誰かが考えたシナリオの中



 僕達地球人は、この地球という星に広がる広大な大地を大小さまざまな国家や地域で分け合っているけれど、アイオーン星系の9つの惑星それぞれに文明を築き上げたネブラ人は、星単位で一大国家を形成していた。

 そういったネブラ人の大まかな制度は月学でも習うことだけど、惑星を支配していた王族の末裔が地球にやって来たという話には一切触れられていない。地球に降り立ったネブラ人達は、戦火で交配した母星から脱出した避難民という扱いだ。


 「ベガちゃんとワキアちゃんのご両親が亡くなったのは、ネブラ人の王族の血筋というのが関係しているってことですね?」


 地球にいくつか降り立ったネブラ人の巨大な宇宙船の一つは、この月ノ宮町にある月ノ宮海岸に着陸した。中への立ち入りこそ制限されていたけれど立派な宇宙船を一目見ようと多くの人が訪れる観光名所だった。

 

 「その通りでございます。私はお嬢様方のお父上、ハーキュリーズ様の代から執事として務めておりますが、我々ネブラ人がこの地球に降り立った時、船団をとりまとめる首班だったのがそのハーキュリーズ様でした。その際、忠臣だったティルザ・シャルロワとの協議の上でネブラ人は避難民として地球文明の保護下に入ることを決定したのです。

  その方針は今も変わらず、お嬢様方も王族という肩書を隠して多くのネブラ人と共に生活していたのです」


 ティルザ・シャルロワ……今のシャルロワ家の当主にしてシャルロワ財閥という大企業グループ、そしてこの地球に居住するネブラ人達の長とされる人物だ。有名な人だから顔とかもすぐに思い出せるけど、僕って会ったことあるのかな。

 

 「じゃあ、ビッグバン事故にベガちゃん達のご両親も関係しているということですか?」

 「あの事故、いえあの事件の中心にハーキュリーズ様や過激派がいたことは間違いありません。ビッグバン事件の当日、ハーキュリーズ様は宇宙船の中で過激派と話し合いをされていました。その最中に起きた単なる事故なのか……何らかの意図を持って起こされた爆発事件なのか。私は現場におりませんでしたので、真実はわかりません」


 そう語りながら、じいやさんは高級住宅街を抜けると、僕の家がある月ノ宮駅の方ではなく海岸通りへと車を走らせていた。

 僕の家へと直行せずに遠回りをしたのを鑑みるに、やはりこの話は長くなりそうだ。


 「じゃあ過激派を抑え込むために、ハーキュリーズさんが自爆を覚悟で爆発を起こした、という可能性もありますか?」

 「私も一つの説として考えておりましたが、ハーキュリーズ様は宇宙船が引き起こす爆発の規模をご存知だったはずです。あの宇宙船が一度爆発を起こせば、月ノ宮の一部が壊滅状態になるということを……」

 「過激派の人が起こしたという線は?」

 「その線も薄いかと思います。過激派は目的こそ大それていましたが当初は合理的な手段を計画していたといいます。国家の中枢を破壊するならともかく、わざわざ自分達ネブラ人が苦境に立たされることを予見してあの爆発を起こすとは考えられません」


 現にビッグバン事故後にネブラ人への風当たりはかなり強くなってしまった。あの事故では多くのネブラ人も犠牲になったのに今もネブラ人による陰謀だとも騒がれている。もしあの事故が地球人によって引き起こされたものだとすれば──と考えた時、僕の頭に彼の顔が思い浮かんだ。


 「そこで重要になるのが、最近月ノ宮で広がったビッグバン事件の真犯人の噂です。噂はあっという間に広がり、烏夜様もご存知だと思いますがかつて旧月ノ宮宇宙研究所に勤め、ビッグバン事故後に月ノ宮学園の教師を勤めていた朽野秀畝が真犯人、あるいは真相を知っているというような噂がどこからか流れ始めました」


 秀畝さんは地球人だ。もし秀畝さんがビッグバン事故の真犯人だとしたら──それが例え事故であったとしても、地球人によるネブラ人の虐殺、あるいはネブラ人を貶めるための陰謀という風にでっち上げることも出来なくはない。


 「もしかして秀畝さんがビッグバン事故の真犯人っていう噂は、地球人側を悪に仕立て上げるための嘘っていうことですか?」

 「そればかりは私にもわかりません。彼が真犯人というのは私も信じられませんが、旧月研に勤務していた彼が隠された真実を知っているという可能性があるのは否定できません。

  ただ単に地球人を悪に仕立て上げるための風言か、あるいはあの日、彼が現場で見てはいけないものを見てしまったという可能性もあります。もし現場にいたなら生還できたことは奇跡というほかありませんが」


 そうなると問題は、秀畝さんが誰に連れて行かれたのかということだ。僕は警察のような機関で事情聴取でもされていたのかと思っていたけれど、だとすれば一向に続報がないのはおかしい。無実だったのなら何もないかもしれないけれど、秀畝さんがもし過激派に捕まっていたら……?


 「じいやさん。秀畝さんや乙女の居場所を知ってるんですよね? 皆大丈夫なんですか?」


 車が海岸通りに差し掛かり、リゾートホテルが並ぶ一帯を車で走らせながらじいやさんは答えた。


 「現在、朽野様御一家はシャルロワ家の保護下にあります。秀畝様はシャルロワ財閥系の企業に勤め、穂葉様はシャルロワ財閥が運営する大学の附属病院に、そして乙女様は同じくシャルロワ財閥が運営する学校に通っておられます」

 「シャルロワ家の保護下……?」


 ビッグバン事故を引き起こした黒幕とも噂されるシャルロワ家。ネブラ人が多く居住する月ノ宮を影で支配しているだなんて言われているけど、どうしてわざわざあの人達が朽野一家を保護しているのだろう?


 「どうしてシャルロワ家が乙女達を保護しているんですか?」

 「秀畝様がビッグバン事件について何らかの情報を知っているのは確かなのでしょう。これは私の推測になってしまいますが、シャルロワ家は秀畝様を保護することでその情報を秘匿し、何らかの真相が過激派の手に渡るのを警戒しているのかと」

 

 月ノ宮海岸沿いの海岸通りを車で走らせながらじいやさんはそう語る。僕のバイト先である喫茶店ノーザンクロスを過ぎたところで僕はじいやさんに聞いた。


 「じゃあシャルロワ家は、地球人との共存を望んでいるということですか?」

 「現当主であるティルザ・シャルロワは少なくともそうお考えだと思われます。お嬢様方とシャルロワ家の方針が一致していれば、地球人とネブラ人の間に争いが起きることはないでしょう。

  しかし問題は──お嬢様方のお考えが変わった時。お嬢様方に限ってそんなことはありえませんが私の目が黒い内は、そんな事態が起きることはないかと思います。最悪のシナリオは、シャルロワ家の気が変わった時です。

  特に現当主のティルザ・シャルロワの後継者と名高いエレオノラ・シャルロワ。彼女は非常に聡明なお方ですが、聡明過ぎるが故に『ネブラ人の未来を見据えた合理的な判断』として過激派の側に立つ可能性があります」


 月ノ宮学園の生徒会長であるエレオノラ・シャルロワ。まだ学生なのにシャルロワ財閥という大企業グループの後継者として期待され、現当主の後を継ぐとなれば名実ともに地球に住むネブラ人全員の代表となる。

 もし……会長が今の地球人とネブラ人の関係を良しとしていなければ何が起こるだろうか?


 「私もシャルロワ家の内情までは詳しくありませんが、朽野様御一家を巡ってはネブラ人の身内同士の争いが起きています。特に親交の深かった烏夜様は彼らに是非お会いしたいことかと思いますが、ネブラ人の内輪揉めに巻き込まれる可能性もございます。

  彼らがご無事なのは確かです。ほとぼりが冷めるまで、接触を控えるのが得策かと思います」

 「……そうですか」


 乙女達が平穏に過ごしているということが分かれば安心できる。でも問題は、やはり面倒なことに巻き込まれてしまっているということだろう。僕が下手に会いに行くことで事態をややこしくする可能性もある。

 でも……僕が忘れているらしいどうしても思い出せない重要な何か、それを思い出すためのきっかけが欲しい。


 

 車は海岸通りを南下してやがて月研へと辿り着き、今度は月ノ宮駅へと向かい走っていく。昔はここら辺に宇宙船があったんだなぁと懐かしんでいると、ハンドルを握るじいやさんが口を開いた。


 「話が長くなって申し訳ありません、烏夜様」

 「あぁいえ、むしろそんな話をしていただいてありがたいぐらいです。その、素朴な疑問なんですけど……どうしてネブラ人達は地球人よりも優れた技術を持っているのに友好的な人が多いんですか?」


 映画の見過ぎかもしれないけれど、優れた技術を持つ宇宙人というものは地球を支配するためにやって来てよく戦争を起こすイメージがある。遥か彼方の宇宙からやって来たネブラ人も勿論地球人よりも優れた技術を持っていたけれど、地球人に対して表立って戦おうとはしなかった。

 じいやさんはバックミラーをチラッと見て僕の様子を伺った後、再び目線を前に戻して口を開いた。


 「ではまず、烏夜様はどうしてネブラ人が地球人に対して友好的だと思われますか?」

 「戦争で故郷を追われた、という歴史があるからでしょうか?」

 「それも解の一つです。度重なる戦火でアイオーン星系は酷く荒廃していたといいます。しかしそれは遥か昔の話で、この地球に到達したネブラ人はそういった出来事を歴史の一つとしてしか知りません。実際にどんな惨状だったのか、それは過去を映した映像や写真といったデータでしかわからないのです」


 地球からこと座方向の5~10光年先に位置するとされているアイオーン星系。光の速さは秒速約30万キロメートル、一光年は長さ10兆キロに及ぶというのだからネブラ人達は果てしない旅路を続けていたことになる。

 それだけ長い旅路を続けていた間に、アイオーン星系生まれのネブラ人も段々といなくなってしまっただろう。


 「私自身もあくまで父親から聞いただけの話ですが、ネブラ人は数度に渡る大戦により大きく技術を発達させてしまい、それがアイオーン星系に壊滅的な被害を与えるに至ったのです。今も人類はアイオーン星系の捜索に尽力してくれていますが、おそらく滅んでいる可能性が高いでしょう。神星アイオーンも然り」


 ネブラ人が使っていた暦を太陽暦に戻して計算すると、ネブラ人がアイオーン星系を離れて宇宙を旅した期間は数百年以上とされている。それだけの長期間、宇宙船の中で文明社会を保っていたというのも凄いし、この太陽系に辿り着いたというのも奇跡だった。


 「そんな歴史があったからこそ、ネブラ人は人類との共存を……いえ、むしろ恭順と言うべきでしょうか。多くのネブラ人にとっては、もう既にこの地球が母星なのです。血統を除けば、今やネブラ人も地球人の一人にしか過ぎません」


 今、この地球に生活しているネブラ人の多くは地球生まれだ。僕の知り合いであるスピカやムギ、レギー先輩、ベガやワキア達だってそうだ。アルタやルナのように、地球人とネブラ人の間に生まれた世代だっているのだ。

 今や地球人とネブラ人を区別するものは殆どなくなっている。 


 「ですが、一部の過激派は違います。今のネブラ人と人類の関係を屈辱的だと捉え、この地球の支配を狙うネブラ人の勢力もいます。日本はネブラ人の技術を軍事利用しようとしませんが、他の大国は違います。実際、多くのネブラ人の技術者は大国の庇護下で新たな兵器の開発を強いられているのも現状の一つです。

  しかし、この地球に多くの係争地こそあれど、完全な空白地帯はございません。強いて言えば南極か、それこそ宇宙ぐらいでしょう。ネブラ人の国を建国できる余裕なんてありません」


 数十年前にネブラ人が地球に降り立った時、ネブラ人達の長であったハーキュリーズ、そしてその中心のティルザ・シャルロワが地球人に対して友好的な立場を取ったというのが大きな分岐点だったはずだ。

 なんかシャルロワ財閥って怖いなぁってずっと思っていたけれど、すんごい功績残してるじゃん。


 「私も宇宙船で生まれた世代の一人ですが、地球人達が私達を受け入れて安住の地を与えてくれたことに感謝しています。少なくとも、多くのネブラ人はそう考えているでしょう」


 やがて車は月ノ宮駅前を通り過ぎて、僕が住んでいるマンションが近づいてきた。そしてじいやさんはマンションの前で車を停めると、後部座席に座る僕の方を向いて言った。


 「烏夜様。記憶の方はどのくらいお戻りになったのですか?」

 「殆ど戻ってるって言っても良いぐらいですよ。でもまだ何か、大事なことを思い出せてない気がしてて……」

 「やはり乙女様が関わっていますか?」

 「そうかもしれませんね」

 「私もシャルロワ家に働きかけて、どうにかお二人が再会できる場を設けられないか思案しているところです」


 僕が車を降りるとじいやさんも車から降りて、わざわざマンションの入口まで見送りに来た。一庶民の僕なんかにそこまでしてくれなくてもいいのに、と恥ずかしくなってくるけれど、じいやさんはあらたまった様子で口を開いた。


 「現在、地球文明が考える宇宙の誕生というものはビッグバンやインフレーション理論などによって仮説が立てられていますが、ネブラ文明においても宇宙の誕生そのものははっきりと説明できていませんでした。

  しかし、ネブラ人に伝わる神話にこのようなものがあります。この宇宙、いや我々が認識しているこの世界は、高次元的存在の思考の中なのだ、と。簡単に言うなれば一人の人間の脳内で作り上げられた世界、という考えですね。あくまで神話という扱いでしたが、無限に膨張を続ける可能性のある宇宙をそう説明付けようとするネブラ人の学者もいました」


 誰かの頭の中、か。誰かに勝手に決められた運命が待っていると思うと怖い話だけれど、ネブラ人ですら宇宙の誕生や仕組みを解明できていなかったのだ。


 「じゃあ、これら全て誰かが勝手に決めたことかもしれない、ということですか?」

 「えぇ、そうです。もしこれが、私達の身に降りかかる数々の出来事が、私達が知らない誰かが立てた筋道だとするならば、残酷なことをしてくれるものです」


 僕はじいやさんに別れを告げて、僕の部屋へ戻ってベッドの上に寝転がった。ただベガとワキアの様子を見に行くだけのつもりだったけれど予想外の出来事、そして驚きの事実の連続で僕は少し疲れてしまい、そのまま眠ってしまっていた。


 

 ネブラ人の王女であるベガとワキア、そして彼女達を利用しよう目論むネブラ人の過激派……彼らの争いに巻き込まれた乙女達。

 一体、一連の騒動はどう収束していくのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る