朽野乙女捜索隊
皆で海水浴を楽しんだ後、僕はスピカとムギ、レギー先輩と一緒に駅の方に向かって歩いていた。
「なんだか段々と以前の朧さんが戻ってきたように思えます。記憶の方はどうですか?」
「昔のことは思い出せてるんだけど、何故か最近の、六月ぐらいからの記憶があやふやなんだよね。ぼんやりと思い出せることはあるんだけど」
どういうわけか、乙女が転校した六月一日を境に、それ以降の記憶は殆ど取り戻せていない。スピカやムギの話を聞いているとそんなこともあったかもしれない、と一部は思い出せているけれど芳しくないのだ。
「そういえば、朧ってレギー先輩との馴れ初めは覚えてるの?」
「な、馴れ初めって言い方はやめろよ!」
「中学の時に出会った時のことはなんとなく覚えてるよ。なんだったっけ……『必ず僕が貴方の人生という物語のヒーローとなります!』って口説きましたよね?」
「いや、『必ずや僕が貴方の人生という舞台の王子様となりましょう!』だったぞ。いつものことだ」
なおのこと恥ずかしいこと言ってるじゃん、昔の僕。
「でも今、まさに朧さんはレギュラス先輩の王子様になっているということですね」
「いや、こいつに王子様って呼称は似合わないだろ」
「実際、何がきっかけでレギー先輩は朧のことを好きになったの? そこが明かされないと、朧ハーレムの一員として認められないね」
「そうなのか!?」
ムギ達がしきりに言う朧ハーレムという謎の組織って入会要件とかあるんだ。僕は公認しているつもりはないけど、そういえばどうしてレギー先輩は僕のことが好きなのだろう?
「私も朧さんとレギュラス先輩の馴れ初め、気になります。元々先輩と後輩という私達とは異なる関係性なので、どう恋心が芽生えていったのか……」
「わ、わかった。オレも二人と朧の馴れ初めが気になるから、それも教えてくれよな」
レギー先輩は僕との馴れ初め、もとい先月に起きた数々の出来事について話してくれた。それはもう赤裸々に。
八年前のビッグバン両親と弟を失い、弟を見殺しにしてしまったと後悔しながらも彼の夢のために女優を志していたレギー先輩。晴れてレギー先輩が主演を張ることになった舞台自体は成功したものの、八年前に弟も一緒に亡くなった少女の母親と再会し、彼女から責められレギー先輩はひどく衰弱してしまう。
しかし偶然その場に居合わせた僕がレギー先輩を庇い、レギー先輩が監督と脚本を務める舞台に向けて背中を押した、と。
前に通っていた中学で爆発事故が起きた時に取り残された生徒を救うため僕とレギー先輩の二人で探しに行ったという話も驚きだけど、何よりも……僕の家にレギー先輩を泊めたという事実が驚きだ。
しかもレギー先輩は僕のベッドに入ってきて一緒に寝たと言う。もう何から何まで赤裸々に語りすぎて僕も恥ずかしいし、その話を聞かされていたスピカは何とか笑顔を取り繕いながらも戸惑っていたし、ムギに至っては明らかに不機嫌そうな表情に変わっていた。
「まさかレギー先輩が既成事実を作り上げようとしていた卑しい女だとは思わなかったよ」
「朧さんはレギュラス先輩を慰めるために、ベッドで一夜を共にしたってことですね」
「いや違うからな!? 本当に一緒に寝たってだけなんだ!」
「寝たってやっぱりそういう意味で……」
「だぁもう日本語ってややこしいな!」
スピカとムギはうがった見方をしているけれど、その一夜の間に何もなかったと僕は信じたい。一体僕はどんな鋼のメンタルでレギー先輩と一緒のベッドで寝たんだろう。以前の僕の素行を聞いていると、逆に何もなかったってという話が信じられない。
レギー先輩の話を聞き終わった後、スピカとムギも赤裸々に僕との思い出話を話していた。前に琴ヶ岡邸で同じ話を聞いたけれど、何度聞いてもやっぱり恥ずかしいし……未だに自分が関わっていた出来事だというのが実感できずにいた。
「朧も罪な男だね。一月足らずで三人の女を毒牙にかけるだなんて」
「いや、僕はそういうつもりじゃ……わかんないから否定できないけど」
「ごめんオレも否定できないわ」
「私も否定出来ないですね」
いや誰かは否定してよ。
「でも、前と比べると今の朧はまだ綺麗過ぎるってぐらいなんだよね。記憶喪失ってのを利用してキャラ変でもしようとしてるの?」
「それが、未だに自分自身のことがよくわからないんだ。皆から僕について色んな話を聞くけれど、やっぱり他人事に聞こえることが多いんだよね。綺麗な女性を見かけてもナンパしようとも思わないし」
「やはり頭を打ったことで性格が変わってしまったとか?」
「それが有力なのかなぁ」
誰かを綺麗だとか可愛いだとか、自分の好みに関しては変わっていないと思うけれど、じゃあそんな人を見かけたら声をかけに言ってみよう!とはならない。今の僕にそんな勇気はない。ハーレムが作れるなら嬉しいけれど、それが僕の夢ですとは公言しないと思う。
「でも今の純粋な朧も良いもんだろ?」
「確かに、違った一面が垣間見えて面白いですね」
「ははーん。今の真っ白な状態の綺麗な朧を自分色に染めてやりたいってわけだね、二人は」
「「違う!」」
僕目線だと一番そう思っていそうなのはムギだと思うけどね。
スピカもムギもレギー先輩も僕のことが好きで、朧ハーレムとかいう僕は非公認の謎のサークルを作り上げているけれど、お互いに仲間として協力し合うというよりは、今の僕が記憶喪失だからいずれ僕がちゃんとした答えを出すまで待つための措置だという。つまり僕はちゃんと元に戻ったら誰かを選ばないといけない? 誰か一人を選べる自信はないんだけど。
やがて月ノ宮駅前の広場に辿り着いた時、僕はスピカとムギに別れを告げようとしたけれど、突然スピカが僕の手を握ってきて口を開いた。
「無理はしないでくださいね、朧さん。確かに今の朧さんは以前の貴方とは別人みたいに思えますけど、でも乙女さんがいなくなってから……朧さんは変わったと私は感じていました。
朧さん自身も乙女さんを失ったショックはあったはずなのに私達のことを気にかけてくださっていたから、レギュラス先輩も含めて私達のことを助けてくれたんだと思います」
傍らで見ていたムギがニヤニヤしていたからかスピカは慌てて僕の手を離したけれど、僕は思う。なんで以前の僕はこんな人達を相手に理性を保つことが出来たのだろう?
「なんだか照れくさいね」
「確かに、朧と乙女って名コンビだったのに相方を失った朧はクラスでスベりまくってたからね」
「悲しい思い出を思い出させようとしないで」
以前の僕に本当にそんな考えがあったのかは今となってはわからない。どうしても自分自身の行動に下心があったんじゃないかと勘繰ってしまう。
「乙女……あいつ、何してるんだろうな。確か都心の方の学校に通ってるんだろ? なら夏休みの間ぐらい月ノ宮に戻ってきても良いはずなのにな。全然連絡もつかないし」
「やっぱり何か大変なことに巻き込まれてるのかな? 八年前の、あのビッグバン事故絡みで」
確かに、この夏休みを利用して月ノ宮を訪れている夢那だっているし、長期間滞在しなくても都心の方からなら日帰りで十分来ることが出来る範囲だ。それでも戻って来る気配がない、そもそも連絡がつかないということは、もう僕達との関係を全て断ち切ろうとしているのか、連絡したくても出来ない状況にあるのか……。
そんなことを考えていると、ムギが手をポンと叩いて口を開いた。
「朧の記憶が六月を境におかしくなってるなら、今の朧と乙女を会わせたら何か起きるんじゃない?
だから、私達で乙女を探そうよ。月ノ宮に戻ってこいってのはワガママだけどさ、せめて顔を合わせてほしいよ」
月ノ宮に戻ってこいというのは確かに僕達のワガママに過ぎない。でもやっぱりスピカ達も親友の乙女と再会したいに違いない。一切連絡がないというのも寂しすぎる。
「でも、探すっつってもどうやって探すんだ? 街中とかネットで声をかけるにもいかないし、唯一手がかりを知ってそうな朧が記憶喪失になってるんだぞ」
「朧さんが日記を書いているという話も聞いたことないですし……」
「書いてたとしたらそれはそれでちょっと気持ち悪いけどね」
「今、僕が貶される必要あった?」
そういえば、乙女が月ノ宮を去る時に別れを告げたのは僕だけだったのだ。そんな僕が記憶喪失になってしまったから手がかりはないし、日記なんて……。
「いや、日記あるかも」
「え? 朧って日記書いてたの?」
「ううん、日記とはちょっと違うんだけど心当たりがある」
僕が退院して初めて自分の部屋に戻った時に見つけた、謎のノート。なんかもう黒歴史の塊みたいで読むのが恥ずかしかったからあれ以来目を通していないけれど、あれには六月一日の出来事が記されてあった。
「じゃあ今から朧の家に行って作戦会議するか?」
「いや、ちょっと一人で考える時間をください。日記もどこにやったのか忘れてしまったので」
「私達も探すのをお手伝いしましょうか?」
「いやいや、もう時間も遅いし良いよ。何か手がかりが見つかったら連絡するね」
あの禁断のバイブルを皆に見せるわけにはいかない。以前の僕がどんな考えであんなものを書き留めていたのかわからないけれど、あれを見せたら朧ハーレムは解散してしまうだろう。
僕はどうにかスピカ達と別れて、家に戻って自分の黒歴史と戦いながら禁断のバイブルを読み解くことにした。
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