十六夜夢那の思い出



 八月十一日。友人達と遊びに行ったりバイトに明け暮れていると月日が経つのもあっという間だけど、日々の課題もこなしながら僕は楽しく夏休みを過ごしている。色々と不安は残っているけれど。


 さて今日は、夢那に誘われて月見山へとやって来ていた。夢那は運動しやすい黒地のスポーツウェア姿で、月研の前で待ち合わせをして一緒に登山道を登り、観光客も多く訪れている展望台へと辿り着く。セミの大合唱が周囲に響き渡る中、晴れ渡る青空の下に広がる大海原はやはり絶景だ。


 「いやー、こう見ると月ノ宮も大分変わりましたねー。ボクが月ノ宮に住んでいた頃とは大違いです」


 夢那が眺めている月ノ宮海岸沿いには、海岸通りを中心に水族館やショッピングモール、僕や夢那が働いている喫茶店ノーザンクロス、さらにはペンション『それい湯』等の宿泊施設が連なっている。片田舎にしてはかなり施設が充実しているだろう。


 「夢那ちゃんが月ノ宮から引っ越したのってビッグバン事故よりも前なんだよね? じゃあ昔の月研とか言ったことある?」

 「ありますよ。ネブラ人の宇宙船も見学した時はなんだかワクワクしましたね」


 ビッグバン事故で爆発するまでは、月ノ宮海岸に宇宙船は保管されていた。今もアメリカやオーストラリアに行けばネブラ人が乗っていた宇宙船を見ることは出来るけど、日本じゃもう見られない。


 「そういえば月ノ宮学園って、確かアイオーン星系やネブラ彗星を見つけるためのプロジェクトがあるんですよね? どんな感じなんですか?」

 「ちゃんとした設備がある月研とか世界中の天文台が見つけられてないのに、僕達アマチュアが見つけるのってかなり難しいと思うよ」


 でもネブラ彗星は元々月ノ宮に住んでいたアマチュア天文家が見つけたし、彗星の観測自体は難しくないかもしれない。でも月学の生徒で本気でそういうのを探している人もあまりいないと思う。主目的がグループワークを通じた生徒間の交流みたいになってきているし。

 すると夢那は、肩に下げていたポーチの中から手帳を取り出した。その手帳のカバーの中に、金イルカのペンダントが入っている。


 「ボク、このペンダントをくれた人と一緒に展望台でお星様を見たことがあるんですよ。確かここで貰ったんです」

 「夢那ちゃんが探している人のこと? 何か手がかりは得られた?」

 「そうですね……中々難しいところはありますね」


 夢那の表情が少し曇る。夢那が月ノ宮に滞在できるのは今月の末まで。多くの人が訪れるノザクロで働いているけれど、成果は芳しくないようだ。


 「それに、ボクにペンダントをくれた人ってベガちゃん達にペンダントをあげた人と同じだと思うんです。月ノ宮にずっと住んでいる皆が出会えていないならボクも無理でしょうし、やっぱりあの事故で亡くなってるのかも……」


 夢那やベガ達が金イルカのペンダントを貰ったのは、あのビッグバン事故の直前のことだ。あの事故のインパクトが大きかったからか誰も覚えていないみたいだけど、確かに犠牲になっている可能性も高い。そんなに人口も多くない町でこんなにも出会わないこともないだろう。

 それは誰も口に出さないことだけど、きっと誰もその大切な思い出を壊したくないのだろう。


 「夢那ちゃんは、その人に出会って何をしたいんだい?」

 

 ふとした疑問を夢那に投げかける。すると夢那は手帳をポーチにしまって、僕の方を向いて笑いながら言った。


 「ボクの心にずっと残るモヤモヤを晴らしたいだけですよ。でももし出会えたなら、運命ってものを信じたくなるかもしれませんね」


 その人のことが好きなのか、と聞くのはやめておいた。もうこの世に存在するかも怪しい人への恋路はとても無謀に思えるかもしれないけれど、おそらくそれが……夢那がこの月ノ宮で残した最高の思い出なのだろうから。



 展望台から月研へ戻る途中、登山道から分岐する獣道に差し掛かると夢那が足を止めた。

 

 「あ、この道まだ残ってるんですね。ボク、昔は月見山を縦横無尽に走り回っていたので、色んな獣道を覚えてますよ。ちょっと行ってみません?」

 「へぇ、そうなんだ。僕も月見山の地理には詳しいし行ってみようか。危険な獣こそいないけれど、月研から逃げ出したかもしれない宇宙生物がいるかもだから気をつけてね」

 「それって大丈夫なんですか?」

 「文句なら月研の所長に言って」


 展望台への登山道と違い整備されていないから少し凸凹しているけれど、月ノ宮の自然をより近くで感じられる。緑が多いからか今日みたいに太陽が照りつける中でも涼しく感じられるし、周囲から響くセミの鳴き声すらも心地よく感じられる。


 「あ、カマキリだ。向こうにはセミも!」

 「やっぱり都心の方じゃ昆虫とか見つけにくい?」

 「結構いるもんですよ。ボクも暇な時は昆虫採集とかするので。えいっ」

 「どわーい!? カマキリを急に投げつけるんじゃないよ!」


 僕も虫は平気な方だからカマキリぐらいは触ることが出来るけど、急に投げつけられたら流石にビビる。

 一方で夢那は月見山に生息する昆虫探しに夢中なようで、網も持っていないのにヒョイッとバッタを掴んだり木によじ登ってセミを捕まえたりしている。中々の野生児っぷりだね。

 

 『見て朧、クワガタよ、クワガタがいるわ!』

 『やった捕まえた! って、いったーい!? いだだだだだ、朧早く助けて!』


 夢、か。

 遠い昔に、以前の僕が、烏夜朧が体験した思い出がふと僕の視界に映し出された。僕の幼馴染だった乙女も僕と一緒に月見山を駆け回っていた。


 『何か洞窟を見つけたら秘密基地とか作ってみない?』

 『ぎゃー!? コウモリが飛び出てきたー!?』


 何か僕の思い出の中に残っている乙女、いつもろくな目に遭ってない気がするんだけど。でも乙女といるといつも何かが起こるから、僕も楽しかったに違いない。

 でも……この記憶は本当に僕のものなんだろうか?


 「……あれ?」


 ふと気づくと、いつの間にか夢那の姿が消えていた。周囲をキョロキョロと見回しても彼女の姿がない。僕が考え事をしている間に、昆虫探しに夢中になってどこかに行ってしまったのだろうか。


 「こんなところで何をしているの?」

 「おわああああああっ!?」

 

 すると僕は突然背後から声をかけられて飛び上がるほど驚いてしまう。慌てて後ろを振り向くと、黒いリボンの付いた白いブラウスに黒のサスペンダースカートのクラロリファッションで、長い銀髪のサイドに黒薔薇の髪飾りを付けたシャルロワ会長が佇んでいた。


 「そんな驚かなくても」


 あれ? 僕がさっき辺りを見回した時はいなかったはずなのに突然現れなかったかこの人。


 「ど、どうも会長。僕は後輩と遊びに来ていたところです。会長は一体何を?」

 「気分転換に散歩をしているだけよ。貴方に出会ってしまったことで気分が削がれてしまったけれど」


 あれ、もしかして今日の会長はご機嫌斜め? ていうか散歩って、どう見えもこんな山道を散歩するような格好じゃないでしょうがそれ。


 「うっかり月ノ宮神社の禁足地に入らないようにね。言い伝えとはいえ不気味な場所だから」

 「は、はぁ……」


 そう言って会長は登山道の方へ戻っていってしまった。何だか掴めないというか、不思議な人だ。

 

 そして会長を見送った後、獣道の先から夢那が丁度戻ってきた。何か珍しい昆虫でも見つけたかと聞こうと思ったら、夢那はおぼつかない足取りで黙ったまま僕の方へやって来ると、そのまま僕の体に寄りかかってきた。


 「ゆ、夢那ちゃん!?」

 

 さっきまであんなに元気だったのに何があったのかと夢那の体を起こすと、彼女は顔を真っ赤にしていたため熱中症かと思った時、夢那が口を開いた。


 「実はさっき、そこでネブラアゲハと出会ってしまいまして……」


 ね、ネブラアゲハ?

 すると向こうから美しい紋様が描かれた綺麗な羽をヒラヒラと羽ばたかせて巨大な蝶々が飛んできた。


 「アゲ~」


 あ、ネブラアゲハだ。確かネブラアゲハが飛ばす鱗粉って興奮作用があるんだっけ。

 ……じゃあ、今の夢那って。


 「えへへぇ……烏夜さんって結構腹筋あるんですね」

 「あの、夢那ちゃん? ちゃんと立てる?」

 「ちょっと無理かもしれませんね~」


 夢那の柔らかい体が密着していて結構ヤバいから、僕は慌てて無理矢理彼女の体を引き剥がした。


 「烏夜さん。ボク、まともに歩けそうにないのでおぶってくれませんか?」

 「そ、そうなの?」

 「お願いします~」

 「しょうがないな……」


 確かに今も足がおぼつかない感じだし、僕は夢那を背中に背負って山を下ることにした。登山道から向かうと沢山の人に見られて恥ずかしいから、人の少ない獣道を下っていく。


 「……何だか懐かしいです、この感じ。ボク、月見山で遊んでいた時に足を怪我したことがあって、その時もおぶってもらったことがあるんです」


 僕に背負われている夢那が、僕の耳元でそう呟いた。僕の耳に息を吹きかけているのはわざとじゃないよね?


 「僕もそんな覚えがあるよ。なんだか懐かしいよ、この感じ……」


 多分乙女だろうか? 僕も前に今のように誰かをおぶって月見山を下った記憶があるような気がする。


 「それにしても烏夜さんのうなじ、綺麗ですね……」

 「ちょっと、うなじをなぞるのやめてくれる?」

 「ふーっ」

 「息を吹きかけるのもダメだよ?」

 「……ペロッ」

 「ひぃっ!? 舐めるのはもっとダメだよ!?」


 ちょっと興奮してる人を背中に背負って帰るの怖いんですけど。

 僕がヒヤヒヤしながら人目につかないよう月研まで戻ると、丁度入口の側で月研の所長である白衣姿の望さんと出くわした。その頃には夢那の興奮も収まっていて、望さんに笑顔で挨拶しようとしていたけれど、先に僕達の存在に気づいた望さんが驚いたような表情で口を開いた。


 「ゆ、夢那……!? どうしてここにいるの?」

 「どうもお久しぶりです、望さん」


 あれ、知り合いだったんだこの二人。確かビッグバン事故の直前ってまだ望さんは月ノ宮にいないはずだけど、どこかで接点があったのかな。

 そんなことを思っていると、望さんは夢那の腕を引っ張って僕から隠れるようにどこかへ行ってしまった。何事かと若干ソワソワしていると、一時して二人は僕の元へ戻って来て、そして夢那は笑顔で僕に別れを告げて帰っていってしまった。


 「あの、望さん。夢那ちゃんとお知り合いなんですか?」

 「……まぁそうね。知り合いといえば知り合いよ。朧はいつあの子と出会ったの?」

 「夏休みが始まる前後ぐらいかな。今はバイト先で一緒なんだ」

 「ふーん」


 今日も相変わらず望さんは目の下にクマを作っていて髪もボサボサだ。最近は全然家に帰ってきていなから、居候の身であるはずの僕が家を支配しているみたいになってしまっている。


 「最近こっちの仕事が忙しいの?」

 「そうね。実は最近、海外の天文台がネブラ彗星らしき天体を発見したって騒いでてね。ネブラ彗星の軌道とかを再計算したら、もしかしたらあと一年とか半年以内に観測されるんじゃないかってちょっとした騒ぎになってるのよ。今はトニー達と一緒に世界中の観測記録を調べているところ」

 「……え? それってもの凄い大ニュースじゃないの?」

 「まだ可能性っていう段階だから大したニュースじゃないわ。前にもこんなこと何度もあったし」


 数十年前に一度観測されてから姿を現していないネブラ彗星。アイオーン星系から脱出したネブラ人の一団が再びネブラ彗星と共にやって来るんじゃないかという話もあるけれど、それが本当だったらかなりのニュースになる。そりゃ望さんも忙しいわけだ。


 「んで、朧は夢那のことどう思ってるの?」

 「え? 可愛い後輩だなぁってことぐらいにしか」


 僕がそう答えると、望さんは僕の頭にゴンッと重ためのチョップを食らわせてきた。


 「いったぁ!? いや何すんの!?」

 「いや、何か思い出すかと思って」


 そんな手荒な治療法ある?

 僕は望さんの体調とかが不安だったけれど、ありえないぐらい散らかっている望さんの研究室の掃除の手伝いをされそうになったから、慌てて月研を離れた。

 いや月研の作業が長引いているの、どう考えても望さんが資料とかを散らかしているせいでしょ。


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