私が取材って言ったら取材なんです(念押し)



 海水浴を目的とした水着の登場は、鉄道網が発達し人々の移動が容易になった十九世紀まで遡ることとなる。当時は水に濡れても透けないように着用され肌の露出も少なく、二十世紀初頭でも露出が多く体のラインが強調されている水着が罪に問われた時代だったと考えれば、水着がやがてファッションとして進化を遂げてビキニなんかも生まれたことはある意味自由が認められた証だったのかもしれない。

 

 要は何が言いたいかって言うと、ワンピースの水着も良いよねということだ。


 「こ、これは中々際どいですね……」


 レディースの水着売り場で、殆ど紐しかないかなり露出の多い水着を持ちながらルナが言う。


 「ど、どうですか? これ私に似合います?」

 「逆に似合うって言ったらそれ選ぶの?」

 「いえ、お姉ちゃんに着てもらいます」

 「それ僕が怒られる流れでしょ?」

 「よくご存知で」


 いやでも白鳥先生なら似合うかもしれない……いやいや、教師相手に何を考えてるんだ僕は。そもそも今回の海水浴に白鳥先生は来ないはずだ。


 「でもルナちゃんなら黒色が似合いそうだね。このワンピースの水着なんてどう?」

 「成程……でも私、もっと露出が多いのが良いんです。私もビキニに……」

 「ビキニが好きなの?」

 「いえ、ベガちゃんに負けたくないからです」


 ……ベガに? あんな豊満なボディを持ったベガに?


 「あ、今『お前なんかが勝てるわけない』って顔しましたね」

 「いやいやしてないしてない」

 「良いですか朧パイセン、昨今はポリコレだとかルッキズムだとか様々な権利が主張されてるんです。私も新聞部の一員として色々学びましたけど、そういった表現に敏感な人だっているんですよ。好みやタイプの問題ならまだしも、胸の大きさで優劣をつけるなんてもってのほかです!

  そりゃ私だってベガちゃんの胸やお尻をモミモミしたいと思うことだってありますけど!」

 

 最後の一言でルッキズムとかのくだり全部無駄になったよ。

 

 「じゃあルナちゃんはベガちゃんと何を勝負したいの?」

 「ベガちゃんは品行方正で学業も優秀で運動神経だって抜群です。人柄も良くて私を含め交友関係も広いですし、病弱なワキアわぁちゃんのことを常に気遣っています。ヴァイオリンも弾けるし乗馬だって出来るし……何よりも、ベガちゃんは私よりも巫女服が似合ってるんですよ! 神社の娘としてこれ以上の屈辱はありません!」

 「そ、そうなんだ」


 何かルナのスイッチが入って急に語りが強くなった。何その神社の娘としてのプライド……ベガの巫女服姿ってどんな感じなんだろう。どういうわけかルナの巫女服姿は簡単にイメージできるんだけど、ベガのは見たことないのかな? それとも忘れてるだけ?

 ルナはびっくりするぐらい熱く語っているけれど、ルナがそんな劣等感を抱く必要はないはずだ。


 「でも僕はルナちゃんも魅力的な人だと思うよ。ルナちゃんはいつも元気よく挨拶してくれて僕はその度元気を分けてもらえてるし、新聞部の活動に熱心に取り組んだり家のお手伝いもちゃんとしている真面目な一面もあるし、ご飯を美味しそうに食べる姿もとても可愛らしいよ。何でも奢りたくなる気分になるからね」


 僕が記憶喪失になってから二週間ぐらいルナと交流してきたけれど、彼女が後輩として僕のことを慕ってくれていて、こうして一緒にお出かけに誘ってくれることは素直に嬉しいし、勿論ベガも魅力的だけどルナだってベガに負けない魅力を持っている。

 でも僕の素直な感想を聞いたルナは急に表情が青ざめ、僕からスススと距離を取って顔を引きつらせながら口を開いた。

 

 「な、なんだかすんごく悪寒を感じました……朧パイセン、いつもそうやって女性を口説いてたんですか?」

 「いや、僕は素直な感想を述べたまでなんだけど」

 「いえ、朧パイセンは誰にでもそんな綺麗事を言って女性をたぶらかしていたんでしょう! そうに違いありません! 私なんかをときめかせて手籠めにしようだなんてそうはいきませんよ!」

 

 僕はルナを手籠めにしようだなんて一切考えていないけど、以前の僕の立ち振る舞いを考えると否定できないな。確かに軽率な発言だったかもしれない。


 「もういいです! 水着はこれにします! 朧パイセンは出口で待っていてください!」


 そう言ってルナは僕が選んだ黒のワンピースの水着を会計カウンターへと持っていった。それで良かったの?



 その後僕はルナとハルコを出て、葉室駅前にあるアミューズメント施設、ラウンドニャーへと向かった。月ノ宮の駅前にもゲーセンはあるけれど、やっぱり田舎町だから規模は小さい。むしろどうしてあそこにゲーセンがあるのって思うぐらいだ。

 ラウンドニャーはゲームセンターやボウリング場、カラオケ何かが併設していて、以前の僕も友人達と週末によく訪れていたらしい。ルナが体を動かしたいとのことだったので、ひとまず二ゲーム分遊ぶことにした。


 「よーっし! これでターキーです!」

 

 見事三連続ストライクを決め、ルナがガッツポーズを決める。いや、思ってたよりボウリング上手いじゃん。


 「凄いよルナちゃん。結構ボウリングとかするの?」

 「ベガちゃん達とよく来るんです。ベガちゃん達もボウリング上手いですよ」


 そういえば前にあの豪邸にプライベートボウリング場を作りたいとか言ってたねあの二人。


 「にしても烏夜先輩だって凄いじゃないですか! スコア二五〇越えですよ!」

 「何だか意外と体にフィットするんだよね。やっぱり昔からやっていたからかも」

 「……ハッ! そうやって口説いた女性と一緒にボウリングをして、上手いところを見せつけていたんですね!?」

 「いや知らないけど」


 何故だかわからないけど、さっきの水着選びを境にルナが僕を警戒するようになった。だってさっきまで結構距離近かったのに、もう僕と物理的に距離を取ってるんだもん、心にくる。


 「でも、確かに前に友人達と遊びに来たことを思い出せるよ。こんなワイワイした雰囲気でさ、変に力み過ぎて盛大にずっこけて、顔面を強打した奴もいたなぁ……」


 『朧には負けてられないのよ……この一球に全てがかかってるわ。ぬおおおおおおおおおおっ!』

 『って、いったーい!?』


 ……幻覚か。

 紫色の髪の少女が、レーンの手前で盛大にずっこけて顔面を強打した光景が僕の目に映った。そういえば彼女はストレスを発散するために体を動かすのが好きで、僕もよく付き合わされたような記憶があるなぁ。


 「烏夜先輩?」

 「な、なに?」

 「大丈夫ですか? 具合悪そうですけど」

 「え、そう? いや、大丈夫だよ」


 気づくと、ルナが心配そうな面持ちで僕の前でしゃがんでいた。体調を崩したわけじゃないけれど、どういうわけか彼女──朽野乙女のことを思い出すと憂鬱になってしまう。


 「何か嫌な記憶でも思い出したんですか? もしかして前にここで何か悪いことありました?」

 「いや、幼馴染にボウリングに付き合わされた時のことを思い出しただけだよ」

 「というと……乙女さんのことですか」


 さっきまで僕を警戒していたルナも心配そうにしている。僕の幼馴染だった乙女は六月一日に突然月ノ宮を去り、それ以来連絡を取れていない。

 どうして僕は、乙女に関する記憶を思い出そうとするとこんなに不安にかられるのだろう? それだけショックだったということか? 僕が六月一日以降の記憶を取り戻せていないのもそのせい?


 結局ボウリングのスコアは僅差でルナに負けてしまったけれど、キャッキャと喜ぶルナを見れてとても満足した。写真が趣味のルナは僕が投げる瞬間なんかも写真に収めていた。

 その後も葉室駅前の市街地をブラブラしながら、昔訪れたことのあるお店を通りがかって懐かしい記憶を取り戻しては、その度僕はルナに写真を撮られていた。思ったより写真を撮られてる。


 「あそこの中華料理屋さんはリーズナブルなお値段ですけどとっても美味しいですし量も多いんですよ。運動部の人達が結構通ったりしてて、あっちのラーメン屋さんなんかは……おわぁっ!?」


 葉室駅前の美味しい料理屋さんを案内してくれている途中で、ルナは突然ビルの出口から出てきた金髪のポニーテールの女性とぶつかってしまった。ルナは僕の方に倒れてきたから僕が体を支えることは出来たけど、ビルから出てきた女性は持っていた荷物を地面にぶちまけながらこけてしまった。


 「だ、大丈夫ですか!?」

 「いたた……す、すみませんっ。私も前を見てなくて……!」


 白のロングスカートに薄手の赤いジャケットを羽織っていて、まるで顔を隠すように赤いベレー帽を深く被って、サングラスとマスクまで着けている。

 僕とルナは金髪ポニーテールの女性と一緒に、地面に散乱した荷物を拾い集める。どうやら最近流行りの配信者やゲームのグッズのようで、それらをかき集めて女性に渡した。


 「すみませんでした。お怪我はないですか?」

 「い、いえ、大丈夫ですよ。そ、それよりお二人の邪魔をしてすみませんでしたっ。で、では~」


 と、金髪ポニーテールの女性は僕達から逃げるように走り去ってしまった。何か急いでたのかなぁと少し申し訳なく思っていると、ルナは突然メモ帳を取り出して口を開いた。


 「朧パイセン。今の方、見覚えないですか?」

 「記憶喪失の人に聞く?」

 「あ、そうでしたね。いえ、人違いでなければもしかしたら今の方、オライオンパイセンだったかもしれません。月学の副会長の」


 オライオン……ベラトリックス・オライオン先輩か。そういえばそんな人もいたような気がする。今の僕が思い出せたオライオン先輩のイメージは、シャルロワ会長やベガ達とはちょっと違うタイプの可憐なお嬢様という雰囲気の人のはずだったけど。


 「実はですね、朧パイセンが事故に遭う直前にちょっと取材に付き合ってもらってたんですけど、オライオンパイセンが裏で配信者としてゲーム配信をしているのではというネタを探っていたんですよ。そこのビルの地下にはオタクの方向けのショップもありますし。

  でも証拠としてはちょっと物足りないですね。声は確かにオライオンパイセンだったと思うんですけど」


 何か急いでいたのかと思っていたけれど、実は裏の活動をしている時に知り合いに見つかって慌てていたのだろうか? もう見るからに変装っていう格好だったし。

 なんだかオライオン先輩の話もちょっと気になってきた。配信者としてどんな活動をしているのか気になるし……でも人のプライベートを探るのもちょっと気が引けてしまう。


 「休日に駅前を張っていれば案外オフのオライオン先輩と会えるかもしれませんね……」


 ルナはあまり人のプライベートとか気にしてなさそうだけど。



 「いや~色々お話も聞けましたし、たくさん写真を撮ることが出来て満足です!」


 夕方、葉室から電車で月ノ宮に戻り、神社へルナを送る途中で彼女は満足そうに言う。そういえばこれって新聞部であるルナからの取材っていう名目だったね。


 「良い記事になりそう?」

 「はい! 次はいつにしましょうか? 私は結構暇ですし、烏夜先輩が暇な時で良いですよ」

 「うーん、今月も残りは結構シフトが入ってるから、来月になるかな」

 「成程成程……次も楽しみですねぇ、今度はどこに行きましょうか」


 ルナが楽しそうで何よりだ。一度は結構離れていた物理的な距離感もどうにか元通りになっている。

 まるでデートみたいだね、と言ったらまたドン引きされそうだから心の内に秘めておこう。向こうはそう思ってなさそうだし。

 そんなことを考えていると、ルナはメモ帳を片手に笑顔で口を開いた。


 「にしても、なんだかデートみたいでしたねっ。一緒にご飯を食べて、ショッピングをしたりボウリングに行ったり、次の予定も決めるのが楽しみだったり……って、あれ?」


 そう言ってルナは急に足を止めた。

 僕が気を遣って口にしなかった言葉、デート。ルナは自分が何を口にしたのか理解したのか、まるで沸騰したかのように顔を真っ赤にして、アワワと体を震わせながら口を開いた。


 「ち、違いますよ朧パイセン! これは取材です! 私が取材と言ったら取材なんです! 私は朧パイセンとデートなんかしていません!」

 

 そう弁明しながらルナはサササッと僕から距離をおいた。まるで僕を獣のように扱ってるけど、先にデートって言っちゃったのはルナの方だよ。


 「いや、取材ってことは僕も理解しているよ。でも僕も楽しかったよ」

 「そんなことは言わなくて良いんです! もし今日のことを他の人に言いふらしたりしたら、お姉ちゃんに言いつけてやりますからねー!」


 もう月ノ宮神社への参道の長い階段が見えていたけど、ルナは僕から逃げるように凄い勢いで階段を駆け上がっていった。

 ……いや、そんなにデートって意識されると僕まで恥ずかしくなってきちゃうんだけど!?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る