十六夜夢那編③ 遠ざかるトゥルーエンド
八年前、月ノ宮に甚大な被害を与えた宇宙船の大爆発──通称ビッグバン事故、いやビッグバン事件は、月ノ宮海岸に保管されていたネブラ人の宇宙船の不具合が原因だとされている。
しかし、その裏にはネブラ人の身内同士の争いがあったのだ。
俺が記憶を失っていた時、琴ヶ岡邸で遭遇した騒動。ベガとワキアはネブラ人の王女様という隠された肩書を持ち、そんな彼女達を担ぎ上げて地球人よりも上に立とうというネブラ人の一派も存在する。
そもそもとして、遥か彼方の宇宙から地球まで辿り着けるような宇宙船を、その中で百年以上も文明レベルを保ち続けたような民族が地球人と対等な立場にあるというのも不思議な話だ。彼らは確かに荒廃した母星から逃れてきた避難民に過ぎないが、地球人よりも圧倒的に優れた技術力を持ち、人類の進歩に大きく貢献してきたのだ。
ビッグバン事件の真相自体はネブスペ2のトゥルーエンドでも明かされるから俺も知ってはいるが、じいやさんから朽野一家がシャルロワ家に保護されていることを知った時は驚いた。ビッグバン事件をきっかけにネブラ人への風当たりが強くなったが、実は真犯人が地球人だったとしたら風向きは変わる。そうさせないためにシャルロワ家は秀畝さんを傘下の企業に、穂葉さんを傘下の病院に、そして乙女を傘下の学校に入れたのだ。
まぁまさかベガやワキアの隠された肩書だったり乙女の行方を早い段階で知ることが出来るとは思わなかったが、俺はまた思わぬ手がかりを得たのだ。
「丁度六月ぐらいだったよ。変な時期に二年生に転校生が来たってちょっと噂になってたから少しは知ってたんだけど、学年も違うし朽野先輩は部活にも入ってなかったから接点は無かったんだ。
でもボクがソフトボール部の助っ人で練習していた時に、ホームランボールが朽野先輩に直撃しちゃってさ。泡噴いて倒れてたから死んじゃったかと思ったよね」
なんで俺が知らないところで死にかけてんだよあいつ。いや泡噴いて倒れるのはかなり重篤の危機だと思うが、それを乙女がやってるとどうしてもギャグ的な描写にしか思えないんだよな。
「でもボールが朽野先輩に当たったわけじゃなくて、先輩ったら飛んできたボールが目の前に落ちてきたのにビックリして倒れただけだったらしいんだよね」
「まぁ、乙女らしいね」
「そこからなんとなく学校で見かけたら話すようになって、休日に遊びに行くようにもなったよ。朽野先輩っていつでもテンション高いからさ、ゲーセンとかカラオケに行くとすごく面白いんだよ」
いや夢那と乙女がカラオケでどんちゃん騒ぎしてる姿、簡単に想像できる。美空という体力お化けがいるから少し霞んでしまうが、夢那も美空に負けないぐらいのパワフルさを持っているからな。
「でさ、夏休みに月ノ宮に帰省するってことを話したら、朽野先輩が教えてくれたんだよ。朽野先輩の幼馴染のこと……それがまさか兄さんのことだとは思わなかったけどね」
「どんな風に言ってた?」
「女という生き物を見かけたら節操なくナンパする顔だけは良い詐欺師だって」
「大層な言いっぷりだね」
前世の記憶が出てきてからはあまりナンパしてないが、乙女の記憶の中にある俺の姿ってそれより前の朧の姿だから大分印象も変わるだろうなぁ。実質ハーレムを築いている俺を見たらやっぱり呆れられるだろう。
「乙女は元気そうにしてた?」
「うん。転校してそうそうテストなんかあるからさ、『テストなんて嫌だあああああああああっ!』って嘆いてたよ」
「乙女らしいね」
ネブスペ2ではトゥルーエンドに突入しない限り乙女の行方がはっきりと明かされることはないため、その後の乙女の行方はわからずじまいとなってしまう。でも確かにシャルロワ家に保護されてたんじゃないかって考察もあったからそこまで意外でもないが、まさか夢那と同じ学校だとは思わなかった。
そして……こんなすぐ近くに彼女がいるのなら、俺は会いたくてしょうがなかった。
「ねぇ、乙女に会えないかな?」
今日は平日、乙女は学校にいるはずだ。部外者の俺は入りにくいが、喪中とはいえ夢那なら乙女と連絡が取れるはず。
しかし、夢那は難しそうな表情で答えた。
「それが朽野先輩、夏休みが明けてから留学しちゃったんだよ」
「りゅ、留学!? 留年じゃなくて!?」
「九月入学でもないのにこんな時期に留年しないでしょ」
乙女が留学? お世辞にも成績が良いとは言えない乙女が留学して一体何の意味があるんだ? いや本当に失礼な物言いになるが訳が分からない。
「留学ってどこに? 英語留学?」
「さぁ。ボクも新学期になってから知ったし、先輩達も知らないみたいなんだよ。朽野先輩ってそういう夢とかあったの?」
「さぁ……」
何かの夢があって留学したのか、それとも……身を隠すために海外に移ったのか。ネブラ人の過激派は確かにネブスペ2原作でも手荒な手段をとっていたから、もしかしたらシャルロワ家の手引きで留学という名目で姿を消したのかもしれない。
乙女に関わりすぎると死ぬかもしれないと俺は何度も警告を受けたが、相当きな臭い話になってきたぞ。
「でも、多分朽野先輩のお母さんになら会えると思うよ。会いに行く?」
「四十九日が終わるまではやめた方が良いかな。連絡は取れる?」
「うん、いけると思うよ」
俺達は一旦会計を済ませてからファミレスを出て、近くにある公園の休憩スペースで夢那に電話をかけてもらった。夢那には烏夜朧がいることは伏せてもらい、乙女の母親である穂葉さんと話したい人がいるということを伝えて電話を変わってもらった。
……なんだろうこの緊張感。
「もしもし、お久しぶりです穂葉さん。僕のこと、覚えてらっしゃいますか?」
俺はあえて自分から名乗らなかった。ようやく乙女に近しい人に連絡することが出来て恐怖や不安さえ感じていた俺は手が震えてしまっていたが、すぐに電話口から明るい声が聞こえてきた。
『あ、もしかして南方の紛争に出征してた朧君!?』
いやそれどの世界線に生きてた朧だよ。
「いや、普通に月ノ宮に暮らしてる朧です。僕のこと覚えてくれてたようで嬉しいですよ」
『久しぶり~声を聞くだけでもわかるわぁ、随分と大きくなったみたいね~』
「本当にわかってますかそれ」
『わかるわかる~』
ネブスペ2の原作だと実際に穂葉さんが姿を現すのはトゥルーエンドに入ってからだが、イメージ通り陽気なご婦人という感じだ。声を聞くだけでも穂葉さんの笑顔が想像できる。
『急に連絡なんかくれちゃってどうしたの? それに夢那ちゃんと知り合いだったなんてびっくりだわ!』
「実は、僕の妹でして……」
『そうだったの!? 全然似てないから余計驚きだわ~』
ビジュアルだけだと朧は父親似で夢那は母親似だし、朧と違って夢那は大分まともに生きているからな。
『それにしてもごめんね~お別れも言えず急に出て行っちゃって。皆元気にしてる?』
「そうですね。僕も突然のことだったのでびっくりしましたよ。乙女とも連絡が取れないので」
『あぁ……トメちゃんったら頑なに朧君と連絡を取ろうとしなかったのよ。自分の決意を固めるためにってね。私のせいで、あの子には無理をさせちゃってるから……』
転校してから俺達月ノ宮の友人達と一切連絡を取らなかったのは、乙女なりの覚悟だったのか。朽野一家が都心へ引っ越すことになった一番の要因はビッグバン事件が関係しているだろうが、謎の病を抱える穂葉さんの転院のこともあっただろう。もしかして穂葉さんは旦那さんにビッグバン事件の真犯人であるという疑いがかかっている話を知らないのだろうか?
だが、もう穂葉さんが気負う必要はなくなるかもしれない。
「穂葉さん。穂葉さんの病気が悪化したのって八年前からでしたよね? もしかしたらその病気、治療法が見つかったかもしれません」
『え、本当に?』
「はい。僕の後輩に穂葉さんと似たような病気を抱えた子がいまして……」
俺は穂葉さんにワキアという少女について説明した。ワキアもビッグバン事件をきっかけに謎の病に罹患したこと、原因も不明で治療法も見つからないこと、そしてその病気はローズダイヤモンドという花が原因かもしれないということを。
病気を治すための薬の製法についても説明したが、やはりダークマター☆スペシャルというゲテモノ栄養ドリンクがベースになっているからか穂葉さんも電話口から悲鳴を上げていた。
『病気が治るなら藁にも縋りたいぐらいだわ。ちなみに朧君も飲んだの?』
「はい。僕もローズダイヤモンドに触れたことがあるので、念の為」
『どんな味だった?』
「死の淵を彷徨いました」
『そ、想像したくないわねぇ……』
しかし穂葉さんも長年苦しんできた病の治療法が見つかったかもしれないと知って、こちらから姿は見えなくても喜んでいるように思えた。
「そういえば、乙女が留学したっていう話は本当ですか?」
話が一段落したところで、俺は一番気になっていた乙女の行方について穂葉さんに聞いた。すると穂葉さんは声色を変えずに明るい様子で答える。
『そうなのよ。ウチの旦那がね、急にアメリカに出張することになったんだけどトメちゃんがついていきたいって言い出したの』
「どのくらいの間、留学するんですか?」
『予定だと一年って聞いたわ』
「い、一年ですか……」
乙女の行方について手がかりを得られたと思ったら、乙女は既に遠いところへ行ってしまっていた。まだ都心に留まっていたなら全然会いに行ける距離だったが、いやアメリカて。英語が全然出来ない乙女がアメリカの学校に馴染める姿は想像できないが……いや乙女持ち前の明るさで、ノリと勢いで乗り切っているかもしれないけど。
これ、ネブスペ2原作でも乙女は月ノ宮を離れた後にアメリカに留学していたのだろうか? トゥルーエンドでもそういう話は一切語られないから、俺からすれば完全オリジナルストーリーという未知の世界だ。
そして俺が頑張って回収しているネブスペ2のイベントに今後乙女が一切関わらないとなったら、原作で烏夜朧が唯一生還するルートであるトゥルーエンドへは絶対辿り着けない。
しかしそんな訳のわからない都合で乙女に帰ってきてもらうわけにもいかないし……やはり俺が簡単に関わってはいけなさそうなきな臭い話が関わっているような気がした。
『久々に朧君とお話出来て良かったわ~。もし病気が治ったら連絡するわね。何なら月ノ宮まで行っちゃうから』
「はは、楽しみにしてますよ。僕も穂葉さんがお元気そうで良かったです」
せっかく乙女の行方に関する重要な手がかりを得られたと思ったのに、まるで運命がその再会を拒んでいるかのように彼女は更に遠くへ行ってしまった。
やはり乙女抜きで最善のエンディングを目指した方が現実的か。しかし、乙女のいないエンディングなんて考えられない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます