煩悩はハサミで切れる



 昼食の食べ過ぎでまともに動けなくなった一行は、パラソルの下で休んでいた。しかし美空は唯一人、そのエネルギーを発散するために大星を連れ出して沖合へと旅立ってしまった。

 そんなバカップルは放って僕がパラソルの下で休んでいると、スピカが恐る恐るという様子で僕に声をかけてきた。


 「あの、朧さん」

 「どうかした?」

 「その……日焼け止めクリームを、塗ってくれませんか?」


 ……。

 ……んん!?

 日焼け止めクリームを塗れと!? つまりそれは、その……スピカの体に触れるということか!?


 「待って。抜け駆けは許さない」


 しかしそんなスピカの背後から彼女の肩を掴むムギの姿が現れる。


 「スピカも卑しい女だね。とうとう体を使うようになるだなんて。日焼け止めクリームなら私が塗ってあげるから」

 「体を使うとか、そういうわけじゃなくて!」

 「じゃあどういうことなの? 朧に自分の体をいやらしく触ってほしいなら素直にそう言えばいいのに」

 「ち、違うからー!」


 ぼ、僕がスピカの素肌に触れて……あぁダメだダメだ。もう頭がそのことでいっぱいになってしまった。きっとこれは、昨日テミスさんに貰った謎の薬の副作用に違いない! あれって殆ど精力剤みたいなものだったし。

 いや、テミスさんって僕をスピカとムギの婿にしようとしていたし、まさかそれを狙って!?


 「……ごめん二人共。僕、ちょっと埋まってくる」

 「え、どゆこと」


 僕はスピカとムギの元を去って、砂浜で砂のお城を作っていた晴と美月の元へ向かった。


 「あれ、朧さんじゃないですか。一緒にお城作りますか?」

 「げっ……」

 

 美月の方は僕を歓迎してくれたけれど、晴ちゃんは露骨に嫌そうな顔をしていたから、以前の僕は晴ちゃんに余程何かいけないことをしたに違いない。確かに以前の僕は晴に対して色んなことを言っていたような気がするけれど、なんだか罪悪感が凄い。


 「ごめん二人共。急なお願いなんだけど、僕を砂浜に埋めてくれない?」

 「へ?」

 「夏の暑さにやられて頭がおかしくなったの?」 

 「これは僕の煩悩を消すためなんだ。遠慮はいらないよ、さぁ!」


 砂浜に埋めてくれってお願いも中々変だと思うけど、二人は僕のお願いを聞き入れていそいそと僕を砂浜に埋め始めた。仰向けで顔だけ出ているけど、首から下が完全に砂に埋まった。


 「なんだか朧さんのこの姿、毎年のように見ますね」

 「去年は首から下が垂直に埋まってたけどね」

 「どういう埋まり方してたの?」

 「確か……ちょっと悪い人の連れの方をナンパしたら揉め事になって、首から下が埋まったまま夜まで放置されてたって聞きましたよ。鼻ぐらいまで海水に浸かってたそうです」

 「確か探しに行ったお兄ちゃん達に救出されてたね」

 「首から上だけが日焼けしていて面白かったですね」


 それもう少しで死んでたじゃん。以前の僕はナンパが趣味ってぐらい女好きだったらしいけど、そんな目に遭っているのによくナンパを続けられるよねホント。


 「何よりも本人がそれを笑い話として話してたのが怖かったけどね」


 そうため息をつきつつ、晴は僕の胸の上に二つの山を作り始めていた。


 「あの、晴ちゃん? 僕におっぱいが付いてるんだけど?」

 「いつも私の体を卑猥な目で見ている罰。美月みたいなでっかいのが好きなんでしょ」

 「晴ちゃんみたいな慎ましさも美しいと思うよ?」

 「そういうの良いから、美月。私は知っているの、この人の中にとんでもない魔獣が棲み着いていることは」

 「いや、僕は外見なんかで区別をつけたりはしな……ぐぼぼぼぼっ! 口に! 口に砂を入れないで!」


 とはいえ首から下を砂に埋められた僕は何も抵抗出来ないため、僕の胸には美月よりもおっきな双丘が出来上がっていた。ちょっと恥ずかしいんだけど。


 

 「朧。お前は何をしているんだよ、こんなところで……」


 パラソルの下で休んでいたレギー先輩と、日焼け止めクリームの塗り合いっこが終わったスピカとムギが僕の元へとやって来た。なんか僕が皆を見上げる形になっているんだけど、画角的にちょっと不健全かもしれないねこれ。


 「ちょっと自分の煩悩を戒めるために心頭滅却してるんです」

 「どうせなら朧のアソコにバベルの塔でも作ってみる?」

 「良いですね」

 「いや良いですねじゃないんだよ」


 するとスピカとムギ、レギー先輩の三人は何のメタファーかわからないけれど僕の下腹部あたりに塔の建設を始めた。僕、胸にこんな立派なおっぱいを持っているのにそれがついてたらおかしいでしょうよ。

 そして大分塔の建設も進んできた頃、沖合でイチャイチャしていた美空と大星も戻ってきた。


 「何してんの、皆……」


 体に大量のワカメを巻き付けた美空と大星が戻ってきた。沖合で何があったの?

 

 「いやお前達こそどうしたんだよ、その体!?」

 「あぁこれね、沖合の方でネブラワカメに襲われてきたから獲ってきたんだ」

 「勝てるんだ、それ……」


 この前ベガ達が苦戦させられたあのネブラワカメと戦ってたんだ。宇宙生物って結構強いイメージあったけれど、やっぱ美空ってフィジカルヤバいのかな。

 すると美空や大星の体に巻き付いていたネブラワカメを熱心に観察しながらムギが口を開く。


 「ワカメってそういう隠語もあるし、これをこの塔に巻けば良いメタファーになるんじゃない?」

 「確かに!」

 「いや確かにじゃないんだよ!」


 すると今度は塔にネブラワカメが巻かれ始めた。一体どんな芸術作品を作り上げようとしているんだこの人達は。せっかく僕が自分の煩悩を戒めようとしているところなのに……そんなことを考えていると、突然砂浜の向こうから悲鳴が聞こえてきた。


 「ね、ネブラガニだぞー!?」


 ね、ネブラガニ? ネブラワカメみたいなアイオーン星系に生息していた宇宙生物か。また女性を襲っているのかと思いきや、悲鳴を上げているのは主に男性だった。


 「逃げろー! ネブラガニにチ◯コをハサミで切られるぞー!」


 何その怖い生き物!? 去勢してくるってこと!?


 「あ、大星逃げないとやばいよ! 女の子になっちゃう!」

 「お兄ちゃんがお姉ちゃんに!?」

 「ちょっと待って僕はどうなるの!?」

 「グッバイ朧。女の子になっても私が面倒を見てあげるから」

 「諦めるの早いでしょ!?」


 すると砂浜の向こうから砂煙を上げながら大きなカニが走ってくるのが見えた。いや、なんか鉄パイプが簡単にねじ切られてしまいそうな立派なハサミを持ったカニがこっちに来てるんだけど!?


 「カニー!」


 いやカニは普通カニって鳴かないでしょ。


 「こ、ここは通させません!」


 勇気を振り絞ってスピカが僕を庇うようにカニの前に立ちはだかる。


 「カニィ!」

 「キャー!?」

 「す、スピカー!?」


 するとネブラガニはスピカの水着を器用にハサミでちょん切って、スピカは慌てて自分の水着を押さえていた。


 「ネブラカニって確かたくさん身が詰まってて美味しかったはず! 捕まえるよ!」

 「美空、おまえ正気か!?」

 「カニー!」

 「キャー! 私の水着がー!?」

 「そんな器用に切られるのかよ!?」

 「カニー!」

 「オレもかよー!?」


 女性陣の水着がどんどんネブラカニによってちょん切られていく。


 「だ、大丈夫だよ皆。僕、覚悟は出来てるから」

 「わかった。じゃあね朧」

 「いやだからってあっさりし過ぎでしょー!?」


 そしてとうとう砂浜に埋められている僕の元へネブラガニがやって来た。


 「カニィ……」


 ネブラガニは僕の下腹部に建てられた砂の塔と、それに巻かれたネブラワカメを吟味するように見つめていた。


 「あ、あの、ネブラガニ……?」

 「カニ?」

 「ほ、本当に切るつもりなの?」

 「カニ!」


 するとネブラガニの目が笑って、その大きなハサミで砂の塔を一気に握り潰した!


 「お、朧ー!?」

 「カニ!」


 僕の下腹部に建てられた巨塔は、さながらバベルの塔のようにいともたやすく崩壊してしまった。一方でネブラガニは満足したのか大人しくなり、ライフセーバーに連れて行かれていた。

 その後、僕は皆の手によって救出されて砂から脱出する。


 「ありがとう皆。おかげで煩悩を取り除けたような気がするよ」

 「本当に切り落とされたわけじゃないよな?」


 

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