琴ヶ岡姉妹編② 夏の終わりに、君と恋して



 前世の記憶を失っていたこの二ヶ月もの間で周囲の状況は目まぐるしく変化していたわけだが、まずは目の前のことを解決していなければならない。

 その一環として、まず俺は望さんに連絡を入れた。ワキアの病気を治すためだ。


 ネブスペ2原作で第二部のワキアルートに突入すると、ワキアが罹患している謎の病がだんだん悪化していき、ついには豹変して幼馴染のアルタを襲おうとしてしまう。バッドエンドならそのままアルタはワキアに文字通り食べられてしまうが、宇宙生物に詳しい望さんの助けを借りればワキアの病気を治す治療薬を開発することが出来る。

 詳細な作り方は作中でも明言されていなかったかただ単に俺が忘れているため、とにかく望さんにワキアの症状を見てもらわなければならない。しかし望さんはやはり多忙で中々予定を空けられないそうだが、できるだけ早く来ると言っていた。


 「懐かしいな、この光景」


 学校が終わった頃、俺の病室に集まった美空、スピカ、ムギ、レギー先輩の面々を見ながら大星が言う。そりゃ二ヶ月前にもほぼ同じ場面があったからな。


 「朧っち~ちゃんと修学旅行までには治してね~」

 「こんなに不幸体質だと、また事故に遭う可能性の方が高いかもね」

 「朧さん、あまり無理をせずにゆっくり休まれてくださいね? こんなに何度も事故に遭っていると私達も本当に心配です」


 スピカやムギの母親であるテミスさんの助力がなければ俺は死んでいただろう。まさかカペラバッドエンドを迎えかけるとは思っていなかったが、思いの外簡単にバッドエンドを迎えそうになったため、今後はかなり慎重に動かねばならないだろう。

 そしてようやく記憶を取り戻した俺はあることに気がついた。


 「今更だけどスピカちゃん、僕のことを名前で呼ぶようになってたね。何だか嬉しいよ」

 

 確か六月ぐらいまでずっとスピカは俺、ていうか烏夜朧のことを烏夜さんと呼んでいた。別にそれはそれで良かったのだが、多分俺が七夕に事故に遭ったタイミングで朧さんへと呼び方が切り替わっていった。


 「あ、あぅ……」


 ようやくそれに気づいた俺は素直な感想を述べたまでだったのだが、スピカは恥ずかしくなってしまったのか両手で自分の顔を押さえてしまい、恥ずかしさのあまり頭から蒸気が吹き出そうな程だった。

 そんなスピカの様子を見たムギ達がニヤニヤしながら口を開く。


 「良かったね烏夜。スピカったら烏夜が記憶喪失になったのをきっかけにやっと名前で呼ぶようになったんだから」

 「ねぇなんで急に名字呼びにしたのムギちゃん? ねぇなんで?」

 「まぁ良かったじゃないか烏夜。オレもいつかは指摘しようかと思っていたけど、烏夜が気づいて良かったよ」

 「いやレギー先輩、この流れって確か前にもやりましたよね? 僕はそのことも思い出したんですよ?」

 「烏夜。記憶が戻って良かったね。おすすめの生命保険があるんだけどどう?」

 「美空ちゃん、その保険金殺人の流れも前にもやったよね?」

 「大丈夫だ烏夜、身代わりを用意すればいける」

 「大星、それ失敗して結局僕が始末されるやつだよね?」


 かくいう俺はしれっと知り合い達を最初っから下の名前で呼んでいるけども、まぁこれは烏夜朧のロールプレイってことで。だってシャルロワ家の面々をシャルロワさんって呼んでも誰が誰だかわからんし。

 なんていつものおふざけを呑気にかましていると、ムギが俺のベッドの側に近づいてきて、そしてニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩いて口を開いた。


 「というわけでさ、朧もめでたく記憶を取り戻したことだし、決着をつけようよ。

  朧。私とスピカ、レギー先輩の中で結局誰のことが好きなの?」


 それは、七月七日に俺が答えを出すはずだった問いだった。その直前に俺が事故に遭って記憶喪失になったことで先延ばしにされていたが、俺はようやく記憶を取り戻したのだ。

 つまり、決断の時ということである。


 

 ──いや、選べるか!

 選べるわけねぇだろうがよ! ここでセーブポイントを用意してくれたら俺は喜んで三人とも攻略するわ! これだから現実はクソゲーだなんて言われるんだよ!

 

 いや落ち着け俺。俺は転生しているわけだし、もしかしたらよくある転生モノみたいに何かスキルを持っているかもしれない。全然女神とかに出会ってないけど俺が気づいていないだけでワンチャンセーブとかも使えるかもしれないぞ。


 セーブしますか?

 セーブ中…………。

 セーブ出来ませんでした。

 畜生がよ!


 そんな問答を頭の中で繰り広げている俺の答えを待つ三人をよそに、美空が先に口を開いた。


 「そもそもさ、三人は朧っちのことが大好きなんでしょ?」

 「はい」

 「うん」

 「そうだな」

 「即答だね。でもさ、三人は朧っちに夢中って感じかもしれないけどさ、朧っちがこんだけ悩むってことはやっぱり三人のアピールがまだまだ足りないんじゃないかな~」


 ここでまさかの助け舟。確かに俺が決心しにくい理由の一つが、三人に甲乙つけがたいという点だ。もう美空からはリア充の余裕すら感じられる。


 「つまりアピール合戦は継続ってこと?」

 「私達はもうすぐ修学旅行があるじゃないですか。ムギ、そこで朧さんを仕留めましょう」

 「暗殺する気か? ていうかオレは学年違うから行けねぇぞ」

 「じゃあレギー先輩は文化祭で精一杯朧にアピールしなくちゃね」


 美空のおかげで三人からの追求は避けることが出来た。なんだか前にも助けて貰った気がするし、今度サザクロのスイーツバイキングでも奢ってあげよう、勿論大星とのペア分で。

 だが、これは問題を先送りしただけに過ぎない。俺だって三人のことは大好きだけど、三人と付き合う上での一番の課題はまだネブスペ2のシナリオが終わっていないという点だ。


 今日は九月十八日。第二部が終わるのは文化祭が開催される十一月一日だが、そこからさらに第三部が始まるのだ。第三部が終わるのは来年の三月のことだから、俺が進級する直前でようやくネブスペ2本編のシナリオは終わりを告げる。

 だが第一部でヒロイン達の個別ルートの解決に奔走していたら何故か俺が第一部主人公である大星の代わりにスピカ達を攻略することになってしまったから、今後もそうなる可能性がある。前にルナが言っていたように、確かに烏夜朧の夢はハーレムだったがそれは現実的な目標じゃない。

 モテちゃって困るなぁ……だなんて言っている場合じゃなくなってきたな。



 大星達が騒いで帰った後、俺の病室に新たな客人が。昨日林間学校から帰ってきたばかりの一年生組、アルタ、ルナ、キルケの三人だ。


 「思ったより元気そうだね。心配して損した」


 先輩に対してそんな減らず口を叩くのは第二部の主人公である鷲森アルタ。お前、マジで今誰のことが好きなんだ? お願いだから教えて欲しい、だって俺は君の代わりに記憶喪失になったんだぞ。


 「いや、カペラさん共々本当にご無事で良かったですよ! しかも記憶まで戻ったらしいじゃないですか! 私との出会いも覚えてらっしゃいますか?」

 「僕がキルケちゃんにちゃんと自己紹介したの、多分事故の後だよ」

 「あ、そうでしたっけ?」


 鷹野キルケ。お前攻略可能ヒロインじゃないだろ。なのになぜアルタの隣にいるんだ。確かに記憶を失っていた俺はキルケの背中を押してしまったが、林間学校で一体何があったんだ、えぇ?

 そして記憶喪失になった俺が記憶を取り戻していく過程を取材していたルナはメモを片手に俺に聞いてくる。


 「結構時間がかかりましたね。いやむしろ早いぐらいなんですかね。私のことも思い出してくれました?」

 「七月初旬ぐらいに、生徒会室で……」

 「ふんっ!」

 「ぬぼぉっ!?」


 生徒会室のロッカーに二人で入ったことを話そうかと思ったその時、ルナは骨が折れていない方の俺の左足の膝を思いっきり殴ってきた。


 「次は右足にぶち込みますよ」

 「いやごめんて」

 「一体何があったの?」

 「アルちゃん達は知らなくて結構です!」


 なんかルナぐらい当たりがキツいほうが接しやすくて楽だ。もしかして俺はМ気質なのか?


 「どう? 林間学校は楽しかった?」

 「ルナがご飯を焦がしたり、キルケが山の中で迷子になったりしたね」

 「キルケちゃん迷子になったの!?」

 「いや、綺麗な蝶々が飛んでるなぁ~と思って追いかけたらいつの間にか皆とはぐれてしまってて……」

 「アルちゃんが見つけ出してくれて良かったですよ、ホント」

 「岩の陰に隠れて泣いてたからね」

 「言わないでくださいよ!?」


 何かもうキルケが山の中で迷子っていうか遭難してても全然驚かないわ。だって簡単に遭難しそうだもん、キルケ。確か原作でも林間学校で遭難イベントはあったはずだが、キルケは対象外のはずだ。


 「フォークダンスも楽しかったですよ。アルちゃんって何でも出来そうなのにダンスは下手なんですよ」

 「それは言わなくて良かっただろ!?」

 「全然息の合ってない二人三脚みたいでしたね」


 何それ見てみたかったなぁ、ていうか俺は原作のそのイベントシーン見たよ。確かベガとルナのイベントCGがあるはずだ。

 そこにキルケは映っていなかったはずだが……。



 林間学校の思い出話も終わるとアルタ達は帰っていったが、俺に話があるとキルケだけが病室に残った。


 「えっと……烏夜先輩。アルタさんの話なんですけども……」


 いつもは明朗快活なキルケがモジモジして顔をうつむかせてしまい次の言葉を中々紡ぎ出せずにいたので、先に俺が助け舟を出す。


 「林間学校でアルタ君との関係は進展した? 遭難して助けてもらっただなんて、ますますアルタ君のことを好きになっちゃったんじゃない?」

 「は、はい……本当に怖くておかしくなってしまいそうだったんですけど、そんな時にアルタさんが助けに来てくれて、本当に格好良くて……」


 いやぁアルタも中々罪深い野郎だな。俺への態度はどうにかしてほしいけれど、あんなぶっきらぼうに見えてちゃんと気が利くし情熱も持っているしイケメンだし……非の打ち所がないんだよな、アルタって。俺は記憶喪失だった頃の七月からのことも覚えているが、ベガを事故から守った時にはわざわざ俺に頭を下げてきたからな、あれは本当に今でも驚きだ。

 確かにビッグバン事件で両親を失ったことで大変な毎日を送っているけれども、そんな環境に負けずに夢を追いかけ続けているのだ。


 俺もそんな人生送ってみたかったなぁだなんて懐かしんでいると、モジモジしていたキルケが顔を上げて、自分の拳をギュッと握りしめながら言った。


 「私、アルタさんに告白したんです」


 ……。

 ……えっ?

 記憶を失っていた頃の俺は確かにキルケの背中を押したが、まさか林間学校の時に行動に移すとは思っていなかった。

 そしてキルケが俺に見せた笑顔は、彼女の青春の始まりを告げていた。


 「そして……私、アルタさんとお付き合いをすることになりました」


 ……ええええええええええええええええええええええええっ!?

 

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