失った輝き
僕がスピカ達の巫女服姿を拝んでいる間にステージでの催し物も進行しており、先程コガネさんによって正体を看破されてしまったナーリアさんがマイクを握って司会進行を務めている。僕は巫女コスのままのスピカとムギと一緒に会場の隅からステージを見ていた。
「さて、お次は仲良し姉妹によるミニコンサート! なんと私の曲をヴァイオリンとピアノのアレンジで演奏してくれるんだって!」
次はいよいよベガとワキアによるミニコンサートだ。二人が演奏するのはナーリア・ルシエンテスの人気曲である『ネブラリズム』。何たる偶然か、テレビ番組のロケでご本人であるナーリアさんがいるため観客達は彼女の生歌が聞けると思って大盛り上がりだったけれど、ナーリアさんは熱気に包まれる観客達を制止していた。
「ノンノン。今回の主役は私じゃないからね。ちゃんとこの後、私が歌うから安心して!
じゃあ二人共出ておいで!」
裏から階段を登ってステージに上ったのは、それぞれ青と緑を貴重としたドレスを身に纏ったベガとワキア。
いつもとは違う雰囲気を纏う二人に僕が驚いている中、ナーリアさんに促されて拍手とともに二人はステージの前の方へやって来た。
「さて、貴方のお名前は?」
「ベガ・ルシエンテスです」
「実は私の隠し子で~……ってそんなわけないでしょ!?」
「せめて妹だね。あ、私ワキアはナーリアの母です」
「もっとありえないでしょ!?」
事前に打ち合わせしていたのか、ボケ倒すベガとワキアにツッコミを入れるナーリアさん。見事な掛け合いに会場が爆笑の渦に包まれる中、ナーリアさんが進行していく。
「今日は『ネブラリズム』のアレンジを弾いてくれるんでしょ? どうしてこの曲を選んだの?」
「えっと……ネブラリズムの歌詞には友達や家族との絆がずっと続きますようにと流れ星に祈る女の子が登場するのですが、私もこの思いを大切な人達に届けたいと思ったんです」
「へぇ~大切な人ってのは好きな人のこと?」
「えぇ!? えぇっとぉ……その……」
完全に図星を突かれたベガの反応を見て、ナーリアさんだけでなく観客達もさらに盛り上がる。するとナーリアさんの脇からニヤニヤしながらワキアが現れて言う。
「お姉ちゃん、今好きな人が二人もいるんですよ。だから今はまさに恋に悩める乙女って感じです」
「二人も!?」
「えっと……私達のことをずっと前から応援してくれていて、いつも勇気をくれる幼馴染と、この前命がけで私を事故から守ってくれて、いつも元気をくれる先輩に思いを届けたくて……あ、好きとかそういうのじゃないですよっ!?」
「へぇ~ホントに~?」
まさに青春のようなストーリーに観客達はヒューヒューと期待の眼差しを送っている。ベガが言う幼馴染というのはアルタのことだろうけど、そういえば今日はまだ姿を見ていない。今日ぐらいはバイトを休んで来たっていいだろうに。
そしてもう一人の、ベガを事故から守りいつも元気をくれる先輩というのは僕のことだろう……あれ?
え、僕のことですか?
「朧も罪深い男だね」
隣に立っていたムギが僕の脇腹を割と強めに小突きながら言った。
「あの子の命の恩人ですからね」
そしてムギとは反対側に立っているスピカが僕に笑顔を向けながら言った。スピカ、本当は僕に怒ってない? 何その笑顔、凄く怖いんだけど。
若干僕が身震いを感じている中、ステージ上ではナーリアさんが今度はワキアにマイクを向けていた。
「ワキアちゃんはどういう気持ちで演奏するの?」
「ギャラが欲しいな~って感じです」
「現金な子だね~」
ベガの甘酸っぱいインタビューに対し、それとは対照的過ぎるワキアの素直な気持ちに会場は再び爆笑の渦に包まれていた。
そしていよいよベガとワキアによる演奏が始まろうとする時、僕はスピカとムギの側から離れてアルタの姿を探しに向かった。観客達の間をかき分けてアルタの姿を探している間に、ネブラリズムの特徴的なイントロがピアノの音色で聞こえてきた。
なんだろう、この僕の心に響く懐かしさは。ネブラリズム自体は最近の曲のはずなのに、遠い昔に聞いたことがあるような──そしてベガとワキアの演奏を聞いている観客達が静かになる中で、彼はステージがギリギリ見える距離の、境内に生えているイチョウの木の陰に隠れていた。
顔は満月で、左目にロケットが突き刺さっている謎のマスコット。この月ノ宮町のゆるキャラであるツッキー君が、目立たない場所でベガとワキアのステージを見守っていたのだ。僕はこっそり彼の元に近寄り、そして彼の隣で演奏を聞いていた。
『ネブラリズム』は、大切な人に別れを告げることが出来なかった少年が夜空に輝くお星さまに懺悔すると共に、また大切な人に会いたいと願うという内容の曲だ。直接伝えたいといけないのはわかっているけれど、もしも流れ星がこの思いを届けてくれたら……ベガもそう思いながら星に祈っているのだろうか。
演奏が終わると二人の見事な演奏に盛大な拍手が送られ、ベガとワキアも深々と頭を下げる。そして僕の横で小さく拍手を送るツッキー君……の着ぐるみを着たアルタは溜息をつきながら僕の方を向いた。
「どうしてわざわざ僕のところに来たんです? ただでさえ暑いのに近づかないでもらえませんか」
「いや、知り合いがこんな面白い着ぐるみを着てたら近づきたくもなるよ」
「僕は今日もバイト中なんです」
そういえば前にツッキー君の着ぐるみを着るバイトもしてたって言っていたような気がする。一見するとアルタらしい特徴は全く無かったけれど、どうしてか僕は彼の中にアルタが入っていると確信していたのだ。
「どう? 自分に向けられた演奏は」
するとアルタは、ステージ上でナーリアさんと話す二人の方を見ながら言った。
「正直僕は音楽に興味がないので、最近のポップ曲もクラシックも殆どわからないですけど……あの二人の音楽は特別だと感じられます。昔からずっと聞いていますけれど、良いものってのは何度見ても聞いても良いものです」
素直に二人のことが好きだと言えばいいのに。いやアルタってベガとワキアのことをどう思っているのだろう? ベガとワキアがアルタのことを好いているのはなんとなくわかるんだけど、アルタは中々ポーカーフェイスだから分かりづらい。
それに……二人がネブラ人の王女様だなんて知ったらアルタはどうするのだろう?
ベガとワキアのステージはこれで終わりかと思いきや、会場に集まった観客達からはなんとアンコールの掛け声が巻き起こった。
「凄いよ、アンコールだって! どう? 何か弾ける曲ある? あ、なんなら私が歌うから生演奏してくれない?」
「え、いいんですか!? 一応譜面は頭に入ってますけど、上手く弾けるかどうか……」
「ワキアちゃんはどう?」
「音楽は頭に入ってるので大丈夫ですよ!」
「よし! じゃあ皆さんのアンコールに応えて、ここは……私が独立してからのデビュー曲、『StarDrop』を歌うよ!」
まさかのコラボに会場は歓声に包まれた。まさかこんなコラボを聞けるなんて……と思いながら僕は演奏が始まるのを今か今かと楽しみにしていたし、隣に立つアルタもどこか楽しげな様子だった。
しかし、演奏が始まらない。
『StarDrop』も『ネブラリズム』と同じようにピアノのイントロで始まるはずだけど──その時、ピアノの椅子に腰掛けていたワキアの姿がフッと消えた。
突然、ワキアがステージ上で倒れてしまったのだ。
「ワキア!」
僕とアルタはステージの異変に同時に気づいて、騒然とする観客の間をかき分けてステージへと急いだ。着ぐるみを着ていたアルタは人目も気にせずに被り物も投げ捨て、段差を乗り越えてステージへと上がって倒れたワキアの元へと駆け寄った。
「ワキア! ワキア!?」
ベガが何度もワキアの名前を呼んでいたけれど、ワキアの血色はかなり悪くなっていて、その体もガタガタと震えていた。僕やアルタ、ナーリアさんだけでなくスタッフさん達も慌ててやって来る中、誰かが叫んだ。
「早く救急車を!」
そう叫んだのは、どこからか現れたエレオノラ・シャルロワだった。会長の登場に戸惑う中、彼女の冷静な判断と的確な指示で救急車の手配やワキアへの応急処置が施されていた。
とうとう、この時が来てしまったのだ──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます