琴ヶ岡姉妹編⑦ 恋に恋い焦がれ



 九月二十七日、もう十月が始まりそうだってのに平気で真夏日とか本当にやめてほしい。冷房がガンガンに効いた入院生活を送る俺にはあまり関係ないけれど。

 今日も俺はリハビリに励み、松葉杖を使っての歩行も大分慣れてきた。折れた骨も何とか繋がっているという状態で、いくら治りが早くても完治まであと一ヶ月以上はかかるとのことだ。これ、もしも俺がまた事故とかに遭う場面があったら流石に避けられないぞ。


 そんな不安も若干抱えながらリハビリを終えたお昼過ぎ。こんな暑い中で病院の敷地内を散歩してくるとルンルンな様子のワキアを見送って病棟の廊下を歩いていると、丁度エレベーターから長い銀髪の美しい少女が降りてきた。


 「あ、こんにちは会長」


 現れたのはエレオノラ・シャルロワ。ネブスペ2第三部のメインヒロインであり、月学の生徒会長でもあり、そしてネブスペ2のラスボスとも呼ばれる恐ろしいお方だ。第一部でスピカやムギのイベントを追っている時にそれはそれはお世話になったが、俺が挨拶すると会長は軽く微笑んで口を開いた。


 「あら、奇遇ね。松葉杖なんかついて病人の気分を味わっているの?」


 俺、なんか嫌味言われてる? まぁ会長が俺に対応するときってこんな感じか。


 「いやいや、先週ぐらいに事故にあって足の骨がちょっと折れちゃったんですよ。でももう全然平気です」

 「そう。確かにローザが話してたわ。鞄の中にいかにも呪われそうな日本人形を詰め込んでわざわざ事故を引き起こした輩がいるって」

 「まぁそれについては否定できないですね」


 ロザリア視点だと大分狂ってるよな俺。だってあの人形、事故に遭う直前に勝手に震えだしたんだもん。あれは事故が来ることを告げていたんだろうけど、何も知らなかったらホラー過ぎるからな。


 「会長はワキアちゃんのお見舞いですか? ワキアちゃん、散歩に行っちゃいましたけど」

 「いえ、それもあるけれど今日は別件よ」


 俺をそうあしらって会長は俺の前をスタスタと通り過ぎようとしたが、少し進んだところで足を止めて俺の方を向いた。


 「良かったら貴方も来る?」

 「えっ、はい」


 どうして誘われたのかよくわからなかったが、丁度時間も空いていたため俺は会長の後をついていった。



 病棟の廊下を進んでいくと、最近建設されたばかりだという新病棟の最上階へ繋がる渡り廊下へと入った。

 新病棟の最上階にもいくつか病室の扉があったが全然人気がなく、一番奥にある病室の前まで向かうと、会長はその扉をゆっくりと開いた。


 俺が入院している病室の数倍はありそうなだだっ広い病室に、ベッドが一台ポツンと置かれていた。他には執務用のデスクだったり本棚だったり、病室というよりむしろ執務室にベッドが置かれているという中々ミスマッチな内装だったが、部屋の中を進んでいく会長の後をついていく。


 ベッドには、一人の老人が寝かされていた。白髪で立派な顎髭を携えていたが、人工呼吸器など様々なチューブで繋がれ、俺達が側に近づいても目を覚まさず、生きているとは思えないほど静かだった。

 俺は、この老人を知っている。


 「父が倒れたのは丁度一月前のこと。ワキアが入院した頃と一緒ぐらいだったかしら」


 エレオノラ・シャルロワの父親であり、日本有数の大企業であるシャルロワ財閥の長であるティルザ・シャルロワ。確か夏休み前に一度だけ見たことあるが、実際に見かけることは少なくてもニュースなんかで目にすることが多い人物だ。ティルザ爺さんは実業家だけではなく、この地球に住んでいるネブラ人達の長という役割も持っているからだ。


 「今は辛うじて息をしているだけで、いつ意識が戻るかもわからない。いわば植物状態ね」


 ネブスペ2原作でもティルザ爺さんは脳梗塞だったか心筋梗塞だったかで倒れ植物状態に陥ってしまう。シャルロワ財閥の長でもあろうお方が事実上不在となったことで会長達も忙しいだろうが、それがネブスペ2第三部のシナリオにも関わってくる。

 だからまぁ、俺かてちょっとは驚きはしたが前世の記憶があったからそうでもなかった。


 「それ、僕みたいな部外者に伝えて良かったんですか?」


 俺にとって一番の疑問はそれだ。一月前にティルザ爺さんが倒れていたならそれはそれは大きなニュースになっているはずだが、おそらく世間一般に公表されていない。ネブスペ2原作でも、会長が第三部主人公である明星一番に初めてその事実を告げるのだ。

 俺は会長とは多少の面識はあるが、ティルザ爺さんと会話したことなんてない。しかし会長はティルザ爺さんのシワシワの手をそっと掴むと、小さく微笑みながら言った。


 「貴方みたいに生命力が強靭な人間が側にいれば、その生命力を吸い取って父も少しは元気になると思って」

 

 え、何その発想怖すぎ。それって半ば生贄みたいなもんじゃん。

 恐怖のあまり俺が少しずつ後退りしていると、会長は俺の方を向いてフフッと笑った。


 「冗談よ。私もあまり秘密事ばかり抱えていると疲れてしまいそうだから、誰かに話したくなったというだけ」

 「つ、つまり僕は会長にとってある程度信用に足る人間ということでよろしいですか?」

 「いえ、何かあったら気兼ねなく存在を抹消できそうだから」

 

 いやだったらなおさら怖いんですが。この人が言う存在の抹消とかあまり冗談になってないんだよ、立場が立場なだけに。

 会長には親友のレギー先輩もいるが、多分レギー先輩を巻き込みたくないから、どうでもいい俺を巻き込んだと。相変わらず酷いお方だ。


 だが、今の会長が大きな悩みを抱えているというのは事実。前世でプレイヤーとしてネブスペ2を全クリした俺は知っている。


 「会長。何かお悩みがあればお聞きしますよ?」


 親切心のつもりで俺がそう問うても、会長は首を横に振るだけだった。


 「貴方に何か相談するぐらいなら、そこら辺を歩いている働きアリに相談するわ」

 「虫以下でしたか、僕は」


 もし、シャルロワ財閥の長たるティルザ爺さんが亡くなってしまった場合、当然問題となるのはその後継者だ。ネブラ人随一の名家でもあるシャルロワ家、そしておそらく創業家による世襲となるシャルロワ財閥も含め、その後継者を決めなければならない。

 そして、その筆頭候補が会長というわけだ。



 病室を出て、俺の病室がある病棟へと戻る途中で会長が口を開く。


 「そういえばワキアから聞いたのだけれど、貴方医者になるって本当?」

 「あぁ、そうですね。それを目指して頑張っているところです」


 まぁその最中、俺はお医者さんのお世話になってるけども。

 ていうかワキアの病気が治ったら、俺が医者になる必要はないんじゃない? そのモチベがなかったら俺なんかが医者になれるわけがないし、そもそも俺自身は血とか見るの苦手なんだよ。

 しかし俺が医者を目指しているという話はまぁまぁ広まっているため、すぐに撤回するわけにはいかない。願書出す時にこっそり変えておこう。


 「なら竹取大学をおすすめするわ。当家の手厚いサポートで環境も充実しているし、卒業後は設備の整ったこの病院への就職も難しくないわ」

 「なんですかその斡旋。会長も竹取大学に進学するんですか?」

 「いえ、私はちょっと海外の方にね。それに貴方と一緒の学府に入るだなんて考えたくもないわ」

 「さいですか」


 なんか会長って俺に対して結構酷い言葉を言ってくるけど、結構言われ続けたおかげか俺もメンタル強くなって軽く笑い飛ばせるようになってきた。プレイヤー目線で見ていた時のシャルロワの最初の印象もこんな感じだったし。


 「それにしても、以前はレギーだったり他の女の子に身を捧げていたのに今度はワキアに身を捧げるだなんて、少しは誠実に生きようとしているのかと思ったけれどやっぱり下心は残っているみたいね。

  次は一体誰を狙っているの?」

 「うぐっ」


 俺は俺なりに誠実に生きようとしているのだが、ヒロインの誰かのバッドエンドを迎えるともれなく俺は死んでしまうため、全員がグッドエンドを迎えるように俺は奔走しなければならない。ネブスペ2の主人公達が全ヒロインを攻略してくれるなら良いのだが、第一部主人公の大星はメインヒロインの美空と結ばれ、第二部主人公のアルタも順当にメインヒロインのベガと結ばれるのかと思いきや、原作だと攻略できないはずの幻のキルケルートに入っている。

 これ、会長がヒロインになる第三部はどうなってしまうんだ?


 「会長こそ、誰か好きな人はいらっしゃらないんですか? 一番先輩とも仲が良さそうじゃないですか」


 第三部は他の三人のヒロインを差し置いて、シナリオが始まる十一月一日の文化祭当日、会長が主人公である明星一番に告白するシーンから始まる。だから会長は彼にある程度心を開いているはずなのだが──。


 「私が、そんな自由な恋が出来る立場にあると思う?」


 ネブラ人随一の実業家であるシャルロワ家の後継者筆頭候補、エレオノラ・シャルロワ。青春に恋い焦がれる少女の夢は、儚くも散ることとなってしまう。


 「一番先輩なら、そういうのは怖がらないと思いますよ」


 俺の夢は一番先輩に託すしかない。トゥルーエンドへのフラグが折れているなら俺は第三部の共通ルートで死ぬはずだし、会長の攻略はかなり困難だ。そして俺は会長のことは個人的に好きだがあまり付き合いたくはない。


 「そうだと良いわね」


 廊下を歩きならが、会長は物憂げにそう答えた。

 一体、誰が彼女の凍った心を溶かすことが出来るのだろう?



 階下へ降りるエレベーターの前に到着し、俺は会長を見送ろうとした。すると丁度、散歩に出かけていたワキアがエレベーターで戻ってきた。


 「あ、ローラお姉さんだ~」

 「元気そうね、ワキア。例の薬は飲ませてもらったわ、ありがとう」

 「作ってくれたのは月研の所長さんだよ! もうあれを飲んでからすっごい元気なんだよね~」


 ローズダイヤモンドが病の原因の可能性があったため、俺達と同じくローズダイヤモンドに触れたスピカやムギ、そして会長にも薬の作り方を教えて飲んでもらっている。

 ……あれってとんでもない味だけど、会長はどんな顔をしながらあれを飲んだんだろう。平気そうな顔で飲んでいる姿が想像に容易いが、原作だと裏でゲホゲホ言ってた描写もあったからメチャクチャ見てみたい。


 そんなバカみたいなことを考えていた時、ふと俺の携帯の着信音が鳴った。見ると望さんからの電話だ。珍しいと思いつつ、俺はワキアと会長から離れて自分の病室まで戻り電話に出る。


 「もしもし。何かあったの?」

 

 ワキアの病気に関する話題かと想像していたが、電話の向こうの望さんは深刻そうな様子で言った。


 『十六夜夢那って子、覚えてるでしょ? あの子の両親が死んだの』



 

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