(またボクが朧君をぶったらどんな反応をするんだろ……)
旧暦の七夕にあたる八月二十日の今日、月ノ宮神社では伝統的な七夕祭が開催され、海岸通りまで続く参道には多くの屋台が立ち並び山車も練り歩く。
お祭りといえば浴衣だけど家には一着も無かったため、僕はラフな格好で月ノ宮神社へと向かった。多くの人々で溢れかえる参道を歩いていると、早速見知った顔を見かけた。
「あ、ももろっちだ~」
大盛りの焼きそばが入ったパックを手に、モグモグと焼きそばを頬張る美空。いつもと雰囲気の違う浴衣姿が似合っているけれど、焼きそばで台無しだ。
なんだろう、この既視感。大食らいの美空のことなら簡単に予想できることだけど。
「食うか喋るかどっちかにしろ」
隣に立つ大星にそうツッコまれると、美空は黙々と焼きそばを食べていた。食べる方が優先なんだね。
「やぁ大星。良いねぇ君は浴衣姿の可愛い彼女がいて! 僕は一人で来ているというのにさ!」
「急にキレるんじゃない。大体、お前先月の七夕祭でも同じこと言ってただろ」
「あ、そうなんだ」
僕は一人で来たけれどスピカやムギと合流する予定だし、多分後輩のベガ達も来るだろうから大星に負けず劣らず両手に花という感じではある。
その後、一瞬で大盛り焼きそばを完食した美空は大星を連れて次なるグルメを探しに行っていた。なんだかんだ大星も楽しそうだなぁだなんて思っていると、浴衣姿のスピカとムギと合流した。
「何か食べたいから奢ってよ、朧」
「奢られる前提なのはあまり良くないと思うね」
「中々言うようになったじゃん。代わりに今日のスピカの下着の色、教えてあげるから」
「わかった。五万で乗ろう」
「いや乗らないでくださいよ!?」
「だってさスピカ。スピカの下着、五万で買ってくれるらしいよ」
「いや売らないけど!?」
スピカってこんなにツッコミキャラだったっけ。ムギが破天荒過ぎるからそういう役回りをさせられているだけかな。
スピカの下着は興味があるといえばあるけれど、流石に現金の授受までして知りたいものでもないし、あまりそういうのは良くないと思う。でもムギが言う冗談はたまに冗談に聞こえないのが怖かった。
スピカとムギと合流した後、僕達三人は屋台でりんご飴だのクレープだのスイーツを買ってそれらを食べながら練り歩いていた。段々と当たりも薄暗くなってきて、参道に施された提灯の装飾がお祭りらしい雰囲気を醸し出してきていた。
さて、ある程度お祭りの屋台を堪能した僕達は境内に設営された多くの観客が集まるステージの隅に陣取り、地元の子ども達によるダンスパフォーマンスを見ていた。
「あ、ちょっと良いですか?」
ステージの催し物が終わって小休憩が入った時、マイクを持って黄色い帽子を被り、黒いサングラスをかけた若い女性に僕は声をかけられた。後ろを見るとカメラマンやスタッフらしき人が数人いて、どうやら地元のテレビ局のリポーターのようだ。
「は、はい。なんでしょう?」
「実は今、この月ノ宮神社で行われている七夕祭の参加者の方々にインタビューをしてまして……」
え、これ、本当にテレビの取材!? すごい、まさかこんな田舎町に住んでてテレビに出られるの僕!? ていうか恥ずかしいからあまり映してほしくないけれど、そんなことなんて気にせずに横からひょこっとムギが顔を出す。
「え、これ生放送?」
「あ~中継ではないんですよ。もしかして貴方、この方の彼女さんですか?」
「は~い彼女でーす」
「えぇっ!?」
ムギはテレビだろうがなんだろうが全然気にしていないようで、カメラに意気揚々とピースしていた。
「いえ~いレギー先輩見てる~? 貴方の愛しの朧は無事私達のものになりました~」
「いやなってないけど!?」
「もしかしてこれは噂に聞くNTRビデオというやつですか!? カメラさんもっとそれっぽく撮って!」
いやリポーター、アンタがNTRビデオで盛り上がってるんじゃないよ。お茶の間に流すんじゃないよそんなもの。
そしてムギはスピカの腕を引っ張って、無理矢理彼女もカメラの中に引き込んだ。
「スピカ、今がチャンスだよ。全国に私が烏夜朧の彼女のスピカ・アストレアですってアピールするんだよ」
「子どもは歴代アメリカ大統領と同じぐらい欲しいですね」
あまりそういうことを言わなさそうなスピカが斜め上なことを言っている!? 子どもとかそんな先のことまで考えてるの!? しかも歴代アメリカ大統領の人数ってことはつまり五十人近くってこと!? どういうペースで作る気!? あぁもうツッコミが追いつかないよ!
スピカとムギが二人してカメラの前で暴れまわってリポーターもウキウキしている中、群衆の中をかき分けて僕達の方へやって来る女性達の姿が。
「あ、やっぱり朧君だ! 久しぶり~」
と、笑顔で僕達の前に現れたのは、黄色のワンピースを着て耳に貝殻の髪飾りを付けた、金髪ショートの女性……あれ、この人どこかで見覚えあるな。
「えっと……あ、コガネさん!?」
モデルや女優として活躍している一流芸能人のコガネ。どうやら以前の僕の知り合いだったらしいけれど、その記憶を取り戻したというかテレビでよく見たことがあるから思い出したという感じだ。
「私もいるよ~」
「あ、ネレイドさん」
コガネさんの後ろからひょこっと現れたのは長い茶髪で白いメガネをかけたネレイドさんだ。僕のバイト先であるノザクロの先輩だった人で、前に会ったことがある。
……どうしてこの人は巫女服姿なんだろう?
「え、朧ってネレイドさんと知り合いなの?」
「ムギちゃんはネレイドさんのこと知ってたの?」
「いや、界隈じゃ有名なコスプレイヤーだから」
「有名だなんてそんな~」
そうだったんだ。じゃあその巫女服ってコスプレなのかな。そういえばルナが売店で巫女服のコスプレセットを売るって言ってたけど、買う人いたんだ。それとも自前?
「や、やぁ、久しぶり……」
そして何故か僕に対してオドオドとしながら気まずそうに挨拶する、モノトーンなファッションで黒髪のサイドに星柄のリボンを巻いている、コガネさんと同年代ぐらいの女性。
えっと……僕の知り合いの中のどれだ。月学の先輩でもなさそうだから……そう僕が悩んでいると、スピカとムギが先に挨拶した。
「お久しぶりです。お二人は里帰りされてるんですか?」
「やっぱ学生の頃に何度も来てたからね~」
「ボクは無理矢理つれてこさせられたよ……」
「イタリアのお土産頂戴」
「ボクと一緒に旅をしてくれるなら!」
「じゃあいいや」
「そんなー!?」
スピカやムギとも知り合いなのか。あれ、じゃあこの人誰だろう。顔を見ても思い出せないってことは多分最近知り合った人なんだと思う。六月以降……うーん誰だろう、全然思い出せない。
僕が全然思い出せずにいると、コガネさんではない方の女性の顔がどんどん青ざめていき、やがて僕に怯えるようにキョドりながら口を開いた。
「こ、コガネのことはすぐに思い出せたのに僕のことは全然思い出せないのって、やっぱりボクが思いっきり君のことをぶったことを今も恨んでいるんだね? 一応許してくれてたけど、やっぱり心の奥底ではボクのことを恨んでいたんだね……あ、あの時のことはボクも早とちりして悪かったと思ってるから、どうか許して……」
「あぁいや、どうしてそんな謝るんですか!?」
何故か凄く申し訳無さそうに言われたけれど、僕がこの人が思いっきりぶたれたってことは少なくとも僕が何か悪いことをしたに違いない。
全然思い出せない僕と、そんな僕に対して謝りまくる女性の構図を見てコガネさんはゲラゲラと笑いながら言った。
「レギーちゃんから話は聞いたよ、朧君。こっちの子は私の同級生のレギナちゃん。売れない画家だよ」
「売れないとは失礼だな! ボクはそこそこやってるつもりだよ!」
「そこそこどころじゃなくて、世界的に有名だと思いますけどね……」
「レギナをそこそこって言えるのコガネぐらいだよ」
レギナって、あのレギナ・ジュノーか。最近注目を浴びてるアーティストとしてその名前は知っている。それに僕達が通う月学のOGだし。
するとコガネさんは僕の頭をポンポンと雑に叩きながら言う。
「いや~レギーちゃんのことを守った君がまさか他の女の子のことを身を挺してまで守るなんてかっこいいじゃん。私がもう少し若くてバカだったら惚れてたよ」
「私達のことをバカって言ってるの?」
「いいや違うよお嬢ちゃん。大人になっていくとね、一瞬で湧き上がる情熱的な恋って感情に段々と気づかなくなっていくんだよ」
「わかる」
「あの頃は良かったね……このままだと行かず後家になりかねないね、私達」
何その凄く悲しい言葉。この人達も僕達と同じ年ぐらいの頃ってもっとテンション高かったのかな。
僕が久々に再会した(その記憶はないけれど)コガネさん達と楽しく談笑している中、僕達に取材してくれていたテレビ局のリポーターの人は、有名芸能人であるコガネさんの登場にも関わらず、どういうわけか気配を消してこの場から逃げ出そうとしていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます