欲望に正直なロケット(隠語)
ロケットというものは、今で言うロケット花火に近いものが十三世紀には中国で使われていたけれど、多くの人が思い浮かべる液体燃料を用いたロケットが急速に発達したのは二十世紀、始めてロケットが実用化された世界大戦後の冷戦期における宇宙開発競争によるものだろう。
そんな最中、遥か彼方の宇宙より地球へ飛来したネブラ人は人類の科学技術を著しく進歩させた。それでもネブラ人が乗っていたような巨大な宇宙船の開発は、太陽系に存在するかも不明な様々な未知の物質やアイオーン星系にしか生息していない生物達の作用も大きかったため未だ難航している。
それでも月への植民計画がもうすぐ実行されようとしているなど、人類は確実に前に進み始めていた。
ネブラ人の宇宙船の一つが着陸した日本でも、鹿児島県の内之浦や種子島だけでなく民間のロケット発射場も建設されて運用されたり、月学のように宇宙開発に関連した高度なカリキュラムを組み込んだ教育機関も増加するなど、宇宙開発への関心が高くなっている。
そして僕の後輩である鷲森アルタのように、個人でロケットを製作して打ち上げる人も珍しくなくなった。
今日、八月十二日はこの月ノ宮でロケット競技大会が開催される日だ。会場である月ノ宮海岸は一般の海水浴客の立ち入りは一部制限され、いくつもの発射台の上にこの大会のレギュレーションに対応した大きさのロケットが並んでいる。それでも人の身長より大分高いけど。
「意外と沢山の人が来るんですね」
「結構都心から近い土地ってのもあるからね。空港とかが近いから許可を取るのも一苦労よ」
そう語るのは、ルナのお姉さんであり月学の現国教師でありそしてロケット部の顧問でもある白鳥紬先生だ。何か月学の紺色のジャージを着ているからか体育教師っぽく見える。黒髪のショートカットだし尚更何かの選手っぽい。
「ロケットって良いわね。いつも私達を興奮させてくれる。まるで[ピー]に向かって一心不乱に進んでゆく[ピー]のような美しさと健気さと儚さを持っているわ」
「あの、白鳥先生。何を言ってるんですか?」
「ロケットは弧を描くようにこの空へ羽ばたいて、そしてその体に宿る幼子に未来を託して散っていく……そう、これは私達人間と変わらない物語なの」
いや、全然違うと思いますけど。人工衛星とかを幼子って例えている人初めて見たよ。
そんな白鳥先生に若干呆れていると、首に一眼レフカメラをぶら下げたルナが黒髪のハーフアップと白いリボンを揺らしながら僕達の方へ駆けてきた。今日のルナのTシャツに映っているのはマチュピチュかぁ。次は姫路城とかかな。前から少し気になっていたけど、この世界遺産Tシャツ何なんだろう、ツッコんで良いのかな。
「どーも朧パイセン。お姉ちゃんが何か変なこと言ってませんでしたか?」
「あら失礼ね。私はいつ朧君から口説かれるか落ち着かないところなのに」
「いや口説きに来たわけじゃないんですけど」
「せっかくだしお姉ちゃんを口説いてみてくださいよ」
「そんなノリで口説くことある?」
「そうね。じゃあ『ロケット』を使って短歌を一首詠んでみなさい。私が気に入ったらデートしてあげる」
何かよくわからないノリで口説くことになってしまったけれど、でも白鳥先生とのデートは興味ある。
……ロケットを使って短歌を? ロケットだけで四文字使うんだけど。う~ん……。
「つれづれと 空を見上げる 想い人 ロケットに乗り 消えてゆくまで」
頭にパッと思い浮かんだ短歌を引用して、なんとなく作り上げた。
「おっ、なんかそれっぽいですね」
「和泉式部の短歌を引用したのね。自分の想い人が乗るロケットが消えてゆくまで物悲しげに空を見上げる情景……悪くないわね。
でも有名な歌人の歌をパクれば上手くいくだろうという安直な発想は嫌い」
「あれぇ!?」
「それにこの歌の雰囲気から察するに、朧君の彼女は片道切符のロケットに乗ってるじゃない。私はそんなロケットに乗りたくないわ。そもそも失恋の歌じゃないこれ」
「すんごいダメ出しされた!?」
というわけで白鳥先生のお気に召さなかったため、デートの話はおじゃんになってしまった。いや実際にデートをするってことになっても困るけど。
僕ががっくりしていると、海の家の方から僕のバイト先の先輩でルナのお兄さんであるレオさんが、宇宙食を食べながらやって来た。なんでも今日は特別に海の家で宇宙食を販売しているという。
「あ、こんにちはレオさん。レオさんもこういうイベントに来たりするんですね」
「なんだその言い方。いや、俺はこいつらに無理矢理連れて来られただけだよ」
「無理矢理だなんて嫌な言い方だね」
「弟のくせして生意気ね。私達の専属運転手っていう誉れ高い仕事を与えたのに」
「オメェも免許持ってるんだろうが! 俺の貴重な休日を潰しやがってよ!」
「フリーターが何を偉そうに言っているのかしら」
「でもお兄ちゃん、一日潰してアニメの一気見してるだけでしょ?」
「彼みたいに何か一つでも誇れる趣味を持ってみたら?」
「くっ……俺は好きでフリーターライフを楽しんでいるだけなのに、なんでこんな言われ方されないといけないんだ!」
この姉弟三人が揃ったの初めて見たけれど、レオさん全然味方いないじゃん。今度なんか優しくしてあげよ。
その後、いよいよ打ち上げが始まるというタイミングで僕は会場を訪れていたベガとワキア、そしてキルケや夢那と合流した。今日もギラギラと太陽が容赦なく照りつける猛暑日だけれど、月ノ宮海岸には多くのギャラリーが集まっていた。
「これって何を競う大会なんですか?」
「打ち上げたロケットが到達した高度ですね。今までだと最高で四百メートル代半ばぐらいだそうです」
「それってどのぐらい凄いんですかね?」
「アマチュアロケットの世界記録で高さ百キロぐらいだよ」
「百キロ……百キロ?」
流石に高さ百キロまで飛ばそうとしたらサイズももっと大型化するし、多分色んなところに許可を貰わないといけないだろう。
「それにしてもアルタさんってどうやって暇を作ってロケットを作っているのでしょう? 私はいつも働いている印象しかないんですけれど……」
「真夜中に月学の寮で工具をいじって火花を飛ばしてるから怒られてたりするよ」
「アルタ君ってロケット部のグループで作っているわけじゃなくて、個人で?」
「アルちゃんは形式的に所属してるだけなので……」
「というか周りが追いつけないぐらいのレベルになっちゃってるらしいんだよね、アルちゃん。この大会だって他の参加者、皆大人だし」
前に皆で海水浴に来た時に数メートルもある巨大なペットボトルロケットを飛ばしていたけれど、あれもペットボトルロケットとは思えないほど飛んでいたしなぁ。その熱意は素直に尊敬できるけれど、それを本人に直接伝えたらまた嫌な顔をされるだけな気がするなぁ。
「ちなみに今回のロケットにも名前があるんですか?」
「確か『アルタ
「なんかまだ厨二っぽいところが抜けない感じあるんだよね、アルちゃん」
でもサジタリウスって名前のロケットかっこいい。なんか少年心をくすぐられる感じがある。
そしてベガ達と談笑していると、いよいよロケットの打ち上げが始まった。他の参加者のロケットはたまに故障なんかもあって上手く飛ばないときもあったけれど、軽く高度百メートルを超えるロケットが多く、大トリであるアルタが残っている時点で今日の最高記録は四百八十メートル。それは大会記録を塗り替える高さで会場は大盛り上がりだ。
「凄いですね……アルタ君は大丈夫でしょうか」
「まーまー夢那ちゃん。アルちゃんはね、こういう時はやるんだよ」
「本番にとことん強いですからね」
アルタの幼馴染であるベガとワキアは一切不安を感じさせないような笑顔ではっきりと断言した。
そしてとうとうアルタのロケットが打ち上げられる。観客皆でカウントダウンして、白煙と轟音と共にアルタのロケットは青空へとグングン飛翔していった。
「おぉっ、凄い勢いですよ!」
「いけー!」
キルケやワキア達が応援し、そして観客達も盛り上がる中ロケットはどんどん高度を上げていき、限界高度を迎えた所でパラシュートが開いた。
「これさっきのよりも高く飛んだんじゃない?」
「きっといきましたよこれ!」
「……あれ? でもあのロケット、変な方向に飛んでない?」
さっきまで風は穏やかだったのに突然風が強くなり、パラシュートが開いたアルタのロケットはどんどん海岸から内陸の方へ飛んでいってしまう。
「もしかして、また女子更衣室の天井に落ちるのかなぁ」
「いや、あれもっと遠くに行きそうじゃない?」
「ちょっとお兄ちゃんに頼んで車で追いかけてもらいます!」
ロケットの回収はルナやレオさん達に任せて、僕達は表彰式を見る。見事高度五百メートルに到達して新記録を樹立したアルタにロケットの形を模したトロフィーが授与され、盛大な拍手が送られた。
「す、凄いですねアルタさん……ぐすっ」
「あれ、もしかしてキルケちゃん泣いてるの?」
「いや、だって凄いじゃないですか! 何だかアルタさんの今までの苦労とか努力の結晶というものを感じられて……うぅぅ」
「よしよーし。いやー、何だかキルケちゃんが良い子すぎてもらい泣きしちゃいそうだよボク。君が同僚で良かった~」
感動の涙を流しているキルケの頭を、夢那がヨシヨシと優しく撫でていた。ノザクロでの仲間が何だか微笑ましい。
さて一方で、風に流されていったアルタのロケットを発見したとの連絡を受けて、僕達とルナ、ベガとワキアの四人でレオさんの車に送られてその現場へと向かった。
場所はそれ程遠くなかったけれど、現場に到着した僕達は思わず言葉を失ってしまった。
「な、何この豪邸……」
海岸に近い小高い丘の上に立つ、緑豊かな森に囲まれたモダンな住宅。壁に囲まれているけれどスピカやムギが住んでいる洋館より大きな建物で、そしてプールも見える。流石に琴ヶ岡邸には及ばないけれど十分な豪邸だ。
……え、ここにロケット落ちちゃったの?
「ぼ、僕のロケットはどこに?」
「この家の向こう側なんだ。多分庭とかじゃないか?」
レオさんは豪邸の向こう側を指差した。壁の向こう側を覗こうとするけれど、門の隙間からプールが見えるくらいでロケットが本当に落ちたかわからない。
「だ、大丈夫かな。僕、闇に葬られたりしないかな?」
「達者でな、アルタ」
「いや、職場の先輩なんだからもうちょっと庇ってよ」
「まぁ何かあれば私達がどうにかするって!」
確かにベガとワキアが味方にいるの心強い。しかし僕達が門の側でしどろもどろしていると、家の中から誰かがやって来て門を開いた。
そしてそこに現れた人物を見て、僕達は再び絶句した。
「あら、人の家の前で何をしているの?」
現れたのは、クラロリファッションで長い銀髪の、エレオノラ・シャルロワだった。
「終わったな、アルタ……」
レオさんは顔を引きつらせながらそう言った。多分ベガやワキアでもどうにも出来ない人が出てきちゃったんだけど。
僕とアルタ、ルナ、そしてレオさんはこの後一体どうなるんだと怯えきってしまったけれど、会長と長い付き合いだというベガとワキアはすぐに落ち着きを取り戻して口を開いた。
「シャルロワ会長。実は月ノ宮海岸でロケットの競技大会をしていまして、私の友人が作ったロケットが風に流されて近くに落ちたかもしれないんです。何かご存知でないですか?」
「あぁ、あのサジタリウスって印字されていたロケットのこと? この家の庭に落ちて来て、私のお気に入りの花壇を潰していったわ」
もしかして会長怒ってる? チラッとアルタを見ると、もう魂が抜けたかのように真っ白になってしまっていて、何の反応も示さなくなっていた。
グッバイアルタ。君の墓標はロケットの形にしておくよ。
するとそんなアルタの様子を見た会長はフフッと笑った後で口を開いた。
「冗談よ。それにそれぐらいで私は怒ったりしないわ」
「ローラお姉さんの冗談って冗談に聞こえないから怖いんだよ~」
「失礼したわ。実際はベランダに干されていた私の下着に突き刺さっていただけだから」
「あれ、もしかしてなおのこと悪くない?」
一度は息を吹き返したように見えたアルタから、再び魂が抜けていた。なんで君のロケットはそんなに性欲に正直なの? ロケットってそういう隠語なの?
しかしここでルナが会長に質問する。
「あの、シャルロワ会長のお住まいってここなんですか? 確かシャルロワ家のお屋敷って葉室にあったような……」
「ここは私の別荘なの。葉室からじゃ遠いから」
「べ、別荘、ですか……?」
「金持ちってすげぇ」
会長専用の別荘なの? 学生が別荘を持っていることある? ベガやワキアも大概だけど、やっぱり日本随一の実業家であるシャルロワ財閥はそれを超えているか。
あまりのお金持ちぶりに呆気にとられていると、会長はアルタの元へ近づいて、そして優しく微笑みかけて口を開いた。
「私もここからロケットの打ち上げを見学していたけれど、貴方のロケットは凄かったわね。感動したわ、これからも頑張りなさい」
「……は、はい!」
会長に褒められたことで、ようやく息を吹き返したアルタはモジモジと恥ずかしそうにしていた。こんなアルタ、初めて見た。その様子はルナやレオさん達にとっても驚きだったようで、ルナはパシャパシャと今のアルタの姿をカメラに収め、そしてレオさんはそんなアルタをいじっていた。
しかし一方で、ベガとワキアは戸惑いの表情を見せていた。
それもそうだろう、ベガとワキア、そして僕は──六月の末に起きたスピカとムギのアストレア姉妹と会長との間に起きた一連の騒動を知っているからだ。
確かに会長が本当にあんなことをしたと今の僕も信じられないけれど、アルタに優しく微笑みかけていた会長の姿を見て、ますます混乱してしまっていた。
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