これはデートではありません。取材です。



 『フフ、聞いたわよ朧。女の人を口説きすぎてキッチンに閉じ込められたんでしょ? よくクビにならなかったね』


 ゲーセンで格闘ゲームをしている最中、向かいで対戦している乙女がニヤニヤしながら余裕そうに言う。


 『別に不評だったわけじゃないよ。僕のナンパテクをナメないでくれないか?』

 『でも長続きしないじゃない』

 『いやそれが本当になんでなのかわからないんだよねぇ』


 別に僕だって最初から女性客をナンパしていたわけじゃない。ノザクロによく訪れるご婦人方とおしゃべりしていたら自然とそういう話の流れになっていたってだけで。いや、それとは別でさりげなくナンパしていたこともあるけれど。


 『でも朧が働いてるところ見れなくなっちゃうの、なんだか寂しいなぁ。いつもとはちょっと違う朧が見られて面白かったのに』

 『そう? まぁ流石に接客業だからね』

 『ま、私はサザンクロスのまかないでケーキをたくさん食べてるから関係ないけどね!』


 月ノ宮町でスイーツの名店といえば、海岸通りに立つ喫茶店ノーザンクロスと、月ノ宮駅前のケーキ屋サザンクロスの二つだ。僕がノザクロで働く一方で、乙女はまかないのケーキ目当てにサザクロでアルバイトをしている。


 『じゃあ最近乙女の贅肉が増えたのはそのせいなんだね』

 『え、うそ、そんなわかる?』

 『はい、僕の勝ち』


 乙女を少し動揺させた一瞬の隙を突いて、僕は乙女が使っていたキャラを倒した。すると向かい側から乙女が怒り狂った表情で顔を出す。


 『朧ー! 卑怯よ! そんな嘘で私を惑わそうだなんてー!』

 『あ、乙女が前より太ったように見えるのは嘘じゃないよ』

 『なら余計に最悪よ! ちゃんと太ってやったのよ! そんなこと口に出してるからアンタに彼女が出来ないのよ、バーカバーカ!』



 ーーー

 ーー

 ー

 


 久々のバイトの翌日、僕は定期検査のため隣町の葉室市にある葉室総合病院を訪れていた。脳の検査を受けたけれど異常はなく、むしろカウンセリングの時間の方が長かった。大星達のおかげで僕も少しずつ記憶を取り戻せているような気がするけれど、今の環境に戸惑いがあるというのも事実。

 何よりも……やっぱり僕は何か重要なことを忘れているような気がするのだ。


 さて今日は、新聞部員であるルナの取材に付き合う約束をしている。今日病院に行くことはあらかじめルナに伝えていたからか、ルナはお昼過ぎに葉室駅に併設されている商業施設ハルコで集合と指定してくれた。


 「あ、朧パイセンこんにちはー」


 ハルコの休憩スペースで待っていると、万里の長城がプリントされたTシャツにショートパンツ、黒のニーハイ姿のルナがやって来た。


 「やぁルナちゃん。これからどこに行こうか?」

 「お腹空いてませんか? 私、お昼まだでして」

 「僕もまだなんだ。じゃあ上の方にあるレストラン街で何か探そうか」


 ハルコの最上階にあるレストラン街へと向かい、僕とルナは定食屋へと入った。お昼時だからお客さんがたくさんいたけれど、ちょっと待っただけで入れて良かった。


 「朧パイセンは何にしますか?」

 「ネブラ豚のとんかつ定食にしようかな。ルナちゃんは?」

 「私はネブラスパイスカレーにします」

 「……一応確認するけれど、アストルギーとか大丈夫?」

 「あ、私のアストルギーはとろろなんで大丈夫ですよ」

 

 良かった。例えベガみたいに甘えん坊になるぐらいだとしても、公共の場でアストラシーショックを起こしてしまうわけにはいかない。ていうか山芋とかじゃなくてとろろ限定なんだ。


 「朧パイセン、この月ノ宮フルーツケーキって美味しそうじゃないですか? あ、でもこっちのあんみつも捨てがたいですね……あ、両方注文して半分こしませんか?」

 「ルナちゃんが良いならそうしようか」


 店員さんを呼んで注文を終えると、ルナは鞄の中からメモ帳とペンを取り出した。ご飯前なのに取材する気まんまんだこの子。

 そもそも今日ルナとお出かけをすることになったのは、彼女が記憶喪失になった僕を取材したいと言い始めたからだ。


 「さて、最近の調子はいかほどですか?」

 「ぼちぼち、といったところかな。ノザクロのシフトにも入ってみたけど、業務に関しては体が覚えていたって感覚だったよ」


 成程成程、とルナは僕が話すことをメモしていた。先輩のレオさんのことはすっかり忘れていたけれど、ノザクロで働く感覚を懐かしいと思えるのは昔の記憶を取り戻せてきている証拠かもしれない。

 

 「知り合いの方とは大方お会いになりました?」

 「友達とは全員会ったんじゃないかな。あ、でもコガネさんとかレギナさんとは会えてないかも」

 「そういえば朧パイセンってコガネさんともお知り合いなんでしたね。あんな有名な芸能人とお知り合いって交友関係どうなってるんですか」


 そりゃ僕だって知りたいくらいだ。携帯を買い替えた後、一応二人にはLIMEで無事を伝えておいたけど、やっぱり忙しいからか返事はない。


 注文した料理が届いた後も、僕は自分の記憶について思い出せたこと、いや今までの僕の生い立ちについて大雑把にルナに説明した。飛び飛びだし今もあやふやな部分はあるけど、昔から大星達とバカなことをした思い出や、彼らと出会う前の自分のことは何となく思い出せてきている。昔の自分、特にビッグバン事故の直前の複雑な家庭環境は、ルナに話すつもりはないけれど。

 

 「結構順調に思い出せてるじゃないですか。昔、神社で私と朧パイセンとベガちゃんとアルタ君の四人で肝試ししたことも覚えてます?」

 「裏の森の中で丑の刻参りを見た時のこと?」

 「あっ、それですそれです。いや~あの時は本当にびっくりしましたね~」

 「あれは白鳥先生のおふざけだったでしょ……」


 月ノ宮神社の裏山には謎の洞窟があって神隠し伝説があるけれど、夜は暗いから良い肝試しスポットだ。白装束で頭に蝋燭を刺して、手には藁人形を持った女の人を僕達は目撃したけれど、実はルナのお姉さんである白鳥先生のおふざけだった。


 「あ、朧パイセン。ちょっと写真撮ってもいいですか?」

 「料理の写真?」

 「いえ、朧パイセンの写真です」

 「え、僕の? 全然良いけど」


 するとルナは鞄の中から立派な一眼レフカメラを取り出した。携帯のカメラとかじゃなくてすんごい本格的なカメラが出てきたんだけど。


 「何かポーズ決めた方が良い?」

 「あ、ご飯を食べてる感じでお願いします」

 「こう?」

 「はい、良い感じです」


 そしてパシャリと僕は写真を撮られた。何だか結構恥ずかしいかも。


 「そのカメラ、もしかして結構高いやつ?」

 「あ、これは父のおさがりなんですよ。私、元々写真を撮るのが趣味で、月学で新聞部に入ったのもそっちが理由だったりします。風景を撮るのも好きですけど、誰かが楽しそうにしている写真を撮るのも好きですね」


 写真って何だか難しそうな趣味だなぁ。カメラってレンズだけでも結構な値段だし、画角とか写真距離がどうだとか、極めようとしたら凄く沼にハマってしまいそう。


 「実はですね、朧パイセンの記憶を取り戻すきっかけにならないかと思って保管していた写真を探したんですけど、朧パイセンが映った写真が殆どなかったんですよ。映っていても端っこにチラッといるぐらいで。

  なのでせっかくですし、朧パイセンのあんなところやこんなところ、たくさん撮らせてもらいますよ!」

 「まぁ、僕で良いなら」


 残念ながら新調した僕の携帯に写真は残されていないから、そこから僕の思い出を探し出すことは出来ない。

 まぁ、残っていたとしても見知らぬ女性ばかり映ってたかもしれないけどね!


 「ん~このケーキ、中々美味しいですね! これはサザンクロスのケーキと肩を並べるぐらいですよ!」

 「あんみつも程よい甘さで食べやすいね」

 

 後から運ばれてきたスイーツをルナはとても幸せそうに食している。ノザクロのメニューにもフルーツケーキはあるけど、あんみつってのも中々悪くない。合いそうなドリンクがないけど。


 「いや~月ノ宮や葉室には美味しいスイーツの名店が多くて助かります。ノザクロってまかないでスイーツは食べられるんですか?」

 「いや、まかないはランチメニューとドリンクだけだね。たまにマスター達が考案した試作メニューとしてスイーツを食べさせてもらうこともあるけど。

  ルナちゃんはバイトしたいとかあるの?」

 「私は家の手伝いがあるので……でもちょっと興味はありますね。ノザクロの制服を着てみたいですし」

 

 メイド姿のルナか。そういえばこの子、神社のお手伝いをしている時は巫女服を着てたっけか。そっちも似合っていたような記憶があるけれど、メイド服姿も一度は拝んでみたい。


 「そういえば、ルナちゃんのお兄さんと会ったよ。ほら、一緒にバイトしてるからさ」

 「何がご迷惑をかけてませんか?」

 「いやいや、僕も久しぶりの出勤だったから助けられてばっかりだったよ。ちなみに、レオさんは最近ルナちゃんと中々話が出来なくて寂しがってたよ」

 「あぁ……でも、神界や魔界がどうだとか、英雄病がどうだとか、意味の分からない話を聞かされる身にもなってほしいです」

 

 ごめんレオさん、貴方の方に問題がありました。レオさんの話題選びが間違っているんだと思います。


 

 フルーツケーキとあんみつは半分こという話だったけど、僕は一口二口いただいただけで、残りはルナのお腹の中に入っていった。だってルナ、本当に幸せそうに食べるから餌付けもしたくなるよ。


 「さて朧パイセン、ちょっとハルコの中をブラブラしませんか? 懐かしい場所もあるかもしれないですし」

 「そうしようか。どこか寄りたいお店とかある?」

 「あ、明日海に行くので新しく水着を買おうかなと……」


 そう、明日はルナ達後輩と一緒に海へ行く予定だ。今までも僕は毎年のように大星達と海に遊びに行っていたようだけど、以前から交流があったとはいえ後輩達とこうして海へ行くのは初めてだという。

 これもある意味記憶喪失になったおかげかな。記憶を失って色々不安はあるけれど、こうして可愛い後輩達と交流できるのは楽しいことだ。


 というわけで僕は、ルナと一緒に水着を買いに行くこととなった。

 ……え? これって以前の僕の記憶とか思い出とか関係あるの?



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