タロット占い(カードゲーム)



 僕は二度、死の淵を彷徨っている。

 一度目は、八年前のビッグバン事故。僕は事故発生時に両親と一緒に家にいたけれど、爆発の衝撃で飛んできた宇宙船の破片が家に直撃し両親は即死。僕はギリギリ回避して生還している。

 そして二度目は、七夕の日の事故。僕もベガも車に轢かれたわけではないけれど、避けた先が崖で斜面を転がり落ちてしまい、僕は頭を強打してしまった。当たりどころが悪かったら死んでいた可能性も十分にあったという。

 

 そして僕は、また近い内に死線を越えることになるだろう。いや、越えることが出来るだろうか。



 九月六日。特に予定も入っていなかった休日を利用して、僕は医者を目指す上で自分に何が必要かを徹底的に調査していた。僕は特定の教科が苦手というわけではないけれど、今の成績ではまだまだ医学部合格は厳しいところだ。

 それに合格したその先のこと、不合格だった場合の滑り止めも考えなければならない。滑り止めとして志望する大学も絞っていき、段々とビジョンが見え始めてきていた。

 問題は、僕がその時まで生き永らえているかだけども。


 夜になってから、僕はアストレア邸へと向かった。スピカとムギに用事があったわけではなく、僕は二人と少し談笑してから本来の目的であるテミスさんの部屋へと向かった。

 壁も天井も真っ黒の布に覆われた部屋には、まるで魔術書みたいな書籍や完全にアダルティな玩具にしか見えない何かが並べられた本棚が置かれており、中心には水晶玉が乗せられたテーブル、そして──そのテーブルの向かいにテミスさんが座っていた。


 「今日も相変わらずね、ボロー君」

 

 肘掛け椅子に座ったテミスさんは黒いフードを外していて、その美しい碧色の髪が顕になっていた。僕はテミスさんに促されて彼女の正面に座った。


 「わざわざお時間ありがとうございます、テミスさん」

 「いいのよ。私だって知り合いが死の間際だというのに見捨てるほど薄情じゃないのよ」


 もう一年以上先まで占いの予約が埋まっているという凄腕占い師のテミスさんだけど、偶然今日はキャンセルが入ったため僕のために時間を設けてくれた。しかもテミスさんのご厚意で占い料もタダだというのだからとてもありがたい。


 「さて……ボロー君。遺言状とかの用意は良い?」

 「今から僕を殺す気ですか?」

 「フフ、冗談よ。でもその用意が必要なぐらいには、ボロー君には過酷な運命が待っているかもしれないわね」


 この年でもう終活を始めないといけないんですか? 今の段階で遺言状を書くとなったら随分と膨大な量の未練を書くことになるだろう。意地でも地縛霊か何かになってこの世に留まってやる。

 そうならないように、テミスさんは今日こうして僕を呼び出してくれわけだ。


 「さて、じゃあ早速始めましょうか」


 するとテミスさんはトレーディングカードのデッキケースのようなものをテーブルの上に取り出して、その蓋を開いた。やはり中には数十枚のカードが……これはもしかしてタロット占いというものだろうか。テミスさんの占いって変わった方法のものが多かったから、意外と普通のものが出てきたと思っていたら──。


 「これがボロー君のデッキね」

 「え?」


 テミスさんはテーブルの上に置かれていた水晶玉をどかして、僕の手前に山札を置いた。そしてテミスさんも自分のデッキを置くとテキパキと準備を進めていって、僕も手札を七枚引いたけどよくわからない文言が書かれているカードばかりだった。

 あれ? タロット占いってこんな感じだっけ?

 

 「じゃあ先攻後攻を決めましょ。表と裏のどっちがいい?」

 「あ、じゃあ表で」

 「よっと。あ、裏ね。私が先攻もらうわ」


 これ完全にカードバトル始めようとしてない? 


 「ボロー君。これは告白ゲームよ。私が次々に女の子を召喚していくから、ボロー君は手札のカードを使って告白しなさい」

 「これは本当に占いですか?」

 「じゃあ私のターン、ドローよ。まずは愛しきスピーちゃんを召喚するわ」


 するとテミスさんはワンピース姿のスピカが収められた写真のカードをフィールドに置いた。いや完全に身内出てきたんだけど。


 「スピーちゃんの特性の効果でボロー君は状態異常『メロメロ』に陥るわ」

 「その状態異常にはどんな効果が?」

 「スピーちゃんへの攻撃が確率で失敗するわ」


 このカードゲーム、ちゃんとバランス取れてるのか心配になってきた。

 その後、僕のターンが回ってきて山札からカードを一枚ドロー。引いたのは『喫茶店ノーザンクロス』という名前のカードで、ノザクロの店内の写真があった。


 「えっと、このカードの効果はなんですか?」

 「それはスポットカードね。展開することでこのフィールドを喫茶店ノーザンクロスにすることが出来るわ」

 「じゃ、じゃあとりあえず貼ります」

 「ここでボロー君は喫茶店ノーザンクロスに関係する人物に協力を仰ぐことが出来るわ。山札から自由に引いて」


 僕は山札の中を探して、フィールドにマスター、レオさん、アルタのカードを展開する。どれだけ探してもキルケと夢那のカードがなかったんだけど、もしかしてテミスさんが持ってるのか?


 「それぞれの人物に備わっているカードの効果が同時に発動するわ。そして用意が整ったらスピーちゃんに攻撃よ」

 

 僕はマスター達のカードに書かれている効果を確認する。マスターの効果は『ノザクロのメニューを出す時のコストが0になる』、レオさんの効果は『相手の連絡先を入手できる』、アルタの効果は『二・三年生に与えるダメージが二倍になるが一年生に与えるダメージが半減する』……僕は一体なんのゲームをやっているんだろう。

 そして僕は手札を確認し、マスターのカードの効果を利用してノザクロのメニューである『フルーツケーキ』を出して、カードの効果で相手への攻撃ダメージが二倍になった。アルタのカードの効果も含めたら四倍だ。

 そして攻撃へと移る。


 「では……スピカちゃんに告白します。『これから一緒に星を見に行かない? ……一生の間』」


 なんかスピカに言っているわけじゃないはずだけど、何かこんなクッサイセリフを言うだけで小っ恥ずかしくなってくる。実際僕は今、アストレア邸にいるわけだし。


 「大胆な告白ね。ルター君とフルーツケーキのカードの効果で攻撃力は四倍でスピーちゃんはワンパン。でもここでスピーちゃんのカードの効果が発動するわ。コインを投げて表だったらボロー君の告白は失敗ね」

 

 なんかポ◯モンカードみたいな戦い方になってきたなぁ。そしてテミスさんがコイントスをすると、結果は裏。これで僕の告白が実るかと思いきや──。


 「ここでトラップカード発動よ。私はムギーちゃんを召喚するわ」


 もしかして遊◯王要素もあったのこのカードゲーム。


 「ムギーちゃんの効果でさらにもう一度コイントスをして、表だったらボロー君の告白は失敗よ」


 一応これも占いという名のカードゲームだからテミスさんも本気で僕の攻撃を無効化しようとしているのか。そしてテミスさんがもう一度コイントスをすると、またしても結果は裏だった。


 「くっ……ムギーちゃんの効果でコインが裏だった場合、ボロー君はスピーちゃんとムギーちゃんの両取りになるわ。一気に二人も射止めるなんて、流石はボロー君ね」

 「あ、あはは……」

 「まあまだ行くわよ。私のターン、ドロー!」


 その後も知り合いの女の子ばかり出てきたけど、僕は何とかカードをやりくりして次々に女の子への告白を成功させていった。

 普通にカードゲームとして僕は楽しんでいたけど、これは本当に占いだったんですか?



 「ふぅ、お疲れボロー君」

 「あの、これで本当に占いが出来たんですか?」

 「えぇ。かなり詳細にわかったわ」


 テミスさんの占いの方法はいつも風変わりだから、もう今さら普通にタロット占いとかされても信じられなくなってしまう。僕はただテミスさんと謎ルールのカードゲームをしただけだったけれど、テミスさんはカードを仕舞うと妖艶な笑みを浮かべながら言った。


 「ボロー君。最近、新しい彼女出来た?」

 「……え?」


 彼女が出来たか、と言われて僕は思わず動揺してしまった。僕とベガが交際関係にあることは僕とベガしか知らないはずなのに、さっきの意味のわからない占いであっさりと見抜かれてしまったからだ。

 戸惑う僕の反応を見たテミスさんはフフフと笑った後、頬杖をついて口を開く。


 「まぁ今更、私はボロー君の女性関係に興味はないわ。スピーちゃんやムギーちゃんだって幸せだろうし、その経緯も私ならわかるから。

  話は変わるけど、ちょっと前に月ノ宮の駅まで私と会ったこと覚えてる?」

 「キルケちゃんも一緒にいた時ですか?」

 「そうよ。あの時、私はボロー君に警告したと思うけれど、結局あの後ボロー君は行ってしまったのね?」

 「は、はい……すみません……」


 僕はテミスさんの警告を無視して琴ヶ岡邸へと向かい、色々とあってベガとワキアがネブラ人の王女様という衝撃的な事実を知ることとなった。結局事故には遭わなかったけれど、僕はあの時ギリギリで死を回避していたのだろうか。


 「謝ることはないわ。ボロー君は最悪の事態を一度は乗り越えたけれど、死が近いことに変わりはないわ。

  そこで私からボロー君にアドバイスがあるわ」


 するとテミスさんは椅子から立ち上がると、部屋の中に置かれた棚の引き出しから何かを取り出し、そして僕の方へ戻ってきて取り出した物を見せた。

 テミスさんが僕に見せたのは、小さな女の子の日本人形だった。ただでさえ日本人形って不気味なのに、何か……髪がボサボサで瞳も真っ黒で明らかに呪われそうな代物だった。


 「これがボロー君のラッキーアイテムよ。もしもの時にボロー君を守ってくれるわ」

 「いや、むしろ呪われて死んじゃいそうなんですけど?」

 「大丈夫よ。お祓いは済ませといたから」

 「ということは呪われてたんですか!?」

 「フフ、冗談よ」


 このどう見ても不幸になりそうな見た目のラッキーアイテム、日本人形を鞄の中に入れておくと僕の余命は伸びるという。なんか持っているだけで事故に遭いそうだし家に持って帰りたくないけれど、凄腕占い師のテミスさんがそう言うなら僕は従うしかなかった。


 「あともう一つ。もしノーザンクロスかサザンクロスで迷ったならサザンクロスにしておきなさい」

 「ど、どういうことですか?」

 「何だかその方が良い気がするだけよ」


 その二択の意味はよくわからないけれど、ベガ達とのデート場所で困ったらサザンクロスに行こう。ごめんマスター達、テミスさんがそう言うんだから僕はノザクロへは行けません。



 テミスさんからいくつかアドバイスを受けて、どうにか間近に迫る死という運命の回避を模索する中──テミスさんは僕の目をジッと見つめながら言った。


 「ねぇボロー君。私が前に渡した例の薬、今も飲んでる?」

 「はい、飲んでますよ」


 夏休みにテミスさんから明らかに毒薬にしか見えない謎の薬を貰った僕は、テミスさんに言われた分量をしっかり守って毎日飲んでいる。何か性欲が増大するみたいな副作用があるから大分慎重に飲んでいるけれど。


 「どう? 記憶の方は思い出せているの?」

 「昔のことは結構思い出せてますよ。六月ぐらいのことはあまり思い出せてないですけど」

 「そう。何だか段々と昔のボロー君っぽさが戻ってきたように感じるわ」


 確かに言動とかも僕は戻りつつあるのかな。なんかこう……記憶喪失って少しずつ思い出すってよりは、何かをきっかけにハッと全部思い出すようなイメージがあるけれど、僕は大分治ってきていると思っていた。

 しかし笑顔を見せていたテミスさんは、急に真面目な表情に戻って口を開いた。


 「でも、ボロー君は重要なことを思い出せてないわ」

 「え? なんですか?」

 「ボロー君の前世のことよ」


 僕の、前世……?


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