朽野乙女に関わるな
ルナとキルケと園内を散策していると、何やら人だかりが出来ているコーナーがあった。
どうやらバスケットボールやバレーボールが遊べるコートがあるようで、小さな子供でも遊べるよう少しミニチュアサイズだけど──その一角にあるテニスコートでの戦いが白熱していたのだ。
「おぉっ、ラインギリギリへのスマッシュだ!?」
「フルセットで7-7……やはり互角ですね」
レギー先輩やスピカ達の視線の先には、テニスラケットを握って対峙する汗だくの美空と夢那の姿が。
どうやらシングルスで対戦しているようだけど、もうタイブレークが始まっているようだ。僕は大星とレギー先輩、スピカやムギ達の元へ向かって声をかけた。
「なんだか凄く白熱してるみたいだね」
「私達も見てて楽しいですね」
「こんなに盛り上がったら実況とか欲しくなるよね。というわけで実況はムギと解説は朧でお送りします」
「よろしくお願いします」
「何やってんだ」
「では解説の朧さん。さっきからポイントが1ずつ増えてますが、これは15とか30とはどう違うのでしょう?」
「私にもわかりません」
「いやどっちかはわかれよ!?」
僕もテニスのルールは詳しくないけれど、多分タイブレークだから先に2ポイント差をつけた方の勝ちなんじゃないかな。
それにしても僕の知り合いの中だと美空が一番運動神経が抜群なのかなと思っていたけれど、まさか彼女に張り合える人物が出てくるとは思わなかった。その自慢のパワーで強烈なサーブとスマッシュを決める美空と、絶妙な小技で美空を翻弄する夢那の対照的な戦い方はとても見ごたえがあったけれど、試合は進んでいって10-11で美空がマッチポイントを迎え──。
「“地獄への
「ら、ラケットが!?」
「あ、あの美空の技は一打目のスマッシュで相手のラジットを弾き、そして返ってきた二打目でスマッシュを確実に決める必殺技!?」
ムギがスラッと説明しているけど、テニスでそんなことあるの?
しかしムギの説明通り夢那のテニスラケットが弾かれてしまい、その後美空が強烈なスマッシュを放ってゲームセット。
二人の壮絶な戦いが終わった瞬間、勝者である美空は勿論、彼女と白熱した戦いを繰り広げた夢那へも周囲から拍手が送られた。
「では解説の朧、どうだった?」
「終盤しか見てないけど、とりあえず二人はテニス部入ったら良いんじゃないかな」
なお壮絶な戦いによりお腹を空かせた美空は、大星を連れてどこかへ食事をしに行ってしまった。
一方で美空と壮絶な戦いを繰り広げた夢那がタオルで汗を拭いていると、ベガやワキア達同級生に囲まれていた。
「凄いですね夢那さん。今度当家のテニスコートで一緒にテニスしませんか?」
「家にテニスコートあるの!? 行く行く!」
最早ベガの家にテニスコートがあることに驚かなくなってるじゃん、夢那。
「その、夢那さん。よろしければ私にもテニスを教えてくれませんか……」
「ボクで良いなら良いよ~」
「何なら皆で一緒に私達の家でテニスしようよ! ほら、ルナちゃんやカペちゃんも来ない?」
「わ、私も良いの?」
「是非皆さんの写真を撮りたいですね、ぐへへ」
なんか女の子組でワイワイしていて微笑ましいね。一人ぐへへとか言ってる奴いるけど大丈夫かな。
「アルタさんもどうですか? バイトとかロケット作りの息抜きに丁度良いと思いますよ」
「いや、犬飼先輩と互角に戦ってた人とテニスしたくないんだけど?」
「また前みたいに『アデュー!』って言いながらレーザービーム撃ってよ」
「僕のプレーをバカにしてるの?」
良いなぁ僕も参加したい。申し出たら快諾されそうだけど遠慮しておこう。
その後、スピカやムギ、レギー先輩と一緒に売店のクレープなんかを食べたりしながら園内を散策していると良い時間になってきたため、やはり遊園地といえば観覧車も外せないだろうということで最後の締めに乗ることになったけれど──。
「なんか観覧車って遊園地デートの定番感あるのに雰囲気出ないね」
「そりゃ四人も乗ってるからだろ」
最初は僕と一緒に乗るのは誰だと三人の争いに発展しそうになっていたから、どうせなら一緒に乗ろうと僕が提案して全員で一つのゴンドラに乗ったけれども……なんだろうこの変な感じ。
ゴンドラの外を眺めると、山野や田畑の向こうに大きな白浜と小高い山が見えてきた。
「あ、月ノ宮海岸や月見山が見えますよ」
「ジェットコースターに乗った時のことを思い出すね」
「ジェットコースターみたいにゴンドラが急に外れて地面に真っ逆さま……」
「怖いこと言うなよ!?」
でもこれはこれでワイワイ出来て僕は楽しいと思う。先に観覧車に乗っていた大星と美空は頂上付近でイチャイチャしていることだろうけど、何事もなく切り抜けられそうかな──。
「ところで、結局朧って誰のことが好きなの?」
和やかな雰囲気のゴンドラの空気が一瞬にして凍りついた。なんて爆弾を落としてくれるんだ。
「まだ記憶は完全に戻っていないのですか?」
「うん」
「でも段々前の朧に戻ってきてるような感じはあるよな。事故の後は気持ち悪いぐらい他人行儀だったけど、今はムギとかの変なノリについていけてるだろ」
「私は変なノリをしているつもりはないけどね。でもレギー先輩が言う通り、まだ完全には戻ってなさそうだけど段々と朧っぽくなってきてるよ。あと足りないのは性欲かな」
「この密室でそんな話を始めるのはやめよう」
レギー先輩達がそう感じるのなら、きっと僕は以前の感覚を取り戻せてきているのかもしれない。確かに最近の僕は周囲の状況に応じてボケとかツッコミに自由に回れるようになったし、周囲にそれほど気を遣うこともなくなった。
でも、やはり何か足りないのだ。
「前に少し話したけれど、何か重要なことを、大切なことを忘れている気がするんだよね」
「その何かって何?」
「私達が知り得る限りの朧さんとの思い出は話しましたし……あ、私達が実の双子じゃないことは話しましたっけ?」
「そうなの!?」
「え、スピカとムギって双子じゃなかったのか!?」
「そういやレギー先輩も知らないんだったね」
僕と一緒にレギー先輩までゴンドラを揺らす程驚いていた。身近にベガとワキアという双子もいたから何も疑問に思っていなかったけれど、ベガとワキアは同じ銀髪なのにスピカは髪が赤色でムギは緑色だったね。
「実はスピカは私のママの隠し子で……」
「いや違います。私達の両親って再婚してて、お互いの連れ子なんですよ。たまたま同い年だったというだけで双子と名乗ってるんです」
「確かに言われたらあまり似てないけれど、双子って二卵性とかもあるから全然気にならなかったなぁ。それにしても仲良いよな二人は」
「それもこれも朧さんのおかげですね」
僕のおかげと言われても僕はピンと来てないけどね。六月に色々あったらしいけど。
「んで実際、朧は誰のことが好きなの?」
いやせっかく話が良い感じに逸れてたのに戻してきちゃったよこの人。
でもこの三人の中から選べというのは究極の選択が過ぎる。
「もしかして朧さんが忘れているという大切なことというのは、朧さんが本当に好きだった人のことでは?」
「オレ達や乙女以外にいるのか? 朧が好きになりそうな可能性のある奴……」
「そういえば前に会長さんが朧に告白されたって言ってたよ」
「そうなの!?」
「あぁ、確かに朧ってローラに告白したことあるぞ!」
「そうなんですか!?」
会長ってあのエレオノラ・シャルロワのことだよね? スピカやムギ、レギー先輩に対してはっきりした答えを出さなかった僕がわざわざ告白したということは、そんなにも好きだったということか……?
「でも昔の朧って誰に対しても告白してたからあまり信頼できないんだよな」
「それはありますね」
「そんなに信用ないんだ」
「でも、確かに朧って変にあの人のこと庇ってたんだよね。怪しいと思ってたけどやっぱりそうだったのか……」
「つまりもう一度会長に告白したら僕の記憶は戻る……?」
「多分嘲笑われるだけだと思うぞ」
やっぱり無謀かもしれない。シャルロワ会長は言わば高嶺の花のような存在だから、スピカやムギとトラブルになった時も二人は本当に会長が犯人なのか疑っていたぐらいだ。僕が庇ったらしいけれど、もしかして会長も誰かを庇っていたりするのかな。
「結局乙女も探そうとしたけれど八方塞がりって感じなんだよな。劇団の皆にも前に聞いたけど何の情報もなかったし」
「そういえば、前に朧さんが書いた日記があるとおっしゃってませんでしたか?」
「そうそれ、実はメモを見つけたことは見つけたんだけど……」
日記というか黒歴史のような禁断のバイブルから得られた情報は、ぶっちゃけあまり手がかりになっていない。一応三人にも説明して、さらにベガとワキアの助力も得られたことも伝えたけれど、もう少し時間がかかるだろう。
「そうだ。スピカちゃんとムギちゃんはわかるだろうけど、ローズダイヤモンドが咲いていた花壇、あるでしょ? あそこの後ろの茂みにブリキ缶が埋まっててね。それに乙女から僕宛ての手紙が入ってたんだよ」
「え? ど、どういうことですか?」
「あんなとこに乙女の手紙が? しかも朧宛ての?」
やはり二人も知らなかったのか。僕は手紙の内容を伝えたけれど、あの手紙にも何か重要な情報が書かれていたわけではない。強いて言えば僕が一度だけ乙女に語ったという、いじめられていた女の子を助けたという話だけど……三人に聞いても誰のことか全然わからないという。それもそうだ、そもそも僕が三人と出会う前の話なのだろうから。
「私のお母様も色々と情報を仕入れているみたいですけれど、目ぼしい情報は無いそうですね」
「ホント、夜逃げかってぐらい証拠を全部消していなくなっちゃったよね……」
少しセンチメンタルな雰囲気のまま、ゴンドラは地上へと戻ってきていた。結局僕が誰のことを一番好いているのかという話は有耶無耶に出来たけれど、僕の記憶はいつになったら完全に戻るんだろう。
その後は全員で一旦集合して、遊園地に併設されているアウトレットモールで買い物を楽しんだ後で各々帰路についた。アルタとルナ、キルケとカペラ、そして夢那はレオさんの車で、大星と美空、美月と晴、そして葉室市の劇場に用事があるレギー先輩は遊園地からバスで、そして僕はスピカとムギ、ベガとワキアと一緒に琴ヶ岡家のリムジンに乗って帰ることになった。
色々あって忘れてたけど、今日の僕は随分と贅沢な移動手段を使っていたんだなぁ。
車内で今日の思い出をワイワイ話しているとあっという間に時間は過ぎていき、先にスピカとムギを送った後、そのままベガとワキアを琴ヶ岡家まで送って最後に僕が家まで送ってもらうことになった。
リムジンを運転するじいやさんと二人きりになってしまって若干気まずい。だってこんなの広いリムジンなのに贅沢すぎるよ僕一人でこんな空間を使うだなんて。
「烏夜様」
「は、はいっ!?」
琴ヶ岡邸から僕の家へ向かっている途中、赤信号で止まった所でじいやさんに急に声をかけられて驚いてしまう。
じいやさんはバックミラーで僕の方を見ながら口を開いた。
「実は先日、お嬢様方や烏夜様から仰せつかりました朽野乙女様の捜索ですが、私共が雇った探偵が居所を掴みました」
「え、わかったんですか!?」
そういえば探偵を雇うだなんてベガは言っていたけれど、本当に雇ってたんだ。しかもあれからあまり日にちも経ってないのにもう見つけたの!?」
僕はすぐにでも乙女の居場所を知りたかったけれど、じいやさんは険しい表情で言う。
「しかし、大変僭越ながら烏夜様に忠告……いえ、警告いたします。
これ以上朽野乙女様に関わると、烏夜様方に命の危険があるでしょう。これ以上彼女に関わらない方が賢明かと私は思います」
僕の思い出の中に残り続ける大切な幼馴染、そして美空やスピカ達の大切な親友でもある乙女に関する明るい情報をようやく得られたとテンションが上がっていた矢先、僕は再びどん底に落とされることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます