コーヒーカップを回さずにはいられない



 ジェットコースターに乗った後、他のアトラクションを楽しんでいたベガとワキアに誘われて、僕はメリーゴーランドに乗ることになった。ベガとワキアに連れ回されていたアルタと、僕についてきたスピカやムギ、レギー先輩も一緒だ。大星と美空にはカップルでいちゃついてもらおう。


 「じゃあ朧は白馬に乗ってね」

 「僕が!?」

 「似合わなさそう~」

 「でもどうせなら馬車の中で二人きりってのもよくない?」

 「じゃあじゃんけんで」

 

 誰がどの馬と馬車に乗るかを決めるために、僕達は七人でじゃんけんをした。

 そして──。


 「……」

 「……」


 おそらくカップルシートというか、ちょっと雰囲気の良い馬車の中に座るのは僕とアルタ。

 やばい、何なのこの空間。


 「ぷぷ、ウケる~」


 右側の馬にまたがったワキアがずっと笑っている。白馬に銀髪の女の子ってのも中々神秘的だね。


 「死んだ魚みたいな目してるじゃん」


 僕達の左側の馬にまたがるムギ。先程のジェットコースターの影響もあり最初はテンションが低かった彼女も、僕達を見ていくらか元気になっているようだ。


 「はい、皆さん笑って~」


 外からはいつの間にかルナが一眼レフカメラを構えてパシャパシャと写真を撮りまくっていた。やめろ、この無様で悲惨な光景を保存しようとするんじゃない。


 「ねぇ烏夜先輩。これ誰も幸せにならないですよね?」

 「僕もそう思うよ。なんだか処刑場に向かってる気分だもん」

 

 馬車に乗った僕達を囲むようにスピカやベガ達は乗っていたけれど、まぁ彼女達はメルヘン気分を味わえたんじゃないかな。絶対誰も意図していなかったことが起きていたけれど。


 「もう一回乗る?」

 「もう一回この組み合わせになったらどうするんだよ」

 「僕は絶対嫌です。何が嫌で烏夜先輩と同じ空間で二人きりにならないといけないんですか」

 「ひどくない?」


 僕もどうせなら誰か女の子と一緒に乗りたかったと正直に思う。でもこれはこれでベガ達は楽しそうにしているし良かったと思うことにしよう。僕だってもう一回アルタと一緒になって気まずい時間を過ごすのはこりごりだよ。


 

 その後、近くの売店で飲み物を買って小休憩をしていると、ワキアがどこからかカペラを連れてきて、近くにあったコーヒーカップに乗ることになった。


 「さぁカペちゃんこっちこっち」

 「ちょっと乗り過ぎじゃない?」

 「こういうのは大人数で乗るもんだよ、ほら朧は潰しちゃっていいから」

 「いや良くないよ!」

 「流石に五人だとちょっと苦しいですね」


 他にも空いているコーヒーカップはあるのに、僕はスピカとムギとワキアとカペラの五人で一つのコーヒーカップに座った。

 そして係員さんの掛け声と同時にゆっくりコーヒーカップが回りだす。コーヒーカップというアトラクションは、カップの中央部にあるまるでテーブルのようなハンドルを回せば回すほど回転が早くなるけれど、そのハンドルを掴んだのはムギだった。

 おい、やめろ。


 「皆、準備は良い?」

 「待つんだムギちゃん。君はさっきジェットコースターでひぃひぃ言ってただろう!?」

 「それとこれとは話が別なんだよ」

 「別なの!?」

 「やっちゃえムギ先輩! ほらカペちゃんもしっかり掴んで」

 「わ、私も回すの!?」


 僕の忠告は届くことなく、ムギとワキアと、二人のノリに巻き込まれたカペラが三人でハンドルを回し始める。するとみるみるうちにコーヒーカップの回転が早まっていく!


 「ぬお、ふおおおおおおおおっ!?」

 「ひゃああああああああっ!?」

 「いけいけええええええ!」

 

 遠心力で体が吹き飛んでいってしまいそうな勢いでカップは回り続ける。


 「む、ムギ! もういい! もういいから!」

 「音を上げるのはまだ早いよ! ほらほらああああああ!」


 その後、時間を迎えるまでムギ達はひたすらにコーヒーカップを回し続けていた。もう目というか頭がグルグル回っている感覚に陥ってしまったけれど、これもコーヒーカップの正しい楽しみ方なのかな。

 僕達はコーヒーカップから降りようとしたけれど、皆足元がおぼつかない。足が不自由なカペラの体をスピカとムギが支えて、無事皆帰還した。


 「あれ、あそこにいるのはじいやさんじゃない?」

 

 カペラが指差した方向──新たなお客さん達を乗せたコーヒーカップの一つに、なんとじいやさんが執事服姿で優雅に座っていた。すんごくミスマッチだし何をしているんだあの人は。


 「あ~じいやも遊園地を楽しみたいお年頃なんだよ」

 「お年頃関係ある?」

 「あ、コーヒーカップに乗りながらコーヒーを嗜んでるよあの人」


 じいやさんは何故かコーヒカップに乗りながら手に持ったコーヒーカップで優雅にコーヒーを嗜んでいた。


 「ふぉっふぉっふぉっふぉっ!」


 しかもじいやさんもハンドルを回してすごい回転してるし。普通に楽しんでるじゃん。


 

 そしてスピカとムギに連れられ、そして嫌な予感を感じたのか群衆に紛れて身を隠そうとしていたレギー先輩を無理矢理捕まえて、僕達はお化け屋敷へと向かった。


 「まだオープンしたばかりですけど、中々怖いと評判らしいですよ。もう日本トップクラスだとか」

 「そ、それってトップクラスに怖いってことなのか? それでトップクラスって意味のあることなのか? 絶対オレを置いてくんじゃないぞ?」

 

 ちょっと置いていきたい邪悪な気持ちも湧いてきたけれど、それは本当に可哀想だからやめておこう。さっきジェットコースターに乗ったときも思ったけどレギー先輩ってこういうの苦手なんだ、意外。


 「先頭の人が懐中電灯持つんだって。やっぱりここで先陣を切るのは朧の役目かな?」

 「僕を生贄にしたいだけでしょ?」

 「ここはあえてレギュラス先輩に先頭を歩いてもらいませんか?」

 「あえてそうする意味あるか!?」

 「やめといた方が良いよ。多分私達を置いてどこかに行っちゃうから」

 「確かに」


 僕が先頭を行き、僕の後ろをレギー先輩、ムギ、殿がスピカという順で進んでいくことになった。


 このお化け屋敷『最恐学園』は、肝試しで深夜の学校に入り込んだ入場者達が不可思議な現象に遭遇しながらも脱出を目指すという筋書きがあって、アトラクションも多少ミニチュアサイズになっているけれど学校の校舎と体育館みたいな構造になっている。

 僕達は黒い幕で覆われた入口から不気味な校舎の中へと足を踏み入れた。廊下も机だとか謎の御札が大量に貼られたベニヤ板で通れなくなっていて、教室の中を入るしかないという構造だ。


 「おわっ」

 「ぬわああああああああああっ!?」

 「レギー先輩、なんか小物が動いただけだよ。ビビり過ぎ」

 「そう言うムギだってビクンッて震えてたでしょ」


 道中には不気味な人形が並んでいたりだとか、ビリビリに破られた写真とか飾ってあっていかにもホラーっぽい演出が施されている。


 「ひゃあっ」

 「うわっ、なんかケチャップが飛び散ってる」

 「いやこれどう見ても血でしょ」

 

 順路らしい廊下や教室の中を進んでいくけれど、所々に血痕だとか斧や鈍器など凶器らしきものが見えるから、この場所でただならぬ事態が起きたのは間違いないと感じる。


 「おい、なんかゾンビでも出るんじゃないか?」

 「ま、まさかそんなわけ……」

 

 スピカが気を紛らわそうと笑いながらカーテンが締め切られた教室の前を通りがかった時、突然バァンッと教室の中から血だらけの人間が窓ガラスを勢いよく叩いた!

 

 「どわああああああっ!?」

 「うひゃっ、ど、どうも!」

 「何で挨拶してるの」

 「だ、大丈夫だよ。ただの演出だから」

 「そ、そうだよな。これも全部演出だ」


 レギー先輩は自分にそう言い聞かせるように呟いた。さっきから僕の腕の腕にすごい力でしがみついているんだけど、体が密着していてこっちは気が気じゃないんだよ。

 そんな僕の落ち着きの無さを感じ取ったのか、ムギがもう一方の腕に抱きついてきた。


 「きゃーこわーい」

 

 いや棒読みじゃん。ムギもさっきからちょいちょい驚いてはいるけれど意外と平気そうだ。あとドサクサに紛れて体を密着させるのやめろ。


 「じゃ、じゃあ私は後ろから!」


 すると負けじとスピカが僕の後ろから抱きついてきた。


 「いや、進めないから離れて」


 僕は何故かお化け屋敷で良い香りが漂う空間に囲まれていたけれど、流石に動けないのでスピカとムギには離れてもらった。

 廊下を進んでいくと、やがて体育館の入口が見えてきた。しかしその手前の教室は理科室──学校の怪談で定番である、動く人体模型が出てくるはずだ。

 

 「ぜ、絶対出てくるよな! ガイコツとか人体模型とか!」

 「またバーンッて窓ガラス叩くんじゃないですか?」

 「むしろ追いかけてきたりして──」


 なんてムギが言った瞬間、僕達の後ろから不自然な物音がした。びっくりして振り向くと──黒いコートを羽織った謎の男が廊下に佇んでいた。

 謎の男がガバッとコートの全部を開くと、なんと全裸──いや、人体模型の格好をしているから全裸っぽく見えているだけで、なんなら内臓まで見えている!?


 「ろ、露出狂だー!?」

 

 いやこれ露出狂って言って良いの?


 「ここから出すものかああああああああああっ!」

 「ひいいいいいいいいいいっ!?」


 しかも何か叫びながら追いかけてきたら、僕達はパニックになって体育館の入口の扉を勢いよく開けて、そのまま慌てて閉じた。


 「ふぅ、まさか変態が現れるなんて……って、何ここ」


 広い体育館の床にはまるで魔法陣を描くように火のついたロウソクが立っていて、天井からは人一人が入っていそうなサイズの麻袋がロープで無数に吊り下げられていて、そして呪文のような念仏のような謎の文言を唱える白装束の謎の集団が僕達を待ち構えていた。


 「な、なんか絶対に怪しい集団だよこれ!?」

 「絶対ヤバい儀式してるって!」


 そしてその中心に立っていたリーダっぽい人物が叫ぶ。


 「来たぞ! 生贄を捕まえろ!」

 「えぇ!?」

 「まずい、頼んだぞ朧!」

 「裏切るのが早過ぎないですか!?」


 なんだかよくわからないけれどこの白装束の人達はこの謎の魔法陣に僕達を生贄として捧げて何かの儀式を完成させようとしているに違いない!

 僕達は慌てて逃げ出そうとするも、白装束の怪しい集団が叫びながら僕達を追いかけてくる。


 「この世界の新たなる主を創造するのだ!」

 「冥界より偉大なる王を召喚するのだ!」

 「二次元から可愛い女の子を召喚したい!」

 

 なんか一人違う目的の奴いるっぽくない?


 「逃げろおおおおおおおおおおおっ!」


 僕達は白装束の集団に追いかけられて体育館の出口へ一目散に走り、そしてようやくお化け屋敷の外へ出ることに成功した。

 なんか霊的な強さよりも単純に気味が悪かった。


 「ぜぇ、ぜぇ……よ、ようやく終わったのか……?」

 「お、思ったより余裕でしたね」

 「結構悲鳴あげてたでしょ、スピカ」

 「そ、そうかなぁ?」

 「えいっ」

 「ひゃあああああああっ!?」

 「やーいビビリ~」


 ちょっかいを出すムギにスピカがプンスカと怒り始めて二人は追いかけっこを始めてしまった。ジェットコースターでひぃひぃ言ってたムギがホラーが得意な方であること、そして逆にスピカはホラーが苦手というのが意外だった。


 「オレ、ちょっと休むわ。というかそろそろ昼飯食べようぜ」

 「……えいっ」

 「どわーい!? 何すんだコノヤロー!」

 「いやいや冗談ですって」


 午前中だけで結構な体力を使ってしまった気がするけれど、僕達は近くにある園内のレストランで昼食を取ることにした。


 

 

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