犬飼美空は何歳になったの?



 八月五日。

 なんと今日は犬飼美空の誕生日である。しかし彼女が何歳になったのかは誰も知ることが出来ない。

 僕も美空の誕生日パーティに呼ばれ、パーティが始まる夕方頃に美空と大星が住んでいる海岸通り沿いのペンション『それい湯』へと向かった。


 『それい湯』は洋館風の建物と言っても似た建築様式のアストレア邸と違い、真っ白な壁に青い屋根を持つ、青い海を想起させる爽やかな色合いの建物だ。

 

 「こんにちはー」


 ペンションの入口から入ると、青いショートボブに黄色いバンダナを巻き黄色いエプロンを身に着けた可愛らしい女性が受付で電卓を打っているところだった。僕に気づくと心が洗われるような笑顔をはじかせて口を開いた。


 「久しぶり、朧君っ。葉室の総合病院で会ったっきりかな?」

 「そうですね。わざわざお見舞い、ありがとうございました」


 美空の姉、ではなく実の母親である美雪さん。僕が入院していた時に忙しい仕事の合間を縫ってわざわざお見舞いに来てくれたけど、美雪さんといいテミスさんといい、本当にこの人達に娘がいるのかと疑いたくなる若々しさを持っている。


 「最近望ちゃんは元気にしてる? また部屋を散らかしたりしてない?」

 「あぁ……最近研究所での仕事が忙しいみたいで、めっきり家に帰ってきてないんですよ。散らかってるのは変わらずです」

 「ご飯とか大丈夫? 大変だったらいつでも食べに来てくれていいからね?」

 「お気遣いありがとうございます。今はそんなに大変じゃないので大丈夫ですよ」


 なんだか身の回りの人達が親切でとても幸せだ。僕は琴ヶ岡邸にも自由に出入りできてご飯を食べることも出来るけど、料理が美味しいと評判のここでご飯を食べるのもそれまた贅沢だ。


 「今日は『それい湯』もお休みだからねっ。もう無礼講で大騒ぎできるよ!」


 娘の誕生日パーティのためとはいえ、この繁忙期にペンションを閉めるだなんて大胆なことをする人達だ。まぁ美空が美雪さん達に愛されているのはよく分かる。

 すると受付の奥の方にある厨房から物音が聞こえてきて、暖簾をくぐって黄色いエプロンを着けた大柄で毛むくじゃらな男が姿を現した。


 「おう、望ちゃんとこのせがれじゃないか!」

 「あ、ど、どうも」


 なんとなくこの人のインパクトは記憶喪失になっても僕の記憶のどこかにあったけれど、いざ目の前にするとその体格と雰囲気に圧倒されてしまう。

 彼はズカズカと僕の方へ歩いてくると、僕の背中をバシバシと叩きながら言った。


 「女の子を事故から守るだなんて、見直したぞぉ! いや、朧君が生きてて本当に良かった良かった!」


 そう言って美空の父親、霧人さんはガハハと豪快に笑っていた。雰囲気は少し違うけれど、なんだかノザクロのマスターと似た雰囲気だね。気が合いそうな二人だ。


 

 『それい湯』の敷地の隣にも似たデザインの洋館が二棟建っていて、手前側が霧人さんと美雪さんが住んでいる家、そして奥の方に建っているのが大星と美空と美月と晴が住んでいる家だ。事情が事情とはいえ、大星も中々すごい環境で生活している。

 パーティ会場である大星と美空達の家の玄関を開くと、家の中には色鮮やかなパーティの飾りが施されていて、そしてリビングでは縄で椅子にくくりつけられている美空の姿があった。


 「あ、朧っちやっほー!」

 「や、やっほー……あの、それはどういう状況? こんな時に緊縛プレイ?」

 「それも兼ねてるんだけどね、今日は私が主役だから動くなって言われてるんだー」


 だからって椅子にくくりつけなくても。でも本人は楽しそうだし……いや、誕生日パーティの主役がこんな状況ってどういうこと。


 「それより、ちょっと早いけど誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼントのサザンクロスのお菓子の詰め合わせだよ」

 「あ、私の好きなやつじゃん! よく私の好み覚えてたねー」

 「ま、まぁね」


 実はこの前チラッと呼んだあの禁断のバイブル、僕の知り合いのプロフィールが詳しく書かれているんだよね。だから美空の好きな食べ物とか全部わかったんだ。本当はサザンクロスのケーキを贈りたかったけれど、ケーキはまた別で用意するだろうからお菓子にしておいた。人様の恋人にアクセサリーなんかを贈るのも忍びないし。


 「それより大星達はどこ? 美月ちゃんや晴ちゃんもいないけれど」

 「皆、私を置いてご飯を作ってるんだー。大星は見てるだけだろうけど~」

 「そ、そうなんだ……とりあえずその縄、ほどいてあげようか?」

 「ううん、なんか落ち着くからこれでいいよ~」


 なんかちょっと変な性癖目覚めちゃってるじゃん。嫌だよ友人のカップルが緊縛プレイしてる事実なんて知りたくなかったよ。



 椅子に縛り付けられている美空と話していると、スピカとムギがやって来た。


 「誕生日おめでとうございます、美空さん」

 「おめでとー。美空は何歳になったの?」

 「えっとね……あれ? 私、何歳になったんだろ?」

 「どうして覚えてないんですか!?」

 「ま、これも大人の事情ってやつだね」

 「ど、どゆこと?」


 ムギは一体何の話をしているんだろう。大体美空は僕達の同級生なんだから余程の事情が無い限りは同い年のはずだからわかるでしょ。


 「美空さん、私からのプレゼントです」

 「こ、これは……お花? じゃない、お菓子だ!?」


 スピカが美空にプレゼントしたのは、エリカという花を模したクッキーだ。確かエリカという花自体はそんなに大きくないけれど、サイズを少し大きくして精巧に花の形が作られているクッキーだった。


 「これは八月五日の誕生花、エリカを模して作ったクッキーです。本来のサイズだとかなり小さくなってしまうので、少し大きめに作りました」

 「すごー! これ飾ってちゃダメかな?」

 「で、出来れば早めに食べてくださいね?」


 食べるのが勿体ないという美空の感想に僕も同意してしまう。それぐらいスピカが作ったお花のクッキーは素晴らしい出来栄えだった。


 「私からはこれね。美空の絵」

 「あ、ホントだ。私が描かれてる……って、可愛く描きすぎじゃない?」


 ムギが美空にプレゼントしたのは、ヒマワリに囲まれて控えめな笑顔を見せる美空の似顔絵だった。色付けもちゃんとされていて、夏生まれらしい明るい色合いだ。可愛く描きすぎだなんて美空は謙遜しているけれど、確かにいつもの天真爛漫で能天気な美空と少し違い、どこか儚げな雰囲気も感じさせる美空が描かれていた。それでも普段の美空以上に、その絵からは美空自身が持つ明るい性格や雰囲気が感じられるように思えた。


 「どんな風に描こうかちょっと迷ったんだけどね。少しいつもと違う方が、より美空の良さを出せると思ったよ」

 「いや、ちょっと貰うの恐れ多いんだけど」

 「別にそんな恐れることないよ。持ち運びが大変だからちょっと小さめだけど、我ながら良い出来になったね」


 先月はムギが描いた絵を巡って色々なトラブルが起きたらしいけれど、それを乗り越えてムギが再び絵を描くことの楽しさを感じてくれていてとても嬉しかった。



 そして今度はレギー先輩がやって来た。


 「よぉ、美空。お前ももう……あれ? 何歳になったんだ?」

 「それは触れない約束ね」

 「そうなのか? まぁいいや、誕生日おめでとう。これ、オレからのプレゼントだ」


 レギー先輩が美空にプレゼントしたのは映画のBDだ。タイトルは『超極道兄弟~運命のドラ~』。完全にVシネっぽいパッケージなんだけど、意外過ぎるチョイス。


 「これどんな映画なの?」

 「この『超極道兄弟スーパーヤクザブラザーズ』はシリーズ化もされている人気作品でな……」

 「スーパーヤクザブラザーズって読むんだこれ」

 「確か元々漫画でな。一目惚れした学校一の美少女ととひょんなことから付き合うことになった主人公は、ある日その彼女の家を抗争から守るために代打ちとして麻雀をすることになるんだ……」

 「麻雀ものなんだ、これ」


 なんか前にベガが似たような漫画の話をしていたけれど、この『超極道兄弟』っていうふざけた名前の漫画の話だったの?


 「次回作の『超極道兄弟つぅ~』とか『超極道兄弟すりぃ~』もすごい面白いから、全シリーズ見てくれ。外伝の『激情のフリテンリーチ』も傑作だぞ」

 「色んな映画見てるレギー先輩がおすすめする作品だと、かなりハードル上がっちゃうけど大丈夫?」

 「あぁ、もう役満を上がった衝撃でヒロインの服が破ける瞬間は半端なく凄いぜ!」


 役満を上がった衝撃で服が破けるってどういうこと? レギー先輩にそこまで熱く語られると僕まで気になってきた。今度ア◯プラとかで見てみよ。



 「ちなみに、どうして美空は椅子に縛り付けられてるんだ?」

 「あ、それってツッコんで良かったんですね」

 「そういうプレイじゃないの?」


 あ、やっぱり皆疑問に思ってたんだそれ。


 「確か『超極道兄弟せぶ~ん』に似たようなシーンがあったな」

 「あるの!? ていうかそんなに続いてるの!?」

 「あぁ。麻雀を打ちたくてしょうがないヒロインを椅子に縛り付けて、彼女の目の前で四卓をするっていう焦らしプレイがな……」


 美空が椅子に縛り付けられている事情については三人に説明したけれど、結果として大星と美空による緊縛プレイということで落ち着いた。当たり前のように特殊なプレイをしていることにされちゃってるけど、これで良かったのかね大星。


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