琴ヶ岡姉妹編⑥ 早く退院したい



 リハビリなんて人生で初めてだ。そういえば前世の俺がエロゲプレイヤーだったことは覚えているんだが、どんな人生を送っていたかはあまり覚えていない。

 しかし俺の、というか烏夜朧の体はなかなか丈夫なもので、事故から一週間以上が経った今、松葉杖をつけば一人で歩けるぐらいには回復している。これには先生や看護師さん達まで驚いた様子で、割と退院は早いかもしれない。


 病棟の中も何とか松葉杖をついて一人で移動できるようになり、少しは楽になった。車椅子を自分で動かすとなると意外と腕の筋肉を使うし、車椅子からベッドに移動するのも慣れない動作だから一苦労していた。


 「あ、烏夜先輩!」


 リハビリから戻ってきた時、丁度ワキアが俺の病室へやって来た。俺はあまり気にしてないけど、やっぱりノックとかないとちょっと心の準備が出来ない。


 「やぁワキアちゃん。何だか元気そうだね」

 「うん、もうバッチリだよ!」


 病院服の装いのままクルンッと回ってワキアは楽しげに言う。

 望さんが調合した謎の薬を飲んでから早一週間。ワキアの病状は改善していき、例の発作も見られなくなった。このまま容態が安定していれば退院も近いし、もしかしたら本当にワキアの病気が治ったのかもしれない。

 ワキアがただ単にそういう素振りを見せないというわけでもなさそうで、松葉杖で歩くのが大変な俺をとにかく外へ引っ張り出そうとしてくる。何だか以前よりも増してワキアのテンションが高くなったし明るくなったように感じる。


 「ねぇこれ、本当に治ったのかな? 治ったと思う? どうどう?」

 「そう信じたいよ。何か実感はないの?」

 「何だか、今までずっと頭に霧がかかっていたというかモヤモヤしてた感覚があったんだけど、それが全部晴れたって感じかな~」


 そういえばネブスペ2のワキアルートでグッドエンドを迎えるときも似たようなこと言ってたな。ということは本当に治ったと信じて良いのか? 俺はまだバッドエンドを迎える可能性があるかもしれないって考えてるからな?


 「烏夜先輩はどんな感じなの? もう走れる?」

 「走ったらすぐ折れると思うよ。治りは常人の倍ぐらい早いらしいけど、やっぱり完治までは二、三ヶ月はかかるだろうって言われた」

 「大変だね~」


 こうしてワキアと楽しい入院生活を送るというのも楽しいが、それでも一刻も早く退院しなければならない事情がある。

 ここに入院したままでは、他三人のヒロインの動向を見ることが出来ないからだ。


 

 まずルナこと白鳥アルダナルート。新聞部である彼女の取材に付き合いながら、ベガやワキアに協力してもらってルナの写真の腕前を上げていき、学園祭で表彰されるというのがシナリオの大まかな流れ。夏休みで海や遊園地に行った時、ルナはパシャパシャと皆の姿をカメラに収めていたが、一番大事にしているのはアルタとのツーショット写真で……あれは結構好きなイベントなんだが、もしかして俺はルナのバッドエンドも迎える? そうなると俺がルナにストーカーされてそれを苦に身投げすることになるんだが?

 ルナとはまぁまぁ親交を深めたが、ルナのあのツンデレっぷりが本当に俺のことを好いてくれているのか嫌いなのか塩梅がわからない。俺のことが本当に嫌いな大星の妹、晴にちょっと似てるところあるんだよ。



 そして十六夜夢那ルート。夏休みを最後に月ノ宮から都心に戻ってしまったが、確か親が病死したとかで月ノ宮に戻ってきて、またノザクロでバイトを始めてアルタと親睦を深めていき──というのがシナリオの大まかな流れ。

 そして夢那の隠された設定。それは、烏夜朧の実の妹だということだ。

 ビッグバン事故より前に俺の両親は離婚し、朧は父親に、夢那は母親に引き取られ、そして母親の再婚相手である『十六夜』の姓を持っている。朧に妹がいたことを知っているのはそれこそ乙女ぐらいで大星達は知らないし、その乙女でさえ夢那とは遭ったことがないはずだ。いや、確か叔母の望さんは共通の知り合いでもあるから、だから前に月研で夢那と会った時にあんなに驚いてたのか。


 いやぁ……久々に故郷に戻ってきて八年ぶりに生き別れの兄に会おうとしたら記憶喪失になってて自分のこと忘れてたとか、夢那どんな気持ちだったんだろ。いやもうなんかすんごい申し訳ないから夢那に連絡したいけど、直接会いに行きたいぐらいだ。退院したらすぐに謝りに行こう。


 だが、一つ気になることがある。アルタがキルケルートとかいう原作にないオリジナルルートに入った今、おそらく俺は他ヒロインのイベントを回収しなければならないのだが、血が繋がっている妹である夢那のイベントは除外されるのだろうか?


 エロゲなんかでは主人公の妹なんてありえないぐらいの頻度で出てくるし、実妹だろうが倫理観なんてはねのけて妹ルートが構築されていることもある。ネブスペ2でもムギやワキア、ルナに夢那など妹属性のついたヒロインは数多くいるが、攻略可能ヒロインの中に主人公の妹は存在しない。

 でもワンチャン、夢那のバッドエンドに突入する可能性はあるんだよな……。



 そして第二部で厄介なのが、第一部と違いそれはそれはもうドロドロした愛憎劇が繰り広げられることだ。主人公であるアルタの幼馴染であるベガとワキア、二人に負けず劣らずアルタと長い付き合いになるルナ、ひと夏の恋が芽生えた夢那、そしてモブでありながら強烈なインパクトを残すキルケにカペラと、これはもう最早アルタがたらし過ぎるというか多分メロメロボディなんだと思う。


 しかも今の俺には、第一部で中々深い関わりになってしまったスピカ、ムギ、レギー先輩の三人もいるという状況だ。このまま原作通りの愛憎劇が繰り広げられるなら、多分バッドエンドに入らずとも俺は誰かに刺されるだろう。



 ワキアルートが終わったかもと安心できないのは、それが一番の理由だ。何ならワキアも中々の独占欲をみせるというか、第二部ヒロイン勢の独占欲をナメてはいけない。

 何なら……ベガがその筆頭だからな。


 「ベガちゃん、最近お見舞いに来ないね」


 いつものようにワキアと夕食を取っている時、俺はそう切り出した。この一週間、大星達同級生やルナ達後輩もぞろぞろとお見舞いに来てくれたのだが、ベガはあの日以降、一度も姿を見せていない。しかも俺どころかワキアのお見舞いにすら来なくなってしまったのだ。


 「なんか、最近レッスンが忙しいんだって」


 ベガは来月の末に大きなコンクールを控えている。まだ一ヶ月前だがそれに緊張するのも無理はない。

 だがそれはあくまで建前で、本当は……俺に合わせる顔がないと思っているのだろうか。ワキアは特に気にしていない様子だし、あのことをワキアに話すのはよしておこう。


 「そういえばさ、烏夜先輩って穂葉さんのこと知ってるよね?」

 「うん、知ってるよ」

 

 穂葉さんは俺の、ていうか烏夜朧の幼馴染である朽野乙女の母親のことだ。確かこの病院に入院していてワキアとも親しかったようだが、久々にその名前を聞いた。


 「穂葉さんもね、私みたいに治らない変な病気にかかってたんだよ。もしかしたらあの薬で穂葉さんの病気も治るんじゃない?」


 そう、穂葉さんも八年前のビッグバン事件をきっかけにワキアと同じく謎の病に冒されている。ネブスペ2原作ではその病気が何なのか判明しないまま乙女共々月ノ宮から去ってしまうため謎のままだが、確かにそういう考察もあった。ワキアの言う通りなら、大分希望が見えてくるぞ。

 ただ懸念点があるとすれば、乙女に会おうとするのはかなり危険だというところか。


 

 俺が記憶を失っていた夏休みの間、俺の記憶を取り戻すために尽力してくれたスピカやベガ達は、俺の幼馴染である乙女と再会することが出来れば記憶が戻るのではと考えていた。

 しかし、ビッグバン事件に関する何らかの手がかりを持っているであろう乙女の父親、秀畝さんを含め朽野一家はシャルロワ家に保護されているという。

 

 俺は携帯でLIMEのトーク画面を開いた。六月、乙女が転校した直後。何度もメッセージを送り続け、そしてとうとう俺の心が折れてしまってからは一度も開くことのなかった画面だ。

 久しぶり、と前置きして俺は乙女に伝えた。

 穂葉さんの病気を治す方法が見つかったかもしれない、と。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る