ボンゴレ・ビアンコとネレイド・アレクシス



 朽野乙女に関わるな。

 じいやさんから告げられたその忠告、いや警告の意味を僕は理解できずにいた。


 乙女は、父親である秀畝さんがビッグバン事故の真犯人であるとの疑いがかかり、そして母親である穂葉さんの病状が悪く大きな病院への転院が重なり、都心の方へと引っ越したはずだ。

 

 「シャルロワ家の陰謀、か……」


 僕は改めてビッグバン事故について調査していた。まぁ情報源はネット記事ぐらいしかないから信憑性なんてこれっぽっちも無いけれど、やはりビッグバン事故については様々な陰謀が噂されている。

 特に多いのは、ネブラ人随一の実業家であるシャルロワ財閥の関与だ。


 ビッグバン事故後、シャルロワ財閥は月ノ宮町の復興事業を始めとして月ノ宮一帯で様々な事業を手掛けるようになり、最近だと葉室市郊外にオープンしたテーマパーク『ユニバース・スペース・ジャパン』の建設と経営も担っている。

 やっぱりこういう事故や事件の陰謀というのは、その出来事の後に大きな利益を得た組織や勢力の仕業だと噂されるけれど、月ノ宮じゃシャルロワ財閥を悪く言うのは禁句みたいなものだし……でも仮にシャルロワ財閥があの事故の黒幕だったとして、では何故真犯人と噂されている秀畝さんをシャルロワ財閥の企業に勤めさせているのだろう? やり方は荒くなるけれど、そういう闇の組織が関わっているならもうこの世から消されていてもおかしくないのに。


 僕はふと、机の上に並ぶ本の隙間に入れられた大学ノート──禁断のバイブルを見た。

 

 「これに書いてある情報さえなければ、じいやさんの警告の意味もわかるんだけどなぁ……」


 でもシャルロワ財閥が何らかの形で関わっているのは間違いないはずだ。確かにじいやさんから警告は受けたけれど、乙女の捜索を諦めるわけにはいかない。

 ここは夏休みのバイトで集めたお金を使って、僕が自力で探偵を雇うしかないだろうか。



 ---

 


 大星達と遊園地に行ってから二日後、今日も僕はノザクロのシフトに入っていた。今日も日曜日だからか客入りが良くて、キルケに夢那、アルタ、そしてマスターやレオさん達と頑張ってピークタイムを乗り越えて忙しさが落ち着いてきた頃。

 カランコロンと入口の扉の鐘を鳴ったので厨房からチラッと入口の方を見ると、金髪のツインテールを桃色のリボンで留め、淡いピンク色のワンピースを着た可愛らしい少女が何故かドヤ顔で入ってきたところだった。

 ……あの子、どこかで見たことがあるような気がする。


 「あー! サザクロの店員の……ボンゴレ・ビアンコさん!?」


 そうだ、確か前にキルケと一緒に月ノ宮駅前のケーキ屋サザンクロスに潜入した時に出会った店員さんだ。絶対そんなパスタっぽい名前じゃなかったけど。


 「ロザリア・シャルロワよ! 私を勝手に茹でようとしないでくれる!?」


 そう、彼女は月学の生徒会長であるエレオノラ・シャルロワの妹であるロザリア。同い年って言ってたから双子? いや全然雰囲気とか違うしアストレア姉妹パターンか? 自分の身近にそんなに血がつながってない姉妹が多いことってあるかな?

 

 「今日は私が直々にこのお店のレベルを調べようと思ったのよ!」

 「あ、一名様ですか?」

 「そうよ。あ、カウンターで良いわ」

 「かしこまりました、こちらへどうぞ~。あ、ハリガネ濃いめ多めで良いですか?」

 「ここってラーメン屋だったの!? 私は粉落とし派よ!」


 またキルケの変な癖が出てしまっている。ていうかロザリアも結構お嬢様のはずなのに、そのラーメン屋あるあるわかるんだ。

 するとカウンターでコーヒーをブレンドしていたマスターもロザリアの方へと行ってしまった。


 「噂にはヒアリングしているよ、シャルロワファミリーの“シャルロワピンク”」

 「始めてそんな異名で呼ばれたし、勝手に戦隊モノの一員みたいにしないでほしいのだけど。貴方がこのノザクロのマスター?」

 「ザッツライト。シャルロワピンクがダイレクトにカミングしてくれるなんてミーはベリーハッピーだよ。さて、オーダーは?」

 「じゃあマスターのおすすめを頂戴。あと、前にそっちの子と私達の店に来ていた、茶髪のいけすかない男はいないの?」

 「ボローボーイのことかい? ボローボーイ! 豚箱から出るタイムだよ!」

 「豚箱にいるの!?」


 マスターの許可が下りて、僕は豚箱もといキッチンから出られるようになった。すると同じキッチンで作業をしていたレオさんに声をかけられた。


 「なぁカラス、さっきの子って知り合いなのか?」

 「前にサザクロに行った時に出会った人です。シャルロワ一族の人みたいですよ」

 「へぇ……良ければ紹介してくれないか?」

 「無理だと思います」

 「そんなー!?」


 一人嘆いているレオさんにキッチンを任せて、僕はカウンター席に座るロザリアの元へと向かった。改めてみると全然会長に似ている気はしないけれど、アイドルグループの中に混ざっていても全然違和感がないくらい可愛らしい人だ。

 わざわざ僕のことを呼んで何の用かと思ったけれど、ロザリアはカウンターの奥でコーヒーをブレンドしているマスターの方をチラチラと見ながら僕に耳打ちした。


 「ねぇ、あのマスターの口調って何なの? 外国人?」

 「あぁ、ただの外国かぶれの純日本人ですよ」

 「あ、頭が痛くなるような口調だからやめてほしいのだけど……」


 良かったよ、僕以外でマスターのあの口調を異常だと思ってくれている人がいて。アルタやレオさんは何も気にしていないし、新しく入ったキルケや夢那も全然気にしていないんだもん。


 

 その後、ロザリアにはマスターのおすすめであるブレンドコーヒーとフルーツケーキが提供された。ロザリアはまずコーヒーの香りを堪能した後、コーヒーカップに口をつけた。


 「ふむ……中々深みのあるコクね。豆は南米産? インドネシアとかもブレンドしてる?」

 「どの豆をブレンドしているかはシークレットだけど、流石はシャルロワピンク。ミーが南米や東南アジア、アフリカを巡って豆を仕入れているのはパーフェクトなアンサーだよ」


 コーヒーを飲んだだけで南米産とかインドネシア産とか判別出来るの? でもベガ達だって当たり前のように紅茶やコーヒーの銘柄とか産地を当てていたし、上流階級ってそういうスキルが必須なのかな。泥水を飲ませたら「これは泥水ね」とか冷静に言うのかな。

 そしてコーヒーを嗜んだ後、ロザリアはフルーツケーキを一口食べた。サザクロのケーキに敵うか不安だったけれど、意外にもロザリアはケーキを口に含んだ瞬間、驚いたような表情をしていた。


 「……このケーキ、作ったのは誰?」

 「ボローボーイだよ」

 「え、アンタが作ったの?」

 「はい。シェフは私です」

 「産地偽装とかしてない? 詐欺で訴えるわよ?」

 「そんなに信じられませんか!?」


 僕が作ったと言っても、僕はただキッチンに貼り付けられたレシピ通りに作っているだけだ。分量とか工程が適当なのは本当にやめてほしいけれど。


 「どうだいシャルロワピンク。ノーザンクロスのケーキも中々に負けていないだろう?」

 「……そうね。確かに侮っていたかもしれないわ。でもまだまだ私達には敵わないわね!」


 あんなに美味しいケーキを提供しているケーキ店サザクロのスタッフであるロザリアに褒めてもらえるだなんて嬉しい。

 もしかして僕には料理だけじゃなくてお菓子作りも得意なんじゃないかと調子に乗り始めた頃、再びカランコロンと入口の鐘が鳴った。


 「やっほー、マスター!」

 「オー! レイじゃないか!」


 元気な挨拶と共にお店の入ってきたのは、白い半袖のパーカーに青いジーンズ、ロングの茶髪で白い眼鏡をかけた若い女性だった。

 アルタとキルケが休憩中のため、ホールを任されていた夢那が彼女の元へと向かう。


 「いらっしゃいませー!」

 「あれ、なんか可愛い子入ってるじゃん!? 君よく可愛いって言われない? すんごいモテるでしょ?」

 「はい! 貰ったラブレターは数知れず、です!」


 そうなんだ。確かにメイド服を着て茶髪のポニーテールを揺らして店内を駆ける夢那は今日も可愛らしいけれど。キルケもそうだけど、メイド服が似合うって何気に凄いと思う。最近は彼女達目当てのお客さんもいるらしいし。

 そしてそのまま夢那は女性の勢いを軽く受け流して接客しようとしていたけれど、女性は突然夢那の両肩をガシッと力強く掴んで、やや興奮した様子で鼻息を荒くしながら口を開いた。


 「ねぇ貴方、コスプレとか興味ない? 好きなアニメとか漫画のキャラとかいない? 衣装なら私がいくらでも作ってあげるから着てみない?」


 こ、コスプレ? 夢那が今着ているメイド服も半ばコスプレみたいなものだけど、コスプレの勧誘されることある?

 

 「コスプレですか……あ、ナース服とか着てみたいです! ミニスカの!」

 「み、ミニィッ!? 良いわねとてもそそるわ……」


 いやお店の入口付近でちょっと興奮するのやめてもらいたいんですけど。そんなことを思っていると、マスターが彼女の元へ向かって伝票を挟むバインダーでコツンと軽く彼女の頭を叩いた。


 「こら、レイ。君のパッションが良いのはミーも嬉しいけれど、メナを困らせないでほしいよ」

 「あ、ごめんマスター。ってあれ、朧君じゃん! 元気してた?」

 

 あ、この人って僕と知り合いだったんだ。なんか一度出会った人との記憶は取り戻せてきているけど、記憶を失ってから顔を合わせてない人との記憶はあまり思い出せてないんだなぁ僕。


 「あの、すみません。じつはかくかくしかじかでして」

 「まるまるばつばつってこと!? でもそもそも私達って一、二回ぐらいしか会ったことないけどね。働いてた時期が被ってないんだもん。

  私はネレイド・アレクシス、気軽にレイって呼んで。このお店のOGって言って良いのかな、今はアパレルショップで働いてるんだ~。んで趣味はコスプレ」

 「キルケーやメナが着ている制服を考えてくれたのもレイなんだよ」

 「そうだったんですね」


 そういえばキルケ達が着ているメイド服はノザクロの正式な制服ではなくて、前に在籍していたスタッフが勝手に作った制服なんだっけ。それがレイさんだったのか。

 そしてキッチンで作業していたレオさんが顔を出してレイさんと顔を合わせると、お互いに笑顔で挨拶を交わしていた。


 「やっほー、久しぶりレオナルド」

 「だから俺はレオナルドじゃねぇって言ってんだろ」

 「彼女出来た?」

 「やめろ、その話をするな。俺が月学にいた時にどんな思いで太陽とかレイ達の恋を応援していたと思ってんだ」


 レオさんの本名ってなんだっけ。妹のルナの本名がアルダナってのは覚えているんだけど、レオさんの本名ってパッと思い出せないからもうレオナルドで良いんじゃないかな。


 「レオさんとレイさんって月学からのお知り合いなんですか?」

 「あぁ、そうだぜ。あの頃のレイはもっと陰キャだったけどな」

 「レオは陽キャだったけど、あの頃からちょっと気持ち悪かったよね」

 「あのな、レイ。何でもかんでも正直に話せばいいってもんじゃないぞ? 確かに俺はあの時、心の内に秘めたものはちゃんと直接伝えないと伝わらないぞってアドバイスしたけど、俺にするな」

 

 一体何があったんだろ、この人達の青春時代。

 レイさんはマスターやレオさんと懐かしい思い出話をしていて、僕と夢那もそれを聞いていたけれど……カウンターの隅で気配を消していたロザリアの存在に気づいたレイさんが、一気に彼女の元へと近づいて目を輝かせた。


 「あれ、ローザちゃんだ久しぶりー!」

 「なんで気づくのよ……」

 「ノザクロに来るだなんて珍しいじゃん。もしかしてサザクロ潰れたの?」

 「違うわよ! 私が直々にこのお店の味を調べに来たってだけ!」


 知り合いなんだこの二人。年も離れていて関わり合いがなさそうなんだけど……。


 「ロザリアさんとレイさんってどういうご関係なんですか?」

 「うーんとね、ローザちゃんのお父さんが私のお父さんの会社を潰したんだよね~」


 何だか思ってたより闇が深そうな話がスッと出てきたんだけど。そんな笑顔で話すことですか?


 「潰したんじゃなくて、競争に負けたってだけよ。ビジネスはいつだって競争なんだから」

 「ま~私もローザちゃん達を恨んでるわけじゃないし~。でも何だかあれだね、昔はあんなに大人しくて内気だったローザちゃんが、今やこうしてキャンキャン吠える子犬みたいになっただなんて~」

 「誰がキャンキャン吠える子犬よ!」

 「ほらそういうところ~」


 ロザリアはレイさんのことを嫌っているみたいだけど、でも仲が悪いというわけではなさそうだ。もしかして僕とアルタの関係って傍から見たらこんな感じなのかな。


 「レイ、実はもう一人キュートなガールがいるんだよ。そろそろ休憩からカムバックするタイミングだと思うけど」

 「ただいま戻りましたー!」


 メイド服姿のキルケが元気よく休憩から戻ってくると、レイさんはすぐに目を輝かせて彼女の元へ向かい、キルケの全身を隅々まで舐め回すように見ながら興奮気味で言った。


 「中々良いわね貴方……ねぇ、コスプレに興味ない?」

 「こ、コスプレですか? なら魔女になってみたいですね」

 「ま、魔女っ子!? 良いわねとてもそそるわぁ……」


 ちょっと怖いんだけど、あの人大丈夫かなぁ。

 僕がそう不安に思っていると、キルケと一緒に休憩から戻ってきていたアルタが僕の元までやって来てため息をついていた。


 「いつもあんな感じなんだよね、レイさん」

 「可愛い女の子にコスプレを迫るの?」

 「僕も前に女装させられそうになったことがあるんですよ」

 「そ、そうなんだ……」


 確かにアルタって華奢で顔も整ってるから、女装というのも似合いそうだ。


 「今似合いそうだなって顔してましたね?」

 「あぁごめん」

 「……本気で気色悪いのでやめてもらえませんか」

 「いやごめんて」


 ごめん、正直君のメイド服姿を見てみたいって思った。でも絶対に似合うと思うから着てみてほしい。何かの間違いで着てくれないかなぁ。


 「貴方キルケちゃんって言うのね。ねぇ裏に行ってちょっと採寸を……」


 何だかキルケにいかがわしいことを始めそうになっていたレイさんは、流石にマスターに止められてロザリアと一緒にコーヒーとケーキをいただいていたのだった。

 

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