最高の思い出の作り方
──たまにテレビの特集なんかを見ていると、難病に罹って体が不自由になった人が自分の特技を活かして成功しているのが紹介されるでしょ?
──でもさ、ああいう人達は自分で輝いているからこそ私達に見えるだけで、輝きを失った人達なんて私達の目には見えないんだよ。私達の知らないところで、私達が知らない間にこの世界からどんどんいなくなっているの。
まるで、この世界には必要なかったかのように。
──ねぇアルちゃん。私はどっちなのかなぁ?
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「いや~皆ごめんね。心配かけちゃって」
ベッドの上でアハハ~と笑顔を見せながらワキアはそう言った。
昨日の七夕祭での騒動から一夜明けて、ステージ上で突然倒れたワキアはいつもと変わらない様子でケロッとしている。幸い重篤状態に陥るような発作ではなく、点滴を打って一晩明けたら容態は落ち着いたという。病院で一夜を明かしたベガとアルタ、そして僕は落ち着かない夜を過ごしたけれど。
「ともかく無事で良かったよ。どれだけの騒ぎになったと思ってるんだ」
「でもまさかアルちゃんがツッキー君の着ぐるみで見に来てたとは思わなかったな~。何だか気を失う前にツッキー君の着ぐるみを着たアルちゃんの姿が見えたから悪夢かと思ったよ」
「僕達の方がよっぽど悪夢かと思っていたよ」
アルタは溜息をつきながらも笑顔を浮かべていた。
「ていうかステージは大丈夫だった? テレビ局も来てたしすごい騒動になったんじゃない?」
「ナーリアさんやコガネさんが上手く収めてくれたよ。流石は芸能人、色んなトラブルの対処になれてる」
「アルちゃんや烏夜先輩も冷静だったので助かりました。私は慣れているつもりだったんですけど、少し動揺してしまって……」
一時はかなりの騒動になってしまったけれど、ナーリアさんやコガネさんが上手く場を収めてくれて七夕祭の他の催し物もつつがなく進んだという。結局今回も僕は七夕祭の花火を見ることは出来なかったけれど仕方ない。
ワキアの容態も安定し、僕達は徹夜明けだしベガはワキアの荷物の準備を、そしてアルタは今日もバイトがあるため一旦帰宅することにした。
しかし病室を出てエレベーターで病院の一階フロアに降りた後、僕はベガとアルタに声をかけて、そして二人に頭を下げた。
「ごめん、二人共」
僕は、二人に詫びなければならないことがある。
「僕は、ワキアちゃんに何度か発作が起きているのを知っていながら、誰にも伝えようとせずに秘密にしていたんだ。本当に、本当にごめん!」
最初は先月、僕もまだこの病院に入院していた頃。退院間近というタイミングでワキアは発作を起こした。そして最近もワキアは発作を起こしていたけれど、ベガと一緒にミニコンサートに出たいというワキアの願いを叶えてあげたくて、ベガ達に何も伝えなかった。
僕がもう少しワキアに厳しくしていればこんな騒動も起きず、ベガやアルタに下手な心配をかけずに済んだはずだった。
「最低な先輩だね」
アルタの冷たい言葉が僕の耳に響いた。僕はどんな罵倒をも受け入れるしかなかったけれどその言葉は僕の心に深く突き刺さりかけた。しかしアルタは僕に顔を上げるよう促すと、自嘲気味に笑って口を開く。
「もし烏夜先輩がそう呼ばれるなら、僕も最低な幼馴染って肩書になるよ。だって僕もワキアの発作をベガに内緒にしたこと、何度もあるから。
ま、ワキアのことが大好きなお姉さんがどう思っているかは知らないけれど」
と、アルタに振られたベガは少し戸惑った様子だったけれど、ワキアの発作を隠していた僕を叱責するどころか優しく微笑みながら僕とアルタに言った。
「きっとアルちゃんも烏夜先輩も、そして私も思いは一緒だと思います。
もしもワキアの余命がそう長くないのなら、短い人生の中でも少しでも楽しい思い出が残っていた方が良い、と」
ベガは平気そうに笑顔で言ったけれど、その手が小さく震えているのが見えた。
やはり、ネブラ人の王女という身分があるからかベガは気品のある振る舞いを見せるけれど、そんなものを背負うべきじゃないはずだ。僕やアルタも口には出せないけれど、ワキアの寿命がそう長くないかもしれないという可能性も頭の隅にある。
ワキアを大切に思うベガが平気でいられるはずがないのに、ベガは僕を笑顔で許してしまった。
「私としては、むしろ烏夜先輩に感謝したいぐらいです。ワキアったらいつもワガママばかり言っているのに、烏夜先輩はいつも構ってくださるので」
「ううん……ワガママだなんて思ってないよ。ワキアちゃん、それにベガちゃんも、もっと色々なものを望んでいいはずだよ」
公にはなっていないけれど、やはり王女という隠れた肩書が今のベガを作り上げてしまったのか。八年前のビッグバン事故で両親を失い、そして自分がワキアを支えなければならないという気持ちもあるのだろう。
もうすぐヴァイオリンのコンクールの予選があるのに、本当に大丈夫だろうか……。
じいやさんが運転する車で家まで送りたいとベガは言っていたけれど、僕は葉室駅の方に用事があるとテキトーな嘘をついて誘いを断った。口では許してもらえたけれど、まだ心のどこかにベガ達に対する罪悪感がまだまだ残っていたからだ。
僕はベガとアルタを見送った後、眠気覚ましに病院内の売店でエナジードリンクを買おうかと思って商品棚から手に取ろうとした時、先にそれを取られていた。
「や、どうも」
「……え?」
なんとそこに現れたのはナーリアさんだった。かけていたサングラスをチラッとずらして僕にはにかむと、僕の頭をポンポンと叩いて言った。
「これ奢ってあげるよ。ちょっと私と話さない?」
「は、はぁ……ありがとうございます」
エナジードリンクを奢ってもらった僕は、病院の敷地内にある緑地のベンチに座ってプルタブを開ける。まだ早朝だから外は涼しくて、周囲にもあまり人気はなかった。
隣でナーリアさんも同じエナジードリンクを開けて豪快に一気飲みした後、僕に笑顔を向けながら口を開いた。
「君は、ベガちゃんが言っていた先輩の方?」
「はい。色々とありましてね」
僕は事故で記憶を失ったこと、ワキアが病弱であること、そして発作を隠しながら今回のミニコンサートに望んだことをナーリアさんに説明した。
ナーリアさんは僕の説明を聞いてウンウンと頷くと、雲一つない空を見上げて夏風に黒髪をなびかせながら言った。
「ねぇ、人生ってどのくらいあると思う?」
いきなり難しい質問をしてくる人だ。特に将来について深く考えたことはないけれど、先月の事故で当たりどころが悪ければただでは済まなかったということを考えれば、いつ終わりを迎えるか本当にわからない。
それは、病弱なワキアを側で見ていてもそうだ。あんなに元気な様子を見せていたワキアが、突然倒れることだってあるのだから。
「僕の知り合いに占い師さんがいるんですけど、その人によれば僕って死相が濃いらしいんですよ」
「あ、もしかして月ノ宮の魔女? 私も占ってもらったことあるけど、そんなことは言われなかったなぁ~」
以前、琴ヶ岡邸へ行こうとした時にテミスさんに止められた時があったけれど、もしかしてあの時に僕は死ぬ可能性もあったのだろうか?
それとも琴ヶ岡邸での出来事をきっかけに、僕の死相がさらに濃くなったりしたのだろうか。
「でもいつ死ぬかなんて、あまり考えたくないですね」
「それもそうだろうね。君もまだ若いし、普通はそんなことを考える必要なんてないんだよ。
でもね、臨死体験っていうか一度死の淵を彷徨うと、少しだけ死ってものが身近に感じちゃうようになるんだ」
僕は記憶喪失で済んだけれど、あの事故で死んでいた可能性もあったのだ。でもその時の記憶を失っているから僕自身はあまり実感がない。僕の短い人生の中で味わった臨死体験といえば、それこそビッグバン事故だろう。
僕の目には隣に座るナーリアさんがそういう経験をしたことがなさそうに見えたけれど、ナーリアさんは葉室総合病院の建物を見上げながら口を開いた。
「私もね、昔この病院に入院してたんだ。アイドルをやってた頃にちょっと心臓が悪くなっちゃってね。何度も死の淵を彷徨っては大きな手術をしてなんとか生きながらえていたけれど……ビッグバン事故で亡くなった私の大切な友達から心臓を貰って、今も一緒に生きてるんだ」
「し、心臓移植を? 今は平気なんですか?」
「あまり無理をしちゃいけないかもだけど、おかげさまで今は元気にやらせてもらってるよ。でもそんな大きな病気を経験してから、私に見える世界は変わったんだ」
ナーリアさんが闘病生活を送っていたという話を聞いたのは初めてだ。確かにナーリアさんがアイドルグループに所属していた時に活動休止期間はあったけれど、事務所と揉めて表舞台に立てなくなってしまったというのがもっぱらな噂だった。
そしてナーリアさんのその境遇は、僕達がよく知るワキアとよく似ていた。
「じゃあさ、例えば太陽の寿命ってどのくらいだと思う?」
「確か百億年ぐらいじゃないですかね」
「正解!」
百億年という途方もない年月は想像しにくいけれど、太陽のような恒星はおおよそ質量によって寿命が変動し、太陽よりも大きくなっていくと寿命は一億年、一千万年と段々と短くなっていく。質量が大きければ大きいほど、エネルギーの消費が激しいと考えられているからだ。
木々の間の向こうに輝く真夏の太陽も、いずれは寿命を迎える運命にある。それは途方もなく先の話だけれど、その時地球はどうなっているだろう。
「太陽だけじゃなくて夜空に輝くお星さまもさ、大体の寿命はわかるようになってきたでしょ? でもそれって、生まれつき寿命が決められてるみたいでなんだか悲しいと思うんだ。
もしかしたら私達も生まれた時から寿命が決まっていて、後は死に向かっていくだけなんじゃないかなって……」
自分がいつ死ぬかなんて想像できない。もし自分が高齢であったり重病を抱えていたら先が短いことを自覚するかもしれないし、それこそ終活というものを始めるかもしれない。今の僕は健康体のつもりだけど、もしかしたら今日突然何らかの事故や急病で死ぬ可能性だってあるのだ。
「私は芸能事務所にスカウトされてアイドルをやっていたけれど、あの病気をきっかけにもう一度考え直したんだ、自分がやりたいこと。確かに歌うことは好きだったんだけど、でもアイドルとはちょっと違うんじゃないかなって思い始めて……私もまだ子どもだったから、契約とか何も考えずにワガママを言ってたら、結局偉い人と揉めてクビになっちゃったんだよね」
あ、事務所と揉めてたのは本当だったんだ。心臓移植という大手術を経て今度は芸能界を干されるとか中々に災難な人生だ。
「そこから復帰できるなんてすごいですね」
「ありがと。本当に色々あったけどね~皆に感謝だよ。私はまた成功できたからこういうことを言えるけれど、いつ終わるかもわからない人生ならやりたいことやってから終わりたいと思ってるんだ。夜空に輝くお星さまだって、いつか自分の命が終わるのをわかっていてもあぁやって輝き続けているんだから」
アイドルとして成功していたのに心臓の病気を患い大手術を経て、シンガーソングライターになりたいという夢を叶えるべくナーリアさんは芸能事務所の偉い人たちとケンカしてしまい、一度は芸能界を干される憂き目に遭いながらも今も活躍を続けている。
そんな数々の困難を乗り越えてきたナーリアさんなら、きっとワキアを元気づけることが出来るはずだ。
「君は、ワキアちゃんの発作を内緒にしてたことを後悔してるってわけだね?」
「そうですね……こういう事態になってしまったので」
「じゃあもしもだよ。もしも昨日のコンサートよりも前にあの子が入院することになって、お姉さんと一緒のステージに立つことが出来ないまま終わりを迎えてしまったら……」
ワキアの人生に終わりが来るだなんて、そんなことを考えたくはない。でもその可能性も頭の隅に置いておかないといけない。ワキアは少しでもベガやアルタ達皆と夏休みの思い出を作りたかったから、そしてベガと一緒のステージに立ちたかったら自分の発作を隠していた。
間近に近づいているかもしれない、自分の人生の終わりを考えて、だ。
「人生って大切なのは長さだけじゃないよ。その人生の中でどれだけの経験をしてきたか。成功でも失敗でも、楽しかったことでも辛かったことでもなんでも、それが走馬灯としてよぎる時はまるで映画を見ているみたいな気分になれるんだ。
勿論ワキアちゃんの病気が治るのが一番だけど、この世界ってのは残酷で、どれだけ死力を尽くしてもどうしてか上手くいかないこともあるんだよ。私も入院していた時に、何度もそういうのを見てきたから……」
以前、この病院でワキアと同じ病棟に入院していた男の子が亡くなり、そのご家族がワキアに感謝をしていたことを僕は思い出す。何度も入退院を繰り返してきたワキアも、運命に抗いながらも儚くも散っていった命を何度も目にしてきたはずだ。
いつかは、自分に順番が回ってくるかもしれないという畏れを抱きながら。
「ワキアちゃんの病気、治ると良いね……」
だからこそ、ワキアは『今』を一生懸命に生きているのだ。ナーリアさんは僕を安心させるように優しい笑顔を向けて、自責の念にかられていた僕を励ましてくれていた。
「ワキアちゃんは先天的な病気を持ってるの?」
「いえ、ビッグバン事故がきっかけで謎の病気に罹ってしまったみたいなんです」
「あ、それ聞いたことある! ネブラ人にだけ感染するっていう未知のウイルスが蔓延してるって噂はあったけど、あれって本当だったんだ。私がここに入院してた時に隣の病室に入院してた人もそれっぽい病気だったけど面白い人だったなぁ」
「もしかしてワキアちゃんですか?」
「ううん、私より年上の女の人だったよ。娘さんも可愛かったなぁ……よし、じゃあ私もワキアちゃんのところに行ってこようかな!」
「ありがとうございます、土田さん」
「私を本名で呼ぶなー!」
お祭りの時にネレイドさんと同じおふざけをしてみたら、予想通りナーリアさんはプンプンと怒っていた。本名と言っても僕は名字しか知らないんだけど。
僕はナーリアさんにワキアの病室の場所を教えて帰途についていた。これまであまりナーリアさんの曲を聞いてこなかったけれど、興味本位で葉室駅前のCDショップでシングルやアルバムを買い集めて、家で一人ナーリアさんの音楽を聞いていたのであった……。
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