海だー!(二度目)
八月三日。今日も僕は月ノ宮海岸に来ている。やはり行楽シーズンだからか県外からも訪れたたくさんの海水浴客に溢れていて、場所取りにも苦労する。
「大星。この前ね、僕は一年の子達と海水浴をしていたんだけど、なんだか女の子が多くてね」
「あぁ」
「やっぱり胸って大きさじゃないよなって思ったよね」
「……わかるぜ」
数日前にベガ達と海水浴をしたばかりだけど、今度は大星達と海水浴に来ている。まさかこんな短いスパンで海に来ることになるとは思わなかったけれど、スピカ達の水着姿を見られるなら何度でも来たい!
「お前、何だか朧らしくなってきたな」
「あ、やっぱりこんな感じだったの?」
「口を開けば女のことしか語らなかったからな。だから純朴だとか綺麗過ぎるとか言われてばっかなんだよ」
大星は意外と下世話な話も付き合ってくれる良い奴だ。この前初めて知ったけれど、美空と同棲しているからか大星の秘蔵のコレクションが僕の家にあったからね。しかもそれ家主の望さんにバレてたからね。だからそんなに興味もなかったのに他人の性癖を知る羽目になったよ。
「大星、朧っちー!」
美空の元気な声が聞こえてきたから声がした方を振り替えようとしたら──どこからか放たれたビーチバレーボールが目前に迫っていた。
「どわーい!?」
「お、朧ー!?」
まるで砲弾のような威力で直撃したボールにより、僕は砂浜の上に思いっきり飛ばされてしまう。熱々の砂浜の上で仰向けに倒れると、ギラギラと照り付く太陽と、太陽に負けないほどの眩しい笑みを浮かべる美空の姿が視界に入った。太陽はヒマワリを彷彿とさせるオレンジ色のビキニの破壊力、中々のヤバさだ。
「ごめーん朧っちー。ちゃんとキャッチしてよ~」
「砲弾をキャッチしろと?」
「よく肉片にならなかったな」
普通のバレーボールよりそんなに威力は出ないはずなのにビーチバレーボールでこんな威力を出せてしまうのだから、硬式の野球ボールを美空に持たせたら一体どうなってしまうんだ。
「あ、朧が親友の彼女を寝取ろうとしてる」
向こうから浮き輪を抱えてやって来た、グリーンの水着を着たムギ。その上から透明感のある白いストールをスカートのように腰に巻いていた。
「つまりそれは、美空さんが私達から朧さんを寝取ったということになるのでは……」
ムギの隣を歩くスピカは、ムギと同じデザインの赤い水着を着ていた。色は違うけれどお揃いの水着のようだ。
「誰一人として幸せにならねぇな……」
大人っぽい黒い水着の上に白シャツを羽織ったレギー先輩が呆れ顔で言う。スピカ達三人は僕の正式な彼女のはずじゃないけどね。
「凄く話がややこしくなってるじゃん。私としてはね、ワンチャン朧っちが大星を寝取るんじゃないかってヒヤヒヤしてるよ」
「やはりおぼ✕だいか……」
「だい✕おぼかもしれませんよ」
「大星も朧ハーレムの一員になるってことなのか……」
「絶対にありえないからな!?」
身内でNTRを談義するなんて恐ろしくてしょうがないけれど、それはそれとしてなんだかスピカとムギとレギー先輩の三人が僕に対する好意を隠さなくなってきてる。もうフルオープンじゃん。
やっぱり僕が記憶喪失になったから空っぽになった僕の記憶に洗脳しようとしてるのかな。
「皆様、お待たせしました~」
と、砂浜を駆けてきたのは美空の妹の美月と、大星の妹の晴だ。僕は黄色の水着を着た美月のプロポーションに思わず目を奪われそうになったけれど、慌てて目を逸らした。すると丁度僕の視線の先に、学校指定のスクール水着を着た晴が立っていて、彼女は顔をひきつらせながら口を開いた。
「……何? 何かあるなら言ってよ」
「いや、ごめん。なんでもないけど」
「なんでもないの?」
「うん」
「そう……」
何か怒られる雰囲気かなと僕は思っていたけれど、晴は特に何も言ってくることなくモジモジとしていた。僕がまだ入院していた時に大星達と一緒に美月と晴に会っているけれど、晴はその時からこんな感じだった。
するとそんな晴を見かねた大星が彼女の頭をポンポンと叩きながら言う。
「こいつな、朧が前みたいに変なことを言わなくなっちまったから、お前とどう接すれば良いのかわからなくなってるんだ」
「ちょっ、言わないでよお兄ちゃん!」
「やっぱり何か言ってたんだね、僕」
「だって晴ちゃんに『変態お兄さん』とか呼ばれてたもんねー」
「別に今までそれが普通だったならこれからもその呼び名っで良いよ?」
「うぐっ。でも今の朧兄さん、本人か怪しいぐらい純朴で綺麗だし……でもそれはそれでまた別ベクトルの変態に見えて怖い」
何をしても僕は変態って思われるのかな。もうそれは今までの行いが悪かったからしょうがない。
やっぱり僕は、以前の『烏夜朧』像を求められているんだなぁ……。
「海だー!」
「ふぉおおおおおおおおおおっ!」
準備運動を終えるとすぐに海にハイテンションで突っ走る美空とレギー先輩。僕達も二人の後を追ったけど、美空はもう沖の方へ凄い勢いで泳いでいってしまった。そういえば運動神経抜群だったねあの人。
「大星。君の彼女だろ、追いかけてあげなよ」
「あの人間かもわからない怪物を追いかけろと?」
自分のガールフレンドのことを何だと思っているんだい。
すると沖の方で美空が大星の名前を呼びながら手をブンブンと振っていた。仕方ない、と大星は決心して美空の元へ泳いでいった。二人はカップルなんだし二人で楽しんでもらおう。妹同士で仲の良い美月と晴も二人で浅瀬で遊んでいる。
さて、問題はこっちなわけで……。
「朧ー。浮き輪が沖に流されないように引っ張っといてー」
「はいはい」
腰まで海に浸かるぐらいのところで、ムギは浮き輪の上に寝そべっていた。どうやら泳ぐ気はないらしい。海自体は嫌いじゃないけど、そもそもムギは運動自体があまり好きじゃないのだ。
「朧、こっそりムギを海に引きずり下ろそうぜ」
「良いですねそれ」
「いや聞こえてるよ」
僕とレギー先輩のコソコソ話も筒抜けだ。レギー先輩もスピカも泳ぎは得意な方で、ムギが寝ている浮き輪の周囲に陣取っていた。
「どうせだったらいかだみてぇなでっかいのをレンタルするか? 全員は寝られないだろうけど」
「じゃあ三人でじゃんけんして、誰が朧と寝るか決めよ」
「お、朧さんと寝る……!?」
なんかこの三人といるの怖いんだけど。この前ベガ達と海に行った時もそうだったけれど、女性比率が高すぎて結構圧倒されてるんだよ。しかもこの三人、僕へのラブコールが激しいし。
「たまにありますよね。浮き輪の上で寝ていたらいつの間にか沖の方へ流されていて、気づいたら無人島に漂着していて、二人は暖を取るために肌を寄せ合って……」
「それ良いね。朧に薬を盛ろう」
「怖い単語が聞こえてきたんだけど」
「残念だが、この近くには全然無人島がないんだよな」
いや残念そうな顔をしないでくださいよレギー先輩。もし沖合に無人島があったら策を練る気だったんですか?
海の中で涼んだ後は浅瀬でビーチバレーを……という名の美空による虐殺劇だったけど、お昼時になり浜辺に集合して昼食を取ることにした。
「今日は気合い入れて作ったよ!」
「私もですっ」
美空とスピカの手作り弁当。美空はおにぎりに唐揚げに卵焼きにハンバーグにフライドポテトにetc……対してスピカは様々な具材を挟んだサンドイッチ。この前はベガとワキアがわざわざコックを呼んでバーベーキューをしたけれど、こういうのもやっぱり良いよね。あれは普通じゃない。
「やっぱりお兄ちゃんっておにぎり作るの下手だよね」
「あ、これが大星の?」
「小惑星みたいな形をしていますね」
「いや、星型をイメージしたんだが……」
「まぁ、星ではあるよな」
小惑星ってのはまだオブラートに包んだ言い方で、ぶっちゃけ凸凹した隕石みたいな見た目だけど、ちゃんと塩味が効いていて海苔が巻かれていたらおにぎりとして申し分ない。
「うめー。最近まともに飯を食ってなかったから助かるよ」
「レギュラス先輩、大丈夫ですか? そんなに舞台の方が忙しいんですか?」
「それもあるんだけど、ちょっと金欠でな」
「じゃあ折角ですしノザクロでバイトしません? まかないも出ますし」
「いやお前、オレにあのメイド服を着ろってのか!?」
ノザクロの制服はいわゆるメイド服だ。実際に今はキルケと夢那がそれを着て働いているけれど、本人達は好きでやっているらしい。そもそもそれしか知らないまま面接しに来ているのだけれど。
「いや、あれはノザクロの制服じゃないんですよ。普通のスラックスにエプロンっですよ?」
「あ、でも駅前のサザンクロスのバイトも良いって聞いたよ。お土産でケーキを分けてもらえるって聞いたし」
「ケーキか……それも良いな」
「いやレギー先輩。実はメイド服に憧れてるんじゃないの? 朧に見せてあげたら良いじゃん」
「い、いや、別に朧に見せたいからとか言ってないだろ!?」
「僕は見たいですよ、レギー先輩のメイド服姿」
「ば、バカなこと言うんじゃない!」
ゴツン、と僕の頭にチョップが食らわされた。なんだかこの感じが懐かしい。段々と昔の日常を取り戻せてる気がする。
昔の日常には、この場にもう一人いたはずなんだけど……。
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