真実の告白



 『ねぇ、美少女ゲームって知ってる?』


 いつの頃だっただろう。

 それまでは純粋な子だと思っていた俺の幼馴染がおかしくなり始めたのは。


 『それっていわゆるエロゲだろ。お前の口からそんな言葉が放たれるとは思わんかった。それがどうしたんだ?』

 『ちなみにプレイしたことは?』

 『まだ俺達は未成年だろうが』

 『でもエッチな雑誌とか漫画は買ってるじゃん』

 『あれはまぁ、あれなんだよ。聖域ってやつだよ』


 俺もネットサーフィンが趣味だからネタの一つとしてはエロゲなるジャンルの存在も知っていたが、そんな世界から遠い場所にいると思っていた幼馴染が嬉々とした表情で文字がびっしりと書かれた数冊のノートを俺に見せてきた。


 『これ、私が考えたエロゲのシナリオなの。ちょっと読んで感想聞かせて』

 『え、お前が作ったの? なんで?』

 『ほら、私ってお話作るのが趣味じゃん?』

 『あぁ、それは知ってる』


 確かに俺の幼馴染はお話を作るのが趣味で、好きな作品の二次創作小説をネットに投稿していたりもする。普段は子供向けに児童文学みたいなファンタジーなお話ばかり作っている奴が、それとはとても相容れそうにないエロゲのシナリオを?

 とても信じられなかったが、幼馴染は意気揚々と語り始める。


 『恋愛主体のお話を作りたいんだけど、ラブコメみたいに全体的にハッピーな感じじゃなくて、泣きゲーみたいな物語の抑揚も欲しいんだ。最初の方はもうギャグテイスト主体で進めていって、後半でどんどん登場人物達を追い詰めていく感じにしたいの』


 幼馴染が言わんとしていることはわからなくもない。全体的に明るい雰囲気で進んでいた作品が突如として鬱展開を迎えたら読者側も心を揺さぶられるだろう。まぁそれが下手だと全然おもしろくなくなってしまうけれども。

 でも親しい幼馴染が突然『人を追い詰めるのって楽しいよね』とか言い始めたら流石に戸惑うし今後の付き合い方を考える。


 『しかしそれをエロゲで表現する意味があるのか?』

 『だって官能表現とかベッドシーンとかが欲しかったんだもーん』

 『いや、だとしてもそれを幼馴染に読ませるなよ』

 『だって親に見せたら怒られそうだし、友達に見せたら幻滅されそうじゃん』

 『俺がお前のことを幻滅することは考えなかったのか?』

 『今更そんなこともないっしょ!』


 相変わらず能天気な奴だ。まぁ俺も普段から幼馴染の作品に触れているから特に抵抗はなく、幼馴染が作り上げたエロゲのシナリオに目を通してみた。



 三日後。

 ようやく俺はエロゲシナリオを読み終えることが出来たため感想を伝えるべく幼馴染の家へと向かった。読むだけでまる三日もかかったわ。


 『ど、どうだった?』

 『まぁ、ストーリーの構成は良いんじゃないか』

 『ホント!?』


 読破するのに三日もかかる長大なストーリーだったが、登場人物達の恋愛模様自体は結構面白かった。俺は普通の恋愛アドベンチャーゲームなんかに触れることもあるが、そういった類の王道も踏襲しつつ、幼馴染が考えたであろうオリジナル要素も散りばめられていて、それらが良かったことは幼馴染に伝えた。

 まぁ、それ以上にツッコみたいところは大量にあったけども。


 『なぁ、ここのベッドシーンなんだが』

 『どう? そこ、結構自信あるんだけど』

 『お前、こんな心揺さぶられるストーリーの展開の中でとうとう迎えたベッドシーンだってのに、こんな清純そうなヒロインがんほぉぉぉぉっって喘いでたら笑うだろ普通』

 

 エロゲとか官能小説といったジャンルの読み物はやはりそういった場面が一番の目玉になるはずだが、そこに持って行くまでの展開は良かったがヒロインの喘ぎ声が狂ってるっていうか完全に話に合ってない。


 『喘ぎ声ってそんなものじゃないの?』

 『じゃあ聞くがお前はこんな声出すのか?』

 『知らないけどテンション上がったらそうなるんじゃない? 私言ってそう?』

 『変な想像させるんじゃねぇ!』


 たまにそういう描写は見るけれども、多分幼馴染が描きたいであろうエロゲのシナリオの雰囲気とベッドシーンの雰囲気が真逆かってぐらい全然合ってない。おかげでギャグシーンみたいになっている。


 『あと人の股間に唐辛子とかタバスコとかマスタードをかけたのは何故だ?』

 『そのヒロインが辛いもの好きだから』

 『そんなものかけられたらショック死するわ』


 唐辛子はちょっとわからんが、多分タバスコみたいな刺激物を股間にかけられたら多分男だろうが女だろうが悶絶するぞそれは。特殊なプレイの一貫としてそういうコンセプトもあるかもしれないが、俺はそのヒロインにそんな異常な性癖を持っていてほしくない。


 『あとそもそもの話なんだが、長すぎるだろ話が。多分ゲームに収まらんぞこんなの』

 『いっぺんに出すんじゃなくて、続編とか色々続ける予定だから!』

 『それ一作目が売れなかったら終わりだろ』

 『だいじょーぶ! ちゃんとエロゲシナリオライターとして売れてから満を持して作るから!』


 エロゲシナリオライターになりたいという夢の告白を受けて、俺はどう応援すれば良いんだ。内容が内容だから大っぴらに話しづらいし、あんなに純粋だった俺の幼馴染がそんなものに手を染めてしまうだなんて……いや、それはそれで興奮するかも。

 いやいや、何を考えているんだ俺は。


 『ベッドシーンとかはさ、官能小説とか映画とかを色々見て参考にしてみたんだけど、やっぱりまだイメージしづらいんだよねぇ。私ってまだ彼氏とか作ったことないし』

 『いやいい加減作れよ。そういう自分の経験ってのも物語を作る上で必要なことだろ』

 『じゃあさ、私と付き合ってみない?』

 『え?』


 それは、唐突な告白だった。


 『私とさ……良いこと、してみない?』


 それは、幼い頃からの腐れ縁で長い付き合いだった幼馴染との、あまりにも短い恋の始まりだった。



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 --

 -



 不思議な夢を見た。

 おそらく自分が誰かと何かを話していたような内容だった。しかし、自分が話していた相手の少女が何者なのかを思い出せなかった。夢というのは不思議なもので、思い出そうとすればするほど思い出すことが難しく、幻だったかのようにすぐに消え去ってしまう。


 俺は窓から月明かりが差し込む病室に寝かされていた。何かが起きて自分が入院させられていることは理解できたが、一体どんな経緯でこうなったのか……記憶を辿ろうと起き上がると、自分が寝ていた病室に誰かがいたことにようやく気づいた。


 「……!」


 まるで絵画のような光景に俺は感動すると同時に戸惑いを覚えた。

 窓の外に広がる星空に向かって、祈りを捧げる一人の少女。窓から差し込む月明かりに照らされて、まるで天の川のように煌めく長い銀髪。そのハーフアップを青いリボンで留め、月学のブレザーの制服を着た小さな少女は、ただ一心に星に祈りを捧げていた。


 「君は……」


 聖少女のような雰囲気すら醸し出す銀髪の少女は、俺の声に気づくとこちらを向いた。そしてベッドの上で起き上がった俺を見て、そのまま硬直していた。


 「烏夜、先輩……!?」


 綺麗な顔立ちの少女は俺が目覚めたことに気づくと、俺のベッドの側まで駆け寄ってきて、俺の手を小さな両手で力強くギュッと握りしめる。


 「良かった……! こ、今回ばかりは本当にダメかと思いました……!」


 俺の手を握りしめながら、彼女はボロボロと大粒の涙を流していた。彼女が握りしめる俺の右手の反対側、左手には点滴の注射が刺さっていて、俺の右足には仰々しさすら感じる重厚なギプスが巻かれていた。


 「烏夜先輩はまた三日も意識不明だったんです。今回は怪我も酷かったので、本当にご無事で良かったです!」


 こんなに可愛い女の子が心配して側にいてくれるなんて、俺はきっと幸せ者だろう。

 しかしそんな俺の感情は感激や感動よりも、戸惑いの方が大きかった。


 「ごめん。変なことを聞くようだけど……」


 そう前置きして、俺は意を決して彼女に聞いた。



 「ベガちゃんが僕と付き合っていたこと、それは嘘だったんでしょ?」



 『俺』はようやく目覚めた。


 「え……?」


 そして気付かされる現実。

 俺が、琴ヶ岡ベガと付き合っていたという事実はない。あってはならない。


 「ようやく思い出せたよ。僕はベガちゃんと付き合っていなかった、実はそうだったんでしょ?」

 「な、何をおっしゃいますか烏夜先輩。私は六月頃烏夜先輩に告白しましたし、何度もデートを重ねたではないですか」

 「いいや、違うよ。僕は思い出したんだよ、六月のことも七夕の日の交通事故のことも、鮮明に……」


 ベガが俺に告白をしたという六月。俺が唯一思い出すことの出来なかった空白期間の記憶がようやく蘇る。その中に、ベガの告白というイベントは存在しなかった。いや、存在するはずがなかったのだ。

 ネブスペ2第二部の主人公は、俺ではなく鷲森アルタだからだ。


 「ベガちゃん。もう嘘はつかなくていい。もう僕に気を遣わなくていい。君は、君が本当に好きな人のことを追いかけて欲しい」


 俺は七夕の夜、ベガを事故から庇って崖下に転落し、そこで頭を強く打って記憶喪失になってしまった。きっとベガは自分が俺のことを巻き込んでしまったという自責の念から、そんなベガのメリットにもなり得ない嘘をついて俺の側にいてくれたのだろう。

 だが君は、幼馴染のアルタを追いかけているべきだ──そんな俺の気持ちをよそに、ベガは目を潤ませながら叫んだ。


 「私が好きなのは、烏夜先輩なんですっ!」


 ベガの叫びを聞いて、俺は思わずたじろいでしまった。

 今まで一度も見ることのなかったヒロインの気迫は、その気持ちが嘘ではないと告げていた。


 「すみません、烏夜先輩。私は嘘をついてしまいました。でも、私が烏夜先輩を恋い慕う気持ちに偽りなんかありません!」


 それはきっと、何の偽りのない真実の告白だっただろう。

 でもその告白は、余計に俺を困らせてしまう。そんな俺の反応を見たベガは、その涙を月明かりに輝かせながら口を開いた。


 「……なんて、ごめんなさい。烏夜先輩を困らせちゃうだけですよね、こんなの。

  私は、烏夜先輩のことが大好きです。でも、烏夜先輩の手を煩わせたくはありません。なので……私のことは、烏夜先輩の心のどこかにいさせてもらえたら十分です。時折、私のことを思い出してくれるなら、私はそれで……」

 「ベガ……」


 ベガのような子に好かれているという素直な嬉しさ、それに対する戸惑い。この世界で生きてきた一人の人間である烏夜朧として、そして前世でネブスペ2というエロゲをプレイしていた俺として、ベガの気持ちにどうこたえるべきか。

 俺が答えを出す前に、ベガは踵を返した。


 「烏夜先輩と過ごせた時間、とても楽しかったです。では……さようなら、烏夜先輩」

 「べ、ベガ!? ま、待ってくれ!」


 俺は病室から逃げるように走り去ってしまったベガを追いかけようとしたが、足の骨が折れているのか俺はベッドから転落しただけで追いかけることが出来ず、慌ててナースコールを押した。



 俺は七月七日の七夕での交通事故からおよそ二ヶ月もの間、記憶を失っていたようだ。しかもこのネブスペ2というエロゲの世界に生きているというのに一番肝心なそのエロゲをプレイした前世の記憶を今日の今日まで思い出せなかった!

 これは……かなり不味い展開になっているぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?


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