告白と余命宣告



 「私達は付き合っていたんですよ」


 ……付き合っていた? 僕が? ベガみたいな絶世の美少女、いやネブラ人の王女様と?

 

 「付き合ってたって、交際関係にあったということ?」

 「はい、その通りです。六月からでしたけど」

 「……なんで僕なんかと?」


 六月といえば、丁度僕が今も記憶を殆ど思い出せていない時期のことだ。スピカやムギ、レギー先輩達によればかなり濃密な時期だったみたいだけど、こんな衝撃的な事実を告げられたのに全然思い出せそうにないんですが。

 一体何がどうなって僕とベガが付き合うに至ったのか、ベガはやや頬を染めながら照れくさそうに言う。


 「六月、烏夜先輩はスピカ先輩やムギ先輩、あと三年のデネボラ先輩のために奔走されていました。幼馴染の朽野先輩が突然転校したのにその悲しみに暮れることもなく……スピカ先輩達がそんな烏夜先輩の姿に惹かれたのは、私もだったんです。私も昔から、病弱なワキアに寄り添ってくれる烏夜先輩の姿を見てきましたから」


 確かに僕はベガやワキアとも数年ぐらいの付き合いになるはずだけど、僕ってそんなに何かしたかなぁ。たまにワキアの病室に訪れて与太話をしていたぐらいだろう。あくまで知り合いだったというだけで、よく話すようになったのはそれこそあの事故がきっかけだったように思える。


 「もしかしてベガちゃんの方から告白したの?」

 「はい。月見山の展望台で」

 「そ、そうなんだ……」


 その後も告白のセリフだとか、事故に遭うまでに二人で行ったデートの時の思い出についてベガはスラスラと語ってくれた。どれも僕の記憶にはない思い出だけれど、ベガはそれらの思い出をとても楽しそうに、無邪気に話してくれた。


 僕とベガが付き合っているというのは二人だけの秘密だったそうで、ワキアすら知らないことだという。僕に対してガンガン好意を向けているスピカ達への配慮もあり、僕が三人に中々答えを出さなかったのもそのためだろう。ちなみにベガ自身は「ネブラ人には一夫多妻制度もあるので」とニコニコしていた。それ本当に本心で言ってる?



 月見山の展望台、月研のプラネタリウム、水族館など色んな場所でのデートの思い出を赤裸々に話すベガは本当に楽しそうで、聞いている僕も何だかベガと付き合っていたという記憶はなくともその関係を実感し始めていた。


 「なんだか、前から何か思い出せない、重要な記憶があったんだよ。もしかしたらそれが、ベガちゃんと付き合っていたっていう記憶なのかも……思い出せなくてごめん」

 「いえ、そのきっかけを作ってしまったのは私ですから良いんです。それに多分、烏夜先輩がお忘れになっている大切なことは……おそらくこれのことだと思います」


 するとベガは手帳を取り出すと、その中に入っていた金イルカのペンダントを僕に見せた。それは、ベガが今首にかけているものと同じデザインのものだった。


 「事故の後、近くに何か落とし物がないか探したんです。すると私達が転がった崖の途中に、このペンダントが引っかかっていたんです。何かご存じないですか?」

 「いや、僕のものかはわからないけれど、落としたのかな……?」


 ベガやワキアを始めとした、僕の身の回りの女の子達が持っている金イルカのペンダント。この前僕とアルタは似たようなデザインのキーホルダーを買ったけれど、そのペンダントが売られていたのは八年前のはずだ。

 お揃いで良いなぁだなんて思っていたけれど、僕も持っていたのか? つまりこれを誰かから貰った?

 いや、それとも──。



 「八年前、私達にこのペンダントをプレゼントしてくれたのは烏夜先輩なんじゃないですか?」

 


 僕が、忘れてしまっていたこと。

 それが、八年前にベガ達に金イルカのペンダントを渡したことだというのか?

 ベガが立てた一つの仮説、いやベガにとってはそれが唯一の真実なのかもしれないけれど、僕は恐怖さえ覚え始めて心臓の脈打ちが体に響きそうな程だった。


 「……本当に、僕が?」

 「プレゼントを貰った私達の記憶に共通しているのは、プレゼントしてくれた人が男の子だったという点です。そして、その方もペンダントを持っているはずです」


 確かレギー先輩の弟さんも持っていたはずだけど、あれも貰い物だから違うのか。確かに以前の僕はかなり女好きだったみたいだし、当時ませていた僕が調子に乗って女の子達にお揃いのペンダントをプレゼントした可能性も大いにある。

 でも……その記憶は一体どうやったら思い出せるのだろう?


 「このペンダントが烏夜先輩の落とし物だとわかった時、私は驚くと同時に感動したんです。やっぱりあの方は、こうして自分を助けてくれるんだって……本当は烏夜先輩が自ら思い出すまで待とうかと思ったのですが、夏休みが終わると少し疎遠になってしまうかと思うと寂しくなってしまったんです。

  なので……これからも是非、私と一緒に遊んでくださいね」

 「う、うん、勿論だよ」


 僕がまさかベガと付き合っていただなんて予想だにしなかった。確かによく僕のことを気にかけてくれるなぁとは思っていたけれど、それは事故があったからだと僕は思い込んでいた。

 ベガが僕の彼女だなんて、これ以上ないぐらい嬉しい事実なのに──。

 

 『──ねぇ、朧。お星様は、どうして輝いてると思う?』


 僕は幸せなはずなのに、心のどこかにどうしても乙女の姿が映ってしまう。

 もう、彼女はいないというのに。



 今まで大星と美空というバカップルのイチャイチャを見て羨ましいなぁだなんて思っていたけれど、僕にも彼女がいたなんて……その上金イルカのペンダントを持っていた僕はベガにとって運命の相手のようなものだったのだろう。

 明日からまた学校生活が始まるけれど、ベガとのデートなんていうイベントに期待して心が踊る一方で、僕の思い出に残り続ける幼馴染──朽野乙女の存在に苦悩していると、月ノ宮駅前のロータリーで知り合いと出くわした。


 「ボロー君……!?」


 黒いローブを羽織った月ノ宮の魔女ことテミスさん。結構偶然出会うことが多いなぁだなんて呑気に考えながら挨拶しようとすると、テミスさんは僕の顔を見るやいなや血相を変えて僕の元までやって来た。


 「こんばんは、テミスさん。どうかしましたか?」

 「ボロー君。今どこかに出かけてたの?」

 「あぁはい、テミスさんのお宅の近所にあるベガちゃん達の家に」

 「何か用事があったの?」

 「ヴァイオリンの練習を見てほしいとのことだったので、ちょっとだけ遊びに行ってたんです」


 流石にベガとの交際関係のことは伏せたけれど、テミスさんは何故か深刻そうな面持ちで僕のこれまでの行動を根掘り葉掘り聞き出そうとしていた。

 凄腕占い師であるテミスさんがこれだけ焦っているということは、何か悪いものでも見えたのだろうか。若干強さも感じつつ不思議に思っていると、テミスさんはいきなり僕の両手を掴んで口を開いた。


 「ボロー君。私に『俺は烏夜朧です』って言ってみて」

 「え、あ、はい」


 急なことでびっくりしたけれど、確かこれって前にキルケがテミスさんに教えてもらった占いの手法か。一体これで何がわかるのかわからないけれど、テミスさんに言われた通りやってみる。


 「俺は烏夜朧です」


 僕は自分のこと『僕』という一人称で呼ぶけれど、わざわざ『俺』にした意味があるのかすらわからないまま、僕はテミスさんから手を離された。


 「……ボロー君。前に、貴方には死相が濃く見えるって言ったこと、覚えてる?」

 「はい」

 「ボロー君の命、そう長くないわ。持ってあと一ヶ月以内、いえ二週間前後というところね」

 「……え?」


 ベガから告白を受けて浮かれていたのもつかの間。

 僕は、残り二週間というあまりにも短すぎる余命宣告を受けたのであった。


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