カペラ「ボテボテのショートゴロですね」
八月十四日。僕は今日、月ノ宮から電車で一時間半かけて、ドーム球場で開催された野球の試合観戦に来ていた。
「あ、烏夜さん。もうすぐプレイボールですよ」
「サイレンが鳴るの?」
「ぷ、プロ野球じゃ鳴りませんよ」
「そうなんだぁ」
隣の席には、長いクリーム色の髪をまとめて応援している球団の帽子を被り、好きな選手のユニフォームを着てタオルなどのグッズを身に纏った少女、カペラ・アマルテアの姿が。
……僕はどうしてこの子と二人で野球観戦に来ているんだろう?
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事の経緯は前日、僕がいつものようにノザクロで働いていた時に、ワキアとカペラがやって来たことに始まる。
「あ、烏夜先輩。今から休憩?」
「そうだけど、どうかした?」
「実は困り事があってね……」
制服から軽く着替えて、僕はワキアとカペラが座っていたテーブル席に座る。するとカペラの前には二枚のチケットが置かれていた。
「その……私、友達と野球を見に行く予定があったんですけど、その友達が急遽来れなくなってしまって、チケットが余っているんです」
「カペラちゃんはスポーツ観戦が趣味なんだっけ?」
「はい。色んなスポーツの試合を見るのが好きなんです。他の友達も誘おうとしたんですけど、皆予定が入ってしまってて」
「私も暇なんだけど、流石に野球観戦は厳しいかなーって」
ワキアは普段元気そうにしているけれど病弱だから、長時間の試合観戦は厳しいところがあるだろう。時期も時期だし。
僕はスポーツこそやっていないけれど、見ること自体は好きだ。
「その野球の試合っていつあるの?」
「明日なんです」
「明日!?」
「烏夜先輩は何か予定ある?」
「明日は特にないけれど……え、僕が行く流れ?」
そんな流れで、ワキアの勧めもあり何故か予定が空いていた僕がカペラと一緒に野球を見に行くことになった。
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「いや~今日もあのインローのコースにビシッとストレートを投げられるの、やっぱり凄いです~」
いつもは内気で大人しい様子のカペラが、メガホンを叩きながら興奮した様子で言う。もしかして思ったより熱血な野球ファンですかこの子。僕もさっきメガホンとタオルを買ったけれど、私服のままだからちょっと浮いてるんだよね。
だって周りのファン、ただでさえ夏だというのにすんごい熱を持って応援してるし。
「確かあのピッチャーって、電車の中でカペラちゃんが教えてくれた人だよね? まだヒットを打たれてないし、今日は調子良いのかな」
「先頭打者はフォアボールになりかけましたけれど、しっかりと三者凡退でしたからね。でも最初が良くても、後ろの方で打ち込まれることもあるんですよね……」
なんだろう、今一瞬垣間見えたカペラの悲壮感からファンとしての長年の経験みたいなものが感じられた。
そしてカペラが応援するチームの攻撃のイニングを迎える。先頭打者がヒットで出塁し、続く二番が見事送りバントを決めて、三番も進塁打を打ってワンナウト一、三塁とチャンスの場面で打席には四番が。
僕の隣に座るカペラは、他のファンと混ざって四番打者の応援歌を歌っているけれど、僕は勿論全然わからないからなんとなくノッていた。するとフルカウントの場面で、四番が大きなフライを打ち上げた。
「あ、打ったよ!」
「これは犠牲フライになりますね!」
外野への深いフライとなり、三塁ランナーがタッチアップでホームインして見事先制点を上げた。カペラを含めたファン達は大盛り上がりだ。ホームランとかじゃなくてもこんなに盛り上がるんだ。
「あの四番の選手も調子良いの?」
「いえ、最近は少しバテたのか調子を落としてるんですけれど、でも調子が悪いなりにこうやってちゃんと打点を上げて四番の仕事をしていますからね。流石ですよ」
いやもうコメントの一つ一つがちょっと僕には追いつけないんだよ。
その後は投手戦となりお互いに点を取れないまま試合は後半を迎えていた。電車の中でカペラに教えてもらった予備知識もあり、ようやくカペラが応援しているチームの選手の名前を覚えることが出来てきた七回裏、ツーアウト二、三塁と追加点のチャンスで代打が送られた。
しかし初球を打ち損じて内野フライに終わってしまう。
「あ~シケたフライですね。あんなボールを振ってるようじゃまたすぐに二軍ですね……」
すんごいトゲのあるコメントするじゃんこの子。本当にあのカペラちゃんか? 実は後ろでワキアが操ってたりしない?
「あまり調子よくないのかな?」
「プロ入りして結構長くて二軍じゃずば抜けた成績を残しているんですけど、一軍じゃイマイチなんですよね。色々打撃フォームを練ってるみたいですけど、一軍じゃ中々難しくて……私は昔から応援しているんですけど、もういい年齢ですし今年にはもう戦力外かも……」
一軍の壁、というやつなのかか。ていうか二軍の成績まで調べてるんだ。
「でもあまり調子の良くない人を代打に送るものなの?」
「他に良い選手がいないんですよ。ピッチャーは揃ってるんですけど、期待の若手って言われてる選手が中々伸び悩んでて……」
「そ、そうなんだ」
その後の八回もチャンスを作る中で中々点を決めることが出来ず、そして迎えた九回表。先発投手に代わって登板した中継ぎ投手が先頭打者にフォアボールを出してしまい、ノーアウトランナー一塁の場面。相手チームの四番がフルカウントからセンターに完璧な当たりを放った。
「あ、あぁ、ああああー!?」
「ぎゃ、逆転ホームラン……」
カペラは頭を抱えて絶望の表情で絶叫していた。最初のイニングでカペラは後ろの方でどうなるかわからないみたいなことを言っていたけれど、まさかこんなことになるなんて。
「いつもはストレートのキレが良いんですけど、今日は制球が安定してませんでしたね……」
これも野球というスポーツの醍醐味かもしれないけれど、ホームランを打たれた投手に代わって登板した中継ぎが後続を断って、一点ビハインドで九回裏を迎えた。
「あぁ……今日はダメかもしれませんね」
「ま、まだ諦めちゃいけないよカペラちゃん。ほら、サヨナラもあるかもしれないじゃん」
「もう怖くて見てられません……」
さっきまであんなに元気だったカペラがもうやる気を失くしてしまった。確かに流れは悪いけれども……相手チームの守護神と呼ばれるピッチャーが登板して、フォアボールで出したランナー以外は見事な変化球で三振で抑えて、そのままツーアウトランナー一塁の場面。打者は先程カペラにトゲのあるコメントを受けた選手だった。
カペラの寸評が的を得ているのか、周囲のファンからもあまり期待していないような声が聞こえてきたけれど、一応応援歌を歌っていた。でも昔からその選手を応援しているというカペラは神様に祈るように手を組んでいて、僕もせめてヒットになってくれと祈った。
しかし一球目のストレートを見逃し、二球目のフォークを空振りし、周囲からため息やヤジが聞こえる中、ノーボールツーストライクで迎えた三球目。甘いコースに入ったストレートが、カーンッと高々と上がった。
「……えっ」
白球は僕達が座るレフト方向へ。そしてそのまま僕達の方へ飛んできて、カペラに当たりそうになったから僕は慌てて飛んできたボールに腕を当てて止めた。
「いったぁ!?」
思ってたより痛いんですけど!? でもなんとか僕はそのボールを──ホームランボールを掴み取った。
「さ、サヨナラホームランですよ!」
「サヨナラだー!?」
まさかのサヨナラ勝利で周囲のファンも含め球場は今日一番の盛り上がりを見せた。サヨナラホームランを打った選手はガッツポーズを決めながらダイヤモンドを一周し、そしてホームでチームメイト達に盛大に迎えられてもみくちゃにされていた。
「いやー、最後までわからないものだねカペラちゃん……カペラちゃん?」
カペラはハンカチで涙を拭っていた。そうか、昔から応援していた選手って言っていたし、彼がこんな大活躍を見せて感極まっているのだろう。
「す、すみません烏夜先輩。失礼しました」
「ううん、良いんだよ。ほら、ホームランボール、記念にあげるよ」
僕はさっき掴んだホームランボールをカペラに手渡した。あの選手の大ファンであるカペラにとっては思い出の品になるだろうと思って僕はプレゼントしたけれど、カペラはボールを受け取った後、前の席に座っていた小学生ぐらいの男の子に声をかけた。そういえばさっきホームランボールが飛んできた時、男の子は周囲の人に混ざってグローブを構えて取ろうとしていた。
「このボール、貴方にあげるよ」
「え、良いの?」
「うん。大事にしてね」
「う、うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
少年の満開の笑顔を見て、カペラも嬉しそうに微笑んでいた。カペラは少年の親御さんに感謝されて握手を求められ、照れくさそうにしながらも握手を交わしていた。
そして試合が終わってヒーローインタビューも終わりお客さんが引いていく中、僕はカペラに聞いた。
「ボールを上げて良かったの? カペラちゃんにとっても大事なものだっただろうに」
「いえ、良いんです。もしあの子がこれをきっかけに野球を頑張ってプロ野球選手になったり、そうでなくとも何か野球関係の夢を持ってくれたら、素晴らしい物語になるじゃないですか。なので、私はあの子に……未来に夢を託すんです」
え? 何この子出来過ぎじゃない? ワキアとかだったら「イエ~イww」って浮かれてるだけだと思うよ。
ただの優しさなのかと僕は思っていたけれど、自分の発想の安直さを嘆いた。あの子のそんな未来のことを……確かにそれがどんな形であれ野球界の未来に繋がるかもしれないと考えたら、ある意味これも運命的なものかもしれない。
その後、僕達は球場を後にして電車で月ノ宮へと戻る。ナイターゲームだったから月ノ宮へ帰れる最後の電車にギリギリに乗り込んで、クロスシートに並んで座った。
「今日はありがとうございました、烏夜先輩。明日もノーザンクロスでアルバイトですか?」
「そうだよ。そういえばカペラちゃんの漫画の方は順調? 何か野球漫画を描いてみたいって言ってたけれど」
「よ、よく覚えてらっしゃいますね……実は構想自体は出来てて描き始めてたんですけど、どうしても王道寄りになってしまってしまうんです」
野球漫画もタ◯チとかド◯ベンとかメ◯ャーとかダ◯ヤのAとか有名な作品だけでもたくさんあるけれど、そもそも野球というスポーツが日本においてメジャーである分作品数も多い。それだけに被ってしまうことも多いだろう。
「なので、まず主人公が好きなヒロインを殺します」
「んえ?」
「好きだったヒロインを失った主人公は野球に打ち込む意味を見失い野球をやめてしまうんです。でも彼が通う学校に突然転校生が。その転校生は主人公とヒロインの共通の幼馴染で、数年前に遠方に引っ越して疎遠になってしまっていたんですけど、彼女が主人公に発破をかけて再び野球に打ち込み……」
その後、カペラの頭の中に眠っていた漫画の構想を延々と語られた。最終的にはプロ野球選手を引退して指導者としての主人公も描く続編まで聞いたけれど、今日の野球観戦といいカペラがこんなにも喋る子だとは思わなかった。
そんな意外な発見が多かった一日は、カペラを彼女の家の近所まで送り届けて終わった。そしてそんなタイミングで、ワキアからLIMEが届いた。
『カペちゃんとのデートは上手くいった???』
余計なお世話だ。
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