夢那の誕生日



 八月ももう半ばに入り、世間ではお盆休みが終わって高速道路の渋滞や交通機関の混雑がとんでもないことになる頃、僕は今日もノザクロのキッチンに閉じ込められていた。


 「カラスって宿題とか課題は順調なの?」

 「もう殆ど終わってますよ。あとは観測レポートぐらいです」

 「は? どうして終わんの?」

 「いや、ちゃんとやってるからですけど……」


 幸い、記憶喪失になっても学力に大して影響はなく、学校から出された課題もパパッと終えてこれまでに習った内容の復習に取り掛かっている。なんせ僕は期末考査の結果が悪かったそうだから、せめて女好きとしてふざけるなら学力を向上させてからにしようと決めている。

 いや、今後もふざけるつもりはないんだけども。


 「レオさんって宿題とかどんどん溜めちゃうタイプですか?」

 「ていうかまともに提出したことないな」

 「よく卒業できましたね」

 「あぁ。大学のレポートとか卒論だってギリギリを攻めてたからな。あのスリルは堪らなかった」

 

 一歩間違えれば留年になるというリスクがあるのはスリルって言葉で片付けられないと思うんですけど。

 レオさんとそんな雑談を交わしつつも、忙しい日曜のピークタイムのキッチンをレオさんと乗り越えて、休憩を終えて戻ってきた頃。カランコロンと扉の鐘が鳴り、三人組の女性が入ってきた。すぐに気づいたアルタが駆けていく。


 「いらっしゃいませ。三名様……ってアンタ達ですか」

 「お客様に向かってアンタ達とはどういうことです?」

 「スタッフの教育がなってないんじゃないかねぇここは!」

 「はいはい。あっちのテーブル席へどうぞ。いつものでいいですよね?」

 「あ、いいよ~」


 一瞬面倒くさいお客さんが来たのかと思ったけど、アルタのテキトーなあしらい方を聞くに知り合いなのかな。キッチンから少しだけお客さんの容姿が見えたけど誰かはわからなかった。

 そしてアルタが伝票にメモを取りながらカウンターへとやって来る。


 「烏夜先輩、いつもの……って、覚えてますか? ていうかそもそもあの人達のこと知ってます?」

 「ごめん全然わからない」

 「ウーロン茶を三つと山盛りフレンチフライを二つです。そういえば烏夜先輩がシフトに入ってる時にあの人達が来るのは初めてですね。ウチの常連さん達です」


 僕は休憩中にまかないとしてフレンチフライを食べていることがあるけど、ノザクロのフレンチフライは業務用のものを温めているだけだ。どうやらあの三人組はフレンチフライを食べながら時間を潰しに来たようだ。


 「レオさん。僕ってあの人達にも声をかけたことあるんですか?」

 「そういえばカラスがいる時に来るのは初めてか? 月学の先輩だろ確か」

 「そうなんですね」


 少し手持ち無沙汰になったので、レオさんと一緒にキッチンからホールの方を覗き見しながら説明してもらった。


 

 「やはり勝負事というのはスリル感が堪らないですね。最終局面での逆転なんて特に」


 長い金髪で赤い眼鏡をかけ、可愛らしいフリルの付いた純白のワンピースに赤い薄手のジャケットを羽織った可憐な雰囲気を纏う少女、ベラトリックス・オライオン。月学の生徒会副会長であり、もう片方の副会長である明星一番と並ぶシャルロワ会長の腹心だ。

 オライオン家はシャルロワ家の分家でありオライオン先輩もシャルロワ会長のいとこにあたるという。


 「いや~ベラは相変わらず肝が据わってるわ。ホントポーカーフェイスっていうか、仕掛けのタイミングが掴めないよね~」


 青髪のショートカットで、黒のジーンズに星空で彩られた黒の革ジャンを羽織ったボーイッシュな雰囲気の少女、いかり遊星ゆうせい。オライオン先輩の親友だそうだ。


 「オーラスで裏ドラを4つ乗せての三倍満ツモ……流石ですねお嬢様」


 そして銀髪セミロングで、星の形をした青い髪留めを付け何故かネイビーブルーのスーツというフォーマルな格好の少女、銀脇ぎんわきリゲル。オライオン先輩と同い年ながら彼女に仕えるメイドだそうで、スーツという格好もそのためか。一人すごい浮いてるけど。

 ていうか麻雀の話をしてるの、この人達。


 「お待たせいたしました。いつものです」

 「ありがとうアルタ君。そういえばアルタ君って麻雀出来る?」

 「貴方達とやるつもりはありませんが」

 「つれないお方ですね、後輩のくせに生意気です」

 「こらっ、そんなこと言わないのリゲル。ねぇアルタ君の知り合いに麻雀出来る人っている?」


 するとキッチンからホールを覗いていた僕はアルタと目が合った。あ、僕ですか? 目が合った瞬間、アルタが凄く悪い笑顔を浮かべていた気がするんだけど、アルタは三人組の方に目線を戻して笑顔で口を開いた。


 「今、訳あってキッチンに幽閉されている人がいるんですけど、その人なら問題ないと思いますよ。腕もプロ級でしょうし」

 「へ~。私達さ、よく三麻はやるんだけどもう一人欲しいなぁ~って思ってたんだ」

 「その幽閉されているのは男性ですか? 女性ですか?」

 「残念ながら野郎ですけど、先輩方の後輩ですよ」

 「幽閉されているっていう状況が理解し難いけれど……」


 僕が業務中にキッチンから出るのって休憩の時ぐらいだからね。あとは知り合いに呼ばれた時ぐらいだ。

 

 「おいカラス、あの子達と麻雀する権利、俺にくれよ。俺も麻雀は出来るぞ」

 「でもアルタ君がわざわざ僕を指名するのって怖くないですか?」

 「それはある」


 僕とレオさんがコソコソ話していると、カウンターからマスターがやって来た。


 「二人共、どうかしたのかい?」

 「あぁマスター。マスターって麻雀出来ます?」

 「ミーのラックはバッドだからね。ロングアグオにプレイしたけれど、ミーがネイキッドでバックホームすることになったね」


 裸で帰ることになったって、脱衣麻雀でもしてたの? よく捕まらなかったなこの人。


 

 そんなこんなで一日を終えてスタッフルームで帰り支度をしていた時、先に着替え終わっていた夢那がウキウキした様子で僕に声をかけてきた。


 「お疲れ様です、烏夜さん。実はボク、今日誕生日なので何かくれませんか?」

 「え、そうなの!?」


 今日は八月十六日。八月もとうとう折り返しに入ったというタイミングだ。同じく帰り支度を終えたキルケが自分よりも背の高い夢那の頭をナデナデながら言う。


 「いや~誕生日だなんてめでたいですよ! おいくつになったんですか?」

 「同級生だからわかるでしょ」

 「それもそうでした」

 「誕生日がこんな時期だと学校でお祝いされるってことが無いんですよね~。アルタ君とかキルケちゃんに伝えたら、烏夜さんなら何かプレゼントしてくれるだろうって言ってました」

 「僕ってタカれば何かプレゼントしてくれるって思われてるの?」


 付き合いは短いとはいえ夢那にはいつも助かっているし、是非何かプレゼントしたい。でもすぐに用意するのも難しいなぁ。

 遅れてスタッフルームに入ってきたマスター達にも誕生日の話は説明された。


 「オー! ならお店でパーティでもしていくかい?」

 「いや、会場は予約してるので大丈夫ですよ」

 「予約してるの!?」

 「流石はアルタ、気が利く男はモテるぜ」

 「レオさんは気が利かないからモテないんですね」

 「先輩に容赦なく毒を吐く男はモテないぜ……」


 やっぱり誕生日と言えばケーキが用意されるものだし、最近ケーキバイキングを始めたという駅前のケーキ店サザンクロスか? でも貸し切りってなるとお金もかかるなぁと思っていると、お店の前に一台のリムジンが停まった。

 ……何か見覚えあるリムジンだなぁ。


 「十六夜夢那様をお迎えにあがりました」

 「うぇ?」


 突然のことで思わず間抜けな声を出してしまう夢那。成程、会場ってのは琴ヶ岡邸のことね。

 主役であるはずの夢那は恐る恐るという様子でリムジンに乗り込んだ。そして同じく人生初リムジンのキルケも体を震わせながら乗り込んだけど、アルタはなんともない様子で乗っていた。ベガとワキアの幼馴染だから、今までもこういうこと結構あったのかな。

 すると一旦お店に戻っていたマスターとレオさんがケーキ箱を持ってリムジンの前へとやって来た。


 「これ、ミーの特製フルーツケーキだよ。夢那は勿論、皆で食べるといいよ!」

 「ありがとうございます、マスター! マスター達は来ないの?」

 「こういうのは同年代でワイワイした方が楽しいもんだろ。ワゴン車はクールに去るぜ」

 「ワゴン車ではないですよ」

 「SUVだったか?」

 「車でもないんですよ。あ、烏夜先輩も来てくださいよ。余興で一発ギャグをしてスベってください」

 「スベること前提なの!?」


 アルタから無茶振りをかまされて僕は全然行きたくなくなったけれど、夢那から期待の目を向けられた僕もリムジンに乗り込むこととなった。

 ヤバい……一発ギャグ考えないと……ダメだ、何をしてもスベりそうだ!?

 

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