幽霊と恋愛とかしてみたいよね



 二学期が始まって最初の天体観測。

 今日も皆で集まってペガススの大四辺形を観測していたけれど、僕の心境はなんとも複雑なものだった。


 「修学旅行楽しみだなぁ~私、京都で舞妓さんの衣装着てみたい」

 「美空にはんなり感はなさそうだけどな」

 「だめだよ大星。ちゃんと京都風に言わなきゃ」

 「いやどう言うんだよ」

 「美空はんはやっぱり東京人らしくて随分と華美どすなぁという感じではないですか?」

 「スピカちゃんはなんでそんなにスッと言えたの?」

 

 天体観測を終えて観測レポートも仕上げ終わると、話題は修学旅行で持ち切りだ。ネブラ人が多く通い宇宙に関するカリキュラムの多い月学も修学旅行は普通に関西方面だと決まっている。何なら筑波なら校外学習で行くこともあるし、希望すれば夏休みに種子島へ研修に行くことも出来るけど、流石にアメリカのケネディ宇宙センターへ行くとなったら予算的に厳しいところがあると思う。

 しかし修学旅行の話題で浮かれる大星達に対し、この集まりで唯一の三年生であるレギー先輩は一人溜息をついていた。


 「良いなぁお前らは。オレも去年はそんぐらい浮かれてたよ。今はもうすぐ受験だからなぁ……」

 「レギー先輩も学年を詐称して一緒に来たら?」

 「いやそれが目的で詐称するのはヤバいだろ」

 「ちゃんとレギー先輩の分のお土産も持って帰りますから、寂しくて泣かないでくださいね、レギュラス先輩」

 「寂しくて死んじゃうかもしれないね」

 「オレをウサギだと思ってるのか?」


 レギー先輩は一人寂しく残ってしまう羽目になるけれど、レギー先輩だって進学を控えているのだ。舞台の方も順調なようで、次の舞台に向けて今も励んでいるとのことだ。


 「やっぱり修学旅行とかは、特に忘れ物とか気をつけないとね」

 「美空はホテルに財布を忘れてたからな」

 「え、その際はどうされたのですか?」

 「ダッシュでホテルに戻ったよね」

 「まさかスキー場から一山越えて往復してくるとは思わなかったけどな」


 おそらく修学旅行の班分けは大星、美空、スピカ、ムギ、そして僕の五人で組まれることになるだろう。

 今やバカップルとして有名な大星と美空は二人で関西旅行を楽しんでもらうとして、残された僕達三人で一緒に行動することになるだろう。両手に花と言えば聞こえは良いけれど……いい加減、その環境に甘えている場合ではない。


 「でも朧っちも中々ヤバいことしてたよね。たまたま声をかけた女の人が実は女装した男の人で、タイプだったからワンボックスカーに乗せられて連れてかれそうになってたもんね」

 「いや事件性大有りじゃん」


 記憶を失う前の僕もスピカ、ムギ、レギー先輩の三人からの好意には気づいていたはずで、きっと三人を傷つけまいとしてベガと交際していることを隠して答えを保留にしていたのだろう。

 時系列がどうだったかは不明だけど、保留という中途半端な態度が事態をややこしくさせている。


 「超ムキムキだった引率の先生がいてくれたから朧は助かってたけど、逆に先生が連れてかれてたもんな」

 「大星さんと美空さんは怖い話をされているのですか?」


 スピカ、ムギ、レギー先輩、何ならベガでさえ一夫多妻OKとか言っているけれど、ルナが言っていたようにこの状況は異常だ。


 「その後、その先生はどうなったの?」

 「『余裕だったぜ』って平気そうな顔で集合場所に戻ってきたよ」

 「な、何があったの……」


 誰か一人を愛しようと思っても、いつかはその愛も途絶えてしまうかもしれない。永遠に続く愛なんて滅多に存在しないのに、僕なんかが四人分の愛を注ぐことが出来るだろうか。

 そして何よりも……記憶を失った僕の心のどこかに、今も朽野乙女の存在がある。僕が今もベガとの交際を素直に喜べないのは、彼女の存在があるからだ。


 「朧?」

 「おわっ。れ、レギー先輩、どうかしましたか?」

 「いや、何か思い詰めたような表情だったから、どうかしたのかと思ってな」


 隣に座っていたレギー先輩が心配そうな面持ちで僕の様子を伺っていた。

 以前の僕は弱っていたレギー先輩を励まして舞台の成功に一役買ったらしいけれど、今の僕も弱っている部分もある。そんな時に少しでも優しくされてしまうと、すぐに甘えたくなってしまう。


 「そうだよ朧。丁度朧の修学旅行での怖い話を聞いていたところだったのに」

 「あぁ、泊まっていたホテルで声をかけて一緒にゲームして遊んだ女の子が、実は数年前にホテルの一室で自殺していた女の子の幽霊だったって話?」

 「もっと怖い話が出てきた!?」


 そう思うと僕って全然話のネタが尽きないなぁ。そういう意味ではネタ探しとして女の子に声をかけるのもありか?

 いやいや待て待て落ち着け僕。今の僕にはベガという彼女がいるんだ。



 天体観測を終えると僕達は月見山の展望台の側にあるバンガローに宿泊する。しかし僕はバンガローに荷物を置いた後、月見山の頂上にある月研の天文台へと向かった。

 高性能の天体望遠鏡が設置されたドーム状の建物、天文台の側に白衣姿の人影があった。珍しく物憂げな表情で星空を見上げている望さんへの元へと向かい、僕は声をかけた。


 「こんばんは、望さん。最近全然帰ってこないから心配だよ」

 「最近はバカみたいに忙しいのよ」

 「前に話してたネブラ彗星の件?」

 「そうよ」


 数十年前に初めて観測されてから、その後は行方不明になってしまっている幻のネブラ彗星。ネブラ人の宇宙船が地球に飛来する前に観測されたことからその名がつき、次に現れた時にも再びネブラ人の宇宙船が飛来するのではと噂されている。


 「前に私が再計算してみたんだけど、学会の連中は微妙な反応だったわ。私の計算だと半年以内ぐらいなんだけどね」


 彗星というものはハレー彗星のように一定の周期で太陽系を通過していくけれど、今まで観測されてきた多くの彗星の中にも、ネブラ彗星のように予測された期間内に再観測されず長期間観測されていないものもある。ネブラ彗星はネブラ人にとっての希望のような存在でもあるから、再び現れたら大ニュース間違いなしだ。


 「ネブラ彗星ってどんぐらい綺麗だったんだろう?」

 「私だって写真や映像ぐらいでしか見たことはないわよ。でも夜中なのに真っ昼間に感じるぐらいの明るさっていうんだから、時代が時代だったら天変地異とか世界の滅亡とか信じちゃうわよね」


 ネブラ彗星の大バーストはかなりのものだったけど、そのバーストが起こる前に月ノ宮のアマチュア天文家が発見したというのだから凄い。

 でもいつもは仕事をサボりがちな望さんが中々家にも帰らずにずっと仕事しているのだから、望さんもそれだけネブラ彗星に興味を持っているんだろう。家には帰ってきてほしいけど。


 「後ね、最近は宇宙から信号が飛んできてるのよ」

 「へ? Wow!シグナルみたいな?」


 一九七〇年代に、宇宙から電波信号を受信したという出来事があった。ネブラ人、あるいはネブラ人以外の地球外生命体からの信号という可能性が示唆されていたけれど、未だに未解明だ。


 「あれは私も懐疑的なところはあるけど、今回のは解読できないのよね」

 「それは本当に信号なの? 何かの電磁波が飛んできてるだけとかじゃなくて?」

 「いや、一定周期で何か意味ありげな信号が飛んできてるのよ。ネブラ人が使ってた信号かと思ったけど、誰に解読させてもわからないのよね」

 「じゃ、じゃあ別の宇宙人が?」

 「侵略にでも来たのかもしれないわね」


 そう言いながら望さんは笑っていた。いや笑い事じゃないよ。ネブラ人が社会に溶け込んでいる現代でも宇宙人ものの映画は多いし、やっぱり宇宙人は優れた技術を持って地球を侵略しに来るというイメージもある。

 まぁ、そんなのがわざわざ地球にメッセージを送ってくるとは思えない。



 「ところでどしたの? わざわざ私のところまで来て。そんなに寂しかった?」

 

 望さんは最近全然家に帰ってこないから僕は殆ど一人で過ごしているけれど、大星達もいるから決して孤独というわけではない。望さんに会えないのはちょっと寂しいけれど。


 「いや……ちょっとした質問なんだけどさ。望さんは、僕の進路ってどんなのだと思う?」

 「結婚詐欺師」

 「甥っ子に言う言葉じゃないよそれ」

 「じゃあ架空請求業者」

 「詐欺師から離れてくれない?」

 「じゃあ転売ヤー」

 「もう少しまともに生きさせようとは思わないの?」


 まだナンパ師とかホストって言われる方が良かったよこれ。僕はどれにもなる気はないけれど。

 と、望さんは僕の質問にまともに答えてくれなかったけれど、僕はふざけに来たわけじゃない。


 「望さん。その、進路の話なんだけど」

 「何?」

 「僕、医学部を目指そうと思う」


 望さんは星空を眺めたまま、僕の決意に何も反応を示さなかった。

 ……あれ? 反応なし? よく聞こえてなかったのかな?

 そんなことを考えていると、ようやく望さんが僕の方を向いた。望さんは目を見開いて、そして口をあんぐりと開いていた。


 「い、医学部!? ど、どういうこと、医者になる気なのアンタ!?」

 「あ、うん」

 「どして!? モテたいから?」

 「いや、そういうわけじゃなくて……」


 望さんの驚愕した様子を見た僕でさえ戸惑ってしまったけれど、僕は医者を目指すに至った経緯を望さんに説明した。これは若気の至りとか気の迷いではない、ということも強調して。

 でも僕の説明を聞き終わっても望さんはまだ信じられないという様子だった。


 「まさか朧の口から医者になりたいだなんて聞かされることになるとは思ってなかったわ。ま、精々頑張りなさい」

 「え、良いの? 学費とかかなりかかると思うけど」

 「私が殆どいじってないアンタの親の遺産もあるし、ビッグバン事故の時に国から貰ったお金もあるし、ある程度は繕えるから。少し足りないかもだけど、これからも私のご飯を作ってくれるなら応援する」

 「ほ、本当に!? あ、ありがとう望さん!」

 「後、私の部屋の片付けて」

 「あ、うん」


 僕の親の遺産の存在とか初めて知ったし、しかもビッグバン事件の補償とかあったんだ。僕は望さんの家に居候させてもらっている身だからかなりのわがままになってしまうと思っていたけれど、料理洗濯をこなすだけで良いなら万々歳だ。望さんの部屋のお片付けをするのはちょっとキツイけれど。


 「でも、一つ条件をつけるわ。絶対に一発で受かりなさい。浪人は許さない。仮面浪人もね。滑り止めは良いけど、志望する医学部は一つだけにすること。

  そんぐらいの覚悟は見せなさい」

 「うん、わかったよ」

 「大学は決めたの?」

 「いや、今考えてるところ」

 「じゃあそうね、竹取大学をおすすめするわ。私の母校だから」


 竹取大か……確か都心の方にある大きな私立大学で、僕も色んな大学について調べている時に少し気になったところだ。まさか望さんの母校とは思わなかったけど、確か運営母体はシャルロワ財閥のはずだ。

 色々と条件はつけられたけれど、むしろもっとあった方が燃え上がるぐらいだ。


 「アンタらしいわね。女の子を助けるために医者になりたいだなんて。ていうかまずは自分の記憶喪失を治しなさいよ。まだ完治してないの? チャラさ以外はもう昔の朧と殆ど変わらないように感じるけど」

 「うーん、六月から七夕までのことがうろ覚えって感じかな」

 「記憶が戻っても心変わりしないと良いわね」


 僕は望さんと論戦になることも覚悟していたけれど、まさかこんな前向きに応援されるとは思っていなかった。

 これはベガやワキア、アルタ達のために頑張らないといけない。でも僕がまず乗り越えないといけない大きな壁は、間近に迫りくる『死』という運命だった。

 

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