BADENDー恋を邪魔する一等星ー
九月十四日、月曜日。まだ夏は過ぎ去る気配を見せないけれど、明日から林間学校が始まるため普段よりテンションが高い一年生達を傍目に、今日もつつがなく一日は過ぎていく。昼食もいつものように大星達と集まって、そしてベガの愛妻弁当なんかも頂いたけれど、今日の僕はどこか気分が優れなかった。
放課後、どうも優れない気分を晴らすため誰かと遊びに行こうと思ったけれど、大星と美空はまた二人でデートに行くらしいし、レギー先輩は舞台の稽古があり、スピカとムギはテミスさんの知り合い達と集まってディナーに行くのだとか。
後輩のアルタは今日もアルバイトだろうけど、ルナでも捕まえたら一緒に遊びに行くことは出来なくても彼女の鋭いツッコミで少しは気晴らしが出来るんじゃないかと思って、僕は鞄を持って一年校舎をブラブラしていた。
すると丁度一年生の教室の側にある生徒玄関で、キルケと杖をついているカペラを見かけた。僕が近づくと向こうも気づいたようで、キルケが元気よく手を振っていた。
「あ、烏夜先輩じゃないですか!」
「こんにちは、烏夜先輩」
「やぁ、キルケちゃんにカペラちゃん。これから一緒に帰るところ?」
「これからワキアちゃんのお見舞いに行こうとしていたんです」
ワキアの名前が出てきた途端、僕は少しビクッと体が震えてしまった。本当なら今日も僕はワキアのお見舞いに行きたかったけれど、昨日の発作の件もあったため控えることにしたのだ。
「烏夜先輩も一緒に行きませんか?」
「いや、ちょっと予定が入ってて今日は行けないんだ。僕の分もよろしくって伝えておいて。お見舞いのお菓子とか持って行くの?」
「実はサザンクロスで買おうかノーザンクロスで買おうか悩んでいるところなんです。ワキアちゃん、昔からサザンクロスのお菓子が大好物だったんですけど、最近はノーザンクロスのフルーツケーキも好きになったみたいで……」
そういえば昨日もワキアはノザクロのフルーツケーキを食べていたような気がする。僕もマスターから手土産として貰ってワキアのお見舞いに持っていったことがあるけど、そうしている内に好物になっちゃったのかな。
でも今から買いに行くとなると、サザクロは駅前にあるから病院に行くついでに寄ることが出来るけれど、海岸通りにあるノザクロだと一度学校から駅の反対側である海岸通りまで行って、そして駅に向かわないといけない。元気のあるキルケならまだ今日みたいに暑い中でも元気よく走っていけそうだけど、杖をついているカペラに無理はさせたくない。
「じゃあサザンクロスの方に行こうか。僕、そっちの店員さんとも知り合いだから何か良いもの貰えるかも。僕も家は駅前だからそこまではついていくよ」
「あ、なら私がノザクロまで向かいますよ! 久々にマスター達にも会いたいのでお任せください!」
「ありがと、キルケちゃん」
バイトを辞めた後でも会いに行きたいだなんて健気な子だなぁ。多分レオさんとか嬉しさで泣いちゃうよ。
そして三人で一緒に校門を抜けた後、一人でノザクロに向かうキルケは僕の方を向いて声高らかに宣言した。
「烏夜先輩! 私、明日からの林間学校、頑張りますので応援よろしくお願いします!」
「ふふっ、頑張ってね」
「えっ、な、何のお話ですか?」
「これにはね、キルケちゃんの青春が詰まっているんだよ……」
明日から始まる林間学校でアルタをときめかせると決意したキルケは、ノザクロの方へ駆けていった。そして僕はカペラと一緒に駅前のサザクロへと向かう。
「カペラちゃんはキャンプとか行ったことあるの?」
「は、はい、子供の頃に。足を悪くしてからはアウトドア自体が減っちゃったんですけど、私も林間学校に参加させてもらえるので楽しみなんです。山登りはちょっと難しいですけど、皆でカレーを作るのも面白そうですね」
カペラは八年前のビッグバン事故で右足を悪くしていて不自由なことも多いだろうけれど、そんな中でも本人が楽しそうで良かった。親友のワキア曰くカペラは内気で人見知りなところもあるみたいだけど、周囲に優しい人も多いから大丈夫だろう。
談笑も交えながら歩いているとサザクロへ到着し、中に入るとカウンターに見覚えのある店員さんがいた。色鮮やかなケーキ達に負けず劣らず目立つ金髪ツインテールの少女が、僕に気づくと近づいてきた。
「あら、えっと……ハラスメントボロ雑巾だったっけ?」
「僕の名前を覚える気はありますか、ロザリア先輩。僕は烏夜朧です」
「あ、私は一年のカペラ・アマルテアです」
ハラスメントボロ雑巾はもう中々の悪口みたいに聞こえるけれど、確かに語感は烏夜朧に似ているかもしれない。いや似てるか?
するとロザリア先輩は僕の側に立つカペラのことをじ~っと見た後、訝しげな様子で僕の方に視線を戻して口を開いた。
「アンタ、また性懲りもなく別の女の子を引き連れてるのね」
「あぁいや違いますよ。僕はただの付き添いです」
「しかも最近、やたらと一年の子達ばかり連れてきてない? 後輩を毒牙にかけようだなんて中々の魂胆ね」
「だから違うんですって」
確かにサザクロに来る時はどういうわけか女の子と一緒に来ている気がするし、毎回違う子が一緒だ。そりゃ何股もかけていると誤解されてもしょうがない。
しかしカペラは逆に目を輝かせていた。
「で、でも、実は烏夜先輩とロザリア先輩が恋仲に発展するってこともありえますよね!?」
「何を言ってんのアンタ」
「これはきっと、何かのイベントをきっかけにロザリア先輩が烏夜先輩に惹かれることに……」
「天地がひっくり返ってもありえないわ。そんなの所詮フィクションよ」
多分恋愛漫画を書くことが趣味のカペラに変なスイッチが入ってしまった。でもロザリア先輩は同じシャルロワ家のご令嬢である会長よりは接しやすい人だし、ロザリア先輩はボケもツッコミもこなせそうだから僕も話すのが楽だ。
流石にシャルロワ家の方とのお付き合いは考えられないけども。
「ロザリア先輩。ワキアちゃんのことはご存知ですよね?」
「あぁ、琴ヶ岡のところのね。最近入院したって聞いたわ」
「そうなんですよ。何かお見舞いのお土産によさそうなおすすめのお菓子、ありませんか? ワキアちゃん、このお店のスイートポテトとかが好きだったんですけど、最近はノザクロのフルーツケーキに移りつつあるんですよ」
「なんですって!? 確かにノザクロのケーキの味も認めるけど、流石に負けるのは許せないわ! ちょっと待ってなさい、今度出す予定の試作メニューを持ってくるから」
「い、良いんですか? まだ出ていないお菓子なんか頂いちゃって」
「良いから良いから」
ロザリア先輩は厨房の方へと準備に行ってしまい、残されたカペラは一人アワアワとしていた。
「い、良いんでしょうか? わざわざ試作を用意してもらうだなんて」
「まぁ、いつものを持っていくよりかは気分転換に良いんじゃないかな」
前にロザリア先輩はノザクロの調査のためにフルーツケーキを食べに来たことがあったけれど、多分自分のお店のケーキに相当な自信と誇りを持っている人だ。僕はそれを利用して、ちょっと風変わりなものをいただこうというと企てたのだ。
そして一時すると、厨房からロザリア先輩が紙袋を手に戻ってきた。
「これはね、私がずっと前から作りたいと思っていた至高のシュークリームよ。色んな名店のシュークリームを研究して、クリームの甘さ加減や焼き方にこだわって作り上げたわ。
今日は特別に私からあの子へのお土産ってことであげるわ。さぁ持っていきなさい」
「良いんですか? 流石にタダってのは申し訳ないですよ」
「いいのいいの。ただし感想は詳しく頂戴ね」
「あ、ありがとうございます、ロザリア先輩」
「じゃ、気をつけてね」
まさかタダで貰えるとは思わなかったけれど、シュークリームとはまたワキアが喜びそうなものを貰えたなぁ。僕は今日お見舞いに行けないけれど、今度カペラにワキアの反応を聞いてみよう。
そう思ってシュークリームが入った紙袋を手にサザクロを出ようとした時──僕が持っていた学生鞄が急に震え始めた。
「ちょ、ちょっ、何事!?」
目の前で見ていたロザリア先輩やカペラが驚く中、僕は慌てて紙袋をカペラに渡して自分の学生鞄の中を確認した。
見ると、僕が鞄の奥底に忍ばせていた日本人形がガタガタと激しく震えていたのだ!
「アンタなんてもの持ち歩いてるのよ!?」
「いや、これお守りなんですよ」
「逆に呪われないですか!?」
この日本人形は死相が濃い僕のラッキーアイテムとしてテミスさんがくれたものだ。電池とか入ってるはずでもないのに震えてるんだけど、これ何か変なのが取り憑いて暴走しようとしているんじゃないか?
流石にお店の中で騒ぎを起こすわけにはいかないため、僕は慌てて日本人形を手にサザクロの外へ出た。カペラやロザリア先輩も何事かと一緒に外へ出てくると、サザクロの目の前の交差点の赤信号側の道路の奥から、大型トラックが猛スピードで突っ込んできていることに気がついた。
まるで爆発が起きたかのような強烈な衝撃音と同時に、暴走した大型トラックは赤信号で停まっていた数台の車を吹き飛ばし──即座に異常を察知した僕やロザリア先輩を含めた周囲の通行人も回避しようと走り出していたけれど、カペラはつまづいてしまい交差点の側に取り残されていた。
「カペラ!」
大型トラックに吹き飛ばされ制御が効かなくなった乗用車が、今まさにカペラの方へ突っ込もうとしていた。ロザリア先輩もカペラの元へ駆けつけようとしていたけれど、先に到着した僕がカペラの体を支えて突っ込んでくる車を避けようとした。
しかし、突っ込んでくる車がもう目前まで迫っていたのだ。
「ごめん、カペラ!」
「わあぁっ!?」
僕は咄嗟の判断で精一杯カペラの体を安全な方向へ突き飛ばして、僕自身も逃げようとしたけれど──その時、僕の体に強い衝撃が襲った。
あ、無理だ────。
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