十六夜夢那編④ ボクが本当に欲しかったもの



 「今日から、夢那は私の娘だから」


 夢那の自宅に帰宅後、姿を現した望さんが夢那にそう言った。突然の決定に夢那も俺も驚くばかりで、夢那は望さんの発言に戸惑いながらも口を開いた。


 「ど、どゆこと?」

 「まだ色んな書類を請求してる途中だから提出できるのはちょっと先になるだろうけど、夢那は私が引き取ることになったから。というわけで夢那、私の家に住みなさい」


 夢那は両親を失い、頼れる親類は父方あるいは母方の曽祖父、そして叔母の望さん。母方の祖父は亡くなっていて祖母は老人ホームに入居しており、父方はかなり遠方に住んでいるらしい。それよりかは近場に住んでいて、なおかつかつて暮らしていた月ノ宮に、と判断したのだろう。

 

 「ボク、月ノ宮で生活するの?」


 夢那は少し体を震わせながら望さんにそう聞いた。多少の不安はあるかもしれないが、それよりも夢那は喜びの方が勝っているように感じられ、望さんも笑顔で答える。


 「こっちで暮らすよりも不便になるだろうし、朧みたいなのと一緒に暮らすのが嫌じゃなければ。夢那次第だけど」

 「ううん、ボク、望さんの娘になるよ!」


 何その宣言。夢那ってボクっ娘だから字面だけ見るとなんのこっちゃという感じになるわ。


 ネブスペ2原作でも、第二部で夢那ルートに突入すると両親を失った夢那が望さんに引き取られることになり月ノ宮へと帰って来る。その裏でこんなやり取りがあったのだと思うとちょっと感動するぜ。


 

 突然の話ではあったが、夢那は月ノ宮へ引っ越すための荷造りを始め、俺は望さんと一緒に夢那の両親の遺品の片付けをしていた。俺は足の骨を折ってるから力仕事なんて出来ないしあまり役に立たなかったけど。

 両親の私物に関しては夢那に必要か不必要か判断してもらい、古い電化製品や家具なんかは全て回収してもらうことになった。


 「ありがとね、望さん。夢那を引き取ってくれて」


 あまり片付けの役に立てない俺は椅子に座ってテーブルの上で服を畳みながら、夢那の両親が残した大量の書類とにらめっこをしている望さんに言った。すると望さんは溜息をつきながら書類をシュレッダーにかけると口を開く。


 「まぁ、それがあの子にとっても良いことだって思ったのよ。良い機会なんだし生き別れの兄と同居させるのもオツなもんでしょ」

 「でも、甥っ子に加えて姪っ子まで育てるのって大変じゃない? 夢那の部屋はどうするの?」

 「私は殆ど家に帰らないんだし、私の部屋を夢那にあげてもいいわよ。それに私もまぁまぁ稼ぎはあるし、あの子の両親の遺産だとか朧の事故の慰謝料とか結構ガッポガッポなんだから」


 いや人が死んでるのにガッポガッポとか言うんじゃないよ。そういや俺の事故とかでも慰謝料とか発生しているんだよな、俺も大概大怪我を負っているし。それに望さんの部屋を夢那の部屋にするんだったら、あのとっ散らかった部屋を片す必要があるじゃないか。想像するだけで気が滅入ってくるんだが。

 しかし、不遇な甥っ子と姪っ子を快く引き取って育ててくれる望さんには感謝しかない。


 「望さんも、やっぱり夢那のお母さん、ていうか僕達の実のお母さんが亡くなって悲しい?」

 「いや、別にって感じ。最近はめっきり会ってもないし連絡もとってないから、なんか古い友人が死んじゃったって感覚ね。元々あまり好きじゃなかったし」

 「どうして?」

 「口うるさくて厳しかったから」

 「そ、そうなんだ……」

 「ま、そういう煩わしさが恋しく感じることだってあるけどね」


 そりゃ望さんはかなりルーズなところがあるし、今までも結構怒られてきたのかもしれない。それは多分姉としての役目というか妹のことをどうにかしてあげたいって気持ちもあったとは思うが、結構サバサバしているなぁというように思える。普段の望さんから親類の話なんて全く聞かないからなぁ。



 夢那の荷造りや遺品整理も順調に進み、夜も更けてきたため望さんは宿泊しているホテルへと帰っていった。本当は俺も望さんと一緒にホテルに宿泊する予定だったのだが、夢那に残ってくれと懇願されたため今日も夢那の部屋に泊まることになった。


 「ボク、月ノ宮に帰るのとっても楽しみだよ。月ノ宮学園って色々宇宙に関する授業とか課題とかあるんでしょ? ボク、将来は宇宙飛行士になりたいから楽しみだよ」

 「え、宇宙飛行士になりたいの?」

 「うん。ほら、近々月面基地が建設されるでしょ? そこで生活してみたいってのもあるし、ゆくゆくは太陽系外に行くのも夢じゃないからね」


 ネブラ人達による技術協力のおかげで、各国の宇宙開発機関の共同プロジェクトである月面基地建設は年内にも始まる予定で、その第一陣として送り込まれるチームには月学出身の日本人宇宙飛行士も参加している。

 月面基地建設は宇宙ステーションのように様々な実験施設としての機能も持つが、将来的に他の惑星で生活する上でのノウハウを積むための重要なプロジェクトになる。宇宙飛行士ってかなり専門知識が必要だし体力も必要だからかなりハードルが高そうだ。


 「ほら、兄さんの後輩にアルタ君っていたでしょ? 彼が作ったロケットに乗って宇宙に行けたらとっても嬉しいな」

 

 なんかネブスペ2原作の夢那ルートでもそういうこと言ってたなぁ。何度も夜を共に過ごして「アルタ君のロケット、こんなんじゃ宇宙に届かないよ」だなんて言っておせっせしてた奴とは思えん。

 いや、夢那のイベントを思い出すのはよそう。妹の趣味とか想像したくない。


 

 「そういえば、兄さんは昔ボクと一緒に月ノ宮神社の七夕祭に行ったこと、覚えてる?」

 「人混みで全然花火が見えなかったことは覚えてる」

 「そう、それ。ボクも旧暦の方のは行ったんだけど、七月の方の七夕祭はどうだったの?」

 「規模的には八月の方が大きいけど、七月の方も色々イベントがあって面白かったよ」


 七月七日の七夕祭は、あのムギのすっげぇ絵と望さん達の巫女コスを見たこと、そして事故に遭ったことぐらいしか記憶にない。


 「兄さんはさ、七夕に何かお願い事した?」

 「ハーレムを作り上げること」

 「やっぱり兄さんと一緒に暮らすのやめようかな」

 「いやいや、冗談で書いただけだって」


 あの時の俺は朧ロールプレイをしただけで、そんなことを本気で望んでいたわけではない。結果的にその願いがちょっと叶っちゃってる状態ではあるが、本当ならネブスペ2のトゥルーエンドを迎えられますようにって書きたかったよ。

 夢那は呆れるように溜息をつきつつも、昨日と変わらず俺に抱きついていた。意外と甘えん坊というか……まぁ、まだ両親を失った傷が癒えたわけではないだろう。


 「夢那も七夕に何か願ったの?」


 すると夢那は逡巡した様子で、俺の耳元で囁いた。


 「ボクは、また兄さんと一緒に暮らせますようにってお願いしたよ」


 ……。

 ……いや、泣きそうになるからやめろ。俺前世でもこういう妹ほしかったわ。

 ていうか、違うだろ。夢那、原作だと確か自分に金イルカのペンダントをくれた人に会えますようにってお願いしてただろ。七夕の時点だと俺はまだ夢那と出会ってないのに、もうそこから歴史は変わってしまっているのか。

 

 「そう言われると僕も嬉しいよ。願いが叶って良かったね」


 俺は夢那の健気なお願いに素直に感動していたつもりだったが、夢那は俺が着ているジャージを掴み、声を震わせながら言った。


 「でも……ボクは、父さんと母さんの命まで代償にしたくなかったんだよ!」


 そう。

 夢那が再び兄と暮らせるようになったのは、彼女の両親が交通事故で亡くなってしまったからだ。

 まるで、夢那の願いを叶えるための代償だったかのように。

 

 「ボクは、確かに兄さんと一緒にいたかったよ。でもこんなの、ボクが本当に欲しかったものなんかじゃないよ……!」


 ネブスペ2第二部には、『私が本当に欲しかったもの』というサブタイトルがつけられている。

 第一部は七夕が最終日であるため『私の願いが叶いますように』なんていうサブタイトルがつけられているが、それとは逆に七夕から始まる第二部では、各ヒロインが七夕の短冊に書いたお願い事がシナリオに関わってくる。

 しかし、それらのお願いごとは何かを代償にして叶ってしまう。夢那の場合は最愛の両親の死、というように。


 「夢那……」


 俺は泣き出した夢那の震える体を包み込むように抱きしめた。


 「神様って、すごく残酷なんだよ」


 夢那の両親が死んでしまうのは、ネブスペ2のシナリオの都合だ。言わば神のような存在であるシナリオライターによって、物語の都合上そんな運命を定められただけに過ぎない。

 俺が、烏夜朧が、俺の知らない誰かの気まぐれな思いつきのせいで常に死と隣り合わせにあるように。


 「神様はいつも僕達に試練を与えてくる。どうして自分がこんな目に遭わないといけないんだろうって嘆くぐらいのね。

  でもそれは、自分が生きていく上での必要な試練なんだと思う。僕も色々そういう経験をして、それを乗り越えると良い思い出に変わることだってあったよ。それはあくまで乗り越えられたらの話だけど、夢那がその責任を背負って生きていくのは、きっと夢那のお父さんもお母さんも望んでいないと思うよ」


 こういうイベントが起きるって予想できていたなら、俺だって予め頑張って前世でプレイしたネブスペ2のシナリオを必死に思い出そうとするだろう。しかし原作でアルタがどんなことを言っていたかなんて、こういう場面に直面すると全然思い出せないから俺は必死に言葉を紡ぐ。


 「僕も、夢那とまた一緒に暮らせたらだなんて思っていたんだ。だから僕も同罪だよ。だからさ、いつか天国で再会した時にそんなこともあったねって笑い話にして、そして……二人に感謝できるように、精一杯生きようよ。夢那が不幸になる道理なんてないんだから」


 ぶっちゃけ俺はそこまで夢那と一緒に暮らしたいとは思ってなかったというか、前世の記憶が出てきてから毎日忙しかったからそんなことを考える余裕もなかったんだけども。

 しかし、夢那は俺の胸元でクスッと笑った。


 「兄さんが天国にいるの、想像できない」

 「いや酷くない?」

 「だから天国で父さんと母さんに会ったら言っておくよ。兄さんは地獄に行きましたって」


 いや夢那、絶対大笑いしながら報告してるだろ。でも俺が閻魔大王に舌を引きちぎられて針地獄にぶっ刺さっている間に天国で幸せな時間を過ごしてくれ。


 「ありがとう、兄さん……僕、父さんと母さんのために頑張って生きるから、兄さんも頑張ってね?」

 「勿論だよ」


 なんとか夢那が立ち直ったようで良かったぜ。でもまだ傷が癒えたわけじゃないだろうからまだまだちゃんとケアをしていかないと。

 


 『──アルタ君が本当に好きなのは誰なの?』


 その時、俺の頭の中にふとよぎった未来。

 夢那は、ネブスペ2第二部のヒロインの中の一人だ。ルートによっては第二部主人公であるアルタと結ばれることもある。

 だが今、アルタはキルケルートとかいう未知のルートに進んでしまっているのだ。そしてネブスペ2第二部の一番の見所は、ヒロイン同士によるアルタの奪い合いだ。夢那ルートでもキルケ達とアルタを巡って争うこともあるし、プレイヤー側も中々難しい選択肢を迫られることもあるから切り抜けるのは本当に難易度が高かった。

 

 これ、夢那が月ノ宮に戻ったらキルケとの奪い合いが起きる可能性もある……?


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