二人の幸せ
会長との邂逅で肝を冷やした後、サザンクロスのケーキバイキングを堪能し尽くした僕は、ベガと一緒に電車に乗って葉室市へと向かった。
何気にベガと一緒に電車に乗るのは初めてだ。だってベガとワキアっていつも高級車に送迎されてるんだもの。
「本当に電車で良かったの?」
「いえ、私だって電車ぐらい乗りますよ?」
「さっき切符を買うのにちょっと手間取ってなかった?」
「あ、あれは久々だったからですっ」
僕は交通系ICがあるから改札にタッチするだけだけど、ベガは発券機の側にある料金表とにらめっこをした後、ようやく切符を購入していた。交通系ICすら持ってないのを見るに、やっぱり少し生きている世界が違うのかもなぁと実感させられる。
クロスシートの正面に座るベガは、そんな僕に笑顔を向けて言う。
「短い間ですけど、こうして向かい合っておしゃべりしながら移動するのも楽しいではないですか。それに私は、わざわざ車を用意されて移動するのはあまり好きではないんです。登下校も極力徒歩にしていますし、友人の誰かと喋って楽しい時間を過ごしたいんですよ」
ベガにはネブラ人の王女様という隠れた肩書があって、あんなびっくりするぐらいの大豪邸に住んでいるけれど、こうして接していると彼女自身は普通の女の子と変わらない。そこに隔たりが生まれないように心がけているから、ベガも僕なんかと付き合おうとしたのだろう。
でも前に琴ヶ岡邸に乗り込んできた少し怪しい組織の存在もあるから、安全面を考えると車の送り迎えの方が良さそうだけど……。
葉室駅に到着すると、そこからバスで葉室総合病院へと向かった。今日はベガとデートをしているけれど、僕達の目的はただ一つ、ワキアのお見舞いだ。
「あ、サザクロのスイートポテトだ!」
さっきサザクロでケーキバイキングを堪能したついでに、僕とベガはワキアの好物であるスイートポテトを手土産に持参していた。ワキアのお見舞いには他の友人達も多く訪れているようで、ベッドの側には他にも沢山のお菓子の箱や大きな紙袋が置かれている。
「ほらワキア、ちゃんと烏夜先輩にお礼を言いなさい」
「アリが十匹!」
「こらっ」
「はは、今日も元気だね」
七夕祭のミニコンサートで倒れてから二週間ぐらい経つけれど、ワキアはいつもの元気の姿に戻りつつある。検査を受けても異常はないらしいけれど、アクアたそことアクア先生によると念には念を入れるとのこと。
ベガやワキア達一年生はもうすぐ林間学校が待っているけれど、退院が遅かれ早かれワキアは参加出来ないとのことだ。
「せめて来年の修学旅行には参加したいなぁ。烏夜先輩はもうすぐだよね?」
「十一月だね」
「確か行き先は関西でしたよね?」
「京都と大阪をブラブラする予定だね。来月には班分けとかあると思う」
十一月の初めに文化祭があるから十月はその準備もあるし、その後には修学旅行があるからそれの準備でまた忙しくなる。まだ班分けも決まっていないけれど、大星達と一緒になれるかなぁ。
するとワキアはベッドの上でスイートポテトを食べながら言う。
「良いな~私も烏夜先輩と旅行に行きたいよ」
「え、僕と?」
「確かに良いですね。ワキアが退院したら温泉旅行なんていかがですか?」
「そんなトントン拍子で話進めるの?」
ベガとワキアと一緒なら是非行きたいけれど、何かスピカやムギ、レギー先輩達に悪いから一緒に連れていきたい気もする。でもそうなると大星や美空も連れて行きたくなるし……結果的に知り合いを全員集めた大所帯になってしまいそうだ。
ベガはスッと僕を温泉旅行に誘ってきたけれど、そんなベガを訝しげな様子で見ながらワキアは言った。
「初手で温泉旅行に誘うなんて……まさかお姉ちゃん、烏夜先輩と一緒にお風呂に入りたいんだね?」
「あ、いや、そういうのではなくて」
「前に私が烏夜先輩と一緒にお風呂入った時すごく怒ってたけど、やっぱり羨ましかったんだね……」
「だ、だから違うって!」
そういえばそんなこともあったなぁ。あれ以来もう怖くて琴ヶ岡邸のお風呂にはお邪魔していないけれど、ベガと一緒にお風呂……ベガって華奢なように見えてかなり豊満なものをお持ちだから刺激が強すぎるぞ!?
「烏夜先輩。もし温泉に行くことになったら露天風呂付きの部屋を取るから三人で一緒に入ろうね。ね、お姉ちゃんも良いでしょ?」
「えっと……烏夜先輩がよろしければ」
「僕はワキアちゃんが良ければ」
「じゃあ決まりだね!」
いや何か普通に混浴前提で話が決まっちゃったよ。僕は今ベガと付き合っているけれど、ベガとワキアと温泉旅行に行ってくるよってスピカ達に伝えたらどんな反応されるんだろ。今はワキアにすら内緒ということになっているけど、いずれは公にしないと大変なことになりそうだ。
林間学校の話題で少し雰囲気が暗くなりかけたけど、何はともあれワキアの元気が戻ってよかった。そしてワキアの元気が戻ったところで、ベガはこの病院まで持ってきた大きな紙袋を開いて、その中に入っていたものをワキアに見せた。
「あーっ! ネブラダンゴムシのぬいぐるみだー!」
先日、葉室駅前のゲーセンでゲットしたネブラダンゴムシのぬいぐるみ。それが欲しかったというワキアは目を輝かせて喜んでいた。
「烏夜先輩が獲ってくれたのよ。ほら、ちゃんとお礼を言って」
「サークルケ◯サンクス!」
「こらっ」
「はは、そんなに喜んでもらえると僕も嬉しいよ」
大きなネブラダンゴムシのぬいぐるみを大事そうに抱きしめるワキアの姿がなんとも愛おしい。にしてもワキアのありがとうのバリエーションどんだけあるの。
しかしワキアはぬいぐるみを抱きしめながら、ベッドの側に置いてあった大きな紙袋をの方を見ながら気まずそうに口を開いた。
「えっと……実はね。とっても嬉しいんだけど、もう貰っちゃってたんだ」
「え?」
ベッドの側に置かれていた紙袋の中を見ると、僕がゲットしたものと全く同じネブラダンゴムシのぬいぐるみが入っていた。
「お姉ちゃん達が来る前にカペちゃんが来てくれてたんだけど、先にプレゼントしてくれたんだよ。だからこれ、気持ちだけ受け取ってお姉ちゃんにあげるよ! お姉ちゃんも欲しかったんでしょ?」
ワキアはベガから貰ったぬいぐるみをベガに返した。カペラは足が悪くていつも杖をついているけれど、わざわざ遠い病院までお見舞いに来て、その上ワキアにプレゼントを贈るだなんて、ワキアも良い友人を持ったなぁ……まさかプレゼントが被ってしまうとは思わなかったけれど。
まさかのプレゼントを返されてしまったベガは少し困惑した様子だったけれど、そんな彼女に僕は笑顔を向けて言った。
「まぁそれは、僕からのプレゼントってことで。これでワキアちゃんとお揃いになるし、丁度良かったね」
「そ、そうですね……えへへ……」
ベガは照れくさそうにしながらも、ネブラダンゴムシのぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。
帰りの電車の中でもベガはネブラダンゴムシのぬいぐるみを抱きしめていたけれど、ベガもそんなに好きだったんだ。やっぱり双子というのもあってちょっと好みも似ていたりするのかな。
駅から一緒に歩いて、月見山の麓にある高級住宅街の通りを歩く。まだ残暑がきついけれど、木々に囲まれたここら辺は木陰が多くて涼しいし、セミの鳴き声すらも風流に感じられた。
「今日はとても楽しかったです。やはりデートというのは良いですね」
「僕も幸せだったよ。何だかベガちゃんとの時間が特別に感じられるよ」
「フフ、素敵な言葉ですね。私も烏夜先輩の彼女として、とても幸せですよ」
これまでもベガと過ごした時間はそこそこあったけれど、こうしてベガと付き合うことになってから二人で出かけるというのはまた特別だ。
こんな時間が、ずっと続けば良いのに……。
「ではまた明後日。烏夜先輩のためにお弁当を用意するので、楽しみにしててくださいね」
「うん、ありがとう。じゃあまたね」
「はい。ではまた、烏夜先輩」
僕は琴ヶ岡邸の前でベガと別れて帰途につく。僕なんかにベガの彼氏なんて務まるか不安だけど、僕はワキアのために頑張っているベガを支えていたい。
だから僕も精を入れて頑張らないといけない──。
「こんにちは、朧パイセン」
「おわああああああああっ!?」
そして高級住宅街を抜けて月ノ宮神社の参道に差し掛かろうとしたところで、僕は木陰に隠れていた少女から突然声をかけられた。見ると首から一眼レフカメラをかけたルナが佇んでいて、彼女はメモを片手に僕に詰め寄ってきて口を開いた。
「単刀直入にお聞きします。朧パイセンって、ベガちゃんとお付き合いされてるんですか?」
僕とベガの秘密は、あっさりと知り合いにバレかけていた。
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