相談相手が悪い
「アルタさんは一見するとぶっきらぼうに見えますけど、自分の作業が忙しい時でもいつも私達のことを気にかけてくれていて、おっちょこちょいな私がミスをした時もすぐにカバーしてくれて、その後はちゃんと私に注意しながらも優しくフォローをしてくださったり、同い年なのにとても頼れる人なんです」
夏休みの間、キルケと夢那のシフトが入っている日は必ず僕やアルタも一緒に入っていたけれど、忙しなくホールで接客に追われながらもアルタは広い視野を持って状況を把握して、キルケ達が困っている時にはすぐにフォローに入っていた。
まぁアルタは昔からバイト三昧の生活を送っていて経験値が尋常じゃないってのと、キルケは初めてのアルバイトだったってのもあるだろうけれど、きっとキルケにとっては良い環境だったに違いない。
「それにアルタさんは将来的にロケットの技術者を目指しています。その夢を実現するためにアルバイトでお金を稼いで自作のロケットを打ち上げていて……夏休みにロケットの打ち上げを見学させてもらいましたけど、何だかとても感動してしまったんです。
夢に向かって突き進む姿も素敵ですけど、あの日空を見上げていたアルタさんの横顔に、その……ときめいてしまいまして……」
夏休み、月ノ宮海岸で開催されたロケットの打ち上げコンテストでキルケは感動のあまり泣いてしまっていた。結構感情が揺れ動きやすいタイプなんだなぁと僕は軽く思っていたけれど、キルケはもうあの時からアルタに惹かれていて、バイトが終わった後もアルタのことしか考えられなくなったのだろう。
僕はキルケの赤裸々な告白を横で聞いていたけれど──。
「……って、烏夜先輩!? どうして泣いているんですか!?」
隣でホロホロと涙を流す僕の姿を見てキルケは驚愕しているようだ。
「いや、何だか僕も感動してしまってね。可愛い一人娘が素敵な花婿を連れてきたような気分だよ」
「いつから私は烏夜先輩の一人娘になったんです!?」
ノザクロでアルタ達を見守っていた僕、マスター、レオさんの三人はアルタ達同い年の学生組が仲良くやっている姿を微笑ましく見守っていたけれど、アルタにはベガとワキアというほぼ恋人同然の幼馴染という存在がいたから、キルケと夢那がアルタを好きになることはあってもアルタが二人を好きになることはないんじゃないかという話はしていた。
まぁまさか本当に好きになっちゃうとは思わなかったけれど。
「それで、私達はもうすぐ林間学校があるじゃないですか。私、たまたまアルタさんと同じ班になったので、これを機会に、その……アルタさんと距離を縮めたいんです」
「告白は?」
「ま、まだ早いかなと思いまして。アルタさんが私のことをどのように思っているかもわからないので……」
キルケ達一年生は九月十五日から二泊三日の林間学校がある。まぁ自然豊かな環境の中で山を登ったりカレーを作ったりとワイワイキャンプをするだけの行事だけど、キャンプファイヤーを囲んでのフォークダンスというイベントも用意されている。
同じ班ともなれば、キルケはそれだけアルタと接する機会も増えるわけで……なんかアルタってテントを張るのもカレーを作るのも上手そうだから、多分林間学校でも無双してそう。どうあがいてもおっちょこちょいなキルケが何かをやらかして、アルタがフォローする姿しか想像できない。
「実はこの前、師匠に相談して占ってもらったんです。『媚薬を盛ってこっそりルター君のベッドに忍び込みなさい』と言われたんですけど……」
「び、媚薬を盛る?」
「ちょっと媚薬は準備できそうにないので、この案は廃案となりました」
媚薬が準備できそうだったらやるつもりだったの、キルケ? 絶対テミスさんは相談相手に向いてなかったよ。幼気な女の子に何をやらせようとしてるんだ。
「次に夢那さんに相談してみたんです。そしたら『わざと二人で山の中で遭難して、風雨を凌ぐために逃れた洞窟の中で暖を取るために体を密着させて過ごしたらいけるっしょ』と言われたんですけど……」
「そ、遭難?」
「流石に遭難するのは危ないですし、そもそもアルタさんが遭難するというのが全然想像できなくて……」
確かにアルタってそういう事態にも冷静に対処できそうなイメージはあるけれど、そんな発想が出来る夢那がちょっと怖いし、出来たらキルケは実行するつもりだったの?
「私だと中々良い案が思い浮かばなかったので、アルタさんとも親交がある烏夜先輩にも相談したかったんです。
その……どうすればアルタさんに好きになってもらえるでしょうか?」
アルタはよく幼馴染のベガやワキアと交際関係にあると勘違いされがちだけど、アルタってそもそも好きな人がいるのだろうか。今までの行動を見るに、アルタにとってベガとワキアは大切な存在だというのはわかるけれど、果たしてそれ以上の感情を抱いているのかはわからない。
時々アルタと話すことはあるけれど、僕がそういう浮かれた話題を出す度にアルタは僕を軽蔑したような表情で見てくるから、興味ないのかな。ド思春期だと思うけど。
僕がう~んと悩んでいると、隣のブランコに座るキルケがモジモジしながら言う。
「ちなみに、アルタさんは好みのタイプとかあるのでしょうか? 性格だとか髪型だとか、あと……む、胸の大きさとか、下着の色とか……ご存じないですか」
「流石に知らないよ!?」
大星や同級生達の好みはある程度把握しているけれどアルタの趣味なんてわからないし……アルタに「女の子の下着の色の好みは何色?」って聞いたら良くて「気色悪い」って言われるか、最悪の場合縁を切られるよ。他の誰かならまだしも、多分アルタは僕からそういう質問をされるのを嫌がっているのはわかる。
「夢那さんは言っていたんです……林間学校の日は必ず勝負下着を持っていくようにと。でも私、今までこういう経験が全然なくてですね、やはり赤や黒が良いのでしょうか?」
「さ、さぁ……」
キルケがどれだけ僕のことを信頼してくれているのかわからないけれど、男子である僕にそういう相談はやめてほしい。多分ワキアが相手だったらふざけて答えられるし、ルナが相手だったらツッコミ待ちで答える可能性はあるけれど、キルケみたいな純粋な子にそういう悪ふざけは良くないと僕の心に残る良心がそう言っている。
でもキルケはまだ幼気なところもあるから、そこまで大人びたものよりかはもっと可愛らしい感じの……って、本人を目の前にして想像するのはよそう。
「ま、まぁ落ち着きなよキルケちゃん。多分アルタ君は結構キルケちゃんのことを今も気にかけてくれていると思うよ」
「そ、そうでしょうか?」
テミスさんと夢那さんに毒されてしまったキルケの思考をどうにか正常に戻さなければならない。それが僕の使命だ。
「下手に何かアピールしてしまうと、アルタ君ってそういうの敏感そうだから感づかれちゃうと思うんだよ。だから自然体のキルケちゃんをアルタ君に見せるんだ。キルケちゃんは十分に魅力的な人だから。
何なら、キルケちゃんの気持ちをそのままアルタ君に赤裸々に伝えた方が一番効果的だと思う。例え失敗してもアルタ君はキルケちゃんを突き放そうとはしないはずだから」
きっと僕が相手だったら平気で唾を吐いてくるだろうけど、アルタならきっと酷い振り方なんてしないはずだ。
正直、僕の考えの中にはキルケの告白をなんとなく受け入れるアルタとなんとなく断るアルタの二人がいる。それは例えキルケじゃなくてベガやワキアだったとしてもそうだ。
「や、やはり真正面からの告白、ですか……」
僕のアドバイスを聞いたキルケは、もう告白のセリフを頭の中で練っているようだ。多分キルケがさっき僕に説明してくれた気持ちをそのまま言えばいいと思うけれど、そこはキルケに任せよう。
……いざ告白するとなった時、頭が真っ白になって用意していたセリフが全部吹き飛んでパニックになっているキルケの姿が容易に想像できてしまうんだけど、これで良かったかなぁ。
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