二人の会長



 エレオノラ・シャルロワ会長と対峙するコガネさん達。この人達の間柄が決して良くないものであるというのは、深い事情を知らない僕でも十分に理解できた。

 ついさっきまで明るかった場の雰囲気が一瞬にして凍りついたかのように冷え切り、残っていた少数のスタッフさんや周囲にいた看護師さん達や入院患者が緊張した面持ちで見守る中、レギナさんが先に口を開いた。


 「こうしてお会いするのは初めてかな。ボクはレギナ・ジュノー。風の噂で聞いたんだけど、この前の七夕祭の芸術コンクールの審査員にボクを招聘したのは君だったんだって?

  異端者とも呼ばれるボクを招いてくれるだなんて光栄だ。でもその意図はなんだい?」


 レギナさんは笑顔こそ浮かべていたけれど、今にも会長に詰め寄るかのような勢いだった。そういえば会長とレギナさんは、ムギの件で色々とあった七月の七夕祭のコンクールに関わりがあったはずだ。

 ならば、レギナさんは会長がムギの絵をビリビリに破り裂いたことも知っている。しかし会長は涼しい顔をして、いつにも増して冷たい声を病室に響かせた。


 「私はあくまで客観的な意見として父にそう申し上げたまでです。まるで私が計算づくで貴方を招聘したかのような物言いですが、私が貴方を招聘することで一体どのようなメリットやデメリットがあるのですか?」


 会長の凛とした立ち振舞いにレギナさんも少し圧倒された様子だったけれど、コガネさんが代わりに平気そうな顔で会長に言い返した。


 「そのコンクールで、君は同じ月学の後輩の子が描いた作品をビリビリに破ったって聞いたよ。それはその子の作品を推薦していたレギナへの当てつけということではなくて?」

 「審査に関与していない私が、その内容を知る術はありません。私が彼女の絵を破棄したのは、彼女の絵がとある画家の盗作の可能性が高くなったからです。その元凶である作品がこの世から消えてしまえば批判していた人間もこれ以上何も言うことはないでしょうし、騒動も収まるだろうと私は判断しました。当初から、私は自分で決着させるつもりでしたが」


 スピカとムギから六月の一連の出来事を聞いた時に感じた大きな疑問。それは、スピカが大切に育てていたローズダイヤモンドという幻の花を枯らし、そしてムギが乙女と作り上げようとしていた絵をビリビリに破り裂いたということだ。

 会長から恨みを買ったわけでもない二人が、どうしてそんな仕打ちをされたのか。それを会長本人に問いただす勇気はなかった。


 「ボクがその後であの子の作品をコンクールに参加できるように審査方法を変更したところまでも、君が思い描いていた予想図通りだったのかい?」

 「私が彼女の芸術に可能性を感じたのも事実です。私も手荒な真似をして申し訳ないと彼女達に謝罪もしました。結果的に彼女の絵は最優秀作品に選ばれたのですから、その結末に何か不満でも?」


 スピカとムギは本人から謝罪を受けて特に尾は引いていないみたいだけど、僕は未だに会長がやったと信じることが出来なかった。でも……今、こうしてコガネさんやレギナさんと対峙する、冷酷な雰囲気を感じる会長ならやりかねない、とさえ思えた。

 しかし、コガネさんはさらに会長を問い詰める。


 「じゃあ、レギナちゃんやムギちゃん達に嫌がらせをしていた芸術家が不慮の事故で死んだのは、君の計算の範囲内なのかな?」


 六月の末、月見山の展望台の崖下で芸術家の男が転落死するという事故が起きていたらしい。僕はコガネさんやレギナさんと共に第一発見者だったみたいだけどあまり覚えていない。彼がスピカやムギに嫌がらせをしていたかもしれないという話は聞いていたけれど、まさか会長が……?

 どういう経緯があったのかわからないけれど、会長は全く動揺することなく、それどころか笑顔まで浮かべて口を開いた。


 「彼は『事故死』でしょう? 公的機関がそう発表したのですから、それが全てです」


 おそらくコガネさん達はかの芸術家の男の死に会長が、いやシャルロワ家が裏で関わっていると疑っているのだろう。

 でもそれは客観的に見ればただの言いがかりに過ぎないのだ。でも会長は自分達が関与していないとは言わずに、まるで裏でシャルロワ家がさも月ノ宮を支配しているかのようなニュアンスを残していた。

 ただならぬ雰囲気の中、この病院の関係者であるアクア先生がコガネさん達の間に割って入った。


 「こんなところで物騒な話はよしなさい。他の患者達の邪魔になるでしょう。エレオノラさん、貴方も」

 「先生には関係のないことです」


 そう言って会長はコガネさん達に軽く会釈した後、スタスタと去ってしまった。


 「そういえばさー、ちょっと気になってたんだけど」


 会長がいなくなった後、いつの間にか下に降りてしまっていたエレベーターを待っている中でネレイドさんが口を開いた。


 「あんなにシャルロワ家の人達を嫌っていたアクアたそが、どうしてその財閥系の病院で働いてるのかなーって」

 「え? ここって市立病院じゃなかったっけ?」

 「いいえ、数年前に民間に運営が移管されたの。私がこの病院に勤め始めたのはその後だったけれど」

 「どして?」

 「どうだって良いでしょ。生まれ故郷に近いところで働きたかっただけ」


 その後もう一度エレベーターが到着し、今度こそコガネさん達は帰っていった。一時はどうなるかと思っていたけれど、一体コガネさん達と会長……いや、シャルロワ家の間に何があったのだろう?


 

 コガネさん達を見送ってワキアの病室へ戻ると、先程までコガネさん達と険悪な空気を醸し出していた会長が、さっきまでとは打って変わってベガとワキアに優しい笑顔を向けながら話しているところだった。


 「まずはベガ、色々大変だっただろうけど、よく予選を通過したわね。おめでとう、貴方の実力ならさらに上も目指せるはずよ」

 「あ、ありがとうございます、シャルロワ会長」

 「会長だなんてそんな堅い呼び名じゃなくて、昔みたいにローラお姉さんと呼べばいいのに」

 「い、今は先輩後輩という関係ですし……」


 そういえばベガとワキアは会長と昔からの知り合いなんだっけ。さっきまでの会長からは信じられない優しい笑顔と雰囲気に僕が戸惑っている中、会長はワキアの側まで言って口を開いた。


 「体調はどう? 私も貴方達のコンサートを見ていたけれど、急に倒れられたら私まで倒れそうになるわ」

 「いや~ごめんってローラお姉さん。もう大丈夫だからさ、ローラお姉さんの権限でどうにか退院させてもらえない?」

 「ダメよ。貴方は体が丈夫じゃないんだから大事を取りなさい」

 「ぶー」


 以前からの知り合いとはいえ、先輩でもあり月学の生徒会長であり、そしてシャルロワ財閥の後継者と目されている会長に後輩として接するベガに対し、ワキアはいつも通り過ぎる。いや、むしろこれがワキアらしいところか。


 「ワキア。シャルロワ会長はワキアが倒れた時にすぐ駆け寄ってきてくれたんだから、ちゃんと感謝しなさい」

 「さんきゅーべりまっちょ!」

 「こらっ」

 「フフ、良いの良いの。一年生は夏休み明けに林間学校があるけれど無理はしないようにね」

 「ローラお姉さんの権限でどうにか出来ないかなー?」

 「ワキアが良い子にしてたら考えてあげる」

 「わーい!」


 なんだろう、この違和感は。

 さっきコガネさん達に接していた時の会長と、今こうしてベガとワキアと接している会長は同一人物とは思えないほど雰囲気が変わっていた。僕が瞬きをした一瞬の間によく似ている影武者か双子とすり替わっていてもおかしくないぐらいだ。


 「それにしてもワキアの演奏、とても良かったわ。貴方にも是非音楽の道を進んで欲しいけれど、音楽の道は考えているの?」

 「え~趣味のままが良いかな~」

 「せっかくシャルロワ会長に褒めてもらってるのに……」

 

 しかしベガとワキアが今も会長と自然に接しているのを見るに、会長と長い付き合いである二人にとっては今の会長の方が自然なのだろう。むしろあんな会長を見たことがあるのだろうか。


 「コンクールの本選は十月末でしょう? ベガ、もしよければ私が貴方の練習を見てあげるけれどどうかしら?」

 「いえ、流石にシャルロワ会長のお手間を取らせるわけには……」

 「素直になりなよお姉ちゃん。『ローラお姉ちゃんにヴァイオリンを教えてほしいですっ!』って」

 「な、なら、本当にシャルロワ会長にお時間がある時だけで構わないですので……」

 「フフ、楽しみにしているから」


 僕と接する時の会長は、さっきのコガネさん達への接し方とはまた違う冷たさがあるけれど、今の会長からはそういった冷たさは全く感じられず、いつもよりも笑顔が多く感じられた。

 それは昔からの知り合いだからという信頼感から? それとも、ベガとワキアの王女という肩書を知っててのことか。

 一体、本当の会長はどこにいるのだろう?

 

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