十六夜夢那編⑤ 一流芸能人と映す価値ない人



 九月三十日。九月もとうとう終わるというタイミングで、夢那は友人達に別れの挨拶を交わしていた。竹取大附属から月ノ宮学園へ転校することが決定し、まだ手続きに時間がかかるため夢那が月学に通うのは一週間ぐらい先にになるだろう。しかし俺が外泊許可を取っているのも明日までだし、望さんもいつまでも月研を空けているわけにもいかず、かといって夢那を一人残していくわけにもいかない。

 というわけで夢那は明日、ここから離れることになる。


 夢那の挨拶回りに俺が同席していてもしょうがないため、俺はとある人物に連絡を入れていた。上手くいくか、というかもう本当に俺のワガママだったのだが、向こうが快諾してくれたため夢那に内緒でこそこそと準備を進めていた。


 夕方には夢那の挨拶回りも終わって家に帰ってきた。夢那の荷造りも終わり、俺も夢那の両親の遺品整理を手伝っていたため、家から殆ど荷物がなくなってしまっていた。


 「こういう景色を見ると、なんだか引っ越すんだなぁって実感するね」

 「忘れ物はない?」

 「うん、チリバツ」

 

 ここは夢那にとって思い出の場所だが、今は辛いことしか考えられないだろう。しかしいつか戻って来る時があれば、きっと楽しい思い出が蘇ってくるに違いない。


 「大丈夫? 友達と離れるの辛くない?」

 「一緒の学校じゃなくなるけど、でも会えない距離じゃないでしょ? 休日なら全然会えるから、そんなに寂しくはないかな」


 まぁその会えない距離でもないのに俺は幼馴染と全然会えなかったけどな。とうとう会えない距離まで離れてしまったが。

 それはさておき、今日を最後に夢那はここから離れてしまうわけだが、せめて最後ぐらいは楽しい思い出を残していって欲しい。


 すると、家のインターホンが鳴った。夢那と一緒にドアホンを確認しに行くと、画面にはド派手な星型のグラサンをかけたアフロの女性二人組が映っていた。


 『ど~も~私達と契約して一緒に魔法少女になりません?』


 うわぁなんか変な人来た。警察呼ぼうかな。


 「に、兄さん……これ、新手のセールス?」

 「なんかよくわかんないけど、とりあえず開けようか」

 「え、ちょっと兄さん!?」


 俺は止めようとする夢那をよそに玄関まで向かい、扉を開いた。


 「お、魔法少女になりたい人第一号?」

 「でも男子じゃな~でもちょっと化粧すればワンチャン男の娘路線でいけるかも?」


 うん、やっぱり変な人達だ。グラサンとアフロ以外は普通にオシャレなスタイルなのに。

 そんな二人に俺が呆れていると、俺の後ろから夢那が言う。


 「えっと、あの、どちら様ですか?」


 何も事情を知らない夢那からすれば本当に怖くてしょうがないだろう。そんな空気を察したのか、変人二人組の一方がグラサンとアフロのカツラを華麗に取ってみせた。


 「ごめんね、怖がらせちゃって。ていうわけでスーパースターコガネちゃんの登場!」

 「えっ……えぇっ!?」


 正体を現したのは、モデルや俳優として活躍するコガネさんだ。そしてコガネさんに引き続き、もう一人の変人もグラサンとアフロのカツラを取った。


 「私はナーリア・ルシエンテス! 土星に変わってお仕置きよ!」

 「な、ナーリアまで!?」


 もう一方は人気アーティストであるナーリア・ルシエンテス。

 二人のファンだという夢那のために、こうしてわざわざ来てもらったのだ。


 「え、えっ、本当に本物? どうしてここに?」

 「朧君にどうしてもって声をかけられたからね~これは行くしかないと思って」

 「えっ、兄さんが呼んだの?」

 「うん」

 「私達みたいな一流芸能人を二人も呼ぶなんて中々豪胆ね」

 「土田さんはこの前の格付けで映す価値なしってなってたじゃないですか」

 「だから本名で呼ぶなー!」


 基本的に都心の方で活動している二人ならもしかしたら、と思ってコガネさんに連絡を取ってみたら丁度時間が空いていたということで、わざわざオフだったのに二人に来てもらえたのだ。

 いやぁ、変な星型のグラサンかけてアフロのカツラ被ってきたのを見た時は、人選ミスったかと思ったよね。


 

 その後コガネさんとナーリアさんをリビングへ招き入れると、二人は持ってきていた紙袋をテーブルの上に置いた。


 「あ、あわわ……」


 夢那はまだ憧れの芸能人二人が目の前にいるという現実に戸惑っているようだったが、コガネさんはそんな夢那のことをじ~っとまるで品定めするように見た後、神妙な面持ちで口を開いた。


 「まさか朧君にこんなに可愛い妹ちゃんがいたなんてねぇ。夢那ちゃんって言うんだっけ? 芸能界に興味ない?」

 「あ、あわわ……」

 「ダメだわコガネ、脳味噌溶けてるねこれ」

 

 俺はまぁもうこういう状況に慣れてきたからあまり驚かなくなってきたが、テレビでよく見る芸能人がこんなフランクに接してきたらそりゃキョドってしまうだろう。こんなにも驚いてくれたならサプライズは大成功なのだが。


 「さて、夢那ちゃん。朧君から話は聞いたよ。こういう形で新しい環境を迎えるってのは不安で一杯だし、明るい未来なんて中々想像が難しいかもしれないけれど、そんな時に励みになるネブラ人の言葉があるんだよ」

 「ど、どんな言葉なんですか?」

 「美味しいものを食べろ!」

 

 いやネブラ人の名言浅くない? 確かに共感は出来るけども、もっと言い方あっただろ。


 「私はね、仕事とかプライベートでムシャクシャした時はレバニラとかニンニクマシマシギョーザをお腹いっぱい食べて、その後レギナとかナーリア達とお酒を飲んで夜を明かすんだ」

 「口が限界まで臭くなってから私達を呼ぶの本当にやめなさいよコガネ。付き合いが長いから許してるけど友達失うわよ」

 「大丈夫、もうあまりいないから!」


 それ全然大丈夫じゃないだろ。


 「ちなみにナーリアさんは?」

 「私はとにかく肉を食べるわ。スーパーとかで買えるだけ肉を買って、家で一人焼き肉をするの」

 「その時は私も呼んでよ~」

 「口臭い奴を家に呼びたくないわ」


 ストレスが溜まった時に発散のために食べすぎるとどんどん太ってしまい、それはそれでまたストレスが溜まっていく原因にもなってしまうからあまりおすすめできないが、いつもよりちょっとした贅沢をするというのは一つの手段だろう。


 「流石に今日は急だったから美味しいものは用意できなかったけど、新たな旅立ちを迎える夢那ちゃんにプレゼントだよ!」


 するとコガネさんは紙袋の中から青色のポーチを取り出し、中にはコスメグッズが詰められていた。


 「これ、私がプロデュースしたコスメのセット。これを使えば朧君もメロメロよ!」

 「あの、兄なので」

 「あ、そういえばそうだった。なら可愛い妹に彼氏が出来ないか焦る朧君に期待だね」

 「でもこれ、結構高いんじゃないですか? 流石にこんなものをプレゼントなんて……」

 「なんのなんの! このコスメにハマってどんどん買い足してくれたら私もガッポガッポだから!」


 いやメチャクチャ商魂たくましいな。

 コスメポーチに加えて夢那はコガネさんからサイン入り色紙もプレゼントされ、今度はナーリアさんが紙袋の中から数枚のCDを取り出した。


 「これは私が今まで出してきたシングルとアルバムの初回限定盤。全部サインも入れといたから是非聞いてね」

 「あ、あわわ……」

 「夢那ちゃん、これ転売したらウン十万いくから売ったほうがいいよ」

 「おいコガネ」


 すげぇ、ちゃんと全部のCDに直筆サイン入ってる。急なお願いだったのにこんなプレゼント用意してくれるなんて思わんかった。最初のあの意味わからん演出さえなければ完璧だったのに。


 「あ、あの、本当にありがとうございます! わざわざ家にまで来てもらってこんなに嬉しいプレゼントを貰えるなんて……か、家宝にします!」

 「コスメはちゃんと使うんだよ。それにお礼なら妹思いのお兄ちゃんにしてあげな。私達はそっちの坊やに借りがあったってだけだから」

 「そうでしたっけ?」

 「ほら、レギーちゃんの件でお世話になったからさ。まぁナーリアちゃんは私にたくさん借りがあるからこれからも返してもらう予定だけど」

 「そうなんですか?」

 「私が芸能界に復帰するって時に、色々あったってわけ」


 俺は借りを返せと頼んだつもりは無かったが、コガネさんとナーリアさんが協力してくれて本当に助かったし嬉しかった。やっぱり二人共八年前のビッグバン事件で大切な人を失っているから、そんな境遇にある夢那に対して思うところもあったのだろう。

 俺もこんな大人になりてぇなぁ。ムシャクシャした時はレバニラとニンニクマシマシギョーザを食ってから大星を飲み会に誘うか。


 「それじゃ、また月ノ宮に帰った時はよろしく~多分ナーリアちゃんは星河祭にサプライズ出演すると思うからその時に私もお邪魔しよっかな~」

 「それ言っちゃったらサプライズにならないでしょ!?」

 「楽しみにしときます」

 「まったね~」


 笑顔で帰っていくコガネさんとナーリアさんに、夢那はペコペコと頭を下げ続けていた。多分ナーリアさんはまたテレビのロケとかで学園祭に潜入して、最終的にライブでもする予定なんだろうなぁ。ネブスペ2原作だとそんな描写なかったけど本当に来るのかな。

 どうせなら星河祭でまたレギナさんとか他の前作ヒロインとかと会えないかなぁ。


 

 「どうだった、夢那。緊張した?」

 

 コガネさんとナーリアさんからプレゼントされたコスメグッズやCDを眺めている夢那に聞いてみる。夢那は未だに夢現という様子だ。


 「な、なんか緊張というよりは夢を見てる気分だったよ。ありがとね、兄さん……私のために」

 「ううん、なんてことないさ。僕もまさか本当に来てくれるとは思わなかったからね」


 いやぁ夢那が好きな芸能人が二人共知り合いで良かったわ。いやあんな有名人と知り合いってことあるもんかね。


 「これで、ボクも心置きなく月ノ宮に帰れるよ。また会えると良いなぁ……」

 「月学の学園祭にまた来るみたいだし、コガネさん達の友達も面白い人達ばかりだから是非会ってほしいね」


 本来ネブスペ2原作に前作の初代ネブスペのヒロイン勢は登場しないため、グッドエンドにもバッドエンドにも関わってこない、むしろグッドエンドに導いてくれるような気配もする。

 コガネさんとナーリアさんがサプライズで来てくれたことで、夢那バッドエンドのフラグが折れていると良いんだが……。

 


 

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