鷹野キルケの青春



 九月七日。医学部を目指すと決意した僕は、いつもよりも精を入れて授業を受けていた。いや普段も真面目に受けているつもりではあるんだけども。

 しかし真面目に受ける一方で、クラスのお調子者キャラであることも忘れずに僕は時たま渾身のボケをかます。でもどういうわけか全部スベってしまう。

 そんなスベり芸も朧らしい、と大星達に励まされて僕は昼食の時間を迎え、いつものメンバーで学食のテーブルを囲んでいた。


 「今日ね、スーパーとかに置いてある呼◯込みくんに生まれ変わった夢を見たんだ~」

 「一体どんな悪行を積んだらそんなものに生まれ変わってしまうんだ……」


 嫌だなぁ転生したら呼◯込みくんだっただなんて。絶対異世界に行っても活躍できないよそれ。いやワンチャン人を呼び込むみたいな謎スキルを使えれば……って、考えても無駄か。


 「美空さんは呼◯込みくんになって、一体何をしていたんですか?」

 「鮮魚売り場の側に立って、漁港直送の新鮮な伊勢海老ですよ~って売り込んでたね。気の良さそうなおじさんが大人買いしていったよ」

 「すごい活躍してるじゃねぇか!?」

 「でもスーパーに強盗が入ってきたから、おりゃーって倒そうと思ったら起きたよね」

 「強盗を見かけて真っ先に倒そうとするのが何とも美空らしいところだね」


 夢の中だと激しく場面が切り替わることもあるし、普通だったらありえないこともどういうわけか受け止めてしまって真剣に悩んでしまうことだってある。多分強盗から逃げようと思っても上手く走れないやつだそれ。


 「美空は俺のことを強盗だと思って殴ってきたけどな」

 「あぁ、だからおでこにたんこぶが出来てたのか」

 「あれ? つまり美空さんは、大星さんと同じ布団で寝てらっしゃったということですか?」


 スピカの鋭い質問を聞いた僕達もハッとして大星と美空の方を向く。そして美空は顔を真っ赤に染め、大星はそっぽを向いていた。


 「昨日はお盛んだったんだね、二人共」

 「呼◯込みくんというのも何か性的なメタファーってこと……?」

 「やめとけムギ、呼◯込みくんで変な想像をするんじゃない」


 大星と美空のカップルがどれだけ進展しているのか、リアルなところまでは聞きたくないけれど未だに熱は冷めずにイチャイチャしてくれているみたいだ。末永く爆発しておいてほしい。

 

 「ところで、皆さんは生まれ変わったら何になりたいですか? 私は植木鉢になりたいです」

 「植木鉢!?」

 「はい。綺麗なお花をたくさん咲かせたいんです」


 確かにスピカはガーデニングが趣味でお花が好きだけど、まさかお花自身じゃなくてその土台になりたいとは思わなかった。もしかしてそこら辺に置いてある植木鉢とかプランターにも前世は人間だった人の思念が残ってたりするの?


 「私は生まれ変わっても女になりたいなぁ。可愛い女の子と合法的にイチャイチャしてたい」

 「ムギちゃん、そんな不純なことを考えてると絶対なれないよ」

 「そういう朧の方が不純な動機を持ってそうだけど、朧は生まれ変わったら何になりたいの?」


 昨日テミスさんと前世がどうとか話をしたばかりだから、随分とタイムリーな話題だ。生まれ変わるとしたら、か……。


 「僕はお星様になりたいかなぁ。地球からはっきり見えるぐらい輝いて、何かかっこいい神話とか星座になりたいよ」

 

 鳥とかお魚だなんてのもいいけれど、少しスケールを大きくしてシリウスみたいな超巨大な恒星になって、宇宙の行く末を見守っていたい。それでも先に自分の寿命が来るかもしれないけれど。

 と、僕は少しロマンチックなことを言ったつもりだったけれど、皆の評価は芳しくなかった。


 「何かお前が真面目なこと言うと、やっぱり違うよな」

 「酷くない?」

 「てっきりムギみたいに合法的に女の子とイチャイチャしたいから愛玩動物にでもなりたいって言うかと思ってたぜ」

 「それも多少はありますけど、そんな邪念はありませんよ」

 「いや多少はあんのかい」


 まぁ来世なんてものが存在するのかはさっぱりわからないけれど、自分が生まれ変わった先のことを考えるのもまた一興だ。

 でも……前世の僕はどんな来世を夢見ていたのだろう? そもそも前世の僕は、一体どんな人間だったんだろう……。



 放課後、僕は担任の先生に少し時間を取ってもらって進路の相談をしていた。実際に担任と進路相談があるのは十一月だけど、文系選択で大丈夫か不安なところもあったため予め相談しておきたかったのだ。僕が医学部を目指していると告げると「モテたいからか?」と望さんと全く同じ反応をされたけど、意外と先生も僕の背中を押してくれた。

 

 先生との話も終わり、ちょっと勉強頑張らないとキツそうだなぁと色々勉強の計画を立てながら廊下を歩いていると、向こうからタタタと駆けてくる水色の髪の少女の姿が。


 「烏夜先輩! 探してたんですよ!」


 僕の元へ元気よく駆けてきたのはキルケだ。夏休みの間はノザクロで一緒に働いていたからよく会っていたけれど、彼女の制服姿というのも久々に見る。


 「どうかしたの?」

 「実は少し相談事がございまして…、この後ご予定とかあります?」

 「ワキアちゃんのお見舞いに行こうかなぁってぐらいかな。ちょっとぐらいなら大丈夫だよ」


 どうもキルケは僕と二人だけで話をしたいらしく、一緒に学校を出て月学から近い小さな公園へと向かった。公園には家族連れなんかもちらほら見えるけれど月学の知り合いが来るような場所ではく、僕はキルケと一緒に木陰のブランコに座っていた。


 「烏夜先輩は、夢那さんと今でも連絡は取られているんですか?」

 「あぁ……始業式の日以来、連絡は取ってないかも」

 「夢那さん、中々烏夜先輩から連絡が来ないって寂しがってましたよ。しつこいくらい連絡が来たらネットに晒してやろうって意気込んでましたもん」

 「何それ怖い」


 夏休み明けに二学期も頑張っていこうね、というぐらい軽く言葉を交わしたぐらいで、それからは夢那の方からも連絡はない。一方で夢那との別れを寂しがっていたキルケは毎日のように夢那と連絡を取っているらしく、LIMEだけでなくだらだらと電話をすることもあるという。


 夢那について話をするキルケの姿はとても楽しそうで、キルケも夢那もお互いに良い友人を持てたようで良かったと僕は安心していた。

 でもこれ、わざわざ月学の生徒が寄り付かない場所で二人きりで話す内容かなぁと僕が疑問に思い始めた頃、キルケはふぅと小さく息を吐くと、木々の間から見える青空を眺めながら口を開いた。


 「私はノザクロで、とても良い経験をさせていただきました。烏夜先輩やアルタさん達のように頼れる先輩達に囲まれて伸び伸びと働くことが出来て、夢那さんのような大切な友達も出来てとても幸せです。

  夢那さんが遠くへ戻ってしまったことは残念ですけれど、今も頻繁に連絡を取っているのでそこまで寂しくありません。

  ただ……」


 それから口籠ってしまったキルケの方を向くと、彼女は思い詰めたような様子でブランコをゆらゆらと漕いでいた。いつもは明るくハキハキとした様子のキルケの落ち込んだ様子に驚いて僕は声をかけようとしたその時、キルケは僕の方を向いて、頬を赤く染めて意を決したように口を開いた。


 「私──アルタさんのことが、好きになってしまったんです」


 この真夏を越えて、新たな恋が芽生えようとしていた。


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