アイオーン星系の生態系
園内のレストランで昼食を取った後は後輩の子達と一緒に回ろうと思い、お化け屋敷へと向かった大星と美空を見送った後でアルタやベガ達を探していると、ジェットコースターの近くでワキアとカペラを見かけた。
「やぁワキアちゃんにカペラちゃん。アルタ君達は?」
「あそこ」
ワキアが指を差した方向には、頂上を目指して登り始めるコースターが。そして先頭にはアルタとベガが座っていて、後ろにはキルケと夢那の姿もあった。
「ヤバいってヤバいって」
「あ、見てアルちゃん。月ノ宮海岸が見えるよ!」
「んなこと言ってる場合かあああああああっ!」
わかるよアルタ、その登っている時が一番怖いんだよ。隣でウフフと上品に笑っていられるベガがおかしいだけだよ。
「ゆ、夢那さん! ちゃんと隣にいますよね!?」
「ボクがいなくなってたらヤバいよ?」
「怖いので手を握ってもらえませんか!?」
「あまり力を入れないほうが楽になるって~」
夢那も結構平気そうだ。もうレバーから手を離しているし。一方でキルケはあんなにアルタをジェットコースターに誘っていたのに一人アワアワしているけれど。
流石にワキアは病弱で体調が悪くなるかもしれないし、カペラは足が不自由だから乗らなかったのか。でもカペラは怯えるアルタ達を見てニコニコと笑っているし、ワキアはパシャパシャと写真を撮っているし、二人なりに楽しんでいるのかな。
やがてコースターが頂上に辿り着き、一気に数十メートルも降下して僕達の側を悲鳴と共に通り過ぎていく。
「あああああああああああああっ!?」
「嫌だあああああああああああっ!」
アルタとキルケの叫びがすんごい聞こえてきたなぁ。
「アルちゃんは相変わらずおもしろいなぁ」
「ベガちゃんは絶叫系は平気なの?」
「平気そうに振る舞ってるだけで、帰ってきたら結構気持ち悪そうな顔してるよ」
「そ、そうなんだ……」
アルタ達の悲鳴が響く中、一眼レフカメラを首に提げたルナが僕達の方へと駆けてきた。
「あれ、朧パイセンじゃないですか。何してるんですか?」
「ルナちゃんの方こそ、コースターに乗らなかったの?」
「私は写真を撮りたかったので。あ、さっき朧パイセン達が乗ってた時の写真もありますよ」
そういえばさっきメリーゴーランドに乗ってた時もルナが外から写真を撮ってたね。僕がアルタと一緒に馬車に乗ってる写真は消してほしいけれど。
「実はね烏夜先輩。ルナちゃんは絶叫系に乗るのが怖くて、写真を撮りたいってのを口実にして乗らなかったんだよ」
「やっぱりそうなんだ」
「い、いや違いますよ!? 私にも私なりにカメラマンとしての流儀があるんですっ!」
「じゃあこの後僕と一緒に乗ってみるかい?」
「いや、それは結構です……ハッ、そう言ってワーキャー泣き喚く私を見て弄ぶつもりなんですね!?」
「別にそういうわけじゃないけれど」
確かにコースターに乗りながらワーキャー泣き喚くルナの姿は容易に想像できてしまうけれども。大星とかレギー先輩とか絶叫系が苦手な面子だけを揃えてそれを眺めるのも確かに面白そうだ。
「み、皆よくあんなのに乗れますね」
「カペちゃんって昔乗ったことある?」
「何度か、他の遊園地だけど家族で行ったことはあるよ」
「良いなぁ~私はなーんかタイミングを逃しちゃったんだよね~」
でもワキア、君はさっきコーヒーカップをすんごい勢いでムギ達と一緒に回してたよね? まぁそれも遊園地を全力で楽しみたいからなのかもしれない。
「いやー、楽しかったですね!」
「なんであんなに怖がってたキルケが一番楽しそうなの?」
「でもボクもわかるよ。確かに乗る前、というかコースターが登っている時まではハラハラ感が勝つんだけど、その後は楽しくてしょうがないんだよね~」
「次はどこに行きましょうか?」
「ちょ、ちょっと休ませてくれないか……」
なんだかんだあんなに怖がっていたキルケはすんごく楽しそうだ。アルタは一人疲弊していたけれど。
その後、僕達は小さなアトラクションが並ぶゲームコーナーへと赴いて、ルナとキルケと一緒にVRアトラクションへと向かった。なんでも仮想現実の世界でハラハラドキドキが体験できるらしい。
早速VRゴーグルを着けると、僕達三人はゴツい潜水服を着て船上に佇んでいた。周囲を見渡すと青い海が広がっていて、小さな部屋の中にいたはずなのに本当に海のど真ん中にいるようだった。
「おぉ、オレンジの作業服を着てるのが朧パイセンですか?」
「じゃあ赤色の作業服がキルケちゃんかな?」
「はい、私です!」
僕達は小さな潜水調査船の中に入って、そしてそれを船から吊り下げていって海中の生物達を間近で見ることが出来るという。
海中に降下していくと、やがて色とりどりのサンゴ礁が潜水艇の窓越しに広がってきた。フヨフヨとゆったり泳ぐ熱帯魚達や大きなウミガメが間近で泳いでいる。
「あ、ニ◯がいますよ!」
「ホントだ◯モだ!」
「いやクマノミね。あ、見て人魚だ……え、人魚!?」
「凄いですね~」
当たり前のように人魚が泳いでるけど、実はセイレーンとかじゃないよね? こっちに笑顔で手を振ってくれたから僕達も手を振り返していた。
そんなこんなでサンゴ礁を楽しんでいると、突然上の方からガコン、と嫌な音が聞こえてきた。
「な、なんですか!?」
「まずい、ロープが切れたみたいだよ」
「え、じゃあこのまま沈んでいくってことですか!?」
船からの無線を聞くにどうやらロープが切れたんじゃなくて滑車の故障らしいけれど、僕達が乗っていた潜水艇はサンゴ礁を通り過ぎてどんどん深海へ沈んでいく。
「どんどん沈んでますよ!? これ水圧に耐えられますか!?」
「キルケちゃん、あまり暴れないで!」
「ひいいいいいいいいっ!」
僕達がプチパニックに陥る中、太陽の光すら届かない暗い深海まで潜水艇は辿り着いていた。さっきまで熱帯魚が泳いでいた穏やかな海とは打って変わって、何か巨大な怪物が現れそうな不気味な海が広がっていた。
「朧パイセン、何か聞こえません?」
「え? 何も聞こえないけど……ん? これって潜水艇の音じゃないね」
「何か遠くから聞こえて……あ、何か来ましたよ!?」
すると潜水艇の窓の向こうから光が近づいてきた。もしかして助けが──そう思ったのも束の間。僕達の視界の前に現れたのは、体長数メートルはありそうな巨大で恐ろしい顔をしたチョウチンアンコウだった!
「どわああああっ!?」
「あれはネブラアンコウですよ!」
「ネブラアンコウって何!?」
「アイオーン星系の深海に生息していると言われている怪物です! その恐ろしさは私達ネブラ人のDNAに刻まれてるんですよ!」
「そうなの!?」
「勿論人も食べます!」
「勿論食べるの!?」
ネブラ人達の故郷のアイオーン星系ってこんな怪物がいるの!? ネブラスライムとかネブラミミズみたいな、ちょっと大きいけど可愛らしい感じの生き物ばかりかと思ってたのに、うかうか深海調査とか出来ないじゃん!
「朧パイセン、どさくさに紛れて私の胸を触りませんでした?」
「触ってないよ!?」
「あ、多分それ私ですね。良い触り心地でしたよ」
「なんで堪能してるの!?」
あまりにもリアルというかこの世界にのめり込み過ぎていて仮想現実ということを忘れていた。潜水艇の中は結構狭いから気をつけないと変なところを触ってしまいそうだ。
しかしそんなことを考える暇もなく、再び海のどこからかあの怪物の鳴き声が聞こえてきた。
「アンコー!」
いやアンコウはアンコーって鳴かないでしょ。
「ひぃっ、また来ましたよ! 烏夜先輩どうにかしてください!」
「どうにか出来るわけないでしょ! ネブラ人ってこれにどう対抗してたの!?」
「核魚雷ですね」
「核魚雷!?」
そういえばアイオーン星系の生物って防御力が凄いらしいから、そんなものを使うしかないのか。
「アンコー!」
ネブラアンコウは僕達が乗っている潜水艇の周りを泳いでいて、いつか食べられるんじゃないかとわかっていても僕達にはどうしようもない。この潜水艇から核魚雷なんて撃てるわけないし。
しかし遠くから、別の生物の鳴き声が聞こえてきた。
「サメェェェェ!」
すると潜水艇の目の前に現れたのは、ネブラアンコウよりも遥かに大きなサメだった。
「アンコォ!?」
「サメェ!」
「アンコー!?」
なんとサメはネブラアンコウを丸呑みにして、海の向こうへ消えていってしまった。
「ね、ネブラザメですよ!? 確か第八次ネブラ大戦の時に多くの原子力潜水艦を海の藻屑にしてきた恐ろしい生物です!」
「潜水艦を襲うの!?」
「ネブラザメは核魚雷すら効かないですね」
「え、じゃあどうやって倒すの?」
「何かを生贄にして逃げるしか……」
そしてルナとキルケは同時に僕の方を見た。
「いや、僕をこの深海に投げ捨てる気?」
「朧パイセン、以前おっしゃってたじゃないですか。僕は可愛い女の子に殺されるなら本望だねって」
「ごめん覚えてないね」
「こういう時に記憶喪失の設定を使うのはズルいですよ!」
逆にこんな巨大なサメ相手に僕が生贄になってもあまり意味がないような気もするけども。
潜水艇の中がパニックに陥る中、再び奴の鳴き声が聞こえてきた。
「サメェェェェ!」
ネブラザメはその巨大な口を開いて、僕達が乗っている潜水艇を丸呑みしようとしていた!
「わああああああああああっ!?」
最後は三人で抱き合って死を覚悟したけれど──そこで僕達が体験していた仮想現実のシミュレータは終了した。
「地球の海が平和で良かったです」
「僕はアイオーン星系のことが少し怖くなったよ」
例えアイオーン星系が発見されて行けるようになったとしても、こんな生物がうじゃうじゃいる星には行きたくないなと思った。
VRシミュレータですっかり疲れてしまった僕達がメリーゴーランドの前を通りがかった時、知り合いがそこに乗っていることに気づいた。
「ん? あれってレオさんじゃない?」
「あ、ホントだ!」
レオさんが一人、真顔で白馬にまたがってメリーゴーランドを楽しんでいた。いや楽しんでいるのかあれは?
「何してるの、お兄ちゃん……」
いや、無理矢理連れてきたのは君だろうよ。
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