巫女服って最高だと思わない?


 

 いよいよ明日、旧暦の七夕祭を迎える月ノ宮神社では準備に大忙しで、神社から海岸通りまで続く長い参道には多くの屋台が設営され、神社の境内には様々な出し物が披露されるステージが用意されていた。


 「何だかもうこんな時期かぁって感じだね」

 「お、何か思い出しましたか?」

 「うん。去年だったかな、七夕祭でタイプの女の子をナンパしたら鉄板の上で焼かれそうになったんだ」

 「ホントろくなことしてないですね、朧パイセン……」


 僕はまた取材がしたいとルナに呼ばれて、病院で定期検査を受けた後に明日の準備に忙しい月ノ宮神社を訪れていた。実家である神社の手伝いをしているルナは巫女服姿で竹箒を持っていて、白と赤の巫女服に白いリボンで留めた黒髪のツーサイドアップがよく映える。

 僕達はセミの鳴き声が響く月ノ宮神社の境内の木陰で、明日の出し物の演者さん達がリハーサルを進める光景を眺めていた。


 「もう少しお調子者感が出てきたら、昔の朧パイセンが戻ってきたなって感じがしますよ」

 「そんなにテンション高かったの?」

 「そうですね。でも鬱陶しかったので今ぐらいでいいと思いますよ」


 鬱陶しいって言われるのも結構心にくるんだけども。でも僕も皆と交流している内に段々と昔の感覚を取り戻せているのかもしれない。今日も病院に行ったけれど経過は良好という判断だ。僕が忘れているかもしれないと思っている重要な何かは、もしかしたらトラウマかもしれないということで無理に思い出さないようにとカウンセリングの先生に言われていた。


 「ちなみに明日はどなたといらっしゃるんですか? やはり同級生のスピカパイセンとムギパイセン? それとも先輩のレギーパイセン? それとも……後輩のわぁちゃん達とか!?」

 「いやそんな引く手あまたってわけじゃないから」


 レギー先輩は残念ながら舞台のため遠征中で七夕祭には来られない。でも確かに他の面子はLIMEでお誘いが来ていたけれど、僕は大星と美空、スピカとムギ達同級生でまず集まることにした。何なら夢那やキルケ、カペラからも来たけど全部アルタに押し付けてやった。


 「明日、ルナちゃんは神社のお手伝いで忙しいの?」

 「そうですね、売店で売り子やってると思いますよ」

 「何かおすすめの商品とかあるの?」

 「巫女服のコスプレセットですね」

 

 そういうの神聖な場所で売っていいの? あったとしても僕は買わないし誰かにプレゼントしたいとも……いや知り合いの女の子全員に一度着てほしいとは思うけれど。


 「ルナちゃんは屋台巡りをしたいとは思わない?」

 「そりゃ少しは興味ありますけど、私と一緒に巡っても楽しくないと思いますよ?」

 「そうかな? やっぱり神社に詳しい人と一緒にこういうのを巡るのも面白いだろうし、ルナちゃんみたいな面白くて可愛い後輩と一緒だったらもっと楽しいと思うよ」


 僕が何気なくそう言うと、ルナは持っていた竹箒を大きく振りかぶって、僕の頭に見事な一撃を食らわせた!


 「いっだああああっ!?」

 

 竹箒とは思えない打撃音と共にまるで脳天がかち割れそうなほどの衝撃が頭に響いた。僕が頭を押さえて涙目になっていると、ルナは顔を真っ赤にして体を震わせながら口を開いた。


 「な、何を言ってるんですか!? そんな甘い言葉で私を誘おうだなんてそうはいきませんよ!」

 「いや、別にそういうことじゃなくて」

 「記憶喪失になったばかりに朧パイセンは純朴すぎて気色悪かったですけど、戻ってきたら戻ってきたらでやっぱりおかしいです! 文化祭に出展する記事にあることないこと何もかも書いてやりますよ!」

 「いやないことは書かないで」


 何だか僕は正直な感想を言っただけだったんだけれど、あまり良くなかったかもしれない。何だか前にもこういう風に反省した記憶があるけど、全然反省していないんじゃないかな、僕は。


 

 僕がルナに竹箒でお仕置きを受けている中、僕達の方に近づいてくる巫女さんが一人。


 「あら、朧君じゃない。何か手伝いに来てくれたの?」

 

 やって来たのはルナのお姉さんである白鳥先生だった。白鳥先生の巫女服姿を見るのは初めてだけど、なんかこう……ルナとは違う、ディープな世界の良さを感じられた。

 しかし僕がそんなことを考えていた時、僕の頭に再び竹箒が!


 「いっでぇ!?」

 「何だかいやらしい目をされていたので、お仕置きです」

 「いやそんな目は……してなかった、はず」

 「己に正直になりなさい、朧君。貴方が情欲を覚える度にルナが警策を与えるわ」

 「それお寺のやつでしょ!?」

 「でぇぇいっ!」

 「今は何もしてないって!」


 あらぬ冤罪をかけられたまま、白鳥先生は他の場所を手伝いに行くと言ってどこかへ去ってしまった。僕に巫女服姿を見せつけるだけ見せつけといて、何だったんだあの人。



 その後、明日の七夕祭でミニコンサートを行うベガとワキアがリハーサルのため月ノ宮神社へやって来た。ステージにはグランドピアノが用意されていたけれど、二人は裏の方へ行ってしまった。

 しかし一時すると、ベガとワキアは何故か巫女服姿でステージに現れた。どうしてと僕が戸惑っていると、ワキアはニヤニヤと笑いながらステージの前に立っていた僕の方へ近づいてきて言った。


 「どう、烏夜先輩? 中々似合ってると思わない?」

 「いや、どうして巫女服着てるの?」

 「やはり神社に音楽を奉納するなら正装で、とルナちゃんが言っていたので……」


 ベガがそう答えたのを見て、僕は隣に立っていたルナの方を見た。するとルナは僕から目を逸らしながら口笛を吹いていて、あからさまに何かをごまかそうとしていた。

 まぁこれが正装かどうかはさておき。何だかこう……巫女服って最高だと思わない? どうしてベガもワキアも当たり前のように似合うんだろう。多分その、王女様っていうバイアスもかかっているのかな。

 いっそのこと二人のために明日販売するという巫女服のコスプレセット、買ってもいいかも。


 「ねぇルナちゃん。巫女服のコスプレセットっていくらで販売するの?」

 「税込みで七千九百八十円です」

 「……うん。僕のこの夏休みで稼いだバイト代を使えばいくつかは買えるね……」

 「あ、お一人様一点までです」

 「そんなー!?」


 僕の密かな野望はすぐに潰えてしまったけれど、まぁこんなものを誰かにプレゼントするのもおかしい話だ。でもスピカとムギとレギー先輩はお願いすれば着てくれそうだし、美空という彼女がいる大星にも明日買わせよう。


 「ちなみに明日はレンタルも用意してますよ~」

 「……ただ単にルナちゃんが誰かの巫女コスを見たいだけなんじゃないの?」

 「それもありますね」


 ベガとワキアのミニコンサートのリハーサルも無事に終わり、二人の着替えが終わるまで僕はルナと一緒にステージの側にいた。


 「そういえば、前にルナちゃんが言ってたオライオン先輩の話あったよね? 確か裏でゲーム配信をしているとかどうとか」

 「はい。私も結構探ってるんですけど、やはりオライオンパイセンもお嬢様なので中々尻尾を掴めないんですよね……」

 「この前ノザクロに来てたよ。確か、碇と銀脇っていう先輩と一緒に」


 ルナがチラッと話してくれた、月学の生徒会副会長であるオライオン先輩が巷で話題のゲーム配信者オリオンという噂。そんな噂、ルナからしか聞いたことないけれど改めてあんな可憐なお嬢様のオライオン先輩が、その放漫な発言で何度もプチ炎上している配信者オリオンと同一人物とは思えない。名前がちょっと似てるけど。


 「碇と銀脇……成程。碇パイセンも銀脇パイセンも、確か結構ゲーマーのはずですね。何かゲームの話はされてましたか?」

 「僕はキッチンに幽閉されてたからわかんない」

 「そういえばそんな懲役刑を食らってましたね、朧パイセン」


 そしていつもの私服に着替え終わったベガとワキアが戻ってきたタイミングで、ルナは僕に次の取材の日程の打ち合わせを始めていた。


 「朧パイセンは夏休み期間中、まだお暇ありますか?」

 「二十八日とかなら予定はないよ」

 「ならその日、また葉室を散策しませんか? まだ巡ってないところあるんですよねー」


 と、何だか楽しそうに計画を立てる笑顔のルナに近寄る、悪い笑顔を浮かべたワキア。ワキアはそのままルナの肩をツンツンとつついて口を開いた。


 「何だかルナちゃん、凄い楽しそーじゃん? まるで烏夜先輩とのデートを心待ちにしている彼女みたいな感じがするよ」

 「かかかかか、彼女ぉ!? いやいや、どうして私が朧パイセンの彼女にならないといけないの!?」

 「いや、だって完全に次のデートの予定決めてたじゃん。ね、お姉ちゃん」

 「そうですね。すごく楽しそう」

 「ベガちゃんまで!?」


 いやデートとか単語を出されると僕までちょっと恥ずかしくなってきちゃうんですけど。そういえば前にルナと葉室を散策した時、ルナが自分でデートとか言い始めて恥ずかしくなって逃げ帰ってた気がするぞ。

 まるでその時と同じように、ルナは顔を真っ赤にしながら慌てて弁明していた。


 「いや、違うんですよ。これはただ単にですね、では例えばもしも私が朧パイセンと朝の十時に待ち合わせしていたとしましょう。そんな予定が入っていれば、私はその何時間も前から、何なら前日からとっても楽しみなんです。時間が近づくに連れて私はどんどんどんどん楽しみになって、逆に時間を過ぎたら心配で心配で仕方なくなるはずです。

  でももし朧パイセンがやって来る時間がわからなかったら、私はいつ心の準備をすればいいかわかりません。だからそういう予定はきちんと決めておきたいんです。きちんと決めているから、ある一日が他の一日とは違う特別な一日、ある時間が他の時間とは違う特別な時間になるんですよ!」


 ……。

 ……あの、ルナちゃん。

 それ、弁明になってる? 何だか急に僕の体が火照ってきたんだけどどうしてくれるの?


 「……お姉ちゃん、どう思う?」

 「では直球で聞いてみましょう。ルナちゃんは烏夜先輩のことが好きなんですか?」

 「いや、だからその……そういうわけではないと言っているでしょう!?」

 「でもなんか今のルナちゃんの話聞いてると、烏夜先輩と会いたくて会いたくてたまらないみたいなただの惚気だったよ」


 ワキアにそう言われたルナは、今の自分の話をもう一度頭で考え直したようだ。するとボンッと沸騰したかのように再びルナの顔は真っ赤になった。


 「だあああもう! 違うって言ったら違うんです! どれもこれも全部朧パイセンのせいですー! ほら、穢れた人は早く帰ってください! 悪霊退散悪霊退散! ドーマンセーマン!」


 ルナは僕を追い払うかのように竹箒をブンブンと振り回していたから、僕はベガとワキアと一緒に帰ることにした。

 何だか……ルナのあれは照れ隠しだったのだろうか?


 

 先日のことがあったから、僕は二人と並んで歩くことに若干緊張していた。だって王女様なんだよ、この二人。わけがわからないよ、こんな身近にいるだなんて。偶然とはいえ王女様を事故から守ってたんだなぁ、僕って。


 「明日が楽しみだね。確か夕方にやるんだよね?」

 「はい。山車が出発する前ですね」

 「烏夜先輩はそれよりも道中に気をつけてね? またお姉ちゃんを庇って頭を打ったら今度は幼児化しちゃうかもしれないよ? バブーって感じで」

 「いやそこまで幼児化することある?」


 でも一歩間違えたら脳に障害が残っていたかもしれないというのも事実。前にテミスさんに不穏な予言も言われたし、いつもより気をつけていこう。

 ワキアは前の事故を笑い話として明るく話してくれていたけれど、やはり当事者だったベガはそうもいかないようで、足を止めて僕の方を見ながら言った。


 「そういえば……どうしてあの日、烏夜先輩はあの場所にいらしたんですか?」

 「え? 事故現場にってこと?」

 「はい。私やワキア、アルちゃんぐらいしか知らない秘密の広場で花火を見ようとしてたんです。アルちゃんが中々来なくて心配になって神社に戻ろうとしたところで事故が起きたんですけど……」


 秘密の広場……僕の記憶にある月見山の地図を広げると、確かにその場所に心当たりがある。月見山の頂上にある月研の天文台や各種観測施設へは登山道を登っていけば辿り着けるけれど、大型資材を搬入するための車は入れないため、一般にはあまり知られていない裏道がある。

 

 「僕もその場所で花火を見ようとしてたんじゃないかな」

 「実はお姉ちゃんが事故に遭うって予知していたとか……」

 「そんなまさか」


 僕はベガが気負わないようにあの事故のことを笑い話にして、琴ヶ岡邸の前で二人と別れた。その後自転車で住んでいるマンションまで戻り、エレベーターに乗り込んだ。

 最近全然望さん戻ってこないなぁだなんて考えているとエレベーターが到着し、降りようとした時──丁度エレベーターに乗ってこようとしてきた人とぶつかってしまった。


 「きゃっ」

 「どわーい!?」


 女性に勢いよく正面から体当たりを受けた僕は、エレベーターの中に押し倒されるような形で仰向けに倒れてしまった。そして僕の体の上に覆いかぶさるように倒れた少女の顔が胸元にあって、柑橘系の香水の香りが漂ってきた。


 「い、いたた……」


 僕にぶつかってきた紺色のジャージ姿の赤毛の少女は慌てて起き上がった。その時、長い赤毛の間から見えた少女の顔を見て、僕は思わずギョッとした。


 「ご、ごめんなさいっ!」

 「あ、あぁいえ、僕の方こそ失礼しました」


 僕はエレベーターから降りて、少女を乗せたエレベーターは下へ降りていった。


 ……あんな人、同じ階に住んでたっけ。少なくとも僕が記憶喪失になってからは一度も出会ったことがなかった。

 何よりも僕が驚いたのは、赤毛の少女の顔の大部分に、まるで痣のような火傷痕が広がっていたことだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る