琴ヶ岡姉妹編④ 綺麗な花には毒がある



 琴ヶ岡ワキアバッドエンド、『寄生』。密かにワキアの体内を巣食っていた宇宙生物がワキアの思考すら乗っ取り、主人公であるアルタを文字通り食べてしまうエンディング。ネブスペ2におけるとばっちり常連組の朧は、原作では偶然その場に居合わせたというだけでアルタ共々食べられてしまうわけだが、明らかに今、俺はアルタのポジションにいる。


 「女の子に食べられるだなんて、なんか因果応報ね」


 昨夜の一件から一夜明け、朝日が差し込む病室でエナドリをキメながら望さんはそう言った。

 死の危機に遭遇していた甥っ子に対してそんなことが言えるもんかね普通。望さんなりに気を紛らわそうとしているのかもしれない。


 「いや、僕は何か悪いことをした覚えはないけれど、それはともかくありがとう望さん。本当に助かったよ」

 「お見舞いに行ってあげようと思ったら、まさかこんなことになってるとは思わなかったわね。んで事故の怪我の方はどんな感じ? 昨日ウチの研究所からネブラライオンが逃げ出したんだけど捕まえられそう?」

 「この状態を見ていけると思う?」


 望さんによって何とか助け出された俺は病室でそのまま寝ることになったが、ワキアは鎮静剤を打たれ隣の部屋で眠っている。事態が事態なだけに精神病棟への移動も話し合われたが、それは望さんが止めたという。


 「あの子って前からあんな感じだった? 前に研究所で会ったけど多重人格持ち?」

 「ううん、最近になってまるで人が変わったみたいに豹変することがあったんだ。ストレスを抱え込んでるのか、何か病気が悪化してるのか、僕にはわからないけれど……」


 相変わらず目の下に大きなクマを作っていた望さんは、ふーんと頷きながらエナドリをグビグビと飲んでいた。

 そういや前に、俺が記憶を失っていた頃に望さんってワキアと会ってたっけ。私の妹よとか真顔で言ってたな。

 だから面識はあるはずだが……あのワキアの姿を見て望さんは何を思っただろう。望さんはエナドリを一缶飲み干すと、さらにもう一缶開けながら口を開いた。


 「なんかね、似たような症状を見たことあんのよ」

 「へ?」

 「私は医者じゃないけど、ほらウチの研究所って色んな宇宙生物飼ってるでしょ? その関係で宇宙生物関係の情報とか色々舞い込んでくるのよ」


 望さんが所長を務める月ノ宮宇宙研究所にはネブラ人が宇宙から持ち込んだ様々な宇宙生物が飼育されている。管理体制が杜撰すぎて月ノ宮には野に放たれた宇宙生物が彷徨ってるけど、ちゃんと管理者としての意識は持ってるのかなこの人。この世界がネブスペ2っていうエロゲの中だから許されてるけど、その記憶がなかった頃の俺はまぁまぁ怯えてたよ。

 それはともかく、望さんは二本目のエナドリを一口飲んだ後に口を開いた。


 「確かビッグバン事故が起きてからちょっと後ぐらいだったっけ。病死なのかよくわからない死に方した人がいるってことで、ウチの研究所で検死することになったのよ。やっぱりアイオーン星系に生息していた宇宙生物にも色んなウイルスとか寄生虫がいたからね。

  んでネブラ人達に調べてもらったら、案の定見つかったってわけ」

 「月研って検死とかやってるの?」

 「まぁ、裏で色々やってんのよ」

 

 望さんはそう言って意味ありげに笑っていたが、もしかして月研って裏でヤバいことやってたりするのか。流石に自分の身内がそういうのに加担しているとなるとちょっと怖くなってしまう。

 だが、それよりも今肝心なのはその謎の病魔の話だ。


 「ほら、アストルギーってあるじゃない? ネブラ人が地球の食べ物を食べたり、逆に地球人が宇宙の食べ物を食べると起こすアレルギーみたいなの。あれと似たような原理で、地球の環境で生育するだけで毒物になる宇宙の植物があったってわけ。

  滅多に市場に出回ることはないけど、それがローズダイヤモンドって変な花なの」

 「ろ、ローズダイヤモンド!?」


 ローズダイヤモンド。それは俺もよく知っている幻の花。俺はその美しい姿を見たことがあるし、何なら俺の部屋に飾ってある。


 「前の月研にあった宇宙船の中でこっそり育てられてたんだけど、爆発の時にそこら中に毒素がばらまかれたかもしれないのよね。でも地球人には影響が出ないみたいで、ネブラ人、あるいはその血を引き継いだハーフだけ罹患するっぽいし、未だに本当にそれが原因なのかも微妙なところだけど」

 「ち、治療法は?」

 「あぁ、あのダークマター☆スペシャルと似たようなもんよ。あれにネブラスッポンとネブラ牡蠣とネブラニンニクとか加えたら出来るはず。ダークマター☆スペシャルならまだしも、ネブラスッポンとかそもそも生息数が少ないし入手が難しいけど……」

 

 いやあのゲテモノ栄養ドリンクのダークマター☆スペシャルが治療薬になることある? それにネブラスッポン、ネブラ牡蠣、ネブラニンニクってラインナップ、何か聞いたことあるような……。


 「ああああっ!?」

 「おわっ、急に叫んだりしてどうしたのよ」

 「僕の部屋にあるよ、それ! テミスさんから貰ったんだ!」


 夏休み、俺はテミスさんから毒々しいオーラを放つ謎の小瓶を渡されたことがある。なんでも脳機能の活性化に良いという漢方薬っぽい薬らしいが、あれがここにきて役に立つことある?


 「じゃあそれを混ぜれば完成ね。アンタの部屋のどこにあんの?」

 「机の上にあるよ。何かいかにも毒々しいオーラを放ってる小瓶があるはずだから」

 「なんでそんなのがアンタの部屋にあるのか気になるけど、ちょっと取りに行ってみるわ」


 ワキアの病気を治す薬の作り方までは俺も覚えていなかったが、そんな簡単なもので本当に作れるのだろうか。

 薬を作るため望さんが病室を出ていった後、俺は窓の外の青空を眺めながら考える。


 ……これ、原作と違う。



 ネブスペ2第二部、琴ヶ岡ワキアルートのバッドエンドを何とか回避したが、例えグッドエンドに切り替わったとしてもワキアの病気が治る時期が早すぎる。だって第二部が終わるのは十一月一日、今日はまだ九月十九日だぞ。まぁイベントが起きるタイミングが前後するのは第一部でスピカ達のイベントを追っていた頃からよくあったから気にしないことにしよう。だってワキアルートのイベントが終わったら他ヒロインのイベントを回収することになるだろうから。


 「にしてもワキアの病気の原因って、ローズダイヤモンドだったの……?」


 確か原作だと、ワキアの病気の原因は彼女の体に寄生していたネブラアメーバという宇宙生物のはずだ。かなり小さい生物で手術でも取り出すのが困難だから望さんが作った薬で治療するという流れだったはずなのに、そもそもとしてその原因が何故か変わっている。


 「じゃあ、スピカやムギもヤバいってこと……?」


 俺はすぐにローズダイヤモンドについて携帯で調べた。前にも育て方を調べたことがあったが、確かに行政からローズダイヤモンドの毒性についての注意喚起があった。どうやらあの神秘的な輝きを見せる花びらに毒性があるらしく、人間が食べると死亡例はないものの食中毒のような症状が出るらしい。あれを食う気には中々なれないが。


 「俺、二人をローズダイヤモンドにキスさせてしまったよなぁ……」


 ただそもそもローズダイヤモンドの花の存在自体が珍しい上に、地球での品種改良で無毒化されたことで最近流通している株に害はないようだ。しかしアストレア邸の近くに咲いていたローズダイヤモンドには毒が残っている可能性もあるため、スピカ達にも同じように薬を飲ませた方が良いだろう。


 「頼むから治ってくれよ……いや、あんな味の薬を飲めってのも酷だけど」


 ダークマター☆スペシャルの味がどんだけイカれてるか俺は知っているから気が引けるが、恐ろしい病気を治すためだ。ワキア達には頑張って飲んでもらうしかない。


 にしても、元々無毒だったローズダイヤモンドの花が地球で育つことで毒を持ち、さらにネブラ人に対して毒性が強くなるってのも不思議な話だ。

 ここら辺の経緯がネブスペ2の原作と違うのは、俺がこの世界に転生したことと関係があるのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る