エロケット発射
──昔々ある所に、満月が大好きなお姫様がいました。満月の夜になるとこっそりお城を抜け出して、近くの浜辺から満月を眺めていました。
──ある日、お姫様が満月を見るために浜辺へと向かうと、この星では見かけない服装の麗しい青年が立っていました。彼も月を見るのが大好きで、やがて二人は意気投合し毎日のように浜辺で密会するようになりました。
──そして迎えた次の満月の夜。いつか遠くに見える月まで行ってみたいという夢をお姫様は語りました。すると青年は言います。すぐそこに見えているよ、と海面に映る揺れ動く満月を指差しました。
──お姫様は青年と手を繋いで、海面に映る月へと足を進めました。やがて月へと辿り着いた二人の姿は、今も月の表面に映っている……。
──このお話さ、ネブラ人の寓話らしいんだけど、最初に聞いたときはちょっと悲しいラブストーリーなのかなぁって思ってたんだ。でもね、実際は若い女の子を海に近づけると悪い男に連れ去られるよって戒めみたいな話なんだって。なんだかロマンの一欠片もないよね。
──しかもアイオーン星系って星によっては月が五、六個あるって言われてるし、そんなんだとあまり風情がないよね……え? お酒に酔って水面に映る月を掴もうとしたら溺れて死んじゃった人もいるの? ドジな人もいるなぁ……。
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「朧パイセン?」
「うわぁっ!?」
名前を呼ばれて僕はハッとする。気づくとパラソルの下に座る僕の側で、水着姿のルナがカメラを片手に座っていた。
「どうかしました? もしかして熱中症ですか? お水いります?」
「あぁいや、なんだか懐かしい思い出が蘇ったような気がしてね」
「あ、じゃあ声をかけない方が良い感じでした?」
「ううん、大した思い出じゃないから大丈夫だよ」
今日、僕は後輩達と一緒に海水浴に来ている。アルタが何かやりたいことがあると言っていたから、パラソルの下でそれを待っていたところだ。
……にしても。
ルナが着ているのは黒のワンピースの水着。昨日のデーt……いや、ルナの取材に付き合った時に、一緒に行ったお店で僕がなんとなく選んだものだ。
「やっぱり良いね、黒の水着。ルナちゃんによく似合うよ」
僕が素直な感想を述べると、みるみる内にルナの表情は青ざめていき、両腕で精一杯水着を隠しながらルナは口を開いた。
「な、なんだか朧パイセンにそんなことを言われると悪寒が……ちょっと生理的に無理です」
「いい加減僕も泣いちゃうよ?」
「せっかく取材に付き合ってくれたお礼に皆の水着姿を写した写真をお譲りしようと思っていたのに……」
すごい魅力的な提案じゃん。いやいや、人の水着姿の写真をジロジロ見るのはあまり良くないと思うよ。いかがわしい目的で使われそうだし。
僕の心が少し傷ついたところで、パラソルの下で座っていた僕の腕にゴツン、と何かが当たった。
「ぐごー」
どうやらシートの上で寝ているワキアの腕が当たったようだ。うん、今日もとっても良い
ベガによると、今日のことが楽しみ過ぎて昨日の夜全然眠れなかったらしい。遠足前日の小学生か。
「ぐへへ、良い寝顔してますねわぁちゃん」
そう言いながらルナはパシャパシャとワキアの寝顔を写真に収めていた。ぐへへとか言ってますよこの人。
「にしてもわぁちゃんの水着、なんだかこう……そそりますね」
ワキアはライムグリーンの上にシースルーのワンピースを着て、その上に白いジャケットを羽織っている。ビキニの水着がシースルーに透けて下に見えている状態だ。
同級生を相手にそそりますねとか言ってるけど、この人大丈夫?
「そそるって何? カメラマンとしての
「いえ、なんでしょう……ちょっとイタズラしてみたくなりません?」
ルナ、君に僕を生理的に無理とか言う資格はないと思うよ。せめて僕がいる前ではやめろ。
「ぐがー」
そんな中、ワキアは幸せそうな表情で呑気にいびきをかいて眠っていた。
寝ているワキアのお守りはルナに任せて、僕は波打ち際で水遊びをしているベガ達の元へと向かった。
「あ、次の波が来ますよカペラさん!」
「ひょ、ひょわあああっ!?」
「フフフ、冷たいですね」
波打ち際でキルケ、カペラ、ベガの三人が波打ち際でキャッキャとはしゃいでいた。なにこの微笑ましい光景。
カペラは右足を悪くしていて杖が必要なぐらいで泳ぐことは難しい。そのためベガとキルケが彼女に付き添ってカペラにも海というものを体感させてあげているのだ。
「もうちょっと奥に行ってみましょう! ここら辺は浅瀬なので大丈夫ですよ!」
青と白のチェック柄のビキニを着たキルケ。昔から夏の時期には月ノ宮海岸で泳ぐのを習慣としており、泳ぎには自信があるという。
「ゆ、ゆっくりお願いますっ。ひゃああっ!」
いつもは赤いリボンを着けている長いクリーム色の髪をお下げ髪にして、黄色の水着の上に白いパーカーを羽織るカペラ。度々悲鳴を上げているけれど、表情はとても楽しそうだ。
「ちょっとここら辺を一緒に歩きましょうか。ゆっくりで良いですから」
そして……ベガはシンプルに青いビキニを着ているだけなんだけど、なんか破壊力が凄い。いや、あまりジロジロ見てはいけないか。そう思って目を逸らそうとした時、次の波がやって来た。
「あ、次の波が来ましたよ──って、これはちょっと大きいかも!?」
その時、ベガ達の身長を遥かに超えるような大波が三人を襲いかかる! さっきまで穏やかだったのにどうして!?
慌てて僕が駆け寄ろうとした時にはもう遅く、三人は完全に波に呑まれてしまった。しかし波が引くと、三人は浅瀬にぺたんと座り込んでいて、頭から海水を浴びてビショビショになったお互いの姿を見て笑い合っていた。
無事で良かったけど、何あの空間。僕なんかがお邪魔できるような場所じゃないよ。ずっと傍らで見守っていたい。
「何してるんすかー?」
「おわぁ……って夢那ちゃんか」
夢那はベガとワキアが誘ったら来てくれたらしい。水着はおしゃれ用とかじゃなくて、スポーツ選手が着ているような本格的な競泳水着だ。
「キルケちゃん達のことをジロジロ見てニヤニヤしてたら通報されちゃいますよ?」
「いや、あの子達が仲良くしてて良かったなぁって微笑ましく思っていただけだよ」
「あ、どうせ暇なら烏夜さんも一緒に泳ぎません? さっき沖合でサメを探してサメ殴り神拳を発動しようとしたんですけど、そもそも中々サメを見つけられなくて」
「な、何を言っているの?」
ちなみに夢那はかなり泳ぎが上手い。だってさっき、準備体操した後で「軽くウォーミングアップしてきます」って言って往復一キロを泳いでいたからね。夢那自身は陸上部に所属しているらしいけれど、そもそもの運動神経が抜群なんだろう。美空と勝負をさせてみたい。
「でも嬉しいです、ボクもこの集まりに呼んでいただけて。皆さんとっても優しいですし」
「そういえば、人探しの方はどうなの?」
「そんなに急ぐことではないですよ。ボクも見つかるとは思ってないですし、バカンスを楽しめたらそれで十分です」
夢那が探しているのは、彼女に金イルカのペンダントをプレゼントした人物。きっとそれはベガやワキア達に同じペンダントをプレゼントした人物と一緒なのだろう。でもヒントがそれぐらいしかないし、ベガ達だって昔から探しているのに見つけられていないのだ。
もしかしたら僕が失っている記憶の奥底にあるのかもしれないけれど、でも僕じゃないだろうしなぁ。
夢那達と話していると、アルタから招集がかかり海水浴客が少ないビーチの端に僕達は集められた。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。僕の力作を発表するためだよ」
アルタの後ろにあるのは、発射台の上に設置された十メートルぐらいのロケット。いや、でっか。
「これはアルタP5ロケット8号機。長さはおよそ八メートルのペットボトルロケット。推進力は水と圧縮空気だけでも、僕の計算だと百メートル以上は飛ぶはず」
宇宙に関するカリキュラムが多い月学のロケット部に所属するアルタは、こうして定期的に自作のロケットを飛ばしているという。もうロケットの型番も付けてるし。
なんかペットボトルロケットって小学生とかが飛ばしてる可愛いサイズだと思ってたんだけど、なんかミサイルみたいなのを飛ばそうとしてる。
「な、なんか凄いですね」
「月学のロケット部ってこんなに本格的だったんですか!?」
「凄いなー」
今までアルタの実験に付き合ってきたベガやワキア、ルナは全然驚いていなかったけれど、カペラやキルケ、そして夢那は驚きや関心、はたまた感動に包まれているようだ。僕も素直に凄いと思う。
「誰かスイッチ押したい人いる?」
「じゃあ皆でじゃんけんしよー!」
そして僕やアルタを除いた女の子達でじゃんけんをしてもらい、見事勝ち上がったベガがロケットの発射ボタンを押すことになった。
「じゃあカウントダウンだね。三百秒前……」
「いや長いよ!」
「十秒前からで良いんじゃないかな?」
「じゃ、じゃあ十秒前!」
海岸に設置された見事な発射台とロケットに引き寄せられたのか、いつの間にか群衆が周りに集まってきていて一緒にカウントダウンをしていた。
「は、発射!」
ベガが発射ボタンを押すと、ペットボトルロケットとは思えない轟音が辺りに鳴り響き、勢いよくロケットが発射された。僕がベガ達だけでなく周囲の群衆も歓喜の声を上げ、カメラを持ったルナがパシャパシャと写真に収めていた。
ロケットはしばらく空を飛んだ後、パラシュートを開いて予定では海上に──しかし風の影響でロケットはどんどん海から離れていく。
「あれ? あれれ?」
あらぬ方向へ飛ばされたロケットは、やがて海水浴場の女子更衣室の屋根の上に着地した。その瞬間、周囲はドッと爆笑の渦に包まれる。
「あそこって、女子更衣室……」
「アルちゃんのロケット、なぜかああいう感じのところに飛んでいくよね」
「ど、どうしてでしょう」
前回ミニロケットを飛ばした時は民家のベランダに干されていたレディースの下着に突っ込んだって話していたし、何か引き寄せられているのかな。いや、それを意図したわけじゃないだろうけど。
「これじゃエロケットですね」
「いや本当に偶然なんだって!」
「これ、もしかして火星とかにあらかじめアルタさんが好きな人の下着を置いておけば無事に飛んでいくのでは?」
「逆転の発想」
「じゃあお姉ちゃんの下着を先に送り込まないとね」
「どうして私のなの!?」
なんか変なオチがついてしまったけれど、一人であんなものを作り上げる技術力と情熱には素直に関心する。アルタはいつもぶっきらぼうなところはあるけれど、何だか尊敬してしまうなぁ……そんなことを考えていると、僕の側に立っていたアルタが怪訝そうな表情で口を開いた。
「烏夜先輩、何だか気色悪い顔してますよ」
「僕はアルタ君のことを素直に凄いと思っていただけなのに!?」
「そういうの良いんで、あのロケットの回収手伝ってくれませんか?」
「女子更衣室の屋根の上に登れと言うのかい?」
「だって一人で行くの嫌じゃないですか」
「僕だって嫌だよ!?」
でも僕もロケットの発射に感動させられたから、ロケットの回収は手伝ってあげた。周囲の女性達から不審の目で見られつつもどうにか回収を終えると、丁度お昼ご飯の時間を迎えていた。
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