今日は私が烏夜先輩をいただきますね
夏休みが終わってもまだまだ厳しい残暑が残る中、新学期のスタートと同時に僕達は実力考査なるものを受けていた。
「なんで夏休みが終わって早々にテストなんて受けないといけないんだろ」
放課後、テストによって魂が抜けてしまった美空がダウンしてしまっていた。そんな美空の机の周りに僕と大星、スピカとムギで囲んでいた。
昨日まで夏休みの課題に追われていた美空は、今日の実力考査のことなんて頭になかっただろう。僕は色々と忙しかった中でもちゃんと勉強していたよ。
「僕達も来年には受験だからね。そろそろ進路とかも決めないといけない頃だから、あまりウカウカしてるんじゃないよっていう学校側からのメッセージだよ」
「朧は将来ナンパ師になるんじゃないの?」
「ナンパ師って職業なのでしょうか?」
「スカウトマンって言いかえればまだマシか」
「別にあの人達もナンパしてるわけじゃないでしょ」
なんで僕の将来の進路はナンパ師っていう共通認識なんだろ。これも僕の今までの行いのせいなのかな。今の僕は真っ当に生きているつもりなんだけど。
「朧っちって客引きとか上手そうだよね」
「全然うれしくない言葉」
「ホストとかの方が向いてるだろ。無駄に顔も良いし口も上手いから」
「全然うれしくない言葉」
「け、決して貶されているわけではないでしょうから……」
でも以前の僕はかなり多くの女性達をナンパしていたみたいだけど、美人局に絡まれたりヤバい組織のお嬢さんをナンパしてしまったりと割と痛い目には遭っている。多分今後は冗談ですまないような事態になりかねないから、例え記憶を完全に取り戻した後でも僕はナンパを再開するつもりはない。
「でも朧っちってしれっといい大学に入ってそうだね」
「弁護士になれば例え自分がナンパした女から訴えられても民事で勝つことも出来るか……」
「皆、まず僕の夢がナンパ師っていうところから離れようか」
「実のところ、朧さんは進路を決めてらっしゃるのですか?」
「うん、医者になりたいんだ」
僕がそう答えると、皆が一斉に僕の方を向いて驚いた表情をしていた。机の上で項垂れていた美空でさえ姿勢を正すぐらいだ。そして一時の沈黙の後、皆が一斉に口を開いた。
「朧っちって医者になりたかったの!?」
「今までそんなの一言も聞いたことないぞ!? やっぱりお前、頭を打ってまるっきり人格が変わったんじゃないか!?」
「そんなに意外だったの?」
「確かに意外でした。朧さんの頭脳なら目指せる範囲だとは思いますけど、もしかして事故をきっかけに心境の変化があったのですか?」
「まぁ、そんなところかな」
医者になりたいって決めたのはつい昨日のことだけどね。家に帰ってから色んな大学の医学部や医科大学について調べたけれど、まだ絞りきれてはいないし、まだまだ学力的に難しいところもある。
美空、大星、スピカの三人が驚愕している中、ムギは一人ムムムと何か真面目に考えている様子だった。
「今の内に朧を籠絡しておけば、将来的にはタワマンで優雅な上流階級の暮らしも夢じゃない……? 朧。タワマンに住むなら低層階が良い。エレベーターで上に上がるの面倒くさいし地震と時とか揺れそうだから。あと夏は軽井沢、冬は沖縄に別荘が欲しい。グアムとかワイハでも良いよ」
「おいムギちゃん」
「別荘には私とムギの別々の部屋を用意してくださいね」
「おいスピカちゃん」
「早い段階で朧に恩を売っておけば、将来的に良い恩返しが来るかもしれないぞ。朧、昔お前に貸したジュース代、利子一万パーセントな」
「おい大星」
「朧っち。将来のことを考えていくつか生命保険に入っておいた方が良いよ。私が契約しておくから」
「将来的に保険金殺人しようとしてない?」
僕は何も上流階級に成り上がりたいだとかお金持ちになりたいから医者を志しているわけじゃないし、現実はそう簡単なものでもない。スピカとムギは今の時点でも大概上流階級じゃないか。
でも僕は軽い気持ちで医者になることを夢みているわけではない。これは、ベガとワキアの幸せのために必要なことなんだ。
その後僕達は教室を出て、途中でレギー先輩と合流して六人でぞろぞろと校門まで向かう。大阪まで舞台の遠征に行っていたレギー先輩は皆に大阪土産を配り、僕は通天閣の形をした電波時計を貰った。
『はよ起きんかいゴラァッ!』
『そこにおんのはわかっとんのやぞボケェ!』
「良い目覚ましボイスだろ?」
「こんなVシネみたいな目覚め方嫌ですけど?」
寝坊するとドスの効いた大阪弁で起こしてくれるという。怖い。
「そうだ朧、今日この後空いてないか? 最近公開された『性癖戦線異状あり』ってのを劇団の知り合いからオススメされたんだけど見に行こうぜ」
「完全にパロディA◯のタイトルじゃない?」
「A◯言うな」
「どういう内容の映画なんですか?」
「人々が特殊性癖に狂ってしまうという奇病が蔓延するディストピアで、唯一治療法を知る主人公が世界を救うために奔走する物語だ」
「世界観のぶっ飛び方がまんまA◯っぽいね」
「だからA◯って口に出すのやめろ」
舞台俳優としてだけでなく最近は監督や脚本家としても勉強しているレギー先輩がオススメしてくれるなら意外と面白いかもしれない。絶対官能的なシーンが入ってそうだけど、レギー先輩はどういう反応するんだろ。
見に行きたい気持ちもあったけれど、残念ながら僕は行けないのだ。
「すいませんレギー先輩。今日は先約が入ってるんです」
僕がそう断ると、レギー先輩だけではなく大星達他の面子まで驚いていた。
「も、もしかして朧さんが私達以外の誰かとデートを!?」
「私達もいるのに、まだ他の女を求めるなんて……とうとう本性を現したね」
「お、オレがいない間に一体何があったんだ!?」
「あぁいや、別にデートってわけじゃないんですけど」
デートではない、と僕は慌てて否定したけれど……僕達が校門まで辿り着くと、校門の外には黒い高級車が停まっていて、その前で長い銀髪のハーフアップを青いリボンで留めた少女が笑顔で手を振っていた。
「お待ちしておりました、烏夜先輩」
そう、先約というのはベガのことだ。
うん、デートではないって否定したけれど完全にデートの待ち合わせみたいになってるね、これ。弁明の術を失った僕に対し、大星達は疑いの目を向けていた。
「朧……お前は確かにハーレムを作り上げたいと豪語していたが、あまりにも節操なし過ぎないか?」
「朧っち、年下も好みだったんだね」
「でも私達の同志が増えたみたいでとても嬉しいです」
「前々から怪しいとは思ってたけど、まぁしょうがないね」
「わかったよ朧。映画は今度にしようぜ」
大星と美空はもう節操なくハーレムを広げていく僕に引いていたけれど、朧ハーレムという謎サークルのメンバーであるスピカ、ムギ、レギー先輩の三人の反応は意外とあっさりしていた。
そんな三人に対し、ベガは一礼した後笑顔で口を開いた。
「すみません先輩方。今日は私が烏夜先輩をいただきますね」
「いただきますってそういう……」
「曲解が過ぎる」
「烏夜先輩。ついでですし帰りに私達の家へ寄っていきませんか?」
「本当にお持ち帰りする気だ!?」
僕はしょっちゅう琴ヶ岡邸に上がりこませていただいてるから、今日何か特別なことが起きるわけではないだろうけど、僕は校門前に停まっていた琴ヶ岡邸の高級車に乗り込んで、ワキアが入院している葉室総合病院へと向かった。
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