十六夜夢那編② 手がかりはすぐそこに
九月二十九日。葬儀から一夜明け、いまだ喪中真っ只中ではあるものの、せっかく都心まで来たのだからと夢那と一緒に街をブラブラすることになった。
夢那に誘われた形だったが、夢那にとって家族との思い出が詰まった家にあまりいたくなかったこと、そして気分転換がしたかったというのもあっただろう。
「いや~やっぱりナーリアの曲を歌うと気持ちがいいよ」
俺は夢那と一緒にカラオケに来ていた。朝からカラオケだなんて不思議な気分だが、歌うことで晴れる気分もあるだろう。
「歌が上手いね、よく来るの?」
「うん、友達とよくカラオケで歌うよ。ボクの十八番はナーリアの『ネブラリズム』だね!」
めっちゃ聞き覚えのある曲だ。八月の七夕祭のミニコンサートでワキアが倒れたことを思い出すからちょっとしたトラウマでもあるが、曲自体は良いんだよ。実際ネブスペ2のオープニングテーマでもあるし。
「ナーリアさんも月学出身の人なんだよ。前にちょっと会ったことがあるんだ」
「兄さんの交友関係どうなってるの?」
「あとコガネさんとか」
「え、本当にすごいじゃん。何かのコネで会えないかな? ボク、コガネの曲とかあの人が出てるドラマとか映画、すごく好きなんだけど」
俺が前世の記憶を失っている間、どういうわけかネブスペ2の前作、初代ネブスペのヒロインの一人であるナーリア・ルシエンテスと出会うことが出来た。ナーリアがテレビのロケで七夕祭に来ているみたいなイベント、原作にはなかったはずなんだけどなぁ。
他にも俺がバイトしてたノザクロのOGであるネレイド・アレクシスも初代ネブスペのヒロインだから、コガネさん、レギナさん、ナーリアさん、レイさん、アクアたそと十人中五人のヒロインと出会うことが出来ている。俺にとっては豪華な面々なのだが、他の五人とも出会えるのかなぁ。
カラオケで散々歌った後は、都心の繁華街をブラブラと歩いていた。ウィンドウショッピングをしながら、夢那が何か気に入ったものがあれば買ってあげようとも考えていたが、流石にそこまで気分は乗らなかったのか、夢那はまだ時折暗い表情をすることがあった。
「そういえばさ、兄さんが医者になるって話は本当なの?」
「え、誰から聞いた?」
「キルケちゃんからだよ」
じゃあキルケはワキアあたりから聞いたのか。まぁ何かその場のノリっていうか、あれは前世の俺の記憶がなかった頃だったからノーカンにしてほしいんだけど。
しかし他にやりたいこともパッとは思い浮かばないため、今はそういうことにしておこう。流石に俺に医学部なんて無理だ。
「まぁ、大切な人を助けたいって気持ちがあったからね。望さん達には竹取大学とかをおすすめされてるよ」
「え、竹取大? ボクが今通ってるの、そこの附属だよ」
ついでだし行ってみようと夢那に誘われ、俺は夢那と一緒に電車に乗って高級感漂うオシャレなオフィス街へ。頑張って松葉杖をついて街を練り歩く。
テレビ中継なんかでよく見る某ヒルズが割と間近に見える都心の一等地に、朧が通っている月学なんかより遥かにスタイリッシュで憧れすらも感じる立派なガラス張りの校舎が建っている。なんでも海外の有名な建築家が設計した校舎らしい。
「ここがボクの通ってる竹取大附属だよ。月ノ宮学園に比べると窮屈かもしれないけれど」
「な、なんか大学みたいな校舎だね」
「まー、そこら辺はシャルロワ財閥の財力かもね」
確かに校庭はちょっと狭く感じるが、こんな一等地に立派な学校を運営できるのは、そりゃシャルロワ財閥が運営母体だからだろう。望さんも竹取大の出身らしいし、結構身近にいるんだな関係者。
夢那はまだ忌引きで学校を休んでいるが、今日も平日だから敷地内には多くの生徒が見える。赤地で結構派手めな印象の制服だが、何かアニメとかに出てくる名門私立っぽくてかっこいい制服だなぁ。俺は月学の紺色に白いラインが入ったシンプルながらも結構イケてるブレザーも好きだがスラックスが茶色なのはちょっとダサいと思うんだよな。エロゲに出てくる学校の制服って女子の制服が可愛い一方で男子の制服が犠牲になっていることもあるからな。
一方で竹取大附属の女子のブレザーも赤地だが、高級感があるというか気品のある雰囲気で黒のリボンも中々可愛らしい。
「女子の制服可愛いね。夢那もあれを着てるの?」
「そうだよ。誰かナンパする気?」
「いやいや、さすがに喪中にナンパはしないよ」
「喪中じゃなかったらしてたの?」
「うーん、してたかもね」
「うっわ……でも松葉杖をついた人がナンパするの、あんま似合わないと思うよ」
「違いないね」
確かネブスペ2原作でも、こっちの制服を着た夢那のビジュアルもあったはずだ。他のヒロインにも着てほしいなぁ。ていうか他のヒロインが夢那の制服を着るみたいなイベント、あった気がするけど起きないかなぁ。
段々とお昼が近づいて気温も上がり始めたため、学校から近いファミレスで休憩ついでに昼食をとる。病院で結構リハビリを頑張っていたつもりだったが、やっぱ松葉杖だと変な力を使うから意外と疲れてしまう。
「こっちの方ってあまり宇宙の食物を使ったメニューとかないから、あまり面白くないんだよね」
「いや、それが普通だと思うよ。夢那は何食べる?」
「激辛担々麺で」
そういや激辛好きだったな夢那って。ノザクロのジャイアントインパクト担々麺とかいう地獄みたいな色したメニューを食ってたし。
俺は普通にハンバーグセットを頼んだが、目の前に座る夢那は嬉々とした表情でいかにも辛そうな担々麺を啜っていた。
前世でネブスペ2をプレイした俺は、勿論夢那ルートも攻略して全てのイベントを回収し、彼女の性的趣向も知っているわけだが……実は夢那はとんでもないドSなのである。
まぁ第二部主人公のアルタ自身が総受けみたいなところはあるのだが、夢那がアルタに激辛メニューを無理矢理食べさせるというイベントをきっかけに、夢那は妙な性癖に目覚めてしまうのだ。そしてアルタに対する邪な感情がエスカレートしていき、【ピー】管理に始まり、束縛だとか激しめの玩具だとか……しまいにはアルタを裸にさせた上で犬耳と尻尾をつけてリードで繋げて近くの公園まで散歩させたりしてたからな。
俺、ヒロインじゃなくて主人公側がそっちをやらされてるの中々見たことないわ。多分アルタが結構中性的な見た目なのもそのプレイに拍車をかけてると思う。
ていうか、妹がそんなのやってるとか想像したくないんだけど。
「ん? どうかしたの、兄さん」
と、妹の目の前であまりよろしくないことを考えてしまっていた。それをすぐに忘れ、俺は思考を変える。
「いや……夢那は知らないかもだけど、幼馴染が急に転校しちゃってさ。都心のどこかの学校に転校したってのは知っているんだけど、偶然出会えないかなぁって」
夏休み中、ベガ達の助力もあって乙女の行方は判明したものの、あまり深く関わるのは危険だということで様子を見ていた。結局居場所までは聞いていないため、未だに会えずじまいだし連絡も取れない。
確か朧が乙女と知り合ったのは夢那と離れ離れになった後のことだから彼女は知らないはずなのだが、担々麺を掴んでいた箸を止めて、夢那は目を丸くしていた。
「兄さんに幼馴染っていた?」
「いや、父さん達が離婚した後に知り合ったんだ。結構仲が良かったんだけど、何の前触れもなく六月に急に転校したんだよ。それから一切連絡も取れなくて、元気にやっているか不安でさ……」
「六月って、ビッグバン事故の真犯人がどうとかっていう噂が出てた頃?」
「そう、丁度その時だよ。僕の幼馴染のお父さんがさ、その真犯人だって噂になってたんだけど僕は全然そうは思わなかったね」
朽野一家はシャルロワ家の保護下で生活しているらしいが、何か危ない組織に狙われているのだとしたら俺もあまり気が気でない。その怪しい組織についてはネブスペ2原作でも出てくるが、俺一人でどうにか出来る問題じゃないしなぁ……。
こんなことを夢那に説明してもしょうがないと俺は思っていたのだが、夢那は面食らった様子で箸を置いて口を開いた。
「もしかして、兄さんの幼馴染って朽野先輩のこと? ボク、その人のこと知ってるよ」
「へ?」
「だって、同じ学校に通ってるもん」
「……へぇ?」
世界というものは、意外にも狭いものだ。
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