存在してはいけない七人目
八月十五日。終戦記念日の今日は、夏休みに入って二回目の大星達と集まっての天体観測だ。今日は熱帯夜でジメジメした暑さが残っているけれど、僕達が集まった展望台は盛り上がっていた。
「あ、来たよ流れ星!」
「お願い事言わないと! ギブミーマネー!」
「美空の願い事はそれでいいのか?」
「流れ星って英語は通じるのでしょうか」
「むしろ日本語すら通じるか怪しいぐらいだろ」
今日は北東の空にペルセウス座流星群が見える。極大日は過ぎてしまったけれど、空を眺めていると夜空を翔けていく流れ星がときたま輝いていた。
「お願いごとは三回言わないとね」
「ギブミーマネー※繰り返し?」
「そんな言い方あるか」
「(ギブミーマネー)³?」
「乗算するな。あとギブミーマネーから離れろ」
「(ギブミーマネー)³はギブミー³+3ギブミーギブミーマネー+3ギブミーマネーマネー+マネー³に展開できるんですか?」
「理解しようとするんじゃない、スピカ」
「いや、ギブとミーとマネーの三項だとするとギブ³+ミー³+マネー³……」
「やめるんだ朧! 頭の痛い話をするんじゃない! せめて足し算にしろ!」
ギブミーマネーを三項式として考えるのはおそらく人類初の試みだったんだけどね。むしろギブミーマネーはa+b+cじゃなくてabcなんじゃないかな。いや展開したところで何が求められるのかさっぱりわからないけれど。
「そういえばもうすぐ七夕祭の本祭があるけど、皆行く?」
「普通にゆっくり花火を見たい。朧と」
「前回は出来なかったですからね」
「今度は崖下に転がり落ちないよう気をつけるよ」
事故に関して僕は全然悪くなかったと思うけどね。でも事故で見そびれちゃったから今度こそ花火を見たいし普通にお祭りを楽しみたかった。
「オレ、ちょっと舞台があって行けないんだよなぁ。大阪まで行くんだよ」
「大阪にですか?」
「あぁ。前に声をかけてもらった監督さんの舞台に出ることになって、一週間ぐらい空ける」
「じゃあその隙に朧を籠絡しないと……」
籠絡って知人に対して中々使う言葉じゃないと思う。でもレギー先輩と花火を見れないのはちょっと残念だ。来年の春に月学を卒業してしまうレギー先輩にとって、もしかしたらこれが月ノ宮で迎える最後の夏なのかもしれないのに。
そんなこんなで皆で流れ星を見ながら観測レポートを書いた後、今日はせっかく夏だということで肝試しをすることになった。特に美空やムギが浮かれる中で、レギー先輩は一人大反対だったけれど。
「ちょっと前に遊園地でお化け屋敷に入ったばかりなのに、今度は肝試しかよ!?」
「まぁまぁレギー先輩。これも夏の風物詩ってやつです」
まずは雰囲気づくりのために、僕達は展望台で明かりを暗くして満点の星空の下、鈴虫の鳴き声を聞きながら怪談話をすることになった。
トップバッターは美空だ。
「これね、私が子供の時の話なんだけど……」
──その日はお母さんと一緒に二人で月見山にキノコ狩りに行ってたんだ。
「大星のキノコ?」
「ムギ、ちょっと黙ってろ」
「この特大サイズのマツタケ……五万円はくだらないですね」
「スピカちゃん?」
他にもきのこ狩りに来てる人がたくさんいたんだけど、結構たくさんキノコを取ることが出来たんだ。
それで帰り際、トイレに行きたくなってお母さんから離れてちょっと遠くのトイレまで一人で行ったの。その後、お母さんが待っていた登山道の看板のところまで戻って、一緒に帰ろうとしたんだけど……もう帰るって行ったはずなのに、お母さんったら何故かどんどん山の奥の方に進んでいこうとするの。
私も月見山の地理にあまり詳しくなかったから最初は近道でもあるのかなぁって思ってたんだけど、段々人気がなくなってきて薄暗い森の中に入っていくの。私のお母さんったら抜けてるところもあるからさ、もしかしたら道を間違えちゃったのかなって思ってお母さんに聞いたの。
『ねぇ、帰り道はあっちだよ?』
でもね、お母さんは私が言うことも聞かずに、私の方も見ずにそのまま山の奥へ奥へと連れて行こうとするの。
だからもう一度聞いたんだ。
『お母さん。帰り道はあっちだって!』
するとね、お母さんはやっと私の方を向いたの。
私のお母さんってね、いつも黄色いバンダナを頭に巻いてるんだけど……そのバンダナを突き破って頭に大きな角、そして口からは大きな牙が生えてたんだ。
私と同じ青い髪でお母さんと同じ格好だったはずの人が、まるで鬼みたいに変身してて、そしてお母さんらしき人は笑いながら言ったんだ──。
『コレカラ私ノオ腹ノ中ニ帰ルンダヨ』
「ぎゃあああああああああああああああっ!?」
「わああああああああああああああああっ!?」
「レギー先輩の叫び声に一番ビビったよ」
僕達はビクビク震えながら美空の話を聞いていたけれど、耐えきれなくなったレギー先輩が一番最初に叫んでいた。むしろそっちの叫び声が一番怖かった。
「ってお話ね」
「その後どうなったの?」
「あ、普通に逃げたよ。戻ったらちゃんとお母さんいたし」
「え、実話なんですか?」
「うん。あ、ちなみに私のお母さんも子供の頃に同じ体験をしたらしいよ。食べられちゃったけど針でお腹の中をつついたら吐き出されたんだって」
「一寸法師か?」
それが実話ってのも怖いし、その怪談噺の舞台となった月見山に今いるという状況がなおのこと恐怖を増大させる。
「そういえば月ノ宮神社の神様ってロリとショタが大好きな変態らしいね。前にスピカを捧げようとしたけどお気に召さなかったみたい」
「そんなこと目論んでたの?」
「ていうか美空の持ち前のフィジカルがあったから逃げ切れたってだけで、オレ達だったらどうなってたか……」
初っ端からかなり体が震える怪談話を聞かされてしまったなぁ。もう熱帯夜も吹き飛ぶぐらいの寒気がする。
続いての語り手はスピカだ。
「これは、私が子どもの時に月ノ宮海岸に遊びに行った時のことで──」
──夏の時期になるとやはり月ノ宮海岸にはたくさんの人で一杯になるので、私は人気の少ない岩場の方まで向かって遊ぶのが好きだったんです。
岩場でヤドカリを観察したり、岩場を泳ぐ魚達を眺めるのが好きだったんですけど、ある日いつものように岩場に遊びに行ったら、いつもは誰もいないはずなのに珍しく子どもがいたんです。私と同じぐらいの年で、こんな場所に似つかわしくない白い着物姿の長い黒髪の女の子だったんですけれど、髪も着物もビショビショだったんです。
不思議に思って、私はその子に近づいて声をかけたんです。
『こんなところで何をしているんですか?』
すると着物姿の女の子は、私の方を向いてニコッと微笑みながら答えました。
『母の帰りを待っているんです』
どうしてこんなところで、と私は不思議に思って女の子にさらに近づこうとしたんですけれど制止されました。
『ダメですよ。これ以上近づいたら──私みたいになっちゃいますよ?』
「スラッ!」
「ひゃあああああああああああああああっ!?」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
もう少しで怪談話がクライマックスを迎えそうなところで、突然スピカが悲鳴を上げて僕達も驚いた。見るとスピカの背後から、どこからか現れたネブラスライムが襲いかかろうとしていた!
「スラ~スラ~」
「ひゃあんっ!?」
「待て、ネブラスライム! ほら、お前の好物のコーヒーだ!」
「スラッ!?」
今日は宇宙生物への対策は万全で、大星が缶コーヒーをあげるとネブラスライムは上機嫌で森の中へ戻っていった。
「いや~びっくりした。結局スピカはその後どうなったんだ?」
「あ、そのまま怖くて逃げました。海に引きずり込まれるのかと思って」
「それが実話ってのがまた怖いね」
結局白い着物姿で岩場にいた女の子の正体ってなんなんだろう。それって絶対死人が着る白装束だったでしょ。
にしてもこういう怪談話で語り手がダメージを受けることってあるんだ。
そして美空とスピカによる怪談話で雰囲気が出てきた所で、僕達は肝試しを行うことにした。肝試しと言ってもこの展望台から月見山の頂上にある天文台まで往復するだけで、他に仕掛け人がいるわけでもないからそんな怖いことはないはずだ。
とはいえ外灯が少ないから懐中電灯が必須で十分雰囲気がある道だ。
「な、なぁ絶対に手を離してくれるなよ。離したら一生恨むからな」
僕はレギー先輩と一緒に行くことになったけれど、手をがっしりと掴まれてしまった。もうこの時点でレギー先輩、かなり震えてるんだけど。
そんな状態で、鈴虫やフクロウの鳴き声がこだまする薄暗い月見山の登山道を進んでいく。
「大丈夫ですって。ただ行って帰るだけですよ」
「そこら辺に隠れてテキトーに時間潰して、頂上まで行ったことにしないか」
「いや、それはズルですよ。ほら行きましょ」
遊園地に行った時のお化け屋敷でレギー先輩がどれだけこういうのが苦手なのかはよく知っている。でも周りをキョロキョロして怯えているレギー先輩も可愛いし、何より手を繋げる僕は役得だ。
「大体、あの展望台って前に転落事故があって死人が出たばかりだぞ? ほら、お前が第一発見者だろ」
「それがあまり覚えてないんですよね。一瞬だけ情景が思い浮かぶんですけど、なんだか非現実的って感じで」
「良いよなそういうのも忘れられるの。いや、忘れてたほうが良いか」
死人が出た場所だから展望台が一番の心霊スポットじゃん。僕達はそんな場所で天体観測をしているけれど、別に何の噂もないし僕も当事者の感覚がないからあまり怖くなかった。
「レギー先輩はホラー映画とか見ないんですか?」
「見ることは見るぞ。怖すぎるのはダメだけど」
「エク◯シストとか見れますか?」
「前に劇団の仲間と一緒に見たことあるけど、全然覚えてないな。気絶してたらしい」
気絶するほどか。もしかしてレギー先輩って意外と弱点多いのか?
「レギー先輩って一人暮らしですよね? 夜とか怖くないんですか?」
「いや、そういう話はマジでやめろ。お前のせいで怖くて寝れなかったらお前の家に上がり込みに行くからな」
「お風呂に入っている時に天井とか見たらダメですよ?」
「わかった。今度オレと一緒に風呂に入れ」
「冗談ですって」
僕としてはレギー先輩が家に泊まるのは大歓迎だ。ちょっとドキドキするけれども、前例もあったみたいだし。流石にお風呂には一緒に入れないけれど。
そんな話をしている内に無事頂上の天文台の建物まで辿り着いて、そこから折り返して今度は展望台へ戻る。往路はさっきの怪談話もあったから怖かったけれど、復路は特に何事もなく──そう思っていた時、後ろの方から虫の羽音が聞こえてきた。
「え?」
レギー先輩の肩に、ピタッと何かが止まった。
「あ、カブトムシですね」
僕がそう言った時には、既にレギー先輩は走り出していた。
「わあああああああああああああっ!?」
「れ、レギーせんぱーい!?」
肩に突然止まったカブトムシに驚いたレギー先輩は一目散に展望台の方へと走っていってしまった。僕は追いかけようとしたけれどあまりのスピードに追いつけず、一人取り残されてしまった。
大丈夫かなぁ……ちゃんと展望台に戻れたかな。
「こんなところで何をしているの?」
「おわああああああっ!?」
突然背後から声をかけられ、僕は慌てて後ろを振り向いた。するとそこには長い銀髪のサイドに黒薔薇の髪飾りを巻いた、クラロリファッションのエレオノラ・シャルロワの姿が。
「そんな驚かなくても」
な、なんでここに会長が? ていうか前にもこんなことなかった? 確か夢那と展望台に遊びに来た時だったっけ。
「ど、どうもこんばんは会長。僕は観測レポートを書くために天体観測をしていて、レギー先輩と肝試しをしていたところなんです。レギー先輩ったらどこかに走って行っちゃったんですけど、ご存じないですか?」
「あらそう。さっき聞こえたのはレギーの悲鳴だったのね。レギーなら展望台の方に戻ったんじゃない?」
「ところで会長はどうしてここに?」
「気分転換に散歩をしているだけよ。貴方に出会ってしまったことで気分が削がれてしまったけれど」
なんだかすんごくデジャブを感じる。先日月見山の獣道で出会った時はこんなに暗くなかったから散歩って言われても特に違和感がなかったけれど、こんな時間に、しかもこんなところで散歩を? 会長が住んでいるのは海岸通りに近い、アルタロケットが突っ込んだあの別荘のはずだから結構遠いはずだ。
「こんな時間に散歩ですか?」
「私がこんな時間に散歩をしていて何か文句でも?」
「いやいやいやいや、ちょっと不思議に思っただけです」
「そう。何かの拍子に足を踏み外して崖下に落ちたりしないように。ではごきげんよう」
そう言って会長は月見山の頂上の方へ歩いていった。僕達はこの後、月見山のバンガローに泊まるから良いけれど、会長は海岸通りまで戻るつもりか? お付きの人が待ってたりするのかな。
なお会長と別れた後に大星から連絡があり、レギー先輩が一人泣き叫びながら戻ってきたとのことで、僕もそのまま展望台へと戻った。
「おかえり朧っち。朧っちの趣味って何?」
「え、何急に。僕の趣味……ナンパだったんじゃないの?」
僕が記憶喪失になってから一度もナンパはしていないけれど、今でもそれが趣味ってことで良いのかな。突然何かと思ったけれど、僕の答えを聞いて皆胸をなでおろしていた。
「いや、さっきの美空の話があっただろ? んでレギー先輩が慌てて帰ってきたから本当に朧本人か怖くなったんだ」
そう言ってため息をつく大星。
「あぁそうだったんだ。皆ビビり過ぎじゃない?」
僕がそう茶化すと、美空はケラケラと笑いながら言う。
「だってレギー先輩、まるで朧っちが死んだみたいな表情で帰ってくるんだもん。朧っちが帰ってきても幽霊なんじゃないかって怖くもなるよ」
そんな美空の横で、ムギは若干体を震わせながら言う。
「でもなんだかんだ美空の話が一番怖かったよね。スピカの話よりヤバかった」
そんなムギの隣では、今もレギー先輩がガタガタと体を震わせていた。
「いや、スピカの話も何か邪魔が入ったけど十分怖かったぞ」
そして最後にスピカが言う。
「それにこういう肝試しのときって、いつの間にか人が増えていたり減っていたりすることも……」
確かに怪談話でそういうのはつきものだけれど、というところで──。
「そんなことありえる? 所詮はただのオカルトに過ぎないでしょ、そんなもの」
今日、この観望会に集まった面子は僕、大星、美空、スピカ、ムギ、レギー先輩の六人。その誰でもない声が聞こえた。
今、最後に喋ったの誰?
僕達はこの場に存在してはいけない異物に気づいて、一斉に同じ方向を見た。するとそこには、目の下に大きなクマを作った、ボサボサの黄色い髪のやつれた女が──。
「で、出たああああああああああああああっ!?」
いるはずのない七人目の幽霊に驚いて、僕達は一斉にバンガローへ駆け出したのだった。
「何よ、せっかく月研の所長である私がサボり……じゃなかった。スキマ時間を使ってちょ~っと驚かしに来ただけなのに」
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