あの告白は嘘だったのね
『ボロー君の命、そう長くないわ。持ってあと一ヶ月以内、いえ二週間前後というところね』
先日、僕はテミスさんからいきなり余命宣告を受けてしまったけれど、自分の命があと一ヶ月も続かないだなんて信じられなかった。凄腕占い師であるテミスさんが言うのならその未来が現実味を帯びてしまうけれど、具体的なことは教えてくれなかった。
有名人も多く顧客に持つテミスさんは多くの予約でスケジュールが中々空けられず、今も少しの間月ノ宮を離れるという。
『死相自体は結構前から濃いままだからあまり気にしなくてもいいわ』
テミスさんは一応フォローしてくれていたけれど、死相が結構前から濃いのもヤバいと思う。僕って常に死と隣り合わせになるの?
さて、そんな残り僅かな余命に怯える九月五日、土曜日。僕は恐怖なんか忘れるように心が浮かれていた。
夏休みの間も結構色んな女の子と過ごすことが多かったけれど、こうして明確に『デート』という体裁で一人の女の子と過ごすのは初めてのことかもしれない。
「やはり名店というだけあって、どのケーキも美味しいですね。烏夜先輩はどのケーキがお好きですか?」
「どれも美味しいけれど、どれか選ぶとしたらモンブランかなぁ。元々好きだってのもあるけど」
今日、僕はベガと一緒にケーキ屋サザンクロスのケーキバイキングへと来ている。当初は夏休み限定の予定だったみたいだけど予想以上に好評だったからか、今日も休日というのもあり満席だ。家族連れもいるけれど、カップルらしき二人組もちらほらと見える。
……僕達もその括りに入ってしまうのかぁ。目の前で丁寧な仕草でケーキを食しているベガを見ながら、僕は多幸感を覚えながらも若干緊張していた。
「烏夜先輩、どうかしましたか?」
「ううん、綺麗にケーキを食べるなぁと思って」
「ケーキの食べ方に綺麗とか汚いとかありますか?」
「僕の知り合いに手掴みでケーキを食べている人間もいたからね」
「ご、豪快ですね」
僕の記憶のどこかに、手掴みでケーキを掴んで頬張っていた美空って奴がいる気がした。確かに一つ一つの所作からお嬢様というか、やっぱり王女様のような高貴さや品格が感じられるような気がするけれど、美味しいケーキを頬張って幸せそうに微笑む姿はなんとも年相応で可愛らしい。
そんなベガの姿を眺めていると、彼女はショートケーキに乗っていたイチゴを眺めながら口を開いた。
「昔、私の母がよくケーキを焼いてくれたんです。このお店のケーキは、なぜだか母のケーキの味に似ていると言うか、とても懐かしい気持ちになれるんです」
「ベガちゃんのお母さん、お菓子を作るのがとても上手だったんだね」
「はい。普段の食事は使用人達に任せていたのですが、ときたま手料理や手作りのお菓子を振る舞ってくれて……懐かしい思い出ですね」
ベガのお母さんは一からスポンジを焼いて、こんな名店レベルのケーキを作っていたの? それは凄いなぁ。
「ベガちゃんもお菓子を作ったりするの?」
「母の手伝いをすることはありましたけど、私はあまり上手ではなくて……料理自体はたまにするんですけど、全然感覚が違いますね」
僕も料理自体はするけれど、お菓子を作った経験なんてそれこそノザクロでのバイトの時ぐらいだ。材料や器具を集めたら作れるかもだけど、普段から作ろうとはあまり思わない。
「でもベガちゃんって料理上手だよね? 前に学校で食べさせてもらったの、作ったのベガちゃんでしょ?」
「そ、そんなにでしたか? そう言われるととても嬉しいです」
ベガも家に使用人がたくさんいるから殆ど料理をする必要がないだろうけど、前に食べさせてもらったお弁当は凄く美味しかったなぁ。
「今度、よければまたお弁当をお持ちしましょうか? 烏夜先輩も毎日お弁当を作るのは大変でしょうし」
「ならお言葉に甘えちゃおうかな。自分で作るって言っても冷凍食品とか多いけどね」
「毎日お届けしましょうか?」
「ううん、そこまでしなくていいよ。ベガちゃんだって大変だろうし、僕も料理が好きだからね」
ベガの手料理が毎日食べられるなんて夢のようだけど、やっぱりヴァイオリニストであるベガが包丁で手を切ったり火傷をしてしまっては元も子もない。僕のことを考えてくれてるのは嬉しいけれど、僕だってベガのことは大切なんだから。
そんな話も交えながらスイーツバイキングを堪能していると、エプロンを着けたサザンクロスの店員が……金髪のツインテールを桃色のリボンで留めた少女が笑顔で近づいてきた。
「ようこそサザンクロスへ。どう? 私自慢のケーキ達は」
「お邪魔してます、ロザリア先輩。どれもとっても美味しいです」
「そっちの、えーっと……オンボロガラス窓みたいな名前の、誰だっけ?」
「烏夜朧です」
「そうだったそうだった。どう? タダで食べるケーキは美味しい?」
「今までの人生の中で一番美味しいですね!」
オンボロガラス窓って呼ばれたのは初めてだけど、前にノザクロで会った時は茶髪でいけすかない男っていう呼ばれ方だったから、少しは覚えられてるのかな。
そもそも、今日僕がベガとサザクロのケーキバイキングに来ているのは、前に葉室駅前のゲーセンでロザリア先輩達を助けて、そのお礼としてケーキバイキングを無料にしてくれると約束されたからだ。タダで楽しめるなら何でも最高だ。
「ていうか烏夜。前にここに来た時は違う女の子連れてきてたじゃない。噂には聞いてたけど、やっぱり女を取っ替え引っ替えしてるのね」
「あぁいや、違いますよ!?」
そういえば初めてこのサザクロのケーキバイキングに来た時、僕はノザクロのマスターに頼まれてキルケと一緒だった。確かにあれも傍から見れば完全にデートだったかもしれない。
しかし今、僕はベガとデートしている真っ最中だ。変な誤解を生んでしまってはダメだ!
「前に一緒に来ていたのは同じバイト先の後輩の子で、あれは潜入調査だったんです!」
「潜入調査という名目でデートしてただけでしょうが」
「だから違いますよ!」
「って言ってるけど、琴ヶ岡のご令嬢的にはどうなの?」
ロザリアが話を振ったのを見て、僕は恐る恐るベガの方を向いた。僕は必死に弁明したつもりだったけど、焦って弁明すればするほど何かを隠しているように思われるかもしれない。
しかしベガは一切怒ったり不機嫌になったりせず、フルーツジュースを一口飲んだ後で笑顔で口を開いた。
「その時烏夜先輩と一緒にいらしていたのはキルケさんですよね?」
「あ、うん。なんで知ってるの?」
「ワキアから聞いたんです」
そういえばあの時偶然にもワキアが一人でケーキバイキングにやって来て、下手な変装をしていた僕とキルケの正体がバレたんだったっけ。良かったぁ証人が身近にいて。
「ワキアは話していましたよ。烏夜先輩がキルケさんととても楽しそうにデートをしていたと」
あぁ僕側の証人じゃなかった。完全に僕が有罪になるやつだこれ。
しかしベガは笑顔を崩すことなく話を続けた。
「ワキアは何かと話を誇張するところがあるので、私は烏夜先輩のお話を信じます。その出来事で烏夜先輩の私への愛情が変わることはないでしょうし、それは私も一緒ですから」
「べ、ベガちゃん……」
キルケとこのお店に来た時はそもそも僕はベガと付き合っていたことも知らなかったからどうしようもないけれど、これからはそういうことも気をつけないといけない。今、僕はベガという彼女がいるんだから……。
「……はぁ。ホヤホヤのカップルなんて見ているだけで疲れるわ。そんな一時の熱なんてすぐに冷めるのに」
僕がベガの優しさに感動している一方で、不機嫌そうに溜息をついている人が一人。
「ロザリア先輩も甘酸っぱいご経験があるのですか?」
「さぁね。ちょっと糖度がヤバそうだからそろそろ退散するわ」
そう言ってロザリア先輩が僕達の前から去ろうとした瞬間、サザンクロスの入口の扉が開いて新しいお客さんが入ってきたと同時に店内が急にざわついた。
「うげっ」
お客さんに対して絶対してはいけない反応をしているロザリア先輩の視線の先には──クラシックロリィタファッションの、エレオノラ・シャルロワの姿があった。
「ごきげんよう、ローザ。今日も精が出るわね」
「うっさいわね。アンタはとにかくそのオーラをどっかにしまいなさいよ」
「フフ、勝手に出るものだからしょうがないでしょ。またいつものをくれる?」
「はいはい」
ロザリア先輩と会長は同じシャルロワ家の双子の姉妹……本当の姉妹なのだろうか? 身近にスピカとムギという中々珍しいパターンがいるからちょっと疑心暗鬼になってしまうけれど、一応は姉妹という関係のはずだ。
二人が一緒にいるのを見るのは初めてだけど、会長に対してあんな悪態をつけるのは親族のロザリア先輩ぐらいだろう。ロザリア先輩が注文の品を用意している間、会長はケーキバイキングを楽しんでいた僕達の方へとやって来た。僕は緊張でドキドキしていたけれど、会長と長い付き合いであるベガは特に驚く様子もなく笑顔で挨拶する。
「こんにちは、シャルロワ会長。この間はありがとうございました」
「明日もレッスンを見てあげるから、頑張りましょう」
「はい」
そういえば来月にコンクールを控えているベガのバイオリンの練習を会長が見てくれているんだっけ。一方は財閥のご令嬢、もう一方は王女様なんていうとんでもない組み合わせだけど、親密そうで何よりだ。
会長は笑顔でベガに挨拶した後、今度は不思議そうな表情で僕のことを見ていた。
「ところで、貴方は何をしているの? とうとうベガの使用人に?」
「いやいやいやいや、一緒にケーキバイキングに来ているだけですよ」
「ベガを狙っているの?」
「あぁいや、えっと……まぁ、はい」
思わず否定しそうになったけれど、僕はベガとデートをしている最中なのだ。
会長にとってはそれが意外だった、というかベガが僕とデートしているということが驚きだったようで、虚を突かれたような表情でベガの方を向く。するとベガは会長に笑顔を向けるだけだった。
「へぇ、随分と大物を仕留めたものね。この前、私に告白してくれたのは嘘だったのかしら?」
「んん!?」
「烏夜先輩、シャルロワ会長に告白されたのですか!?」
いきなりなんてことを言うんだと思ったけれど、そういえばスピカとムギの話によると僕は会長に告白したことがあるはずだ。しかも結構最近。
まぁこれだけお美しい人だし、どれだけ目上の人だろうと女好きだった僕は構わずに告白したんだろうけど……今だけはその出来事を蒸し返さないでほしかった。だってベガでさえ僕の節操なさに驚いてるもん。
それだけ証人がいればその出来事は嘘ではないはずだし、僕は認めるしかない。
「ごめんベガちゃん。確かね、前にそういうことがあったんだよ」
「そうだったんですね……私、シャルロワ会長に告白する人、初めて見ました。流石烏夜先輩、度胸がありますね」
いや、そう言って笑顔で許すベガが一番怖く感じてしまうんだけど。まだまだとんでもない量の前科が出てきそうだけど、ベガは前からそれを許してたの?
「精々頑張りなさい。ではごきげんよう」
ロザリア先輩から注文の品を受け取った会長は、フフフと笑って帰っていった。いや本当にとんでもない爆弾を投下してくれたなあの人。悪いのは完全に僕だけど。
それにしても……僕の会長への告白とベガの告白って、どっちが先だったんだろう?
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