叫ばずにはいられない
八月七日、今日は大星達と隣町の葉室市に新しく出来た遊園地へ遊びに行く日だ。
「お待たせいたしました、烏夜様」
朝、ベガから連絡が来て外に出ると、僕が住んでいるマンションの外でリムジンが停車していた。リムジンって生まれて初めて見たけど、もうこれぐらいじゃ驚かなくなってきちゃったよね。今日はじいやが直々に運転しているようだ。
恐る恐るリムジンに乗り込むと、中にはベガとワキア、そして二人のご近所さんであるスピカとムギと、僕のご近所さんであるレギー先輩が既に乗っていた。
「よ、よぉ朧、おはよう」
「おはようございます、レギー先輩。何緊張してるんですか?」
「そ、そりゃこんな車に乗せられたら緊張もするだろ、普通!」
確かに僕も初めて琴ヶ岡邸の車に乗せられた時はこんな感じだったかも。多分それが普通なんだよ。普通に馴染んでる感じのスピカとムギがおかしいだけだよ。
「レギー先輩ったらまだまだウブだね。こういう時でも落ち着いていられるのが紳士淑女ってやつなんだよ。ね、スピカ」
「いや、ムギだって乗る時に『これって右足が先みたいなルールある?』って意味のわからないこと言ってたでしょ」
「そ、それは別の何かと勘違いしただけだから!」
それ、部屋を出入りする時の上座とか下座がどうだとかのマナーの話でしょ。平気そうな顔はしてるけどやっぱりベガとワキアがあまりにもおかしいだけだよね、これ。
「まーまームギ先輩、眠気覚ましのコーヒーでもいかがですか~」
「ぐっ、この小娘にコーヒーでマウントを取られるなんて……! でもコーヒーは欲しいから飲む……!」
「ムギちゃんは一体何と戦ってるの?」
「あ、オレもコーヒー飲みたい」
「はいどうぞ~」
リムジンという異世界みたいな空間の中だけど、先輩後輩関係なくまるで女子会のような雰囲気で僕達は和やかな雰囲気でガールズトークを……あれ? 僕は男のはずなんだけどまぁいいか。
車が走ること数十分、葉室市郊外の遊園地『
「見てください皆さん、凄いですよこのオブジェ! まるで太陽系みたいです!」
「いや太陽系だねこれ」
「ルナちゃんったらテンション上がり過ぎ~」
「私だけ浮かれてるみたいになってる!?」
ルナは一眼レフカメラを首に下げて、遊園地のゲートの前にある巨大な太陽系のオブジェをパシャパシャと写真に収めていた。
「きょ、今日はよろしくお願いします、先輩方!」
「あ、初めましてだねカペラちゃん。私、二年の犬飼美空~美空って呼んでいいからね! で、こっちは許嫁の犬飼大星ね」
「許嫁でもないし勝手に婿入りさせるな」
「い、許嫁……!? この世に本当に存在するなんて思いませんでした!」
「ほら純粋な後輩が騙されてるだろ!?」
なんか美空と大星というバカップルを見てカペラが何か閃いたかもしれない。もう親公認みたいなところあるからね、このバカップル。
「今日は人が多いですね。初めまして、貴方は誰の彼女さんなんですか?」
「あ、私ですか!? わ、私は誰の彼女ってわけじゃありませんよ!」
「私の方が後輩なので敬語じゃなくて大丈夫ですよ。私はあそこの困惑しているお兄さんの義妹になる予定の犬飼美月です」
「あ、どうも。私は白鳥アルダナって言います。月学に入学したら是非新聞部へどうぞ!」
「それでこの子は私の義理の姉妹になる予定の帚木晴ちゃんです」
「そんなこと考えたことなかったけど、そういうことで」
「成程……これは面白い記事がかけそうですね……」
ルナの新聞部への勧誘、サラッとスルーされてない?
「アルちゃん、今日こそはジェットコースターに乗ろうね!」
「あんなのわざわざ乗って何が楽しいの? 意味がわからないね」
「アルタ君って絶叫系苦手なのん?」
「何かと屁理屈を言って乗ろうとしないんです」
「じゃあ乗せるしかありませんね! さぁ行きましょうアルタさん! 乗る前こそ怖いですけど乗った後はどうでも良くなりますよ!」
「おい待つんだ、夢那! キルケ! 僕を地獄に連れて行こうとするんじゃない!
今日集まった面子は、僕と大星に美空、スピカ、ムギ、レギー先輩のいつメンに加えて、大星と美空の妹である美月に晴、後輩組のアルタとベガにワキア、ルナ、夢那、キルケ、カペラの合計十五人。結構な大所帯だなぁ。
それにじいやさんと、もう一人……。
「良いよなぁ、若いって……俺も久々にメリーゴーランドにでも乗ってるか……」
前回海水浴に行った時と同様に、貴重なオフに運転手として連れてこられたレオさんも加えた十七人で、今日は遊園地を楽しみまくるぞ!
ベガ達後輩組はそれぞれで散っていってしまい、僕や大星達はまずジェットコースターに乗ることにした。この遊園地の目玉だというジェットコースター……高さが最大七十メートルぐらいあるって書いてあるんだけど、こんなのに最初に乗って大丈夫かなぁ?
「大星の隣は美空ちゃんかな」
「じゃあ朧っちの隣は?」
「ここは年長者のオレだな」
「何言ってるのレギー先輩。ここに先輩後輩なんて関係ないよ。というわけで私」
「ムギに権利があるなら私にもあるはずです」
行列に並んでる途中で不毛な争いを始めるのはやめてほしい。朧ハーレムとかいう謎サークルのメンバーである三人が立候補してくるのは簡単に予想できたけれども。
結局三人でじゃんけんをして、僕の隣にはレギー先輩が座ることになった。
「楽しみだね晴ちゃん……晴ちゃん?」
「アババババババババ」
僕達の後ろに並んでる晴は心配になるぐらいガタガタ震えてるけど、大星と美空、僕とレギー先輩、スピカとムギ、美月と晴という組み合わせでバランスは一応取れているのかな。
「大星と美空ちゃんはやっぱり一番前だね」
「お前は俺を殺す気か?」
「大丈夫だって。腕ぐらいは拾ってあげるから」
「体がバラバラになるようなところへ連れて行くつもりか?」
やがて僕達の順番がやって来て、前から順に乗り込んだ。美空はかなり平気そうだけど、大星はもう死を覚悟してる。
「はぁ、はぁ……やべぇ、帰りたい」
「ちゃんとレバーを掴んでてくださいね、レギー先輩」
「掴まらなかったら死ぬ、掴まらなかったら死ぬ……!」
大丈夫かこの人。確かに絶叫系って自分の体がコースターから飛んでいったらどうしようみたいな恐怖感もあるけれど。まだこの遊園地じゃ事故は起きてないみたいだし。いやオープンしたばっかりだけど。
そしてとうとうコースターが動き出す。遥か遠くに見える頂上へと向かって、コースターが不気味なモーター音と共に長い坂を登り始めた。
「な、長くないか!?」
「思ったより長いぞこれ!?」
「ぎ、ギブ……」
「いやもう乗ってるから」
大星達だけじゃなくて後ろの乗客達も既にザワザワしているけれど、チラッと下を見ると地上がもう大分遠くなっていた。
段々と頂上が見えてきて、そしてコースターは頂上に辿り着いた。
「レギー先輩。向こうに月ノ宮海岸が見えますよ」
「あぁ、オレはもう死にに行くんだな……朧、オレの代わりに次の舞台を頼む……」
「あ、下りに入りますよ!」
「ひ、ひぃっ!?」
コースターが動き出し、下り坂に差し掛かると──一気に数十メートルも下降する!」
「おわああああああああああああっ!?」
「ふおおおおおおおおおおおおおっ!」
恐怖だろうが歓喜だろうが関係なく、絶叫系アトラクションに乗ったら人は叫ばずにはいられない!
「え、また登るのか!? なんで登るんだよ!」
「あ、また下りますよ!」
「のわああああああああああああああああっ!?」
レギー先輩がコースターに対して怒る暇もなくコースターは再び数十メートルも下り、大ループで真っ逆さまになったりと、レギー先輩のリアクションも含めて僕は堪能していた。
「あ、大星! あっちにクレープ屋さんが見えるよ! 後で行こ!」
「んなもん見えるわけねーだろおおおおおお!」
「ひ、ひいいいいいいいいいいっ!」
「アハハハ!」
前からは美空の愉快な声と大星の悲鳴が聞こえ、後ろからはムギの悲壮な叫びとスピカの笑い声が聞こえてきた。スピカがこんなに笑ってるの初めて聞いたよ。
ようやくコースターがスタート地点に戻り、僕達は解放された。
「いやー、すんごい楽しかった!」
乗る前はすんごく体を震わせていた晴がとびきりの笑顔を見せる。乗る前はあんな体が震えるほど怖がってたのに、乗った途端にテンションがハイになるタイプだったか。
「あぁ……寿命が縮んだぜ。でも中々の爽快感だったな」
「レギー先輩もなんだかんだ楽しんでましたね」
「やっぱりこういうのって乗る前が一番怖いだろ」
レギー先輩も今は笑顔を見せているけれど、それどころではない人物が一人。
「ぜぇ、ぜぇ……もう嫌だ……私はスピカが泣き喚くところを見たかっただけなのに……」
ただひたすらに悲鳴を上げ続けていたムギ。もう顔は青白いし今にも吐きそうな雰囲気だ。
「ムギちゃんはとことん苦手なんだね。どこかで休むと良いよ。スピカちゃんは平気?」
「はい。泣き叫ぶムギを見られてとても楽しかったです」
な、なんかスピカの感想からスピカのムギに対するとんでもない邪悪な感情が垣間見えた気がするけど気のせいかな?
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