許してくれると信じていたから



 「本日は夢那さんの誕生日パーティに来てくださりありがとうございます」


 綺羅びやかな装飾が施された大ホール。様々な料理が並び香ばしい匂いが漂う空間で、白いブラウスに青いロングスカートで、長い銀髪を青いリボンで留めた少女……琴ヶ岡ベガがパーティを進行させていく。

 

 「では主役の夢那さん。何かご挨拶はありますか?」

 「え……えぇ? 挨拶って何?」


 これは十六夜夢那の誕生日パーティ。彼女が主役であるはずなのに本人が一番戸惑っている。半分サプライズみたいなところはあるけれど、こんな高貴な雰囲気の会場でパーティが開催されるとは夢にも思っていなかったのだろう。僕はもう慣れてきたけど、琴ヶ岡邸に初めて上がり込んだキルケも硬直して何も喋らなくなってしまった。

 そして主役でありながら場の雰囲気に呑まれて緊張してしまっている夢那の肩を、ベガと同じファッションで緑色のロングスカート姿のワキアがポンポンと叩いた。


 「まーまー、そんな緊張しなくてもいいよ。アルちゃんの裸踊りが見てみたいな~ぐらいで良いんだよ」

 「裸踊り!?」

 「僕はやらないけど、烏夜先輩ならやってくれると思うよ」

 「いややらないけど?」


 余興で何か笑いを取ろうかと、黒タイツでも着て叫びまくろうかとも考えていたからあながち悪くないかもしれない。

 気を取り直して、本日の主役である夢那は照れくさそうに笑いながら挨拶を始めた。


 「え、えっと……ボクが月ノ宮に戻ってきて二、三週間ぐらいで、あと二週間ぐらいでボクは都心の方に帰ってしまうけれど、久々に月ノ宮に戻ってきたから結構緊張してたんだ。昔の友達も殆どいなくて、ボクが探している人も本当に見つかるかわからないし。

  でも、ボクは最初にベガちゃんとワキアちゃん姉妹に出会って、そしてノザクロで働くことになってアルタ君やキルケちゃんと出会い、海や遊園地ではルナちゃんやカペラちゃんとも一緒に遊んで……この月ノ宮での夏休みが、こんなに楽しくなるとは思わなかった。

  ありがとう、皆。ボクをこんなに暖かく迎えてくれて。短い間になるけど、これからもよろしくね」


 夢那のスピーチが終わると、真っ先にノザクロでの同僚であるキルケが彼女に抱きついた。それはもう、泣きじゃくりながら。


 「ゆ゛め゛な゛ざああああああああああああんっ!」

 「どわーい!? き、キルケちゃん!?」

 「わだじもゆめなざんど出会えで良がっだでずううううううっ!」

 「お、落ち着いて」


 夢那のスピーチを聞いて感極まってしまったのか、キルケは人目もはばからず大粒の涙を流していた。そんな光景をパシャパシャと写真に収めながらルナが口を開く。


 「なんだか夢那さんがあと少しで帰ってしまうの、ものすごく名残惜しいですよ。何かの間違いで月学に転入しませんか?」

 「そ、それはちょっと難しいかも」

 「私達の家に泊まっても良いんだよ? 部屋なら空いてるし専属のメイドもつけるよ」

 「専属のメイド……?」

 

 キルケのリアクションが大きすぎて皆は少し冷静になってしまっていたけれど、こんなド直球に感謝の気持ちを述べられたら皆も嬉しいだろう。カペラも杖をつきながらトテトテと夢那の元へ向かって、夢那の手を掴んで言った。


 「わ、私も夢那ちゃんと出会えてとっても嬉しいよっ。海とか遊園地とか、とても楽しかったよ」

 「そ、そうだったの? ボクはカペラちゃんが描いた漫画を読んでみたいな」

 「どうしてそれを知ってるの!?」

 

 多分口が軽そうなワキアあたりが喋ったんじゃないかな。それにしても内気そうなカペラが、直接夢那に感謝を伝えるとは思わなかった。


 「今日はたくさん料理をご用意させていただきましたので、思う存分堪能してくださいね。夢那さんは辛いものが大好きとのことだったので、激辛料理をたくさんご用意しました」

 「それって皆は食べられるの?」

 「でもこのチキンはあまり辛そうに見えませんよ……って、ぎょえー!?」


 ノザクロの激辛メニューであるジャイアントインパクト担々麺を見事完食した夢那のために、地獄のような色合いの見るからに辛そうな料理がテーブルに並んでいる。中々誕生日パーティで見る光景じゃないよこれ。

 

 「でも辛いと言ってもそこまで……ほわああああああああああっ!?」

 「キルケちゃんのリアクションおもろ」

 

 激辛料理に果敢に挑戦して見事自爆するキルケ、そんな彼女の横で平気そうに激辛料理を食べる夢那。ワイワイとしたパーティを思い出に残すためパシャパシャと写真に収めるルナ。

 各々がパーティを楽しむ中、僕はアルタと一緒に会場の隅っこで大人しくしていた。


 「何だか微笑ましいね。アルタ君は何か言葉をかけなくていいの?」

 「僕がそんなキャラだと思いますか? むしろこういう時に舞い上がるのは烏夜先輩の役目でしょ。そういえばさっきの夢那の挨拶の時、烏夜先輩の存在がなかったことにされてましたね」

 「……ホントだ!?」


 アルタの言う通り、夢那の挨拶の中に僕の名前は一切出てこなかった。確か僕がベガとワキアと一緒に月ノ宮海岸を歩いていた時に出会ったはずなのに。

 バイト先の先輩でもあるはずなのに、僕の存在ってそんなに小さかったのかなぁ。それにしても、夢那と八月中でお別れというのがなんとも悲しく感じる。八月もあっという間に折り返しに入り、それまでに……夢那が探している人は見つかるのだろうか。



 「ではいきまーす。出勤途中に犬の糞を踏んでしまった時の、ノザクロのマスターのモノマネ。

  『ウン……トゥデイのミーのラックはベリーベリーバッドォ……』」


 アルタの渾身のモノマネを見た一同は大盛り上がり。完全に身内ネタだけど、あのゴツい体躯のマスターがションボリしている様子が容易に想像できる。


 「じゃあ次。試作メニューの出来が思ったよりも良くなかった時の、ノザクロのマスターのモノマネ。

  『こりゃ不味いね』」


 外国かぶれキャラはどこにいったのか、まさかのマスターの一言にパーティ会場は爆笑の渦に包まれた。

 意外とアルタってモノマネ上手いんだ。何だかいつもはスカした感じだけど、そんなキャラとのギャップもあってさらにおもしろい。

 なお、僕の渾身の一発ギャグは滑りに滑ってしまったため、僕は会場の隅で大人しくしていた。

 


 続いてはベガとワキアによるヴァイオリンとピアノの演奏会だ。


 「この曲聞いたことある!」

 「何か有名な曲ですね。あの……あれですよ」

 「あれだね」

 「そうあれです」

 「誰も思い浮かんでないじゃん」

 「パッヘルベルのカノンだよ。お祝いごとにふさわしい曲だね」


 ベガとワキアのちゃんとした演奏を聞くのは初めてだけど、どちらの音楽もお互いに邪魔することなく夢那をお祝いする優しいハーモニーを奏でている。四日後の二十日には七夕祭の本祭、二人によりミニコンサートが迫っているけれど、これは期待できる。

 演奏が終わると、ベガとワキアに盛大な拍手が送られ二人は笑顔を見せていた。


 「夢那さん、何かリクエストはありますか?」

 「じゃあベートーヴェンの運命!」

 「誕生日に聞きたい曲かなぁ?」

 

 その後はベートーヴェンの交響曲第五番『運命』、ヴィヴァルディの四季より『冬』、モーツァルトの『レクイエム』など、とても誕生日とは思えない選曲だったけれども、何よりもベガとワキアの演奏が凄かったからいいものを聞けたと思う。


 

 ベガとワキアによる演奏会も終わり、ベガとワキアが用意した誕生日ケーキとノザクロのマスターとレオさんがこさえてくれたフルーツケーキを皆で食べて盛り上がっていた。


 「夢那さんは七夕祭にいらっしゃるんですか?」

 「はい。その日はシフトも空けたので」

 「実はその日、私とワキアでミニコンサートを開くんですよ。是非聞きに来てくださいね」

 「行く行く! 何を演奏するの?」

 「それは当日を迎えてからのお楽しみですね」


 四日後に迫る七夕祭本祭。月ノ宮神社から海岸通りまで屋台が並んで山車も登場するらしい。僕は先月の前祭の日に事故に遭っているから、何か起きるんじゃないかと若干気が気でないところもある。


 「そのお祭りの時に、夢那さんが探している方を見つけてみませんか?」

 「このペンダントをくれた人~って?」

 「手を挙げる人、いるかなぁ……」

 「そういえばアルタさんと朧パイセン以外はペンダントを持ってますよね? 誰か覚えてませんか?」


 僕とアルタを覗いた面子は金イルカのペンダントを持っているという共通点がある。僕の同級生である美空やスピカにムギ、そしてレギー先輩も持っているけれど、一人の人間がそんなに配ったのかなぁ。


 皆がその謎の人物の考察に入る中、ワキアが僕の元へやって来た。

 

 「烏夜先輩。ちょっと来て」

 「え?」

 

 パーティ会場の隅で大人しくしていた僕は突然ワキアに腕を引っ張られ、そのまま誰もない空き部屋へと押し込まれてしまった。


 「ど、どうかしたの?」


 するとワキアは部屋の電気を点けることなく、僕の体に寄りかかってきた。


 「わ、ワキアちゃん!?」


 何事かと思って慌ててワキアの体を支えると、彼女の体は震えていた。そして窓から差し込む月明かりに照らされたワキアの表情は、なんとも苦しそうなものだった。


 「ごめん、烏夜先輩……」


 前にも僕は、こんな状態のワキアを見たことがある。あれはまだ葉室の病院に入院していた時、ワキアが発作を起こして……。


 「ワキアちゃん。救急車が必要? なら今すぐじいやさん達に伝えて──」

 「ダメ!」


 そう。ワキアの容態が悪化したなら、じいやさんでなくとも会場に控えていたメイドさん達に伝えるだけでも十分だ。

 でもワキアは僕の服を力いっぱい掴んで、息も絶え絶えの中で言う。


 「もうすぐなんだよ、七夕祭……今病院に行ったら、私は絶対に行けなくなっちゃうから。だから、だから……」


 四日後、八月二十日に開催される七夕祭のミニコンサート。ワキアもきっと楽しみにしているだろう。そして同じく楽しみにしているベガをガッカリさせたくないという思いもあって、ワキアはこうして自分の病状を隠しているに違いない。

 僕は、そんなワキアの震える体を抱きしめていた。


 「烏夜先輩……もっと、もっと強く、抱きしめてください……」


 いつも人一倍明るく周囲に笑顔を振りまいている明朗快活な少女と、こうして何かに怯えるように体を震わせている病弱な少女。

 明らかにワキアは無理をしている。先月、退院間際にもワキアは発作を起こしているけれど、もうすぐ退院だからと僕は悪人になった。

 僕は……どうするべきだろうか?


 ワキアの様子が段々落ち着いてきたところで、僕はワキアに問いかけた。


 「ワキアちゃん。七夕祭が終わったら、すぐに病院に行くって約束してくれる?」

 

 僕は悪人だ。もしこれで何か起きた場合、残されたベガ達に何をしても詫びることは出来なくなってしまう。

 でも、僕はワキアの願いを反故にすることは出来なかった。


 「うん、約束するよ」


 おそらくまた一月程は入院することになるだろう。ワキアは病院に入院したまま二学期を迎えてしまう。せめてもの救いは、皆と海と遊園地には行けたということか。

 ワキアは僕の腕に包まれたまま、僕の背中をさすって言う。


 「ごめんね、烏夜先輩。烏夜先輩なら、許してくれるんじゃないかなって思っちゃったんだ。お姉ちゃんやアルちゃんはきっと私のことを心配して無理矢理にでも病院に行かせるだろうから……」

 「僕だってワキアちゃんのことを心配しているんだから」

 「うん、わかってる。ありがとね、烏夜先輩……」


 夢那の誕生日パーティというお祝い事の裏で、ワキアに巣食う病魔は着実に彼女の体を蝕んでいた。


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