この私、ロザリア・シャルロワの登場よ!
八月六日。今日も僕はノザクロでのシフトが入っていたけれど、僕は今ノザクロにいない。
「あ、このモンブランも美味しいですよ!」
「むむ……」
ここは駅前に居を構える月ノ宮随一のケーキ店、サザンクロス。僕は今、その店内でキルケと同じテーブルでケーキを食べているところだ。
「ん~こんなに美味しいティラミス、たまらないですね!」
「そ、そう」
いやキルケ。君が幸せそうなのは全然構わないけれど、僕達はこのお店に潜入調査していることを忘れないでね?
事の始まりは、この夏にサザンクロスがケーキバイキングを始めたことにマスターが危機感を覚えたことだ。僕も噂程度に聞いていたけれどかなり盛況のようで、ノザクロのお客さんを奪われるんじゃないかとマスターは恐れているらしい。
『そこでトゥデイはボローボーイとキルケーにスペシャルミッションを与えるよ!』
そこでマスターは僕とキルケをサザンクロスのケーキバイキングに潜入させて、その美味しさと人気の秘密を探ってこいとの任務を与えた。今日は雨も降っているしノザクロの方はマスター達で十分に回る。
ノザクロの店員であることがバレないように帽子とサングラスを与えられて変装し、僕とキルケはサザンクロスでケーキバイキングを楽しんでいた。いや、変装している意味はあまりないと思うけどね。
「お客さん多いね。今日は久々に雨が強いのに」
いつもは多くの海水浴客が訪れる月ノ宮海岸にはサーファーぐらいしかいなかったけれど、サザンクロスは生憎の雨だというのにそれなりの客入りだ。ケーキの名店として有名なサザンクロスのケーキバイキングとなれば、やはりそれだけ注目度はあるだろう。
「あ、烏夜先輩。このシュークリームも美味しいですよ!」
「ホントだ。クリームとカスタードのバランスがいいね。生地もふわふわだ」
「烏夜先輩って意外と真面目なコメントをするんですね」
「意外とって言われるのがちょっと癪だけど、僕達一応調査のために来てるんだからね?」
僕はキルケにそう念を押したけど、キルケはただただ幸せそうにパクパクとケーキを食べ続けている。ただケーキを食べに来ただけとはいえ、ちゃんと今日の分の給料もあるからとマスターは言っていたし、僕は真面目に研究しているつもりなんだけどなぁ。
「あ、店員さん! 少しよろしいですか!」
オレンジジュースを飲んだ後、キルケが突然サザンクロスの店員の少女を呼び止めた。金髪のツインテールを桃色のリボンで留めた可愛らしい店員は笑顔で僕達の方を振り向く。
「はい、なんでしょう?」
「このシュークリームの中のカスタードクリームはどんな配分になってるんですか?」
その瞬間、笑っていた店員の顔が一瞬だけ引きつくのが見えた。
いや、そんなド直球に聞くことある?
「すみません、それは企業秘密なんですよ~」
「あ、ごめんなさい。とても美味しかったもので、ついつい聞いてしまいました!」
キルケは笑っていたけれど、店員は少しだけキルケを警戒しているようだった。その後もキルケは店員に声をかけては使っているフルーツの種類だとかスポンジを焼く時間だとかレシピの秘密を色々聞き出そうとしていたけれど、全部企業秘密だとしてあしらわれてしまう。
確かにサザクロのケーキバイキングの人気の秘密を探りに来たわけだけど、そういうのってお店の人に直接聞いたらダメでしょうが。
「にしても烏夜先輩。どうしてこんなに美味しいんでしょうね? 何か秘密の食材でも入れてたりするのでしょうか?」
「まぁ色んな配分の調整へのこだわりとか隠し味もあるかもしれないけど、僕達が知らないようなものは入ってないと思うよ」
「ちょっと厨房に潜入してみますか?」
「それは流石にやめときな」
僕が初めてキルケと出会った時は、確か僕のことを尾行していたけれど明らかにバレバレだったよね。多分探偵とかスパイみたいな仕事は向いてないよこの子。その純粋さというか真っ直ぐなところが彼女の良いところなのかもしれないけれど。
しかしこのサザンクロスの人気を探れと言っても、一体僕達はマスター達にどんな情報を持って帰れば良いのだろう? ケーキの味に何か秘密があったとしても、正直僕の舌じゃどんな材料がどのくらい入っているだとか隠し味とか一切わからないし、お店の雰囲気を見た所で何か変わったところがあるわけでも……。
「こんにちは~」
と、にこやかにサザクロに入店してきた銀髪ショートの女の子が一人。
「んん!?」
「あれ?」
僕とキルケは彼女と目が合った。僕とキルケはサングラスをかけ帽子を深く被って変装しているけれど、向こうはすぐに僕達のことに気づいたようで──。
「あれー烏夜先輩とキルケちゃんじゃん! こんなところでもしかしてデートしてるの~?」
現れたのは琴ヶ岡ワキア。いつもベガと一緒にいるワキアが一人でお出かけしているのは珍しく感じる。
そんなワキアは僕達がサザクロに特別な任務で潜入していることなんてつゆ知らず。
「いや、違うんだワキアちゃん。これはたまたまなんだよ」
「ていうか今日は二人共ノザクロのシフトじゃないの? あ、そんな変装してるってことはもしかしてスパイでもしてるとか!?」
「うぐっ」
もう全部バレちゃったじゃん。確かにここは人気店だから知り合いと鉢合わせる可能性は十分にあったのに、僕達はその可能性を全く考えていなかった。一応グラサンと帽子で変装してるつもりだったんだけど意味がなかった。
そしてキルケがしつこく声をかけていた、金髪ツインテールの女店員が僕達の方へやって来る。
「……へぇ、貴方達ノザクロの店員なんだ。さっきからウチのレシピをしつこく聞いてくるって思ったら、そういうわけだったのね」
可愛らしい雰囲気だったはずの店員は笑顔だったけども、何だかその背後に仰々しい鬼の姿が見えたような気がした。
「あ、いや違うんですよ。何か悪いことをしに来たわけじゃなくてですね」
「どうしてここが人気なのか探れって言われたので、レシピに秘密があると思ったんです!」
「んでレシピを盗んでパクろうと思ったわけね」
「違うんですよ。メニューをパクろうとしたわけじゃなくてですね」
ちょっとキルケ、黙っててくれないか。君隠し事向いてないし絶対アルタとか夢那とか他の面子と来るべきだったってこれ。
「成程ね。ねぇそこの二人、ちょっとお話があるから裏まで来てくれる?」
「ひぇっ」
「グッバイ烏夜先輩」
「いや僕を生贄にしようとしないでよ」
「冗談よ。何か盗めるものがあるなら勝手に盗んでいきなさい」
あれ、意外と寛容だこの人。てっきり僕は裏の事務室とかに呼びされて口封じとか何かされるのかと思ってた。
「ただ、覚えていきなさい。このケーキバイキング、そしてこのサザンクロスの新メニューを考案しているのは私、ロザリア・シャルロワだってことをね!」
「シャルロワ……え? シャルロワ会長と何か関係が?」
シャルロワ、という姓を聞いて僕達が真っ先に思い浮かべるのは月学の生徒会長でありシャルロワ財閥の後継者と有望視されているエレオノラ・シャルロワだ。僕も一度会ったことがあるけれど、髪色も違うし全然似ていない。
キルケが不思議そうにロザリアの容姿を観察していると、彼女は不機嫌そうな面持ちで口を開いた。
「た、確かに私はアイツの影にかくれてるかもしれないけど、シャルロワ家を継ぐのはこの私に決まってるんだから! そのために私はこのサザンクロスを世界一のケーキ屋にしてみせるのよ!」
ケーキ屋がその野望のスタート地点になることあるのかな。
「えっと、会長のお姉さんか妹さんですか?」
「同い年なのに私が妹ってことになってるけれど、私からしてみればアイツはライバルなのよ。何かと比べられて私は負けてばかりだけど、いつかアイツが悔しがる顔を見てみたいわ!」
あの人って妹とかいたんだ。よく見れば見るほど似つかないという感じだ。
するといつの間にか僕達の隣の席に座っていたワキアがニヤニヤしながら口を開いた。
「あ、私ローラお姉さんから聞いたことあるよ~『私の妹は小型犬みたいにキャンキャン吠えているだけの小心者』って」
「アイツそんなこと言ってたの!?」
「ローラお姉さんって?」
「会長さんのことだよ~私、結構付き合い長いから」
「こ、琴ヶ岡の子女だからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「私が言ったわけじゃないのにな~」
すごい、ロザリア先輩の方が年上のはずなのにワキアが手玉に取ってる。ワキアと会長が知り合いっていうのも驚きだけど、ロザリア先輩もワキアが琴ヶ岡家の人間だってことはわかっているのか。あんな大豪邸に住んでいるのだから、やっぱりシャルロワ財閥と何か関係があったのかな。そういえばあまりベガとワキアのご両親について聞いたことがない。
「ノザクロのマスターに伝えなさい。私達に勝負を挑もうたって無駄ってことをね。いずれ私がこのサザンクロスを全国チェーンにしてみせるんだから」
「だそうですよ烏夜先輩。どうします?」
「あのマスターなら『オーマイガー!』って感じで軽く流しそうだけどね」
「ていうか烏夜先輩とキルケちゃんは何か良い情報掴めたの?」
「ケーキ美味しかったなぁってことぐらい」
「ジュースも美味しかったですね」
「もうちょっと何かあったでしょ!?」
僕とキルケはただサザンクロスのケーキバイキングを楽しんだだけだったけど、一旦ノザクロに戻って念の為マスターに成果を報告しに戻った。
その途中、雨の月ノ宮駅前の交差点で僕とキルケは魔女と出会った。
「あ、師匠ー!」
交差点の隅に佇んでいた黒いローブを羽織った緑色の髪の魔女、ではなく凄腕占い師のテミスさんの元へキルケは嬉々とした様子で駆け寄った。何だか雨の中だと余計に雰囲気が出てるなぁ。
「あら、奇遇ね二人共。デートの帰り?」
「実はマスターからミッションを与えられて、サザンクロスに潜入していたところだったんです!」
「そういえば最近、ケーキバイキングなるものを始めたらしいわね。私も暇があってみれば行ってみようかしら」
すると、ふと僕と目を合わせたテミスさんの表情が急に強張った。キルケに対して明るい笑顔で振る舞っていたのにと僕が不思議に思っていると、先にテミスさんが口を開いた。
「ねぇルケーちゃん。ボロー君、最近何かあった?」
「へ? 特に何もなかったと思いますよ?」
そういえばキルケってテミスさんに命じられて僕の身の回りで何か起きてないか尾行しようとしてたね。ちゃんと僕のこと観察してる?
「そう……ボロー君。最近何か疲れとか感じてない? 体調に異変は? どんな些細なことでも良いわ」
「いや、別に何もないですよ。何かありました?」
夏休みだというのに意外と忙しいというのはあるけれど、別にバイトや遊びすぎて疲れるということもないし、記憶が完全に戻っていないということ以外はすこぶる快調だと思う。
しかしテミスさんは不安そうな面持ちで言う。
「ボロー君。何か不安なことがあるなら、些細なことでもいいから私の所に来なさい。あ、仕事場じゃあれだから家の方が良いかしら。そっちの方が暇かもしれないし」
「し、師匠。一体何があったんですか? もしかして烏夜先輩に悪霊が取り憑いていたり!?」
「いえ、まだ漠然って感じなんだけど、悪いことが起きそうな予感がするのよね。まだ予感ってだけだから外れる可能性は十分にあるけれど、気を付けてねボロー君」
「は、はぁ……」
テミスさんにそんなことを言われると物凄く怖いし、それによりによって明日は大星達と遊園地に行く予定なんだよね。もしかしてそこで何か起きたりするのかなぁ。
テミスさんの忠告を胸に入れて、僕はキルケと一緒にノザクロへと戻った。マスターにロザリア先輩のことも含めてサザクロについて色々と説明すると、マスターはすぐに新メニューの試作に取り掛かっていた。
僕もその試作を手伝ったけど、それよりもテミスさんが言っていた嫌な予感というのが頭にひっかかっていた。
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