欲望と倫理観の狭間
僕はルナの実家である月ノ宮神社の境内まで連れて行かれ、本殿の階段の木陰にルナと一緒に腰掛けた。
そして、ルナの取材が始まる。
「サザンクロスで朧パイセンとベガちゃんを見かけてから、私は気になって尾行していたんです。今日は一体どういうお出かけだったんですか?」
僕は以前、ゲームセンターでロザリア先輩を助けてケーキバイキングの無料券を貰ったことを踏まえて、今日の一連の出来事についてルナに説明していた。ルナは僕とベガがデートしていたのではないかと疑っているみたいだけど……あれは実際にデートだったから否定することは出来ない。
ルナぐらいにならベガと付き合っていることを明かしてもいいかと思ったけれど、ベガは秘密のままが良いと言っていたから隠すしかなかった。
「今日はたまたま僕もベガちゃんも予定が空いていたからね。傍から見れば完全にデートかもしれないけれど、最近の僕は結構色んな女の子と出かけることも多いからね。ルナちゃんだってそうでしょ?」
「あれはデートではなくて取材です」
夏休みにルナと一緒に出かけたこともあったけれど、他にも夢那やキルケ、カペラなんかとも二人でお出かけしたこともある。そういう機会が多かったからか、僕は特にデートとか気にしたことはなかった。
でも、記憶を失う前は女好きとして知られていた僕がそんな行動をとっていたなら節操なく見えるだろう。
「確かに以前の朧パイセンは色んな方に声をかけては長続きしない恋を繰り返していましたけれど……そのお相手が身近な人達に変わると話は変わってきます。
結局のところ、朧パイセンは本当にハーレムを作り上げようとしているんですか?」
「確かに以前の僕はそんな夢を語っていたのかもしれないけれど、今は違うよ。皆と仲良くしたいとは思っているけれど、複数の人と関係を持つのは違うと思ってる」
「じゃあ、本命はどなたなんですか?」
本命、か。
僕はスッと本命はベガだと答えそうになったけれど、それを口に出そうとして躊躇ってしまった。ベガの彼氏であるはずの僕は、そう答えるべきだったのに。
その時、頭に複数人の女の子の顔が映ってしまったのだから、きっと僕は最低な奴だろう。
「ごめん。それは秘密かな」
ベガと答えることも出来たはずだけど、ややこしい事態になりそうだったから僕はその事実を伏せておいた。
しかしルナはなおも怪訝そうな様子で僕を見ながら言う。
「それは、私も知っている朧パイセンのお知り合いの中にいるんですか?」
「うん」
「じゃあ、朧ハーレムの一員だと自称されている先輩方のことはどうするんです?」
僕のことが好きだと公言している、スピカ、ムギ、レギー先輩の三人。僕が事故に遭って三人との思い出を忘れてしまっても、三人は変わらず僕への好意を熱烈にアピールしている。
僕が未だに思い出せない六月の間に一体どんなことがあったのか、それは皆の証言からでしかわからないけれど、僕は六月にベガと付き合い始めた後も三人の告白を断らずにずっと保留にしている。
果たしてそれは、誠意ある行動だろうか?
今の僕は、そうは思わない。
「確かにネブラ人には一夫多妻制度や多夫一妻制度もありますし、この地球にもごく一部の地域に残ってます。でもそういう文化はネブラ人にとってもかなり少数派で、普通一人の人間は一人の人間を恋い慕うものです。
だって……自分が愛している人が、他の人の方を見ているのは寂しいじゃないですか」
ハーレムなんてものを夢見る人もいるかもしれないけれど(以前の僕がまさにそうだっただろうけど)、何人もの人に平等に愛を注ぐなんてことは難しい。どうしてもその時の気分によって優劣が生まれてしまう。まずは一人の人を真剣に愛することが出来てからだ。
スピカ、ムギ、レギー先輩どころかベガでさえネブラ人の制度を利用すれば問題ないとは言っているけれど、果たしてそれは本心で言っているのだろうか。
本当に、それで皆が幸せになれるのだろうか?
「ルナちゃんもやっぱりそう思う?」
「今までの朧パイセンは私達とは全然関係のない方にばかり声をかけて荒んだ恋愛を繰り返していましたけれど、なんだか最近は皆が朧パイセンのハーレムの中に組み込まれそうで怖いんです。
私だって寂しいですよ。朧パイセンが他の女の子にばかり気を取られているのは」
「え? ルナちゃんも寂しいの?」
僕はルナの発言が少し気にかかり、つい聞いてしまった。
ルナは僕の質問の意味が最初はわからなかったみたいだけど、やがてその意味を理解したのか段々と顔を赤くすると、いきなり立ち上がって僕の脛を思いっきり蹴ってきた!
「いっだぁっ!? いきなりどうしたの!?」
「違いますー! 私が寂しいのはベガちゃんとか
「だから痛いって!」
ルナは何度も何度も僕の脛を蹴って必死に否定してきた。僕、そんなにいけないことを言ってしまったかなぁと思っていると、ルナの蹴りが突然止まった。
ようやくルナの気が済んだのかと思ったら──ルナは僕の背後の方を見て怯えた表情をしていた。慌てて僕も後ろを振り返ると──体長がルナの身長ぐらいはありそうな巨大なダンゴムシがいたのだ!
「ダンゴー!」
「どわああああああああっ!? ネブラダンゴムシ!?」
現れたのは、前にゲームセンターでそのぬいぐるみをゲットしたネブラダンゴムシ、本物。
いや、本物ってぬいぐるみよりサイズがデカいんだけど!? しかもぬいぐるみよりちょっと見た目がグロテスクだ!? ていうかダンゴムシって「ダンゴー!」って鳴くものなの!?
「ダンゴォォ!」
「わぁーっ!?」
そしてネブラダンゴムシは僕になんか目もくれず、僕の隣に立っていたルナに襲いかかった! ルナは階段を上がって境内まで逃げたけど意外にもネブラダンゴムシの突進は早く、とうとうダンゴムシの体当たりを受けてうつ伏せに倒されてしまった。
「る、ルナちゃーん!?」
「ダンゴ~」
「ね、粘液がヌメヌメしますぅ!」
うわぁ何かネブラダンゴムシの体から分泌された粘液でルナがベチョベチョになってる。
いや、この光景をまじまじと見つめているわけにはいかない。宇宙生物は核爆弾に耐えられるぐらい防御力が高いから倒したり無理矢理引き剥がすのはほぼ不可能だけど、好物を与えたら大人しくなるのだ。
ネブラダンゴムシの好物は……確か塩大福だったはずだ。……いや、塩大福ってそう簡単に手に入る物かな?
「ルナちゃん! すぐにネブラダンゴムシの好物を持ってくるから待ってて!」
「ひぃ、お願いしますー!」
月ノ宮神社の近くにはコンビニやスーパーもなく、和菓子屋さんもないから買いに行こうと思ったら駅前まで行かないといけない。今日は自転車もないから走って往復で三十分以上はかかってしまう。そんなに時間をかけてしまうと、多分ルナが大変なことになってしまう!
しかし幸いなことに、月ノ宮神社の近くには高級住宅街が広がっていて、そこには知人の家があるのだ。僕は月ノ宮神社の長い階段を下って、大急ぎで琴ヶ岡邸へと向かった。門前に控えていた警備員さんに声をかけて、じいやさんに電話をかけてもらった。
「すみませんじいやさん、塩大福ってありませんか!?」
『塩大福ですか? はい、確かにございますよ』
「今、大至急塩大福が必要なんです!」
『かしこまりました』
大至急塩大福が必要という奇怪な状況なのにも関わらず、屋敷から塩大福が入った包みを持ってきたメイドさんがやって来て、僕はお礼を言ってすぐに月ノ宮神社へと戻った。
そして息を切らしながら汗だくで月ノ宮神社の参道の階段を駆け上がり、境内へ辿り着くと──。
「ダンゴダンゴ~」
「はぁ、はぁっ……」
相変わらずルナの上に覆いかぶさって上機嫌な様子のネブラダンゴムシと、すっかり疲弊しきった様子のルナの姿があった。
まぁ、間に合わなかったね。
「ネブラダンゴムシ! ほら、好物の塩大福だよ!」
「ダンゴ!?」
僕が塩大福の包みをぶん投げると、ネブラダンゴムシは何本もある足で器用に塩大福を受け取った。
「ダンゴ~」
そしてネブラダンゴムシは僕達に別れを告げて森の中へ帰っていった。やっぱり本物の宇宙生物は怖いなぁ。
「えっと、大丈夫ルナちゃん?」
ネブラダンゴムシが放った粘液を体中に浴びていたルナは、疲れ切った様子でぜぇぜぇと息を切らしながら起き上がろうとしていた。何か体に以上は無いか僕はルナの側に近寄った瞬間──僕は突然ルナに腕を引っ張られ、地面に押し倒された。
「え?」
突然の出来事に頭の理解が追いつかない僕を押し倒したルナは、頬を紅潮させながら僕の体の上に覆いかぶさった。ルナの体を濡らしていたネブラダンゴムシの粘液がまるでローションのようで、ルナの体は異常な熱を持っていた。
「えへへぇ……良い匂いがしますねぇ、朧パイセン」
ルナは興奮した様子で、さっきまで全力疾走して汗だくになっていた僕の胸元に顔を埋めてクンカクンカ……え、なんで匂いを嗅いでるんですか?
……もしかしてルナ、匂いフェチだったりする?
「あの、ルナちゃん。大丈夫?」
「朧パイセンも意外と男臭い汗をかくんですね」
「ちょっとぉ!?」
何だか恐怖さえ感じ始めた僕は、慌ててルナの体を引き剥がそうとした──丁度その時、神社の参道の階段を登ってきた人影があった。
「な、何やってんだ、お前ら……?」
そこに現れたのは、ルナのお兄さんであり僕がバイトしていたノザクロで働いているレオさんだった。
……あれ? この状況、かなり不味くない? そう思ったのは僕だけでなく、明らかに様子がおかしかったルナも同様だった。つい先程まで紅潮していたルナの顔は急に青ざめていった。
「ちちちち違うんだよお兄ちゃん! これには色々と訳があって!」
「神社で野外プレイとかお前らエ◯ゲでもやってんのか?」
「違いますよレオさん!? 実はかくかくしかじかで……」
僕は事の一部始終をレオさんに説明して、ルナもようやく平静を取り戻した。しかし僕が神社から去ろうとした時、レオさんは言った。
「俺はお前のことをそこそこ信頼してるけど、流石に妹が野外プレイしてると知ったらちょっと複雑だ」
なんだか僕はレオさんに変なイメージを持たれてしまった。
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