これはデートですよ、烏夜先輩



 まさかゲームセンターで助けを求められることになるとは思わなかったけれど、僕はベガと一緒に銀髪の女の子の後をついていった。

 するとプライズコーナーの一角、アニメや漫画作品のフィギュアが並んでいるエリアで、金髪のツインテールを桃色のリボンで留め月学の制服を着た女の子が頭を抱えていて、その人の側で長い黒髪に黄色いリボンを着けたセーラー服姿の女の子が項垂れているところだった。

 ……うん。金髪ツインテールの方の人は知り合いだなぁ、これ。


 「ロザリア。助っ人を連れてきた」

 「ホント!? ……って、えぇ!? どうしてアンタがこんなところに!?」

 「どうも。お久しぶりですね、ロザリア先輩」


 月ノ宮駅前のケーキ店サザンクロスの店員であり、シャルロワ財閥のご令嬢でもあるロザリア・シャルロワ。月学の制服姿を見るのは初めてだ。

 僕がそんなロザリア先輩に挨拶すると、僕の隣にいたベガが不思議そうな面持ちで言う。


 「あれ? 烏夜先輩もロザリア先輩とお知り合いなんですか?」

 「うん。前にちょっと会ったことがあってね。ベガちゃんは知ってるの?」

 「シャルロワ家のご一族の方なので、当然です」


 そういえばワキアもロザリア先輩と知り合いだったみたいだし、やっぱりネブラ人の王女様ということもあって結構交流あるのかな。

 すると一番年下らしい、黄色いリボンを着けたセーラー服姿の女の子がベガの側に近寄って言った。


 「久しぶりだね、ベガお姉様! そちらの殿方はどなたですか?」

 「僕は月学の二年生、烏夜朧だよ。ベガちゃんの先輩」

 「メルはメルシナ・シャルロワ! 来年月学に入学する予定なので、よろしくお願いしますっ!」

 「う、うんよろしく」


 え、この子もシャルロワ家のご一族? 会長やロザリア先輩の妹ってことですか?

 僕がシャルロワ一族に若干怖がる中、僕とベガをここに連れてきた銀髪の女の子も自己紹介をする。


 「私はクロエ・シャルロワ。よろしく」

 「一年生?」

 「……一応、貴方の先輩」

 「あ、すいません」


 この人もシャルロワ家のご一族の方でしたか。ちょっと童顔だからあまり先輩には見えなかった。ていうか僕の先輩ってことは、会長とロザリア先輩とクロエ先輩って三つ子ってこと?

 ……全然似てないけど!? 雰囲気も全然違うし!


 「そういえばクロエ、こいつが助っ人ってどういうこと?」

 「さっき、ネブラダンゴムシのぬいぐるみをゲットしてた」

 「そうなの!? ねぇアンタ、こういうの取れる?」


 ロザリア先輩達の前の台は、最近アニメ化して話題になっている漫画のヒロインのフィギュアが景品になっていた。結構大きめで細長い外箱だ。こういうUFOキャッチャーでよくある、並行に設置された二本のバーの上に箱が置かれているタイプ。


 「ローザお姉様ったら店員さんに頼んで五回ぐらい場所を戻してもらってるんですけど、全然取れないんです」

 「私達、あまりこういうの得意じゃないの。だから取ってくれない?」

 

 ていうかシャルロワ家のお嬢様方もこういう世俗的なゲームセンターに来たりして、全然景品が取れなくて嘆いたりすることもあるんだね。

 幸いそんなに難しくなさそうだったから、僕は喜んで手助けしようと思ったけれど、クロエ先輩が僕の手を止めた。


 「待って、ローザ。誰かに何か頼むなら相応の対価が必要。この人に褒美は?」

 「あ、いや、僕は別に褒美とかいらないんで」

 「でも無報酬でやってもらうだなんてシャルロワ家の家訓に反します!」


 シャルロワ家ってそういう家訓あるんだ。誠意はお金って書いてあるのかな。

 クロエ先輩とメルに迫られたロザリア先輩はメチャクチャ嫌そうな顔をしてたけど、渋々という様子で口を開いた。


 「わ、わかったわ。サザンクロスのケーキバイキング無料券をあげるわ。これでどう?」

 「ローザ、それは一人分?」

 「……ペアチケットにしてあげるわ」


 UFOキャッチャー代は僕が出すわけでもないし、二人分のケーキバイキングの値段を考えると結構な報酬だ。僕は喜んで三人の依頼を受けて、ロザリア先輩がコインを投入する。

 さっき僕がゲットしたぬいぐるみが景品の台は確率機が多いけれど、こういうフィギュアはコツさえ掴んでいればそんなに難しくない。勿論アームの設定の良し悪しなんかもあるけれど。


 「蓋の隙間にアームを入れるのはやめて頂戴ね。綺麗な状態でほしいの」

 「了解です」

 

 アームの先端を箱の隙間に刺す方法もあるけれど、急がず焦らず箱を横にずらしていって、頃合いを見てギリギリ引っかかっている箱の角をずらして……あ、失敗した。じゃあアームで押しちゃえ。


 「と、取れたー!?」


 ストン、とフィギュアは下に落ちて盛大な音楽が鳴り響いた。


 「凄いです烏夜先輩!」

 「ローザお姉様はあんなに失敗してたのに!?」

 「ん、結構なお手前」

 「い、意外とやるのねアンタ……」


 僕は取り出し口からフィギュアを取り出して、それをロザリア先輩に手渡した。


 「どうぞ、ロザリア先輩。この漫画好きなんですか?」

 「そ、そうよ。あ、ありがと……約束通り、今度サザンクロスに来たらタダでケーキバイキングを使って良いわ。何なら私専属のUFOキャッチャーハンターにならない?」

 「欲しい景品が出る度に僕は呼ばれるんですか? 都合が合えば構わないですよ」


 これ、もし僕が景品を取れなかったら闇に葬られたりしたのかな。シャルロワ家の人間ってだけで色んな陰謀めいたことを考えてしまうけれど……こうしてゲームセンターで無邪気にはしゃいでいるのは、普通の学生と全然変わらない光景だ。同じ一族である会長がUFOキャッチャーではしゃいでいる姿は全然想像つかないけれど。

 そんな中、メルは不思議そうな表情でベガに聞いた。


 「そういえば、どうしてベガお姉様は烏夜さんと一緒にいたんですか?」

 「あ、実はデートしていたんです」

 「え、デート?」

 

 ……え、デート?

 ベガと一緒にいた僕でさえもロザリア先輩やメル達と一緒の反応をしてしまった。しかしそんな僕達を見たベガはいたずらっぽく笑って口を開いた。


 「フフ、冗談ですよ。私も欲しかった景品を烏夜先輩に取ってもらったんです。勿論、私はデートのつもりでしたけど」

 「え、そうなの?」

 「ちゃんとエスコートしたのでしょうね?」

 「いや、僕はデートってつもりじゃなかったんですけど……」

 「はっきりしなさいよ!」


 僕は何故かロザリア先輩に発破をかけられてしまったけれど、確かにデート的な部分はあったかもしれない。まだ皆には秘密にしているけれど……僕とベガは交際関係にあるのだから。

 昨日の夜のことがまだ夢のように思えるけど、もしかしてベガは楽しみにしてくれていたのだろうか。


 

 僕達はシャルロワ家の御三方と別れて、琴ヶ岡家の車に乗って琴ヶ岡邸へと向かっていた。ベガは車の中で、僕がゲットしたネブラダンゴムシのぬいぐるみを愛おしそうに抱きしめている。そんなベガも可愛らしい。でもそれってワキアにあげるんじゃないの……?


 「ねぇ、ベガちゃん。今度の土日って空いてない?」

 「土曜日なら空いてますよ」

 「もし良かったら、僕と一緒にサザンクロスのケーキバイキングに行かない?」

 

 僕がそんな提案をすると、ベガは驚いた様子だった。


 「も、勿論行きたいです。でも良いんですか? 私と一緒で……」

 「だって、恋人との大切なデートだから」


 さっきはロザリア先輩達の前で、僕は動揺してしまってこれはデートじゃないと否定してしまっていた。でもベガはデートの気分でいてくれたんだから、それは失礼な発言だ。

 それのお詫びという面もあるし、僕はもっとベガと親密な関係を築きたかった。

 

 僕の命は、もう長くは続かない可能性があるから……。


 

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