教えてくれない?」
『いやそんな詳しく聞いたわけじゃないけど、いじめっ子にいじめられてた女の子を助けたって話。なんか兄さん本人は颯爽と駆けつけて格好つけたつもりだったみたいだけど、返り討ちにあってボコボコにされたって』
何その話全然身に覚えがないしダサすぎる。
いや、でも俺自身が体験したんじゃなくて聞いたことはあるような気が……。
「あぁっ!?」
『うわっ、急にどしたの』
俺は思い出した。
──でも昔、朧が私に話してくれたこと覚えてる?
俺が前世の記憶を失っていた夏休み、ローズダイヤモンドが咲いていた花壇に残されていた乙女の手紙。俺が怖くて開けなかった封筒を開いて、中に入っていた手紙を読んだんだ。
──いじめっ子にいじめられてた女の子を助けたことがあるって、一度だけ私に話してくれたこと。
いや全然わかんねぇ。乙女が朧宛てに書いた謎の手紙にそんな話が書いてあった気はするが、何の話か全然わかんない。ネブスペ2にそんな話はないし烏夜朧としての記憶にも一切残ってないし、乙女も夢那も俺じゃない全然違う誰かと勘違いしてるんじゃないか?
「ありがとう、夢那。大事なことを思い出せたんだ」
『そ、そうなの? ボクが何か助けになったなら嬉しいよ』
もう消灯時間も近いため、別れを告げて電話を切る。
……乙女が朧に宛てた謎の手紙。朧が昔乙女に話したという謎の少女とは一体誰だろう? ネブスペ2に登場する誰かか? マジで誰? しかも乙女が女の子側に会ったことがあるってことは月ノ宮周辺に住んでる誰かだろ?
ま、マジで誰だ?
──私はね、ずるいことをしちゃったんだ。
思い返すと、あの手紙は謎だらけだ。
──確かに証拠はなかったのもあるけど、その子に朧のことを教えなかったんだ。
封筒に書かれた文字はおそらく幼い頃の乙女の筆跡だが、中に入っていた手紙は乙女が最近、転校する前に書いたものだろう。
──私が少しでも助けてあげたら、例えばの話でも朧の話をすれば、二人は運命の出会いを果たすかもしれなかったのに。
ならどうして、乙女はわざわざあんな手紙を残したのだろう? 偶然見つかったから良かったものの手紙が直接渡されることもなかったし、あの花壇の守り神であるネブラミミズが教えてくれなかったら未だに手紙の存在に気づいてなかったかもしれない。
──どうしてだろう?
それに、どうしてわざわざあんな内容を書き留めたのだろう? 乙女や夢那が言っている女の子のことがマジで誰かわからないから怖い。
──アンタみたいな奴に、恋人が出来るなんて信じられないのに。
……それに、乙女は。
──出来たら出来たでずっとからかってやろうと思ったのに、どうしてこんなに怖くなっちゃったんだろう?
もしかしたら出会えたかもしれない運命の出会いを、どうして妨害したのだろう?
──P.S.私を探さないで。
その最後の一文は、俺達が乙女の行方を探そうとすると危険だから、というのを乙女本人が知っていたからだろうか。まさか朧の妹である夢那が通っていた学校に転校していたとは思わなかったが、まるで俺から逃げるように海外に留学しているなんて……神様は頑なに俺と乙女を会わせてくれないようだ。
いや今更乙女と会ったところでどうしようか俺は悩むだろうし、そこからネブスペ2のトゥルーエンドを組み立てるのもかなり大変だろう。
「……そういえばあの手紙、どこにやったっけ?」
最初にあの手紙を見つけた時は花壇に戻して、んで前に見た時は確か家に持ち帰って……。
「あ、あの禁断のバイブルの中に挟んだんだ」
禁断のバイブル。
それは、前世でネブスペ2を完全攻略したエロゲプレイヤーとしての記憶が残されたノートだ。
「良かったぁあのノート捨てなくて……」
記憶を失っていた時にあのノートを見つけた時はとんでもない黒歴史を見つけてしまったと恐怖さえ感じたが、そりゃ俺がアルタの代わりに記憶喪失になる展開を予想できるわけないだろ。しかしまた記憶を失う可能性もなくはないため、注釈でも書いておくか。これは決して黒歴史なんかではないと。
「……あのノート、夢那に見つからないよな?」
夢那の両親の通夜とか葬儀に出るため喪服とか準備した時に俺は一度帰宅しているが、鍵をかけ忘れてるな。それに望さんの部屋が片付くまで夢那は俺の部屋のベッドで寝るわけだ。
でも見た目は普通の大学ノートだし変なタイトルもつけてないし、全然目立たないから見つかることはないだろうが……いつか訪れるかもしれない事態に備えて、あのノートに遺書でもしたためておくべきか。
第二部のヒロイン達のイベント回収やバッドエンド回避、そして乙女のことも第一に考えなければならないが、夢那や乙女が話す謎の女の子も、死ぬまでに見つけてみたいなぁ……。
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