琴ヶ岡姉妹編① 帰ってきた烏夜朧



 まず状況を整理しよう。

 前世でネブスペ2をプレイした記憶を持ってネブスペ2の世界で生きることになってしまった俺は、モブキャラである烏夜朧として何とか第一部を乗り切った。


 しかし第一部の終わりであり第二部の始まりを迎える七月七日、第二部の主人公である鷲森アルタは本来このタイミングで幼馴染の琴ヶ岡ベガを庇って交通事故に遭い記憶喪失になってしまうのだが──どういうわけかアルタの代わりに俺が、烏夜朧が交通事故に巻き込まれてしまったのだ。

 そして、『俺』──このネブスペ2というエロゲの世界の行く末を知っている人格が二ヶ月以上もの間行方不明になっていたというわけだ!


 「記憶、本当に戻ったんですか!?」


 三日ぶりに目覚めて色々と検査を終えたお昼過ぎ。完全に記憶を取り戻したことを説明すると、ベッドの側に置かれた椅子に座っていたカペラが驚きつつもどこか嬉しそうな様子だった。


 「うん。いやぁ何とも単純な治療法だね。もう一度頭に衝撃を与えるだけで良かっただなんて」


 俺がサザクロの前で事故に遭ったのは三日前のことだ。また三日間も意識を失っていたのか俺は……よく生きてたな、俺。

 事故の影響で足を骨折したり内出血だったり打撲だったり色々重傷を負ったが、また頭を強く打ったことで『俺』は帰還した。よく生きて帰ってこれたなぁと俺は生を実感していたが、同じく事故に巻き込まれていたカペラは申し訳無さそうな表情で口を開いた。


 「す、すみません、私を庇ってくれたことで烏夜先輩に大怪我を負わせてしまって……」

 「いやいや、全然カペラちゃんのせいなんかじゃないよ。僕は体も丈夫だし、カペラちゃんが無事で何よりだよ」


 俺達は交差点での多重事故に巻き込まれてしまったわけだが幸いにも死人は出ず、現場に居合わせたカペラやロザリア先輩は無傷だったらしい。

 そんな中俺だけ大怪我を負ってしまったが、むしろ生きていたのは本当に奇跡的なことだった。


 なぜなら、ネブスペ2のバッドエンドに沿うならば俺はあの事故で死んでいたはずだからだ。



 カペラは琴ヶ岡ワキアルートに彼女の友人として登場するだけで、原作では攻略することの出来ないヒロイン、いわばモブキャラに過ぎない。しかしまぁプレイヤーはどうしてもカペラにも優しくしたくなる心理が働くもので、ワキアルートをなぞりつつ軽い気持ちでカペラに寄り道しているとカペラバッドエンド『妨害』を迎えることになる。

 確かに夏休みに俺はカペラと何故か野球観戦に行ったりしたけれど、そんなに親しくしていた覚えもないのにバッドエンドを迎える寸前だった、というか本来俺は死んでいたはずだ。


 「そ、そういえば烏夜先輩は、物凄く不気味な日本人形を持ち歩いていましたよね?」

 「あぁ、そうだったね。事故の直前に凄く震えてたっけ」

 「は、はい。あの日本人形が、烏夜先輩に車が突っ込む前に庇ったんですよ。『僕は死にましぇ~ん』って叫びながら……現場には真っ二つに割れた日本人形が残されていました」


 事故が起きる前、俺はテミスさんにラッキーアイテムとして絶対に呪われそうな日本人形を貰っていた。むしろあれのせいで事故に巻き込まれたように思えるが、まさかあの人形が庇ってくれるだなんてな……いや、日本人形が『僕は死にましぇ~ん』って言ってるのはおかしいと思うけど。


 「キルケちゃんの方は無事だった?」

 「はい。キルケさんも烏夜先輩のことを心配してましたけど、私達で説得して林間学校に行ってもらいました」


 そしてテミスさんはもう一つ、不思議なことを言っていた。それはノザクロかサザクロの二択を迫られたらサザクロを選べ、というものだ。

 事故が起きた日、俺は全然そんなことを意識していなかったが結果的にサザクロを選択したことで助かったのだろうか。もしノザクロを選んでいたら本当に死んでいたのかもしれないと思うとゾッとする。そういう意味ではカペラにも感謝しなければならない。


 「カペラちゃんは林間学校に行かなくて良かったの?」

 「か、烏夜先輩の意識が戻らないのに行けませんよっ」

 「ごめんごめん。心配してくれてありがとね」


 原作のアルタ編でも主人公のアルタは二ヶ月程記憶喪失になるが、この林間学校のタイミングで記憶を取り戻して各ヒロインの個別ルートに入るのだ。

 今日は九月十七日、林間学校最終日。奇しくも今日、ネブスペ2でアルタが記憶を取り戻し第二部の個別ルートが始まるが……アルタは一体誰のルートに入っているのだろう?

 ……え? 誰ルートなんだろ? 全然想像つかない。



 俺が事故に遭ってからずっと病院に通っていたというカペラには休むように促して、俺は一人病室で考える。今すぐにでも家に帰って、前にネブスペ2のエンディング分岐条件なんかを細かく書いたノートを見に行きたいぐらいだが、足の骨も折れてるし簡単には動けない。


 「……まずベガとワキアルートはない。あり得るとすればルナと夢那ルート……こればかりは本人達に聞かないとわからないな」


 第二部、鷲森アルタ編のヒロインは琴ヶ岡ベガ、琴ヶ岡ワキア、白鳥アルダナ、十六夜夢那の四人だ。各ヒロインの個別ルートに入るには、そもそもとして分岐イベントが林間学校の間に起きるためワキア以外の三人はそれに参加していることが前提だ。ベガは俺の看病で、ワキアは入院しているため林間学校に参加しておらず、参加しているのはルナだけだ。夢那に関しては月学の生徒じゃないが、夢那ルートに入る条件を満たしていれば林間学校の宿泊先で彼女に会うことが出来るはず。

 それを確かめるには、彼らが帰ってくるのを待つしかないのだが……。


 「こんな簡単にカペラのバッドエンドに入ったってなると、もしかしてキルケのバッドエンド条件も満たしてるか……?」


 第二部に登場する鷹野キルケもまた、カペラと同様に攻略することの出来ないヒロインだ。第二部のヒロイン達が繰り広げる愛憎劇の一角を成すことになるが、多分今のキルケはアルタにぞっこんのはずだ。だって前に俺に相談してきたんだもん。


 「これ、もしアルタがキルケを選んだらどうなるんだ……? 何エンド……?」


 キルケのバッドエンド自体は原作に存在するが、それはアルタがベガもしくはルナルートに入っていることが前提のはずだからいきなりバッドエンドに入るはずはない。

 でももし、この段階でキルケの恋が成就してしまったら?

 そんな話、原作にはない。


 

 夕方になり日が暮れるのも早くなったなぁと実感する頃、夕食が運ばれてくると同時に病室に客人が。


 「お、元気そうだね~烏夜先輩」


 ニャハハ~と能天気な様子でやって来たのは隣の病室に入院している琴ヶ岡ワキアだった。このシチュエーション、俺が記憶喪失の時に入院していた時と全然変わらないじゃん。


 「やぁ、心配かけちゃったね。ワキアちゃんは元気?」

 「いやもうやる気元気いわきって感じ」

 「誰に伝わるのそれ……」


 原作だと林間学校の直前に発作を起こしてワキアは入院することになるが、彼女は八月の七夕祭の日に体調を崩してそこからずっと入院している。いや、そもそもナーリアさんを含めた前作の初代ネブスペのヒロイン達が勢揃いしている事自体がもうイレギュラーだが、どういうわけか原作よりも早いタイミングでワキアは入院することになってしまった。

 やはり、俺がワキアの発作を見過ごしたことが原因か……。


 「今回ばかりは流石に死ぬだろって先生言ってたよ」

 「あぁアクアたそが?」」

 「多分本人の前で言ったらわざと医療ミス起こされちゃうよ」


 アクアたそことアクア先生も前作のヒロインの一人だ。いやぁあんなにシャルロワ家のことが大嫌いだった人がまさかシャルロワ財閥が運営する病院で医師をやっているとは驚きだが、そんな古参ファンならではの感動は置いといて。

 ワキアは自分の分の夕食も俺のベッドの側に持ってきてもらうと、夕食を食べ始める前に俺にペコリと頭を下げてから言った。


 「改めてありがとね、烏夜先輩。お姉ちゃんに続いてカペちゃんまで助けてくれるなんて、まるで勇者みたいだよ。でも無理しすぎないでね?」

 「いや、それもこれも偶然だよ偶然。僕はその場に居合わせたってだけさ」


 ベガの事故の時はもう俺が巻き込まれに行ったような形だが、今回ばかりはもう運命的なもので防ぎようがなかったからな。テミスさんのおかげで助かったけど。


 出来ればすぐにテミスさんに会って早くお礼を言いたいし、今後のことについて相談したい。でも俺は他のネブスペ2の登場人物の面々とも会って色々と聞き出す必要もあるのだ。今、この世界がネブスペ2の誰ルートに沿って進んでいるかさっぱりわからないからだ。

 奇跡的に俺はバッドエンドをギリギリ回避して記憶を取り戻せたが、まだ第二部は終わっていない、むしろ今日が始まりというタイミングだ。

 まだまだ、バッドエンドに突入する可能性は大いにある。俺の側にいる、琴ヶ岡ワキアも含めて。


 「ワキアちゃん、体調の方はどう?」


 夕食を食べながら俺はワキアに聞いてみる。やはり病院食だからか主菜である照焼きチキンですら少々味気なく感じていたが、ワキアは普段よりも箸を進めるペースが遅く、その表情には陰りが見えた。


 「う、うん。大丈夫だよ」


 ワキアが再び入院生活を始めてから三週間程が経過している。そして俺がこの前の事故に遭う直前、ワキアは発作を起こして俺に襲いかかろうとした。あれは、ワキアの病状が悪化している証拠だ。

 その時のこともあってか、それまで毎日お見舞いに来ていた俺に対しワキアはもうお見舞いに来なくていいと伝えてきたのだ。結局こうして俺が入院することになってしまったが。


 「ごめんね、ワキアちゃん。もう来なくて良いって言われたのに、ちょっとの間また一緒にいることになっちゃって」

 「え? なんのこと?」


 しかしワキアはキョトンと不思議そうな表情をしていた。


 「ワキアちゃん、もうお見舞いに来なくていいって言ってなかったっけ?」

 「そうだったっけ? 私、多分そんなこと言ってないよ?」


 確かワキアが発作を起こした日の夜、ベガが俺にそう伝えてきたはずだ。単純にワキアが忘れているのか、それとも……ベガが嘘をついたのか。


 「ねぇワキアちゃん。ベガちゃんから何か聞いてない?」

 「いや、特には何もないけどどうかしたの?」

 「ううん、何でも……」


 ベガは、記憶喪失だった俺に嘘をついていた。六月から交際関係にあった、と。

 一体どうして、ベガはそんな嘘をついたのだろう? この二ヶ月もの間、ネブスペ2原作では本来アルタがいるべきポジションに俺がいたことでベガがアルタではなく俺のことを好きになってしまったから? それとも事故に巻き込んでしまったことへの申し訳無さから?

 俺を恋い慕っているというベガの気持ちは、本当に嘘偽りないのだろうか……?

 

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