逆に冷静になって涙も引っ込むわ



 八月三十日。まだまだ暑さは収まるところを知らないけれど、夏休みの課題が終わらない大星や美空達から救助要請が来たけれど、僕はノザクロのバイトがあるからと断るしかなかった。昨日の天体観測はワキアのお見舞いのために休んで大星に僕の分まで書いてもらったけれど、また今度埋め合わせしておこう。


 そして今日は僕がこの夏休みでノザクロのシフトに入る最後の日でもあり、それは同じく短期で入っていたキルケや夢那も同じであり──学校が始まったら僕はキルケと会うことは出来るけれど、夢那は違う。

 夢那は今日で、月ノ宮を去ってしまうのだ。


 「ゔわああああああああああああああああああああんっ!」


 営業終了後、つまり僕達の夏休み最後のバイトが終わった後、お客さんのいない店内に響くキルケの豪快な鳴き声。

 いや、完全に予想通りだね。


 「がえらないでぐだざいよ夢那ざああああああああああんっ!」

 「ちょちょ、キルケちゃんそんな泣かないで」

 「どうじでがえっぢゃうんでずがああああああああああっ!」


 メイド服を着たままキルケは夢那をそれはもう力いっぱい抱きしめながら泣きじゃくっている。夢那が月ノ宮に滞在するのは夏休み期間中だけとは言っていたはずだけれど、今日の朝礼で最後というのを知らされたキルケはもう驚愕していたし、こうなるだろうなとは簡単に予想できた。

 勿論僕達も皆と一緒に働くのは一旦終わりというのも少し寂しいし、夢那が都心へ帰ってしまうのも残念だけど、その感情を素直にぶつけているのはキルケだけではなかった。


 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 もうナイアガラの滝かってぐらい涙を流しまくっているのはマスターだ。確かにマスターはキルケや夢那のことを可愛がっていたけれどここまでか。


 「ミーはベリーベリーサッドだよおおおおおおおおおおおっ! トゥモローからはどうやってエンジョイしてワーキングすればいいんだよおおおおおおおおおおおおっ!」


 いや感情表現が豊かなのは良いけれどマスターが加わると流石に騒音ってぐらいのレベルになってくる。

 ただひたすらにキルケとマスターの鳴き声が響く店内で、僕はレオさんとアルタと一緒に苦笑いしていた。


 「レオさんは寂しくないんですか? 女の子達、一気にいなくなっちゃいますよ」

 「俺だって涙ぐらい流したいけど、なんか涙も引っ込んだわ」

 「アルタ君はどう?」

 「僕だってそりゃ人並みには誰かとの別れを悲しむぐらいの気持ちは持ってますよ」

 「いや別に僕はアルタ君を人間じゃないと思ってるわけじゃないけど」


 送別会でも開こうかという話にもなったけれど、この前の夢那の誕生日パーティが盛大なものになったし(主にベガとワキアのおかげで)、しかも今日この後の特急列車で旅立つとのことなので、少し残念だけど手短に済ませることになった。

 制服から着替え終わった後、夢那はマスターから大きな紙袋一杯のお土産を貰い、それを両手で抱えながら夢那は最後の挨拶をする。


 「えっと、一ヶ月ぐらいの短い間でしたけど、とても楽しかったです! マスターはあまり言っていることの内容はよくわからなかったけれどとても愉快な人で、とても働きやすかったです」

 「わかってなかったのぉっ!?」


 だって朝礼で毎回「トゥデイもエブリバディパッションでフィアウイゴー!」とかマスターは言ってるけど、僕達もその場のノリで乗り切っていただけだったもの。夢那は結構そのノリについていっていたけれど。


 「レオさんは仕事中も素敵な笑顔を見せてくれて、キッチンでの仕事なんかも教えてもらいましたけどとてもわかりやすくて助かりました! あとルナちゃんが言ってたんですけど、月ノ宮神社は継がないんですか?」

 「あいつ夢那にも吹き込んでたのか!?」


 夢那にまで今後のことを突っ込まれるのか、レオさんは。でもレオさんがいてくれるからこそこのお店は回っているところはあるから突然いなくなられても困ってしまう。


 「アルタ君は同い年とは思えないぐらいもう熟練のプロって感じで、とても頼りになったな~早く彼女作りなよ?」

 「余計なお世話。ま、向こうでもお元気で」

 「お、今アルタ君デレた?」

 「君からのLIME、全部無視するから」

 「冗談だって~」


 マスターやキルケの反応はちょっとオーバーなところがあったけれど、ずっと一緒にシフトに入っていた同い年の夢那との別れは寂しいところがあるだろう。夢那も初バイトでありながらとてもよく頑張ってくれていたけれど、きっとそれは同い年ながら先輩であるアルタの支えもあってのことだ。


 「キルケちゃん。帰ってからもたくさん電話とかしてあげるから。文通とかの方がいい?」

 「ぢょぐぜづあいだいでずううううううううううっ!」

 「こりゃ困ったなぁ、アハハ……」


 キルケはもう夢那と別れたくなくて彼女の体を掴んで離さない。もうキルケに愛おしささえ感じてきてしまうけれど、キルケにとっては大変な時でも一緒に頑張ろうと励まし合える良き友人だったに違いない。でもこんなにも別れを惜しまれているからか、夢那もキルケを引き剥がそうとせずに、むしろ名残惜しそうにキルケの頭を撫でていた。


 「あと烏夜さん。ぶっちゃけ烏夜さんはずっとキッチンに閉じ込められてたのであまり印象はないですけど、本当に収監されないように気をつけてくださいね!」

 「僕をオチ要員にしようとしてない!?」

 

 何故か僕がオチにされて一笑い起きたけれど、夢那は丁寧に一緒に働いてきた面々にコメントを残してくれていた。


 「今まで、本当にありがとうございました。また月ノ宮に帰ってくることがあればまたここで働きたいです!」

 「勿論だよ。ミーはもうフォーエバーウェイトしているから」

 「また夢那が帰ってきた時に烏夜先輩が刑務所に放り込まれてないと良いね」

 「僕ってそんなに犯罪者予備軍なの!?」

 「ではキルケー、フェアウェルなメッセージを頼むよ」

 「うえええあああああああええええええん!」

 「いや人選ミスが過ぎるだろ」


 流石にこのままだと逆にキルケのことが心配で夢那も帰るに帰れないので、甘いスイーツとかをキルケに与えてどうにか落ち着かせた。


 「そうだ。せっかくだからさ、ボクの今後のことを何か占ってよ。学業のこととかさ」

 「は、はい! お望みとあらば!

  では夢那さん。私に告白してみてください!」

 「どういうことだってばよ!?」


 確か前に愛してるゲームみたいな謎の占いをやってたけれど、それってただキルケが夢那に告白されてみたいだけなんじゃないのか?

 しかし夢那はコホンと喉を整えた後、キルケの両肩を掴むと、彼女の耳元で囁くように呟いた。


 「ボク、君の虜になっちゃったんだ」

 「はうっ」

 「責任、取ってもらえるかな?」

 「うぐっ……」

 「キルケー!?」


 予定調和と言うべきか。演技とはいえ夢那に告白されたキルケは大量の鼻血を噴き出しながら力尽きてしまい、アルタに体を支えられていた。これ本当に占いだったのかなぁ。


 「……大丈夫ですよ、夢那さん。貴方にはきっと、良い未来が待ち受けていることでしょう……ガクッ」

 「わかったよキルケちゃん。ボクは君の遺志を継いで生きていくから」

 「いや死んでないから」


 夢那は都心の方へ帰ってしまうけれど、月ノ宮に住んでいる僕らにとっては決して会えない距離ではない。でもお互いに学校が始まるからどうしても会うのは難しくなってしまう。

 こうして僕達が集まるのが次いつになるかはわからないし、訪れることはないかもしれない。だから僕達はこれが夢那にとって楽しい思い出になりますようにと願って、夢那を笑顔で送り出したのだった。



 夢那は今日の夜には月ノ宮を出発してしまうため、僕達の方を何度も振り返って手を振りながらもものすごいスピードで走って帰っていった。そういえば美空と張り合えるぐらい運動神経が化け物だったっけ、あの子。


 「あの、烏夜先輩」


 そして途中まで帰り道が一緒のキルケと帰っている途中、キルケが突然足を止めた。キルケは何とか泣き止んで落ち着きを取り戻していたけれど、いつもの元気さは見られずかなりテンションが低いように見えた。


 「どうかしたの?」

 「私、さっき夢那さんを占ったじゃないですか」

 「うん。何か良い未来が待っているって言ってたね」

 「そうです。確かに良い未来が見えたんですけど……その……」


 キルケが口ごもって顔をうつむかせてしまったため、何事かと思って僕はキルケの側に近づいて声をかけた。


 「な、何かあったの?」


 キルケは肩にかけていたショルダーバッグの持ち手を握りしめ、そして体を小さく震わせながら言った。


 「その良い未来を迎えるためには、夢那さんの大切な人の死が必要だって見えて……」


 ……。

 ……え、なにそれ。何その怖い占い。幸せは不幸との対価交換だとでも言いたいの?

 

 「いや、占いは占いだよ。別に夢那ちゃんの大切な人が必ず死ぬわけじゃないでしょ?」

 「そ、そうですよね。そうです、所詮占いは占いですからね。ありがとうございます、烏夜先輩」


 占いとはいえ夢那に告白されてあんなに大量に鼻血を噴き出してたのにそんな占いの結果が見えてたんだ。ていうかその夢那の大切な人ってのはキルケのことで、キルケが鼻血を出しすぎて死んじゃった未来が見えただけなんじゃないかな。

 僕はキルケの占いの結果を深刻に受け止めないようそう自分に言い聞かせながら、キルケと一緒に帰っていた。

 


 家に帰ってから、僕は一人自分の部屋で物憂げに夜空を見上げていた。

 夢那が月ノ宮に滞在していたのは、ただ単に里帰りが目的ではない。夢那、いや彼女だけじゃなくて僕の身の回りの女の子達が持っている金イルカのペンダントをプレゼントしてくれた人を探していたのだ。夢那がノザクロでバイトを始めたのも情報収集のためだったけれど、結局目ぼしい成果は得られなかった。


 僕はそのペンダントを持っていないから勿論プレゼントされた記憶はない、ていうかまだ記憶喪失から完全に戻ったわけじゃないから忘れているだけかもしれないけれど、あんなにたくさんの子が貰っているなら情報を集めれば簡単に見つけられそうなものだ。

 それでもやはり見つからないのは、やはりあのビッグバン事故で……。


 そんなことを考えていると、突然僕の携帯の着信音が鳴り響いた。画面を見ると、なんと僕に電話をかけてきたのは夢那だった。


 『烏夜さん。駅まで来てくれませんか?』


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